朝目が覚めると、俺は畳の上に布団をしいて寝ていたはずなのに何故かベッドの上でフローリングの小洒落た部屋に居た。
「…?」
きょろきょろと辺りを見回すがどこを見ても全く見覚えが無い。
「おはようございます清く正しいナビ妖精のきめぇ丸です
ようこそ学園物ギャルゲーの世界へ」
「…は?」
突如部屋のドアを開けて入ってきた生首を見て俺は呆然とした。
ギャルゲ?ナビ妖精?学園物?
「が、学園物なのにナビ妖精っておかしいだろ!?」
混乱のあまり最もどうでもいい点を突っ込んでしまった。
しかしその生首は全くこちらを無視して話を続けてきた。
「あなたはギャルゲー『甘い青春-YUKKURI』の主人公として
私立博麗高校の一年生としてこれから学校生活が始まります
その中で出会う可憐な美少女達と親しくなるのが目的です
進行の仕方は順次説明していきますので今後ともよろしく」
「………」
4/2 8:15 通学路
「ィィイイイイイイイイイヤッホォオオオオオオオオオウ!」
俺は即座に学生服に着替えてトースト咥えて飛び出した。
「おおはやいはやい」
これでもてなかった俺もモテモテ学園ライフを楽しめる。
希望と胸のドキドキがどんどん足の動きを早めていった。
これは超えちゃうかもね、音速っ。
っていうかこのスピードに余裕で付いてきてるナビ妖精怖い。
む、あれは曲がり角。
来るぞ来るぞ来るぞ。
「うわああああああ!!」
「きゃああああああ!?」
当然のごとく誰かとぶつかった。
よし来た。
出会いのシーンはスチル付きでお願いします。
「いてて…大丈夫かい?」
俺は曲がり角の向うで倒れているであろう人に向かって立ち上がり手を差し伸べた。
「あいたたた…
いやー、学校始まって早々酷い目にあった
俺は愛でお兄さん、女の子の機嫌には詳しいから困ったことがあったらいつでも聞いてく」
「邪魔だ死ねえええええええええええええええええ!!!」
俺のシャイニングウィザードが愛でお兄さんの顔面に炸裂した。
「彼は愛でお兄さん
女の子のステータスや機嫌をおしえてくれる頼もしい奴です」
「やかましい!きゃああああ!って絹を切り裂くような悲鳴あげてたのに騙したな!
下からスクロールしながらスチルが表示されたのが余計に腹立つわ!!
記念すべき初スチルがあれか!?」
「おお怖い怖い、ほら急がないと遅刻しますよ」
俺は釈然としない気分で学校へと走っていった。
校門…風紀委員が委員長タイプの女の子じゃなかったので風紀検査を強行突破
下駄箱…上履き良し、ラブレター無し、通過
階段…パンチラ無し、荷物運ぶ女の子無し、通過
教室発見、これより突入する。
「あっぶねー遅刻遅刻!」
ドアを開け教室に突入成功!
come on girl!!!
「「「「ゆっくりしていってね!」」」」
あり得ない広さの教室の中に高さ2メートル、幅3.5メートルほどの球体の物体が二十数体。
全ての球体に顔らしきものが描かれている。
全員…生物としてカウントするのは癪だが仕方ない認めよう
全員がこちらを見て奇怪な挨拶?をかけてきた。
「はじめまして!おにいさんのとなりのせきのれいむだよ!ゆっくりしていってね!」
「ほおあたああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
俺はなにやら根源的恐怖を感じてその巨大な球体に正拳突きを繰り出した。
「ゆぶべぇ!?」
「かわいい女の子が出る前に死ねるかあああああああ!!」
俺は決死の思いでそのモンスターに連撃を繰り出し、その顔面…らしきものをぼこぼこにした。
「うおおおおおおおおおおりゃああああ!!」
トドメの前蹴りをその鼻面、鼻は見当たらないが…に叩き込み俺はほうほうの体で教室を飛び出した。
「おやおや大分お疲れのようで」
教室を出るとナビ妖精が目の前に居た。
「ふぅ…」
俺は深呼吸をして意識を落ち着けた。
「おいおいこういうのは最初に言ってくれよ
学園物なのにナビ妖精なんておかしいなーと思ってたら
怪物とか異次元とか出てくる新伝奇物とかラノベ系の話かよー
それじゃ妖精も出てくるよな全く
最初に突っ込んだ俺が馬鹿みたいじゃないかはっはっは」
「いきなりメインヒロインを殴り倒すなんておおこわいこわい」
「認めるかああああああああああああああああああああ!!!」
俺は拳を握り締めて腹の底から叫んだ。
「ほらほら早く教室に戻ってくれないとストーリーが進みませんよ」
「誰が戻るかあんなモンスターハウス!」
「可憐な少女達がたむろする教室を事にも欠いてモンスターハウスとはおお酷い酷い」
「やかましい!今すぐまともな女の子出さないと絞め殺…」
「むきゅー!はやくきょうしつにはいってね!じゅぎょうがはじまるよ!」
その時、階段をあがって廊下の方からまたも巨大な球体がこちらへと向かってきた。
不健康そうな白い球体部分にドアノブのようなみょんな帽子と紫色の気持ち悪い紐を大量に備えた
クリーチャーの存在に俺は戦慄した。
「くっ、どうする…逃げるか…しかし下りの階段はあそこしかない…囲まれる前に突破するか…!?」
「おお不良不良、はやく言われたとおりに教室に戻ってくださいよ」
「こっちが俺の希望の明日だあああああああああああ!!!」
俺は力強く踏み込みクリーチャーの目玉と思しい球体に向けて拳を叩き込んだ。
「ばぢゅりいのおべべがあああああああああああ!?」
眼窩に埋まった腕を引き抜くとどろりとしたクリーム状の白い謎の物体Xが流れ出た。
「いかん腕に付いたこれ洗い流さないと…」
「む゛ぎゅうううん!どぼぢでぜい゛どのぐぜにぜんぜいにごんなごどずるのおおおおおお!?」
「まだ生きてたか死ねぃ!」
俺はクリーチャーの胴体を両腕を広げて抱え込むと、思い切り押し出して階段の下へと叩き落した。
「ゆぎぁぁあああああああああああ!?!?!?」
クリーチャーはビタンと音を立てて落下すると謎の物体Xを撒き散らして痙攣したのち動かなくなった。
「よし、突破!」
「おお怖い怖い、遂に殺してしまいましたよ」
「もういい喋るなお前は俺の経験値の計算とレベルアップのファンファーレ鳴らすのだけやってろ」
俺は二階に下りてから少し落ち着いて考えた。
「このままじゃ体が持たないし武器が欲しいな…そうだ」
俺はトイレに向かって走り出した。
トイレならモップもあるしゴム手袋をつければ多少あのバケモノに触るのに抵抗も無くなりやりやすくなるだろう。
「やあ、女の子の機嫌を聞きに来たのかい?
今の機嫌は れいむ 最悪 ぱちゅりー 意識不明
みょん ふつ」
「人外のバケモノの精神状態なぞ知るかああああああ!」
俺の真空回し蹴りがトイレで用をたしていた愛でなんとかのこめかみを捕らえた。
動かなくなったそいつのことは無視して用具入れをあさる。
モップ…良し、ゴム手袋…あった、装着
「あとはこの学校を脱出してから考えるか…」
俺はモップを肩に背負いトイレを出ると階段に向かって走り出した。
「早く…早く逃げ出さなくちゃ…」
「ゆ?さぼりなんてなかなかのわるなんだぜ
いっしょにおくじょうでゆっくりしようぜ!」
前方、敵確認。
三角帽を被った怪物に対して俺はブラシ部分ではなく棒の頭を向けて突進した。
「これでどうだあああああああああああ!!」
「ゆっげええええええええええええええ!?」
モップに貫かれた怪物は痛みにもだえながらも暴れ始めた。
「ゆぐううううう!ま゛り゛ざにな゛んでごどずるんだぜえええ!
ゆ゛っぐり゛ざぜずにごろぢでやるうううううう!!」
「ちぃ、決定打には浅いか!」
俺はモップを引き抜くと黒い謎の物体Xを傷口から噴出す怪物に対して今度は突きではなくなぎ払いを繰り出した。
「ゆべぇ!?いだい!いだいいいい!」
「糞っ!しぶとい奴め!!」
このままでは埒が開かないので俺は一度責めるのをやめて三歩下がって距離を取った。
「ゆううううう…!まりさをおこらせるなんてばかなやつなんだぜ…!
ゆっくりしねええええええええ!」
怪物が体をたゆませ力をためたかと思うとその反動を利用し飛び上がった。
俺は驚きモップをかざして身構える。
「ゆっびべぼおおお!?」
怪物は天井にぶつかりぼよんぼよんと床と天井の間をバウンドし始めた。
巻き込まれるのが嫌だったので後ろに飛んで距離を開けた。
「いだいよおおお!おうぢがえるううううううううう!」
「ゆ!?なにごと!?」
「じゅぎょうちゅうはしずかにしていってね!ゆっくりおべんきょうできないよ!」
怪物はバウンドが止むと大声で泣き出した。
その声を聴いて教室から次々とおぞましき化け物が出てくる。
「しまった!挟まれた!」
「どおぢでまりざがごんなごどなっでるのおおおおおおおおおおお!?」
「ゆううううう!おにいさんがやったんだね!ゆるさないよ!!」
様子を見た化け物達は仲間がやられたことに怒り俺に向かって突撃してきた。
「いかん…こうなれば…!」
俺は廊下の窓をモップで叩き割って外に飛び降りた。
二階からなら死にはしないだろう。
それなりの痛みを覚悟しながら落下していくと、予想外にべちゃり、という音とともにやわらかい場所に落ちた。
「ん?」
「でい゛ぶのあ゛ん゛ごがあああああああ!?」
「どぼぢでえええええ!?」
どうやら怪物の真上に降りてしまったようだ。
「まさか…」
俺は慌てて運動場を見渡した。
そこには大量のモンスター達が所狭しと並んでいた。
「ちくしょおおおおおおおおおおおお!ここもモンスターハウスかあああああああ!?」
「女子高生の体育風景、おおえろいえろい」
久々にナビ妖精が現れてにやりといやらしい笑いを浮かべながら言った。
「うるせえええええとっとと電源を切れよプレイやあああああ!
いつまでこんな糞ゲーやってんだよおおおおおおおお!?」
俺の叫びは青春をそのまま表したかのような青い青い空に吸い込まれていった。
GAME OVER
最終更新:2008年09月14日 08:09