縁側で昼寝をしてしまった俺は鐘の音で目を覚ました。
もう夕方か、そろそろ晩飯のしたくをしないと。
そうやって体を起こそうとすると体が重い。
もしや金縛りか!?と顎を引くと黒い帽子を被った丸い物体が俺のお腹の上で寝ていた。
おまけに涎までたらしている。旨い物でも食べている夢を見ているのだろうか。
金縛りかとびびった自分が恥ずかしかったのと服を汚されたのにムカついたのでわざと思いっきり体を起こした。
ゆっくりは綺麗な放物線を描き、縁側に衝突する。
「ゆぐっ!?」
いきなり加わった衝撃に驚いて目を覚ましたようで辺りをきょろきょろ見回している。
こいつは最近話題のゆっくりという奴か。聞いた話では黒い帽子はゆっくりまりさといったはずだ。
どうやら俺に気づいたようで頬を膨らましている。怒っているようだ。
「ゆっくりしていってよー!」
これがゆっくりの名の由来でことあるごとにゆっくりゆっくり言うらしい。
反応がないのが不満なのか、まりさは飛び跳ねながら俺の周りをぐるぐる回りだした。
回られるとゆっくり出来ないだろと俺が言うと。
「ゆっくりできない!?」
と驚いて飛び跳ねるのをやめた。
「ゆっくりしていってね!」
これでゆっくりできると思ったのか満足気だ。
俺は周りを確認する。ゆっくりによって何か壊れてないかと思ったがその様子はなかった。
こいつは何をしにきたんだろう?
「まりさもゆっくりしたかったよ!」
俺が寝てるのをゆっくりしてると思っていっしょにゆっくりしたかったってことか。
何も俺の上で寝ることはないのだが。
「ゆっくりできたよ!」
最近運動不足だからなぁ。これを期に運動しようか。
とにかくここでいっしょにゆっくりしてもいいが腹は減る。
夕飯の支度をしに俺が立つと、
「ゆっくりしていってね!」
と跳ねながらついてくる。このまま台所に行けば何をされるか分からんな・・・
困った俺は何か使えるものがないかと周りを見回す。
そうだ、寝る前に作ったあれが使えるな。
そう重いながらすり鉢を手に取る。
「ゆっ?」
ゆっくりは何をするのかと不思議そうだ。
俺は囲炉裏の木の床に作っていたものを塗りつける。
そして不思議がるゆっくりを同じように木の床に置いてやった。
「ゆっくりできるかな?」
俺の塗ったものがゆっくりできるものかと近づいてよく見ている。
臭いを嗅ぐがこのままでは触りはしない。
そこで、俺はゆっくりに向かい合うようにしてせんべいを取り出す。
せんべいをみたゆっくりは口をあけてせんべいに向かって飛び込む。
「ゆっくりしていってね!」
そう言いながらせんべいを咥えたゆっくりは器用にボリボリとせんべいを食べていく。
思い通りになった俺は今度こそ晩御飯の準備をしに向かった。
せんべいを食べたゆっくりは俺を追いかけようとする。
「ゆっくりしていって・・・ゆべっ!」
ゆっくりは跳ねようとして地面に額をぶち当てた。
何が起こったのか分からないゆっくりはもう一度こっちに飛び跳ねる。
「ゆっくり・・・ゆびゅ!」
さっきの繰り返しだ。
「ゆっくりできないー!」
そういって何とかその場から動こうとゆっゆっと呻いているがまぁ無理だろう。
さっき塗ったのはとりもちだ。
鳥を捕まえるために作っていたのをゆっくりに使うとは思わなかったがゆっくりにも十分通用するようだ。
「ゆっくりしていってよー!」
そういって叫ぶまりさを置いて台所に向かった。
台所でご飯を作りまりさのいる部屋に戻る。
まりさはまだ逃げ出そうとがんばっていた。
上に伸びたり、横に伸びたり。
そのたびに
「ゆぐぐぐg・・・」
とか
「ゆっくー!」
とか変な叫び声を出すので面白い。
と、このまま聞いていては飯が冷めてしまう。
俺はちゃぶ台に作ったものを乗せていく。
囲炉裏近くにちゃぶ台を動かしてまりさが見えるようにするのも忘れない。
そうしてがんばっているまりさを見ながら飯を食べていると、匂いでまりさもこっちに気づいたようだ。
「ゆっ!ゆっくりちょうだいね!」
先ほどせんべいを食べたのに動き続けたからお腹が減ったのだろう。
俺の作ったご飯をものほしそうに見つめている。
まぁさっきまで楽しませてもらったからな。
俺はおかずの天ぷらを一つゆっくりの上まで持っていった。
「ゆ~」
口をあけて天ぷらが入るのを待つまりさ。
しかし、待っても待って口に入らないので苛立ってきたのか。
「ゆっくりいそいでね!」
と、わけの分からないことを言い出した。
俺は天ぷらをまりさの口に近づけていく。
口をあけて天ぷらを見つめるまりさ。
そこで俺は天ぷらを右に。
まりさは口と目を右に。
今度は左に。また右に。
そうやっておちょくっていると、痺れを切らしたまりさは舌で天ぷらを取りに来た。
そうはいかないと、天ぷらを上に上げる。
「ゆぐぐぐぐ!」
舌を伸ばしてもぎりぎり届かないところで天ぷらを揺らす。
必死に舌を伸ばしたまりさはとうとう怒り出した。
「ゆっくりしていってよー!」
頬また膨らませている。ひとしきり笑えたのでちゃんと口に入れてやった。
「むーしゃ、むーしゃ、しあわせ~♪」
そうかそうか美味しいか。
ゆっくりにでも褒められたらうれしいのは変わらない。
他のおかずもどんどん食わせてやる。
ご飯、
「むーしゃむーしゃ!」
漬物、
「うっめ、これめちゃうめぇ!」
肉じゃが、
「しあわせ~♪」
味噌汁だばぁ、
「あづゔゔゔゔ!」
そうかそうか、泣くほど旨いか。
まりさは満足したのか舌を伸ばしてはふはふ言い出したので俺も飯を食べていく。
ご飯が食べ終わり、風呂に入って寝る準備をする。
まりさもねむいのかこっくりこっくりしている。
「ゆぅ・・・ゆぅ・・・」
まだ俺は眠くないのにゆっくりだけ先に寝るとは。
俺は指で頬をつつく。
「ゆぅ・・・ゆっくりさせてね・・・」
かまわずつつく。
「ゆ!ゆっくりできないよ!」
怒り出すがゆっくりは逃げれない。頬だけでなくいろんな所をつつき始める。
「ゆっ!ゆっくりやめてね!」
「ゆっくりできないよ!」
「ゆっくりさせてね!
つつく場所によって違った反応をするおもちゃみたいだ。
眠くなってきたので布団に入る。
最後にゆっくりまりさの帽子を前後逆にしてやった。
「ゆゆぅ・・・すっきりできない!」
前後逆だと違和感があるのかそわそわと帽子を直そうとするゆっくりまりさ。
しかし、動けないので体を捻る事しか出来ない。
右に捻ったり左に捻ったり。
寝る前に見えた光景は、舌で動かそうとして目の前に帽子を落として驚くまりさの姿だった。
翌朝。
気持ちよく寝れた俺は朝日によって目を覚ました。
軽く伸びをしながらまりさがどうなったのかと囲炉裏に目をやる。
昨日のままだった。
帽子はまりさの目の前に落ちたまま。
まりさは途中で疲れて眠ってしまったようだ。
帽子の方に向かって潰れているのは努力の証か。
まだ起きていないようなので朝飯を作りに向かう。
朝飯を食べた後も起きなかったので心配になった俺はつついて起こすことにした。
数回突くと眠そうに目を覚ますゆっくりまりさ。
ぼ~っとしながらも昨日のことを思い出したのだろう。
「まりさのぼうし!」
目の前にあるので一発で分かる。
「ゆぅぅ、ゆっくりできないよ・・・」
目の前に帽子があっても被っていないと駄目なようだ。
俺は帽子を手に取る。
もとはと言えば俺のせいなので、まりさは眉間に皺を寄せて俺の様子を伺っている。
あ~、完全に疑われているな。まぁむりもないが。
俺は帽子を正しく被せてやる。
心配しなくてもちゃんと被せてやるよ。
「すっきりー!」
帽子を被れてご機嫌なようだ。ついでに残りご飯で作ったおにぎりもやろう。
「むーしゃ、むーしゃ、しあわせ~♪」
先ほどまでの警戒はどこへやら。
まりさはおれのことを完全に許したようだ。
「ゆっくりしていってね!」
そうはいってもまだとりもちのせいでゆっくり出来ていないんだろう?
ずっとそのままだといつか踏んでしまいそうだから鳥もちをとってやることにする。
まずは普通に引っ張ってみるか。
「ゆぐぐぐぐ・・・や゙め゙でえ゙ええええええ!」
まぁ無理か。引っ張って取れたらゆっくりはすでに逃げている。
次に俺は桶に水を汲んできて水をとりもちに染込ませる。
外皮は水に濡れても大丈夫らしいのでまりさも水がついても気にしていない。
しかし、桶が怖いのかずっとそっちをにらんでいた。
水が染込んだとりもちは取りやすくなるので、その間にまりさと木の床を引き離す。
すこし力を加えて引っ張ると何とか外れた。
「これでゆっくりできるよ!」
まだまだだ、底には鳥もちが付いている。
乾けばまたどこかに引っ付くだろう。
たたみに引っ付くと後が大変なので底のとりもちも取る。
小麦粉を台所から持ってきた俺は床とまりさに小麦粉を刷り込む。
「ゆっ、ゆっ」
と面白いのでついつい手を動かしてリズムを取ったりして遊んでしまった。
「ゆゆゆゆゆゆゆ・・・」
おかげで床よりだいぶ時間をかけてしまった。
その後に油を使いながらゆっくりと洗っていく。
床を綺麗に拭いた後はまりさにも油をつけて鳥もちを取っていく。
桶につけようとしたら、
「おみずはやめてね!」
と手の中で暴れだした。
そこで昨日食べた天ぷらみたいだなとまりさに教えてやる。
よく分かってないようだな。天ぷらはこの後火で熱して完成だ。
「ゆっくりやめてね!まりさおいしくないよ!」
じゃあおとなしくしてるんだな。
まりさは天ぷらみたいになりたくないのか目を瞑りじっとしている。
あくまでみたいで天ぷらの作り方は違うのだがゆっくりにはわかるまい。
それからも水に沈める振りをしたりしながら鳥もちを全部取ってやった。
「ゆっ!ゆっ!」
タオルでごしごしと拭いてやる。
「すっきりー!」
ゆっくりにとっては久しぶりの飛び跳ねだったまりさはうれしそうに部屋の中を飛び回る。
このまま放っておいたら家のものを壊されそうだ。
縁側に放り出す。
「ゆべべ!」
すぐに戻らないように戸を閉め、畑仕事の準備を始める。
そして玄関から外に出るとまりさが縁側からやってきた。
まだいたのか。
「ゆっくりしていってね!」
畑に向かう途中もまりさはずっと付いてきたので、畑で休憩するときに食べようと持ってきたせんべいを分けてやる。
「むーしゃ、むーしゃ・・・ゆっくりしていってよー!」
せんべいを食べるには止まらねばならず、止まると俺から離れる。
まりさはゆっくり待ってほしかったようだが俺は待たないぞ。
少しずつせんべいを齧りながらついてくるまりさを振り返りながら俺は畑に向かった。
まりさがんばれー。
「ゆ゙っぐり゙じでい゙っでよ゙ー!」
そうやってしばらくすると立ち止まる。
「ゆっゆっゆ・・・」
せんべいを食べながらだったので息が上がっているまりさは足元で深呼吸していて俺が止まった理由に気づかない。
足で小突いて教えてやる。
あそこにお前の仲間がいるぞ。
「ゆ、れいむだ!ゆっくりしていってね!」
赤いリボンをつけたのはれいむだったな。そう叫んだまりさはれいむに向かって跳ねていった。
途中で止まって、
「ゆっくりできたよ!ありがとね!」
と、いったのはとりもちのことは頭からすっぱりと消えているということか。
うらやましい頭だなと思いながら俺は畑に向かった。
俺の家の位置と畑の場所も忘れてくれるようにと切に願う。
最終更新:2008年09月14日 08:02