~注意~
- 舞台が少し特殊です。キノの旅みたいな感じです。
- 虐待描写が少ないと思われます。
『崇める国』
「……やっぱり魚はいい。簡単だし、おいしいし」
目の前でゆるやかに流れる河のほとりで、旅人は昼食をとっていた。
それは先ほど釣った魚の臓物を取り出して、塩をかけて焼いただけというシンプルなもの。
しかしその労力に見合わないほどの味を、こんがりと焼けた魚は提供していた。
「魚がたくさん、しかもおいしい。ここはいい河だ」
旅人の位置からでは向こう岸がかすんで見えるほど大きな川は、なぜだか知らないが魚がよく釣れた。
そして同時に、釣りの餌となる生き物もこの川の近辺には多く生息していた。
捕獲に簡単で、針にもさしやすく、魚の食いつきもいい。
まるで餌につかうために生まれたような生物は、ゆっくりといった。
その生物は、川沿いに集まって家族で水を飲んでいた。
「おみずおいちい♪ごきゅごきゅ♪」
「ゆっくりのんでね!!でもおちないようにきをつけてね!!みずのなかにはいっちゃうとゆっくりできなくなるからね!!」
「わかっちぇるよ!!ゆっくりのむからあんしんしてね!!」
「まりさものむんだぜー!!」
どんっ。ぼちゃーん。
「がぼっ!!お、おぼれがぼぼぼぼぼ」
「れいむのあがじゃんがぁぁぁぁぁぁぁ!!なにじでるのぉぉぉぉぉぉ!!」
「わざとじゃないんだぜぇぇぇぇぇぇぇ!!ごめんなさいだぜぇぇぇぇぇ!!」
「うるさぁぁぁぁい!!いもうとをころすこなんてれいむのこじゃないよ!!ゆっくりしね!!」
どんっ。ぼちゃーん。
「ゆげっ!!お、おがぁざっ!がばっ!ばぼっ!ぶくぶくぶく……」
一匹の子れいむが川の中に落とされ、それに怒り狂った母れいむがこれいむを押した子まりさを川の中にたたき落とす。
落ちたゆっくりは、水によって皮を溶かされ中のものを川の中にぶちまける。
それを取りに魚たちが群がり、胃の中に収めていく。
これがここに魚の多い原因なのかもしれないなと思い、また、
「ああ、なるほど。こうやってやれば撒き餌にもできる。今度試してみよう」
旅人はそう呟いて、立ち上がった。
目的の国まで、もうすぐだ。
それから川沿いに数時間歩いて行き、旅人は目当ての国に到着した。
いつもどおりに入国の手続きをしていざ国の中に入ろうとした旅人に、門番が一枚のカードを渡した。
表にはかわいくデフォルメされたゆっくりれいむのイラストがある。
何か嫌な予感がして、旅人はこれ以上その姿を見ないようにカードをひっくり返した。
すると、裏には何やら注意書きのようなものがずらっと書かれている。
「すいません。外の国の人には、これをお持ちしていただきます」
「もちろん構いませんが、これは?」
門番はもう一つカードをとりだして、旅人に見せる。
「この国には独自の信仰があり、国民はみなそれを信じています。
ですから、国の中では信徒故の行動を迫られることもありますので、その時にはカードを見せてください。
あなたは信徒ではないことの証明になりますので。
まあここの国民が旅人のことを見れば一発でわかると思いますが、一応です」
「はぁ。で、このイラストから察するに、信仰の対象というのは……」
「ええ。ゆっくり様です。あの方たちは神々の遣わした使徒なのです。
不敬な真似は控えていただけるよう願います」
旅人は宗教系か、しかもゆっくりか、と内心厄介に思っていたが、それを表に出すことはしない。
適当に生返事だけしておいて、旅人は国の中に入って行った。
国の中に入って旅人を待ち受けていたのは、一面に広がる農場だった。
道の両端にはその農場で使うための水路が流れており、農場自体はそこそこ高い柵で守れらている。
その柵の向こう側で、ちらほらと住人が農業にいそしんでいた。
そしてその柵のこちら側ではなぜかゆっくりたちが柵の前で悪戦苦闘している。
「「「「ゆっくりしていってね!!!」」」」
「そうだね。ゆっくりだね」
こちらの姿を認識すると、そのゆっくりたちはこちらにすり寄ってきた。
そのどれもがこちらを馬鹿にした笑みを浮かべており、人間に対する畏怖などの様子は見受けられない。
「おにいさんごはんちょうだいね!!かわいいあかちゃんたちがおなかすかしてるんだよ!!」
「そうだね。男っぽくしてるから」
「おなかちゅいたよ!!」
「ごはんよこしちぇね!!」
「そうだね。あの魚はおいしかった……」
「なにいってるんだぜ?こいつばかだぜ!!」
「ばかなこといってないでさっさとごはんちょうだいね!!」
「そうだね。魚はおいしい」
ここのゆっくりは人間に慣れているのだろうか、怖がることなくゆっくりは自分に近寄ってきた。
寄ってたかってこちらに物を懇願する姿を見て、旅人は昔見た光景を連想した。
「どっかの国であったな、こういうの」
ただし、たかるのはゆっくりではなく人間であったが。
貧民層の住人が旅人にわらわらと集まってきて、お金や食料を懇願してくるのだ。
もちろん旅人はその者たちに何も与えなかったし、今回もそうだった。
「ごはんよこせっていってるでしょ?ことばわかんないの?ばかなの?」
「そうだね。シンプルが一番だ」
「おなかちゅいたっていっちぇるでちょ!!にんげんのくちぇにれいむにさからうなんちぇなまいきだよ!!」
「そうだね!!こんなばかみんなでやっつけちゃおうよ!!」
いつまでたっても自分達にご飯を与えない、それ以前に話すら聞こうとしない旅人に業を煮やしたのか、
ゆっくりたちの会話は次第に過激なものとなっていく。
「そうだね。川魚のほうが私は好きだ」
「それじゃあまりさにまかせるんだぜ!!まりさにかかればにんげんなんていちころだぜ!!」
「おとうさんかっこいいー!!」
「まりさ!!あんなやつさっさとやっちゃって!!」
「ゆっへっへ!!かくごするんだぜ!!」
「やれやれ、海魚も嫌いじゃないんだけどね」
「お?もしかして旅人さんかい?」
調子に乗って体当たりを仕掛けてくるゆっくりを適当にあしらっていると、
声高にそう叫ぶゆっくりたちに気がついたのか、周りの住人たちがいつの間にか近づいてきていた。
皆それぞれ個別の服を着ていたが、なぜか同じ袋を腰につけていた。
旅人は飛びついているゆっくりを払いのけて、住人たちにカードを見せる。
「はい。ゆっくりに絡まれているんですが、どうしたらよろしいのでしょうか」
「ゆっくり様にかまってもらえるなんて素敵なこった。そのままでええと、わしは思うんだがのぉ」
中年の男たちは旅人の苦労も知らずそう言い放ち、恭しくゆっくりたちに礼をする。
旅人はどうしたもんかと思案していたが、いくら飛びかかっても倒れもごはんも出さない旅人に興味を失ったのか、
ゆっくりたちは勝手に旅人達から離れていった。
「おじさんたち、ゆっくりまりさたちにごはんをよこすんだぜ!!」
「れいむにもね!!」
「わたちもー!!」
「おお、ゆっくり様。これが供物ですじゃ。受け取ってくださいな」
ゆっくりたちに囲まれた住人たちは礼をといて、腰に巻いてある袋から、団子のような食べ物のようなものをゆっくりに与えた。
ゆっくりたちは毒見もせずにそれをほうばると、
「むーしゃ、むーしゃ、しあわせー♪」
差し出された供物に我先にとゆっくりが群がり、そこらじゅうに食いかすをたばしながら食べる。
その姿はひどく下品で、そしてあさましい。
本人たちは幸せそうに笑っているが、旅人は思いっきり顔をしかめた。
「ゆっへっへ!おいしいんだぜー!しあわせー♪」
先ほど旅人につっかっかってきたまりさは、供物を食べながら旅人に意味ありげな笑みを向ける。
大方ざまぁみろとかそんなこと思っているんだろう。
旅人は別にむかつきはしなかったが、代わりにひどい疲労を感じた。
それからも住人たちはゆっくりたちを崇めるようにひざまずいて、求められるがままに食料を与え続ける。
それをゆっくりたちは当然と言ったばかりにその場で食いつくし、
味が悪いだの、量が少ないだの、好き勝手に文句を並べる。
手持ちの食料がなくなった住人たちは、ゆっくりたちの勝手な言い分に、ただ申し訳ありませんと謝るばかりであった。
その異様な光景に、
「なにかが、なにかがおかしい」
旅人はそう呟くしかできなかった。
これ以上無駄に疲れをためたくなかった旅人は、住人に何も言わずにその場を去った。
それから旅人は、極力ゆっくりにかかわるのを避けるようになった。
街中で野生のゆっくりに出会ってもすぐさま逃げるを選択し、顔も声も認識する前にその場を去る。
しかし、旅人がいくら避けようとしてもゆっくりはどこにでもいた。
そして、ゆっくりに会うたびにたびに旅人はその場を離れなければならなかった。
食事処以外の店の中には入れないようになっているのが唯一の救いだったが、それでも旅人はあまりこの国が好きになれそうになかった。
「まったく、なんとかならないかな……」
別に旅人はゆっくり虐待派というわけではなかったが、しかし愛護派でもない。
だから、あれほどまでに自分勝手な言動を繰り返されては、いくら旅人でもゆっくりに対して好意的以上の感情を持つことはできなかった。。
しかもこの国にいるときは、むやみに追い払うこともできないのだ。あれに遭ったら逃げるくらいしかできない。
結局旅人はゆっくりから逃げ回るはめになり、いつも以上に国内を巡るのに時間がかかってしまった。
そして旅人が入国してから五日後、ようやくその国でやることがあらかた終わり、出国の準備も整い終えた。
ホテルにでも帰ってゆっくり休もう、と帰路についていた旅人は一匹の奇妙なゆっくりと出会った。
「おにぃさぁん……おねがいだからまりさにたべものくださいなんだぜぇ……」
そのゆっくりまりさはいつものあいさつすら忘れて、旅人に食料をねだる。
以前と同じ食料の要求。しかしあの時とは状況がえらく変わってしまっていた。
病人のようにやせ細ったほほに、砂漠のように荒れた肌。
目の周りは堀の如くくぼんでおり、それゆえに浮き上がって見えるその目は、異様なまでにぎらついている。
この国に来て最初に出会ったゆっくりのような元気な姿は、このゆっくりからは一部も感じ取られなかった。
旅人は不審に思い、今までのように逃げることはせずに懐からカードを取り出してそのゆっくりに見せる。
「私はこの国の住人じゃないんだ。申し訳ないけど、他を当たってくれないかな。
この国の人ならきっと、君に喜んでごはんをくれると思うから」
旅人は自分でも良心的な対応をしたつもりだが、しかしそのゆっくりは絶望したかのように、顔を小刻みに震わした。
まりさのかぶっている黒い帽子がずるりと傾く。
「そんなこといったって、だれもたべものくれないよぉぉぉぉぉ!!
まえまでまりさのいうこときいてくれたのにぃぃぃぃぃぃぃ!!
もうずっとごはんたべてないからおなかすいたよぉぉぉぉぉ!!!」
旅人は少し前までの状態を知っていただけに、そのゆっくりの言うことが信じられなかった。
あれだけうれしそうに、旅人からしたら異常なまでにゆっくりを崇めていたのに、どうしていきなり?
旅人はわけがわからず、ゆっくりの言うことが真実か確かめるためにも、近くにいた女に話しかけた。
「すいません。あのゆっくりがごはんを欲しているようなんですが、あげてやりはしないんですか?」
「ええ?あなた何言っているんですか?」
声をかけられて女性は驚いた顔をしたが、すぐに納得したようにほほ笑んだ。
「ああ、あなたは旅人さんなんですね。それならこの時期にそんなことを言うのもわかります」
「どういうことですか?」
女性は食料を今か今かとこちらをじっと睨みながら待っているまりさを無視して、旅人のほうだけを見据えて話し始める。
「私たちがゆっくり様たちに与える食料は、餌ではなく供物なのです。
そして、供物の与える時期は決まっており、それは三日ほど前に終了いたしました。
必要以上の供物は神に対する媚とみなされ、罰せられるのです。過ぎたるは猶及ばざるが如し、ともいいますし。
ですから、私たちがゆっくり様に供物を与えることはもう来年までもうないのです」
きっぱりと言い切る女に、旅人は困惑の色を隠せない。
「しかし、この国で信仰の対象とされるものが、道端で餓死ってのはいいんですか?」
「確かにあのお姿を拝見させていただくのは大変心苦しいことなのですが、
ゆっくり様たちは神の使徒であられますから、私どもには理解が到底及ばないような、すばらしいことをしているのでしょう。
私どもは彼女らの行動から何かを感じ取るしかないのです」
熱心に教義を語る女は、いまだにゆっくりをその目で捕らえてはいない。
そして、それは旅人も同じだった。
旅人の興味は、すべて女の話の内容に向かっている。
「それじゃあ、急に食料の配給を止めて、神の使徒を苦しめることからあなたたちはどんなことを学びとったんですか?」
旅人は手の中でカードを弄びながら、棘のある口調で女に問いかける。
さんざんゆっくりに振り回された、旅人の不満の表れだった。
「それは、倹約の精神ですわ」
「倹約?あれからですか?」
思いもよらない女の答えに、旅人は思わず聞き返す。
「ええ。献上されるがままに私たちの供物を食い漁ってしまった結果、ゆっくり様たちは食糧不足に陥ってしまいました。
最初から節約して、貯蔵しておけばそんなことにはならなかったでしょうに。
そしてゆっくり様たちは食料を求めて這いずりまわり、情けない声で私たちに食料を懇願し、仕舞には共食いまでしてしまいます。
その姿はひどく醜く、おぞましいものです。
ゆっくり様たちはそのような姿を見せつけることで、いわば反面教師的に、私たちに倹約の大切さを教えてくださるのです」
「……でもそれは、あなた方が配給を止めなければよかったことでは?
それができないまでも、せめて止める日を事前に伝達しておけば、ゆっくりたちも無計画に食べつくすことなんてなかった。
しかも完全に農場をガードして食料を与えないようにしている。これは悪意ある行動にしか見えませんよ」
旅人の反論に、女は柔和な笑みで返す。
「旅人さん。神が、常に私たちに天の恵みをお与えになると思いですか?
凶作の年をその年の初めから知らせると思いますか?
……もちろん、そんなことはあり得ません。神の試練は唐突にやってきます。
ですから、常日頃から食料を貯蔵し、備える必要があるのです。
そのことを私たちは、ゆっくり様から教わりました。
おかげで私たちの国はこの数十年間、どれほどひどい飢饉に見舞われようとも一人の餓死者も出しておりません」
饒舌に語る女に、旅人はため息をついた。
自分たちがゆっくりに与える供物を神の恵みに比喩するならば、当然自分たちを神としてみていることとなる。
つまり、このゆっくりよりも自分たちが上位にいると見なしているということ。
この国はゆっくりたちを神としてなんて崇めてはいないのだ。
「それなら、旅人にはゆっくりを追い払う権利をくれればいいのに……誰だよこれ考えたの……」
「え?何か言いましたか?」
「そんなばk……いや、すばらしい風習を一体どこのどいつがが始めたのかと思って」
半ばやけくそ気味に、旅人が尋ねる。
「今からはるか昔、鬼意山と名乗る一人の旅人が伝えたのが始まりだと言われています。
とってもお優しい方で、よくお笑いになる方だったそうですよ。
……あれ、どうしたんですか?頭なんか抱えて」
「……なんでもないです」
両手を頭にやって、旅人は呻く。
まさかそんな大昔から虐待派の人がいて、しかもその人のせいでここまで国が変なことになるなんて。
この国の人も気づかないのか。明らかにこんなの虐めてるだけじゃないか。
誰に対するわけでもない愚痴を旅人が頭の中でしていると、衝撃が背中に走った。
「いつまでゆっくりしてるつもりだぜぇぇぇぇぇぇぇ!!
さっさとまりさにごはんよこすんだぜぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ずっとわけのわからない話をしているだけで全く自分に食料を与えない旅人達に痺れを切らしたまりさが、
旅人に体当たりを仕掛けたのだった。
まりさは先ほどの媚びるような口調ではなく、旅人が初日に会った時のような傲慢な態度で食料を要求する。
最初のは演技だったのかな、と旅人は思う。
「だから私はこの国の人じゃないから、ほかの人を……」
「うるさいんだぜ!!にんげんのくせにまりさのいうことにさからうんじゃないんだぜ!!
なまいきなにんげんはゆっくりしんで、ごはんよこすんだぜぇぇぇぇぇ!!」
「おっと」
まりさの勢いのない体当たりを旅人は難なくかわすと、まりさは勢いあまって水路の中に飛び込んでしまう。
まりさの体は水路よりもいくらか大きかったが、その勢いと柔弱な体のせいですっぽりと水路にはまってしまった。
しかも運悪く水が流れる方向に逆らうようにはまってしまったため、まりさの顔面に水が次々とぶつかってくる。
「がばっ!だ、だずげ、べっ」
「おお!新しい教えをわれわれに授けてくださるのですね!!
これは……ああ、なるほど!一度動きだしたものは急には止まれないから、考えてから動けということですね!わかりました!」
がぼがぼと水路の中で苦しむまりさの近くで、女がひざまずきながら感動している。
「あの、助けなくていいんですか?」
「はやく皆にこのことを知らしめねば……。
申し訳ありません旅人さん。私はもう行きますので、知りたいことがありましたら他の者にお聞きください。それでは!」
女は旅人の言葉が耳に入っていない様子で、鼻息を荒くしながらどこかに走り去ってしまった。
その速度は女性のものとは思えない速さで、すぐに女は見えなくなってしまった。
「行っちゃったよ……。お前も大変だね」
「げほっ、だずげっ」
「残念だけどそれはできないよ。この国の人に怒られてしまうから。
それに、私ももう帰らないと。それじゃあね」
旅人はまりさを残して、足早にその場から立ち去って行った。
後にはまりさの悲鳴だけが残り、誰もその声に反応する者はいなかった。
おしまい
あとがき
魚おいしいですよね。
焼き魚とかたまらないです。
なのに最近魚が高騰してきて悲しいです。
おのれ欧米諸国め。みんな牛肉でもくってりゃいいのに。
by味覚障害の人
最終更新:2022年05月03日 16:30