「……まあいいわ。この通知を貰うのももう三度目だしね。
所詮は拾ってきたゆっくりだし、今までの私が期待し過ぎていたのよ」
そう言うと女性は溜息を吐き、部屋から去っていった。
残されたのは一匹のゆっくりまりさ。
まりさはその背を見ながら悲しそうに俯き、静かに涙を流す。
その帽子には、銀色のバッチが輝いていた。
「まりさおねえちゃんげんきだして! つぎはぜったいだいじょうぶだよ!」
落ち込んでいるまりさを励ます様に、ゆっくりれいむがまりさの周囲を跳ね回る。
まったくの善意からの行動なのだろうが、今はまりさを苛立たせているだけだ。
「うるさいよ! おちびちゃんには、おちびちゃんにはまりさのなやみがわからないんだよ!」
まりさは跳ね回っていたれいむを体当たりで跳ね飛ばし、憎悪の篭った瞳で睨み付けた。
こいついなければ。そう何度思った事か。
いっそこのまま潰してやろうか――そう考えたところでまりさは我に返る。
目の前には傷付き呻いているれいむ。
壁に叩きつけられた背からは餡子が流れ出している。
まだ子ゆっくりのために、成体であるまりさとの体格差を考えればこうもなろう。
それでもれいむは泣き叫ばず、ただ目尻に涙を貯めて必死に耐えていた。
「騒がしいわね。まりさ、また何かしたの?」
女性との声と共に近付いてくる足音。
まりさは顔を青くし、れいむと足音のする方へ顔を往復させる。
そうしてまりさは跳ねた。飼い主の脇をすり抜け、一目散に家から飛び出した。
れいむは飛び出していったまりさを悲しそうに見送っていた。
「ゆっくりしたいよ……」
まりさの帽子に輝く銀のバッチ。
これは飼いゆっくりで表す事を示すバッチである。
ゴールドは試験に合格したゆっくりに与えられる最高位のバッチ。
あれば大抵の人間はそれなりに対応してくれるし、買い物もできる。
シルバーはそれなりの金額を出して買ったバッチ。
どのゆっくりにも付けられるが、性格適正の試験などで合格していないため扱いは悪い。
ブロンズはあってない様なもの。安値で手に入る代わりに、潰されても何の文句も言えない。
流石に主人の目の前で潰されたら文句を言え、雀の涙ほどの賠償金を貰えるが。
成体であるまりさのバッチは銀。だが、まだ子ゆっくりであるれいむは金。
それが二匹の差であり、まりさの悩みの種だった。
まりさはゴールドバッチを取るための試験に三度も落ちている。れいむは一度で合格したにも関わらずだ。
れいむが居ない頃は合格率が1桁ほどの試験な事もあり、飼い主も優しくまりさを慰めてくれた。
そして次回こそと、次の日から勉強に燃えるのだ。
だが今は違う。まりさよりも幼いれいむがゴールドバッチを取ってしまったのだから。
それからだ。飼い主がまりさとれいむを区別する様になったのは。
それまでは二匹とも同じくらいに、いや付き合いが長いまりさの方に愛情を注いでいたのに……
「ゆぅ……」
まりさは溜息を吐き、物思いに耽る。
なんでこんな事になったのか。れいむはなんで家に来たのか。
まりさが悪いというわけではない。ゴールドの試験は元野良であったまりさには酷なもの。
赤ゆっくりの頃から厳しく躾られたれいむとは違うのだ。
「あのころにもどりたいよ……なんでこうなっちゃったの?」
昔は良かった。記憶を辿れば辿るほど、まりさはそう思う。
思えばれいむに色々と教えてあげたのもまりさなのだ。
自分が姉になった様な気がして、まだ赤ゆっくりだったれいむを可愛がったものだ。
そしてれいむもまりさに良く懐き、本当の姉妹の様に育った。
だからこそれいむは今もまりさを慕っている。だが、それがまりさには辛い。
シルバーバッチだって最初は誇りだった。
飼い主が自分を愛してくれる証拠だと、他のゆっくりとは違うのだと。
だが今ではこの銀の輝きも、れいむもゴールドバッチの前では惨めなものだ。
「まりさ! きょうもいっしょにゆっくりね!」
「むきゅう、いえにいないからしんぱいしてさがしにきたのよ」
溜息を吐いているまりさに声を掛けてきたのは、成体のゆっくりれいむとぱちゅりー。
二匹とは同じシルバー同士古くからの付き合いであり、同じグループに属している。
その満面の笑みも、今のまりさには辛い。
「ゆぅ……」
「どうしたのまりさ? げんきないね」
「しゅうかいにいけばげんきになるわよ。さあ、はやくいきましょう」
飼いゆっくり同士でもグループがあり、それぞれ別れて行動している。
ゴールドはそうでもないが、多種多様なゆっくりがいるシルバーではそれが顕著だ。
ゴールドを目指して一緒に勉強するもの、ただ遊び相手が欲しいだけのもの。
まりさが属しているのは前者であり、そういったゆっくりは大抵飼い主に愛されている。
この二匹の飼い主はとても優しく、まりさも羨んだものだ。
だから辛い。自分が飼い主に愛されていないと分かっているから。
この二匹には未来がある。例えゴールドバッチを取れなくても、愛想を尽かされる事はないだろう。
だがまりさは違う。もう既に愛想を尽かされているのだ。
幸せなゆっくりを見る度に、自分の惨めさを自覚してしまう。
「……きょうはいいよ。ごしゅじんさまにおつかいをたのまれてるんだ」
「ゆゆっ!? おつかいをたのまれたの?」
「むきゅう、すごいじゃないまりさ! まりさはよっぽどしんらいされてるのね!」
だからこそ咄嗟に嘘を吐いた。
飼い主に愛想を吐かされ、妹同然のれいむに八つ当たりして家を飛び出したなどと言えるわけがない。
俯きながら話すまりさとは対照的に、二匹は若干興奮気味だ。
前述の通り、シルバーは扱いが悪いために買い物に行っても門前払いの可能性が高い。
だからシルバーバッチのゆっくりにおつかいを頼む飼い主はまだいない。
二匹とてまだ未経験の領域だ。
「……じゃあ、まりさはいくね……」
「うん、おつかいがんばってね!」
「あしたいっしょにゆっくりましょうね!」
二匹に見送られ、まりさはその場から逃げ出す様に跳ねた。
二匹の興奮した視線が、尊敬の眼差しが心に突き刺さる。
惨めだった。これ以上ないほど惨めで、まりさは今にも泣き出しそうだった。
だが立ち止まらない。立ち止まったら大声で泣いてしまうだろう。
まりさは目尻に涙を溜めたまま、ただがむしゃらに跳ね続けた。
そして里の外れ。息切れしたまりさはようやく立ち止まった。
あの二匹とはもう顔を合わせられない、集会にはもう行けない。
幸せなゆっくりの集団の中に、一匹だけ惨めなまりさが入っていけるわけがない。
「ゆう……」
そしてまたまりさはたそがれる。
まりさの悩みは答えがでないもの。どうしようもないもの。
努力という手段でしか結果は手に入らず、次の試験は半年先。
どうしてそれまでの間に捨てられぬと言い切れるのか。
こうして溜息を吐く事しかできないのだから。
「まりさ、あなたも一人なの?」
「ゆぅ!? ありすううううううう!?」
次にまりさに声を掛けてきたのは一匹のありす。
そしてまりさはその姿を確認した瞬間、一目散に逃げ出した。
そのありすにはシルバーバッチが付いている。
だがそんな事はまりさには関係ない。
銀のありすには近付くな。銅のありすは踏み潰せ。
それがゆっくりの飼い主と飼いゆっくりの間で言われている言葉だ。
ありすは他のゆっくりを襲う性質がある。
それは飼いゆっくりになっても中々矯正できるものではない。
だからか、飼いゆっくりのありすはれいむやまりさと比べて驚くほど数が少ない。
大体その二匹、ちぇん、ぱちゅりー、みょん、その後にありすといったとこだろうか。
昔はれいむとまりさに次いで数が多かったのだが、他の飼いゆっくりを襲う事件が多発してからはこれだ。
厳しい躾でストレスが溜まり、その発散のためにゆっくりを襲う。その悪循環。
今では飼いゆっくりにすら避けられ、同種が少ないために孤独を強いられる始末。
中には友達が欲しくて頑張ってゴールドバッチを得たありすが、なお避けられ続け発狂した例もある。
まりさもありすが苦手だった。元野良だった頃に散々その所業を見てきたのだから当然と言えば当然か。
例え孤独になったとしても、ありすと馴れ合うのだけはごめんだ。
寂しそうにしているありすを置いて、まりさは再び跳ね続けた。
気が付けばもう夕暮れ。まりさは家にも戻れず、一匹寂しく佇んでいた。
家には戻れない。戻ったところでどうなるのか。
そうして今日何度目か分からない溜息を吐いたところで、まりさはふとあるものに気付いた。
「もうすぐおやさいがたくさんあるばしょにつくからがんばってね!」
「そこはまりさたちのゆっくりぷれいすだよ! みんなでゆっくりしようね!」
目の前を通り過ぎるゆっくりの一家。れいむとまりさからなるその家族にはバッチがない。
野良なのだろう。小汚く髪のツヤも悪いゆっくりだが、それでも皆仲良く幸せそうだ。
何故だろう。まりさの中で急に怒りが湧いてきた。
何故何の努力もしてない野良どもがゆっくりしていて、こんなにも努力している自分がゆっくりできないのか。
だが同時に羨ましくもある。皆仲が良くて、幸せそうで。
今のまりさにはないものを持っている。
ゆっくりの家族を見送りながら、まりさは考えた。
本当に今のままで幸せになれるのか? あの家に戻って幸せになれるのか?
先ほどの家族は幸せそうだった、まりさなんかよりもよっぽどゆっくりしていた。
「まりさも、バッチを捨てたら幸せになれるかな?」
そうまりさは自問した。本当に飼いゆっくりは幸せなのか?
まりさにはそうは思えなかった。美味しい物が食べれなくて、広い家がなくても。
先ほどのゆっくりの家族の方が幸せそうだったじゃないか。
「こんなもの、もういらないよ!」
まりさは帽子を脱ぎ、自身の誇りであったシルバーバッチを口に含んでもぎ取った。
ピンがあったために帽子が少々破れてしまったが、そんな事はどうでもいい。
「こんなもの、こんなもの!」
そして地面に転がったバッチを、何度も跳ねて踏み付ける。
それだけですっとした。自分が束縛から解放されて自由になった気になれた。
「まりさはもりでゆっくりするよ! おちびちゃんにまけないくらいね!」
そうまりさは叫び、森を目指して跳ね出した。
もう窮屈な人間の里には居たくない、これからは森で自由に生きるんだ。
そう輝かしい未来に胸を躍らせ、まりさは跳ねた。
「おっと、また野良か」
「ゆべぇえ!?」
が、次の瞬間地面に叩き付けられた。
まりさの自慢の帽子の上に青年の足が乗せられ、ひしゃげた体では上手く喋る事もできない。
「どぼじでごんなごど――」
「はいはい。まったく、この前ドスとかいうデカいのを殺したばっかりなのに、まだ来るのか」
踏み潰されたまりさの視界の先に、餡子の塊があった。
まりさは理解した。それは先ほどの家族の成れの果てだと。
忘れていた。自分がこの里で生きれてこれたのはバッチのおかげだ。
この銀に輝くバッチを貰った際に、飼い主から何度も何度も言われていたのに。
「まりざばだだ、じゆうにいぎだがっだ……ゆっぐりじだがっただげなのに」
「お前らは何時もそれだな。そういうのは人間と関係のないところでやれよ」
そうするつもりだ。そう示す前にまりさは踏み殺された。
野良である事は人間に殺される危険がある。外敵に襲われる危険がある。
自分で巣を、餌を探さないといけない。そういったリスクが付き纏うのだ。
だがまりさは忘れていた。長い間の飼いゆっくり生活で。
結局まりさがゴールドバッチを得るための努力はまったくの無駄であって。
何一つ活かせぬまま死んでいった。
あとがき
虐待じゃないよな
前作のバッチ設定活かしてみたくて書いたけど中途半端
規制でスレに書き込めないなあ
今ままで書いたもの
最終更新:2022年05月03日 16:36