「「ゆ゛っ!」」
私はいつものように、ゆっくりまりさとゆっくりありすの頬を引きちぎる。
何度やっても肉体が引きちぎられる痛みに慣れることはないのだろう。ゆっくり達は思わず声を出し涙目になる。しかしこのゆっくり達は、それ以上泣きわめく事は無い。
その後、私は2人のゆっくりに豪華な食事を出してやる。そんな少し奇妙な関係が2年ほど続いていた。
私はゆっくり加工場の研究室に勤務している。
2年前、ゆっくり加工場の新商品開発に向けての研究素材として、加工場からいただいてきたのが、このゆっくりまりさとゆっくりありすだ。
ゆっくりまりさとゆっくりありすは、他の野生のゆっくり達と同様、山にいる所を職員に捕まって加工場まで連れられてきたそうだ。
捕まったゆっくり達の中から数匹を研究用素材として拝借して良いという話になった。そこで、あえて私は研究や実験に協力する意思があるゆっくりを募ることにしてみた。その際、研究と実験に伴って様々な危害を加える事も、はっきりと明言した上で、である。
とはいっても、自分勝手なゆっくり達である。
わざわざ立候補する者はでないであろうと私は考えていた。
ゆっくり達を加工する前に、恐怖を与えると餡子の甘みが増すという話を実際に試してみるためのハッタリだったのである。
立候補者がいなかろうが、強引に2匹のゆっくりを引っ張りあげるだけの話なのである。
しかし、私の予想は裏切られた。
「俺がいくんだぜ!」
少し震えながら独特の口調で、ゆっくりまりさが名乗り出た。
「……わたしもいってあげる」
かなり震えながら、大人しそうなゆっくりありすも名乗り出た。
私は意外な展開に首を傾げながらも、このゆっくり達を私の研究素材として我が家に迎え入れることになったわけだ。
このゆっくり達はいずれにせよ加工場に捕まった時点で死を覚悟したのであろう。少しでも長く生きる可能性に賭けたのかな、程度に私は考えていた。しかし、実際のところ、理由は他にあった。
この2人のゆっくりは加工場の檻の中で、他のゆっくり達に囲まれた中でさえも、孤独だったのである。
ゆっくりまりさはいわゆる、俺まりさと言われる種別のようだ。一人称が「俺」。語尾には「だぜ」。この口調が原因で、出会うゆっくり達すべてに偽者の烙印を押され、弾劾を受けながら生きてきたそうだ。
ゆっくりありすに至っては、ゆっくりありすであるというだけでまわりのゆっくり達から蔑まれてきたという。特に近くに住んでいたゆっくりれいむ一家からの扱いはひどかったそうだ。恐らくその家族は過去に他のゆっくりありすによって、大変な被害を被ったのだと察するが、それにしても残酷な話である。
そんな2人が加工場で研究素材に立候補した理由は共通していた。
自分のことはどうでもいいから、他のゆっくり達は最後まで仲良く一緒にいさせてあげたい、というのだ。
長年、孤独に生きてきたからこその、悲しい発想である。
ちなみに私の研究の内容は、主に食事と餡子(およびクリーム)の関係性についてである。手順は基本的に以下の流れで行った。
1:1週間同じ食物を与え続ける。
2:1週間後、両頬をちぎって、味を確かめ、成分を分析する。
3:だいたい2~3日で頬が完全に回復する。
以下、再度1~繰り返す。
この研究から、様々な味の餡子の商品化に着手しようというわけだ。
1年ほどすると2人のゆっくり達は良い仲になっていた。朝になると頭から子ゆっくりのついた蔦を生やすこともあった。残念ながら、これも研究に活用させていただくのではあるが。
それなりに太い蔦を根っこから折り、赤ちゃんゆっくり達の味と成分を調べる。
「な゛んでぞんな゛ごどずるのお゛お゛お゛お゛」
「あ゛り゛ずのあ゛がぢゃんがあ゛あ゛あ゛あ゛」
最初の頃は相当抵抗された。当然といえば当然の反応ではある。そこで私はゆっくり達に言い聞かせた。この研究が進めば、もしかしたら他のゆっくり達を無駄に捕まえる必要がなくなり、ゆっくりさせられるかもしれないと。
それが効いたのか、最近では「「ゆ゛っ!」」と一言だけ声を漏らし、目に涙をためてなんとか堪えている。私が心情的に搾取しやすいようにという配慮のようだ。あいにくと私はそんな感情を持ち合わせてないつもりだが、それでもこのゆっくり達の配慮は少しうれしい。せめてもの情けで、先にも記したように頬を搾取したり、子を搾取した後には、いつもより豪華な食事を出すようにした。
そんな生活が2年ほど続いた。
2人のゆっくりも慣れたようで、搾取の事を踏まえた上でも、2人なりにゆっくりできているようだった。時には2人を連れて山に散歩にいったり、川で遊んだりもした。
その中で気づいたことがある。
本当にゆっくりできているゆっくりの餡子は甘さこそ控えめなのだが、深みのある味わいを持つのである。特に年配の方に好まれる味で、この事は早速研究所に報告した。3人による研究成果の1つである。
とある夏の日。
得意先の古物商から花火という物を頂いた。私は早速花火を家に持ち替えり、その晩に3人で楽しむことにした。ゆっくり達が特に気に入ったのが線香花火とねずみ花火という物だった。
2本の線香花火に火をつける。
左手に持つのがまりさの分、右手に持つのがありすの分。
どちらの花火が最後まで残るか競争のはじまりである。
「ゆっくり落ちないでね!!」
まりさは騒がしく跳ねながら、自分の線香花火を応援する。
「……ゆー……」
ありすは祈るようにじっと線香花火を見つめている。
結果、まりさの線香花火が先に落ちた。まりさは実力勝負で負けたわけでも無いのに、異常に悔しがっていた。それほど勝負事に真剣なのであろう。
一方のありすは今までに無いような無邪気で晴れやかな表情を見せていた。
ねずみ花火に火をつけて地面に放す。ねずみ花火はもの凄い勢いで庭中を駆け巡った。
まりさは目を輝かせ、わざわざ花火に向かっていっては、跳ねて飛び越えるなんていう遊びをしている。
一方のありすは怖がって隅っこでじっとしている。そこにねずみ花火が迫ってくると、途端にらしくないほどの大声できゃーきゃーと叫びながら、全速力で逃げていった。
他の花火も綺麗な物ばかりで、3人の楽しい時間を過ごすことができた。
一通り花火を楽しんで、後片付けをしていると、2人のゆっくりは庭に出て体を寄せ合っていた。どうやら花火で楽しんだこともあり、良い雰囲気になったようだ。独身男の私にはやや目の毒である。2人のことは放っておいて、風呂に入ることにした。今度子供が生まれたら、育てさせて良いかな、などと考えながら私は湯船に浸かってゆっくりとしていた。
風呂から上がった私は庭の異変に気がついた。2人のゆっくりの声が聞こえてこないのだ。
庭の方にでてみると、2人の姿は無かった。
ただ1匹のコウモリのような羽をつけた豚まんが浮かんでいるだけであった。
……地面にはまりさの帽子とありすのヘアバンドが落ちていた。
「うー♪ うー♪ もっち、もっち」
私は絶句した。
なぜ?
なぜここに、ゆっくりれみりゃがいるのか。
私はその時になって、初めて自身の認識違いに気づかされた。
あの2人は私にとって、もはやただの研究素材や家畜ではなかったのだ。
しかし、家族とも少し違う。言うなれば、戦友だったのである。
それを失ってしまった事実に、私は一瞬へたれこんだ。
考えてみれば私だって、あのゆっくり達と同じ孤独の身ではないか。
早くに両親を無くし、職場でも必要最低限の会話しかしない。
だからこそ、2人に共感を覚えたのだろう。
だからこそ、2人をなるべくゆっくりさせたい気持ちがあったのだろう。
家畜であるはずのゆっくりにそんな感情を抱くのは研究者失格ということか。
それをゆっくりれみりゃは私に教えてくれたというのか。
たしかに……たしかに少しゆっくりに流されすぎていたのかもしれない。
私が家畜を家畜として扱っていれば、こんな虚脱感に襲われることも無かったのであろう。間違っていたのは私なのかもしれない。
そう、家畜は家畜として扱わなければいけなかったのだ。
そんな事が頭をぐるぐると回っている中でもなお、我が家の庭ではコウモリ豚まんが食後の余韻に浸っていた。
ゆっくりれみりゃには希少種と呼ばれる胴つきの種類がいるのだが、私の目の前にいるのは頭と羽のみのそれであった。胴つきのそれであったら、街外れの豪邸に住んでいる変態爺に高値で売りつけてやったのだが……
しかし胴つきは紅魔館に保護されているという噂も聞く。胴つきのゆっくりれみりゃにひどい事をした人間は、紅魔館のメイド長によって、凄惨な最期を迎えるという噂も聞く。そういう意味では胴つきでないことは不幸中の幸いである。
心置きなく、このゆっくりれみりゃを新たな家畜にできるのだから。
私は食事に満足しきっているゆっくりれみりゃの背後から近づき、両方の羽に手をかけ、左右に一気に引っ張った。羽を失った豚まんが、庭に下りるための小さな石段の上に落下し、顎にあたる部分を思いっきり強打した。
……すぐには反応はない。鈍感なのであろうか。
3秒ほどしてからようやく羽を失った豚まんが泣き出した。
「う”あ”あ”あ”あ”あ”」
叫び声が煩わしい。近所迷惑にならないように、手際よくゆっくりれみりゃの口を紐で縫い付け、風呂敷に包んだ。翌日から加工場で、家畜とはなんたるかを、このゆっくりれみりゃとともに実践していこうと、私は考えたのだ。
その後、自宅の庭にゆっくりまりさとゆっくりありすの墓を仲良く並べて作ることにした。遺品は帽子とヘアバンドのみだが、一緒に小銭を入れてやった。小銭に気を良くした三途の渡しの死神が、川を渡る間だけでも、一緒にゆっくりしてくれるかもしれないではないか。
ゆっくりれみりゃという研究素材は、それまでの研究素材と戦友を同時に失った私の心を埋めてくれた。というより、私が無理やり埋めさせてもらったと言った方が正しいのだが。
私が注目したのは、ゆっくりれみりゃの羽である。
肉体をちぎると再生に時間がかかるのだが、羽だけであれば、ものの10分程度で生え変わるのだ。これを利用しない手は無いであろう。私は以前のゆっくり達と同様に、食事と羽の味わいの関連性について研究することにした。
研究所に運んだばかりのゆっくりれみりゃは、食事に対する好き嫌いがとにかくひどかった。基本的に甘い物しか食べず、それ以外の食べ物は吐き捨てるのである。仕方がないので、ひとまず飴やクッキーなどのお菓子を中心にした餌を与える事にした。甘い物を与えた時の変化もいずれ研究するつもりだったのだし、順番が変わっただけであろう。
「うー♪ うー♪ むしゃむしゃ♪」
ゆっくりれみりゃは、これ以上ない幸福の表情でお菓子を食べる。
そして食べ終わった直後、余韻に浸ろうかというところで……
ゆっくりれみりゃから羽をもぎ取る。
幸福の瞬間を掻き消す痛みが豚まんボディにかけめぐり、ゆっくりれみりゃは泣き出すのだが、私はそれどころではない。迅速に羽の成分を調べる必要があるのだから。その後も10分毎に羽を採取して、これを調査した。
その度に「う”あ”あ”あ”あ”あ”」「う”あ”あ”あ”あ”あ”」と泣き叫ぶのがうるさいが、家畜に鳴き声は付き物である。
しかし、ゆっくりれみりゃの10分毎の鳴き声に近隣の部署から苦情がきた。私は仕方なく、食事時以外はゆっくりれみりゃの口を紐で縫い付けることにした。
食事の際には紐をはずしてやるのだが、採取のスケジュールもあるためあわてて多少強引にはずすことになる。そんな時はゆっくりれみりゃの唇がひどいことになってしまうのだが、食事を与えればすぐに鳴きやむため、さほど問題は無かった。
お目当ての研究結果はというと……甘い物を与えれば甘い羽になる。
なんともお粗末だが、わかりやすい結果となった。
さらに残念ながら、甘い羽は商品としては成り立たないのである。
この羽にはそれなりの硬度があり、そのまま食すには適さない。
そこで主な用途にと考えていたのが、スルメとダシである。
スルメ同様に加工すれば、独特の歯ごたえがあり、酒のつまみにもってこいの食材となる。また、水につけて30分ほど置けばエキスが抽出されて汁物のダシの役割を期待できるのである。
そして、そのどちらの用途も、お菓子のような甘みが求められるような物ではないのである。このため、私はゆっくりれみりゃの餌にお菓子を出すことをその日限りで打ち切った。このゆっくりれみりゃが甘い物を口にすることは未来永劫無いであろう。
翌日から、唐辛子などの辛い物を与えるようにした。
もちろん、ゆっくりれみりゃは嫌がって吐き出すのだが、諦めずに口に餌をぶちこんでやり、強引に口を縫い付けることにした。こうして10分も経てば、ゆっくりれみりゃがのたうちまわる拍子に飲み込んでくれるのだ。
口を縫いつけた紐をはずす際に失敗して、ゆっくりれみりゃの唇を引き裂いてしまったときは、さすがに食事がつらそうだった。が、餌をやらずに死なれてしまっては元も子も無い。私は泣く泣く唐辛子スープを口に流し込んでやり、その後再び口を縫い付けてやった。
その翌日はゆっくりれみりゃの唇がひどいことになっていた。
避けた唇を再生する際に、縫いつけていた紐を中にいれたまま再生してしまったらしく、皮の向こうに紐が入ってしまっている。私は仕方なく、包丁を持ってきて、強引に口を作ってやった。以前より多少下方に移動してしまった感もあるが、問題無いであろう。餌をやらずに死なれてしまっては元も子も無いのだから。
辛い物ばかりを与えて取れるようになった辛い羽は、これ以上無いほど酒のつまみに最適であった。これは商品化すべきである。ダシとしても悪い素材では無いが、用途が限られそうであった。
翌日からはゆっくりれみりゃがもっとも嫌がっていた、野菜を餌に出す事にした。ゆっくりれみりゃは口を閉じて抵抗するのだが、餌をやらずに死なれてしまっては元も子も無い。
私は仕方なく、口は縫い付けたまま、包丁で頬を切り開き、餌のくず野菜をぶち込んで頬を縫い付けてやることにした。やはり10分もすれば、何かの拍子に飲み込んでくれる。その瞬間の顔のしかめっぷりは、なかなか見ものでもあった。
一応、ゆっくりれみりゃが自ら食してくれるように工夫は凝らした。
ゆっくりれみりゃの好物である、プリンという物に似せて作った野菜汁たっぷりの寒天である。アクもとっていないので苦味やシブ味、エグ味も強烈であろうが、どっちにしろ野菜味は嫌われるのであるから同じであろう。これを出した時のゆっくりれみりゃの顔が、期待から絶望に変わる瞬間は、なかなか見ものであった。無理やり口に突っ込んだら案の定吐き出しそうになったが、いつもどおり、口を紐で縫い付けてやった。餌をやらずに死なれてしまっては元も子も無いのだ。
こうしてできた野菜成分たっぷりの羽は、体に良いつまみとして、また栄養満点なダシとして、商品化が見込める物であった。
ここまでの研究で、ゆっくりれみりゃの羽を商品化するめどはついた。
後はいかにして量産するかである。
1匹のゆっくりれみりゃから、10分毎に2枚。これだけではさすがに量産性に問題があると言わざるを得まい。用途が用途だけに、安価にして数を多く出荷したいのだ。
となると、必然的に次にやることは決まっていた。
繁殖である。
幸いなことに、このゆっくりれみりゃは研究期間を経て充分な栄養を得て育ち、繁殖に耐えうる程度には成体していた。
その日からゆっくりれみりゃは10分毎に断続的に羽をもがれる地獄から開放された。変わりに、毎日毎日、発情した繁殖用ゆっくりの大群を相手にすることになったのだ。普通のゆっくりでは強引な繁殖はその身を滅ぼすだけだが、ゆっくりれみりゃには再生機能があるから大丈夫であろう。
これからは1時間毎にすっきりできるのだから、天国のようなものだ。
人間であれば、見知らぬ他人、しかも複数に襲われるなど、おぞましいことこの上無いのであるが、相手は家畜である。
「うあ”っ! うあ”っ! うあ”っ!」
行為中、ゆっくりれみりゃは泣き叫んでいたが、それが産みの苦しみというやつだろう。
その後誕生した子ゆっくりれみりゃと他種の子の割合は大体半々だった。
他種の子ゆっくりは隣の部署に差し上げることにした。
1ヵ月もすると、生まれた子供達も大きくなっていた。丁度、私があの時に自宅の庭で見たあのゆっくりれみりゃと同じ位の大きさになっている。
すなわち、羽のもぎ取り時である。
これらのゆっくりれみりゃ達には2通りの運命がある。
野菜味担当となるか。唐辛子味担当となるか。
この日から新たに10数匹のゆっくりれみりゃ達の、10分毎に羽をもがれる生活が始まるのである。
いずれ成体したら、今度はこの子供達が新たなゆっくりれみりゃを生み出す機械となるのだ。相手はおそらく、生き別れの他種ゆっくり達となる。
なぜなら、私が他種の子ゆっくり達をあずけた隣の部署は、繁殖用ゆっくりの育成機関だからである。他種の子ゆっくり達はそこでエリート性教育を受けるのだ。
最初のゆっくりれみりゃは、今日も元気に子作りに励んでいる。
いや、励んでいるのは相手のゆっくり達だけのようにも見えなくもないが。
しかし、心配はいらない。もうしばらくすれば、子供達もそこに行くのだから。
もし不測の事態により子供が生めなくなっても行き先はある。
加工場内で育成している、ゆっくりふらんの遊び相手となるのだ。
こうして、あの日私の庭に迷い込んだゆっくりれみりゃは、加工場の中で大家族を形成し、その全てを加工場のために捧げている。
このゆっくりれみりゃこそ、まさに家畜の鑑であると言えよう。
最終更新:2022年05月03日 17:14