「新製品、ゆっくりの串焼きでーす! ご家庭でお気軽にゆ民の味、ゆっくりの串焼きはいかがですかー!」

私の手には銀色の大きなお盆、そしてその上には赤ゆっくり達がのっていた。
「ゆっ♪ ゆっ♪ ゆっくち♪」と歌ったり、「ゆっくちちていってね!」と通り過ぎる人に呼びかけていたりとその行動は様々だが、ほぼ一様に“ゆっくり”としていた。

「あら、おいしそうじゃない」
「いらっしゃいませ! おひとついかがですか?」
そう言って赤ありすと赤まりさの串刺しを手渡す。お盆の上の赤ゆっくりたちは一斉に騒ぎ始める。
「おばしゃん! ありちゅのいもうちょをゆっくちさせてあげてね!」
「ゆっくちしてそうなおばしゃんだよお〜♪」「ゆっくち! ゆっくち!」
女性は「おばさん」の言葉に顔を引きつらせつつも、にっこりと笑った。
「ありがとう。……! おいしいわ、これ……」
赤まりさを一口かじると、驚いた表情を浮かべた。
当の赤まりさは体の半分を失い、痙攣を起こしている。残った片方の目は真っ白で何も映していない。その下の赤ありすは、姉に起こった悲劇を理解したのか、
「おねえちゃん、ゆっくちありぢゅにおへんじちてね!? まりじゃおねえぢゃああああああん!!???」と泣きながら叫んでいる。
盆の上にもその声が届いたのか、ざわめきが広がり始める。

「ありがとうございます。実はこちら、新製品となっておりまして、甘さが加工所産よりひかえめなんです」
「え、じゃあ個人生産なの?」
赤ゆっくりの叫びにつられてか、人が集まってきた。ここで上手いことやれば売上に繋がるかもしれない。バイト代は歩合制なので内心で小躍りしつつ、私は説明を始める。
「従来の加工所産ゆっくりは、たしかに美味しいんですが、機械化が進みすぎて、ゆっくりが一律甘すぎるんです。でも個人生産だから、甘さは最低限まで抑えきれます」
と言いつつ後ろにあった透明な箱を差す。
そこには『わたしたちが産んだ赤ちゃん、ゆっくり食べていってね!』とかわいらしいレタリングで書かれた紙が貼付けてある。
箱の中には顔を真っ赤にして箱に体当たりをし続けている親まりさと、震えて泣きながら許しをこう親ありすの姿があった。防音はバッチリなので声は届くはずもない。
彼女らは袋から出され、ホットプレートの上でゆっくり解凍される赤ゆっくりをずっと見ているだけだ、
赤ゆっくりには親を見せるとうるさいので、私の体を間に挟んで妨害している。
彼女らの体長はピンポン玉よりも大きいか大きくないか程度だし、もとより解凍されたばかりの、それも串ざしの体だ。難しいことではない。

『じねっ! ばりざのおちびぢゃんだべぢゃうおねえざんばゆっぐりじねえええ!!!』
『ありずのえんじぇるだぢをがえじでぐだざいぃぃいいいーー!! ありじゅはどうなっでもいいのおぉぉおぉ!!!おべばいじばずぅうぅうう!!』
とか言ってるんだろうな。
今試食されている『おいしい串焼きゆっくり(カスタード&餡子)』は彼女らの赤ゆっくりなのである。


短期の仕事を探していた私に、友人がこのアルバイトを持ち掛けてきた。
いわく、『兄が画期的で美味いゆっくりの作り方を開発したので商品化したい。だが、いかんせんモニターが足りない。
今度いろんなスーパーで試食と試験販売を行うのだが、やってみないか』だそうだ。
別に本気で加工所と渡り合おうというつもりもなさそうなので、多分ただの趣味の延長みたいなもんなんだろう。ブルジョアはいいなぁ。

ちなみに、透明な箱の横には『私が育てました!!』と書かれた青年の写真と、プロフィールが張り付けてある。
表情は逆に不信感を持つんじゃないか、と不安になるほどものすごい笑顔であった。
野菜では生産地・生産者の写真を商品の横に貼付けて安全性をアピールするが、それのゆっくり版らしい。金持ちの考えはわからない。

「たいてい、職人が作った餡子は砂糖の含有量が低いんです。反対に、工場のものは高い。
砂糖は保存量の役割も果たしますから、大量生産の工場加工の利にかなっています。でも、繊細な味が飛んで美味しくありません……」
ここで周りを見渡す。意外と話を聞いてくれているようだ。少し嬉しくなって、説明を続けた。
「この『おいしい串焼きゆっくり』はゆっくりを串刺しにし、さらには焼いているのに最低限の甘さにすることに成功しました。
個人生産故の加工、お味だと自負しております」
へぇー、とお客様は納得したように頷く。
説明の間も次々と試食用の赤ゆっくり達はテーブルから消えていった。
その度に赤ゆっくりは「おぎゃあじゃああああああ!!!」「じぇんじぇんどがいばじゃなああ!!」と叫び、口に消えていく。
そろそろ赤ゆっくり達も自分の状況を理解し始めたようで、騒ぎが大きくなり始めた(お盆の上でだが)。
一方で親ゆっくりは箱への体当たりを激しくしたり、泣きながら私に向かって頭――体か?――を必死に上げ下げしている。
多分ゆっくりなりの土下座なのだろう。

「お母さん、もっと甘いのが食べたいよー。加工所の買ってこうよー」
「こ、こら!」
不満げな大声で女の子がねだる。目の前に私がいるので、母親らしき女性は焦っていた。
「お嬢ちゃん、甘いのが好きなの?」
「うん、甘いありすが大好き!」
その言葉に赤ありすたちが色めき立った。
「あ、ありちゅはちゅ、ちゅきでもにゃんでもにゃいんだから!」「ゆうー、ゆっくちちてるこね! ときゃいはとみちょめてあげちぇもいいわよ!」
「やめちぇね! もうちゃべないでね! いにゃかものはゆっくちちんでね!」
大半が勘違いしている。串まで刺さってんのにカスタード脳はすげぇな、と思いながら一本の串を手に取る。
「ゆぅ?」
「ありす、ありすのお母さんは?」
「ゆ! ときゃいははちゅぐにありちゅをたちゅけてくれりゅよ!」
ゆふんっ♪と自慢げに息を吐く。赤アリスからは姿も見えてさえいないのに、親を完璧に信用しきっている。
ちらっと見遣ると、親まりさの体は所々皮が透けて色が斑になっていた。さすがに疲れてきているだろうに、それでも体当たりをやめない。
「うーん……無理だよ」
「ゆぅ!? にゃんでちょんなこちょいうの!? まりちゃままはちょってもちゅよいんだよ! うちょいわないでね! ゆっくちちてね!」
「じゃあなんでとっても強いのに、すぐに助けてくれないの?」
「ゆ!? ちょれは……」
「それは?」
「ちょれはぁあああああああ……」
汗がだらだら流れて、目はウルウルと水分が高くなってきた。小さなありすに、私はニッコリ笑って告げてやる。
「お姉さんが教えてあげる。あのまりさがとっても弱いからだよ!」
「ゆ!? おねーしゃん、うちょいわないでね!!! うちょいわないでね!!!」
目を見開いてぷくうううう、と膨れた。しかし瞳は不安げに揺れている。もう一押しだ。
「嘘なの? お姉さん間違ってる? じゃあ、ありすのことはもういらないんだよ。こんな田舎者の子産むんじゃなかったって思ってるよ。
新しい赤ちゃんつくるよー♪って言ってたもの」
「ゆぅぅぅうう!! おもっでないぃ!! ままはぢょんなごといっでないいいいぃぃい!!!!!」
「じゃあ弱いんだ」
「ぢがうううぅぅう!!! どっでもままばぢょがいばなのおぉおお!!!!」
「じゃあ要らないんだよ」
「ありぢゅはごんなに“あいざれがーる”なんだよおおおお!!!ぢぎゃうにでぎばっでるでぢょおおおお!!!!」
そう言いつつもカスタードの中は不安と猜疑と恐怖で一杯なのだろう。「ゆわああああああああん!!!!」と涙がぼろぼろ落ちていく。
床を汚すとパートのおばちゃんに怒られるので、布巾を左手に持ってこぼさないように気をつける。
赤ありすの顔はもう砂糖水の涙とよだれで肌がベタベタのヌタヌタだ。
このくらいでいいだろう。女の子に串を手渡した。
「はい、お嬢ちゃん」
「ありがとう! ……おいしーい! これ、とっても甘くなってる!」
女の子はピンポン玉サイズのありすを一口で食べて、にっこり笑ってくれた。母親もほっと安心したようで、「ありがとね」と言いつつ買い物カゴに二袋も入れてくれた。
お盆の赤ゆっくりたちはぽかんとした後、一瞬で消えた姉妹に何が起こったのか理解し、より一層泣き叫んだ。
おそらく、自分たちの運命がゆっくりできない方向に向かっていることを、餡子脳でも悟ることができたのだろう。

まぁ、赤ゆっくりたちの予想はすぐに当たることとなった。周りでこの顛末を見ていた母親たちが
「ほら、今ならすごく甘くなってるよ、お姉さんにもらっておいで」
と子供を急かしたのだ。
子供たちは笑顔で飛び出してきて、「お姉さん、ありがとう!」と言って串を奪うようにして頬張る。
私はそれに内心苦笑しながらも、「いーえ、美味しかったらお母さんに『これ買ってー』って言ってね」と小声で言ってウインクする。


あっという間に解凍用のホットプレートからも、テーブルのお皿からも、私の持っているお盆からも赤ゆっくり達はいなくなってしまった。
なかなかの働きぶりではないか、と満足のため息が出た。残っているのはもう箱の中の親ゆっくりのみである。
親ありすと親まりさはというと、ほっとしているようであった。子供たちがすべて目の前からいなくなったというのに、疲れ切った顔には明らかに安堵の色がある。
親ありすは必死にまりさの肌を舐め、慰めている。「もう体当たりしなくてもいいんだよ、またゆっくりしたちびちゃんをつくろうね」という展開だろう、たぶん。

しかし……
「じゃじゃーん」
テーブルクロスに隠れて見えなかった、〈要冷凍〉のシールが貼ってある発泡スチロールをひっぱり出してくる。その中身はもちろん期待通りの『おいしい串焼きゆっくり』である。
その袋からでてくるものを見た彼女らの顔を、私以外にもぜひ見てほしかった。親ゆっくり二人の受難は、私が帰るまで、パートのおばちゃん達に食べられるまで続くのだ。

「中枢餡を外して串刺しにしているために、解凍後も甘さ調節ができるようになりました! 
凍ったままレンジでチンして甘さひかえめ、溶かしていじめてそのまま食卓へ、『おいしい串焼きゆっくり』今日の夕飯のデザートにいかがでしょうかー!!」




あとがき:
初投稿です。よろしくお願いします。
愛されガールかモテカワスリムにするか悩みました。

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最終更新:2022年05月04日 23:03