※一部東方以外のパロディです
※独自の設定があります
※虐待成分がおまけに過ぎません





「ようやくとらえたぞ!」

澄んだ地下水を湛えた地底湖の真ん中、最も大きな岩の上で奴は叫んだ。
奴の周りを飛び交うのは無数の蜂の群れ。
忘れもしない…、これまで二度に渡り戦いの邪魔をしてきた奴だ。
俺は、奴の操る蜂から逃れる為、水中に身を潜め隙を伺う…。

山猫との戦いは、蜂の群れによって中断させられた。
俺は蜂から逃れる為に近くの崖を飛び降りたのだ。
崖の下は一筋の光も差し込まない闇の世界だった。
手探りで周囲を調べるとここは広い洞窟らしい。
自らの鼻の先さえ見えないこの状況で頼れる物は煙草の灯のみ。
か細くも心強い光を供に、俺は出口を求めてさ迷い歩く…。

何とか洞窟を抜けた先は湖だった。
漸く差し込んだ日の光の下、奴が待ち受けていた。
奴は言う。 我らは彼女の娘達だと。
彼女の最後の弟子である俺の力を試そうと言うのか?
銃を構える。 全ての真相を解き明かす為に、俺は奴を倒さなければならない!



「おれはやつをたおさなければならない…!」
「あっ! いつの間にっ!?」
「何これ? 勤務中にこんな物書いて、恥ずかしくないの?」
「うわぁああああん! 人の手帳を勝手に覗くなぁあああ!!」
「何て言うか、凝った表現を多用するから余計白けるのよね。
何? こういうのが格好良いとか思ってるの?」
「痛いって言うなぁあああ!!」
「昼休みに放送してみようかしら。 名前は伏せておいてあげるわよ」
「ちくしょうっ! いっそ殺せぇええ!!」

後日、本当に放送されてしまう。
意外と続編を求める声が多かったが、俺は加工所内を顔を上げて歩けなくなった。
若さ故の過ち…、そう言って笑える日が来るのはいつの事だろうか…。





【俺と彼女とゆっくりと】 ~ゆっくりいーたーさくせん編・辛口~



「突然変異かぁ…」

彼女が何気なく口にした言葉…。
それは俺にとっての地獄の始まりであった。



前回の実験…、“美ゆっくり”に関する実験は、
野外区域のゆっくりの群れが一つ壊滅状態に陥る事で終結した。
結局彼女が何をしたかったのか?
それは俺には理解できなかったが、俺の財布が大打撃を受けた事だけは確かだ。
唯でさえ少ない給料に止めを刺されたが、彼女の喜ぶ顔を見られればそれで…。

「良い訳ねぇだろうがぁあああ!!!」

がー、がー、がー…。
俺の声は虚しく木魂して消えていった。
俺は今、人里離れた山の中にいる。



「ご覧の通り、このまりさは突然変異種よ」

彼女は机に置かれた水槽の中を指差しながらそう言った。
水槽の中にいるのは、とてもゆっくりとは思えない、奇抜な物体だった。

「ま…りさ?」

金色の長髪で三つ編…、確かに本体はまりさ種だが、最大の特徴が無い。
いや、正確には別の物がその存在を主張していた。

「これは…、貝殻か?」

まりさ種が生まれながらにして持つ物、ゆっくりがゆっくり足り得る根源、
時には船にもなり得る大きな黒い帽子が無い。
その代わり、大きな巻貝を頭に載せている。

「確か伝説上の…、海だっけ? その地形に生息するサザエとかいう貝の殻だよな…?」
「貝の種類までは知らないけど、海の事を知っているとは以外ね」
「婆ちゃんが御伽噺としてよく話してくれたんだ。
先祖からの宝物だって言って、貝殻を見せてくれた事もある」
「へぇ…。 今度私も見せてもらえるように頼んでくれる?」
「あぁ、良いけど…。 でも、何でそんな物をこいつが被ってるんだ?」
「信じられない事だけど、それがこのまりさの飾りなのよ」
「帽子が貝殻だって!?」



「このまりさは美ゆっくりのクローンの作成中に突然生まれたの。
始めは誰かの悪戯かと思ったんだけど、何度取り除いても再生するのよね。
それで、この貝殻は帽子の一種であると認定せざるを得なくなったわ」

ここで簡単(?)な注釈を挟んでおく。

ゆっくり本体を構成する遺伝子、通称“遺餡子”は小麦と小豆に近く、
従ってゆっくりの体細胞は植物細胞に近い。
それと同じ様に、帽子等の飾りは綿や麻等に近い物で出来ているのだ。

ゆっくりは、飾りを失くした個体を“ゆっくりできない”として排斥するが、
それは飾りが無い事を正常な遺伝子の欠如、つまり奇形として判断するからだ。
だが、簡単に外れる飾りを、自然界で一度も失わないとは考え難い。
幾らゆっくりが驚異的な繁殖力を持っているとしても、
頻繁に飾りを失くしていてはまともに繁殖など行えない筈だ。
その謎を解く鍵として、飾りに関しての面倒な条件が存在しているのだ。

実は飾りを失くしたゆっくりは、その飾りが徐々に再生される。
飾りを失くしたゆっくりは他のゆっくりから迫害されるが、
当然それから逃れる為にどこかに身を隠すだろう。
この時十分な栄養を摂取出来れば、攻撃される恐怖から逃れる為、
表皮の一部が分離し、新たな飾りに変化するのだ。
それは傷付いた体が徐々に再生していくのと同じではあるが、
飾りが余分に生成されないようにする為の抑制機能が働いているのだろう。
しかし、自然界では十分な栄養摂取が難しく直ぐ死んでしまう上に、
探してもこの時ばかりは必死に隠れているので見つからない。
飼いゆっくりの場合でも、飾りを奪うのは刑罰か公に出来ない趣味関連であろうから、
余程の事が無い限りその余命は長くは無いだろう。
結果として、ゆっくりの飾りの再生を目撃するのは難しい。

ここまで説明してきたが、一見現実味の無い話にも思えるのでは無かろうか?
しかし、彼女がこの謎を解き明かすまで誰も気付かなかったのだ。
そして、この発見が彼女の今の地位を支え、俺との出会いにも繋がった。
色々辻褄の合わない部分もあるが、それはいずれまた話す事にしよう。

「貝殻が飾りってか?
饅頭であるゆっくりに、そんな事が起こり得るのか?」
「生命の始まりは海からであるとする説があるわ。
もしかすると、ゆっくりの祖先は海で暮らしていたのかも。
言うなれば、このまりさは先祖返り?」
「いや、それはあり得ないだろう。 だってこいつら饅頭だし」
「じゃあ、もうゆっくりだからって事で良いわ。 どうせ不思議生物なんだし」
「科学者がそれを言っちゃお仕舞いだろう…」

若干投げ遣り気味だが、彼女は貝殻まりさの生態を調べていった。

「古い文献を調べていて分かった事があるんだけど…」
「一体何?」
「この貝殻まりさ、“まりさつむり”って呼ばれていたそうよ!」
「何の伝説を調べていたんだ!?」

真面目に調べる気があるのだろうか…?

「驚いたわね…」
「今度は何?」
「ちょっとイライラしてきたから、憂さ晴らしに水に浸けてみたの」
「実験体は大切に扱ってください」
「そうしたら、何と! 喜んで泳ぎだしたのよ!」
「え!? 貝殻を船にしたのか?」
「うーん、見た方が早いわね…」

水槽の中では、確かにまりさが泳いでいた。
一見すると溺れている様だが、よく見れば分かる。
口から吸い込んだ水を吐き出す事で、推進力を得て水中を移動している。

「何でこいつは水に溶けないんだ!?」
「体表が通常のゆっくりとは異なる様ね。 組織片を採取して調べてみましょう」
「採り過ぎないようにな!」

一瞬舌打ちが聞こえた気がしたが、多分気のせいだろう。

「信じられない! 体表がまるで皮膚の様な物で覆われている。
その上、表面に油を分泌して水の浸透を防いでいるわ」
「でも、こいつ、水を吸ったり吐いたりしていたぞ!?」
「口内に弁が発達していて、体内の餡子に直接水が触れないようにしているわね。
まさに水中で生活する為の変異だわ…」

彼女の言うとおり、このまりさは水辺に適した生態だ。
地上ではその貝殻の重量のせいか、地面を這う様にしてしか動けず、跳ねる事も出来ない。
だが、水中では浮力の為楽に動けて、水に溶ける事も無い。
また貝殻内に空気を溜める事で、浮き袋代わりにして浮き沈みしている様だ。
かなりの硬度の為、水中の外敵に襲われても凌げるだろう。

「とんでもない変異種ね…」
「凡そゆっくりの定義を引っ繰り返してくれているな…」

ゆっくりだと言える所は、「ゆっくりしていってね!」と鳴く事と、
“ゆっくり”した事を好む事だけかと思える程だ。
思いつく限りを試し、次はどんな実験をしようかと彼女が唸っていたが、
突然何かを閃いたのか、こちらに向き直ってこう言った。

「次の実験のテーマが決まったわ! 突然変異種を調べるのよ!」
「おお、とっても面白そうだな!」
「…という訳で、早速探してきなさい!」
「おお、とっても面白くなさそうだ!」

そんな訳で、俺は突然変異種探しの旅に出る事になった。



「まず、探して見つかるものなのか…?」

ゆっくりの群れを寄せ集めて、俺は一匹一匹を確かめていく。

「大体、あんな変な奴、生まれた段階で殺されるんじゃ…」

そうなのである。
違いを認めないゆっくりは、奇形とあらば“ゆっくりできない”として処分してしまう。
僅かでも自分と異なるという事が許せないのだろう。

「そもそも、何をもって突然変異種と呼ぶのか…」

俺の目にはどのゆっくりも同じに見える。
れいむ種だのまりさ種だのという違いは分かるが、
個々の違いとなればさっぱりである。

「なぁ、お前らの中に“ゆっくりできない”奴っているのか?」

うんざりしてきた俺は、つい饅頭相手に話題を振ってしまった。

「ゆ? いるよ!」
「わかるよー! ゆっくりできないこだねー!」
「もっとあまあまさんをくれたら、おしえてやらないこともないんだぜ!」

失敗した! 心の底から後悔するがもう遅い。
こいつらは普段他人の話を全く聞かないくせに、興味のある事だと途端に騒ぎ出す。
特にゆっくりやあまあまの話を振ると、煩くて会話も成り立たない。

「ああ、はいはい、ゆっくりゆっくり。 それで、そいつはどこにいるんだ?」

やってしまった事は仕方が無い。
とりあえず餡子を与えながら話を聞きだしていく。
何でも、もう少し山奥に進んだ所に洞窟があり、そこにゆっくり出来ない奴がいるらしい。

「まぁ、当ても無く探すよりは良いか。 行ってみよう…」

集めたゆっくりの中には、特別変わった奴はいなかった。
どいつもこいつも、切り貼りしたかの様に同じ顔だ。
全く…、髪の毛を変えたら家族皆が同じ顔なのは、どこかの魚介類一家で十分だ!



俺は先の話に上がった洞窟を探り当てた。
ゆっくりが住むという洞窟にしては少し大きすぎる。
熊や妖怪がいなければ良いのだが…。
洞窟の中は薄暗く、奥まで見通す事は出来ない。
俺は慎重な足取りで洞窟の中に入って行った。

「ん? 今何か動いた様な…」

洞窟に入る時に注意した方が良い事は幾つかあるが、
洞窟内に有毒な気体や可燃性の気体が溜まっている事がある。
無闇に灯りを点けたり、入らない方が良い。
まず、外から十分に観察しておくべきだったのだ。

「んー? これは一体…」

何かにぶつかる。 動物の毛の様な手触りがする。
一瞬熊かと思ったが、どうやら違う様だ。

「何だこれ…」

松明を近づける。 すると、目の前の何かが動き出した。
何かと目が合った。 次の瞬間、同時に叫び声を上げていた。

「キメェエエエエエエ!!」
「きめぇええええええ!!」

別に気が触れた訳ではない。
相手がこういう鳴き方で、俺がこう表現するしかなかったからだ。

「こ、これは何だ!? きめぇ丸種かっ!!?」

奴の顔は、確かにきめぇ丸のものだった。
あの「おお、○○」と鳴く、不気味な高速移動を繰り返すゆっくりだ。
だが、こいつはそんな物とは比べ物にならない不気味な存在だった。
体は鹿、足は狸、尻尾は蛇と何種類かの動物が混じった姿をしている。

「まさか、新手の妖怪なのか!!?」

“鵺”という妖怪の名を聞いた事がある。
そいつは幾つかの動物が合わさった姿をしており、赤ん坊の様な泣き声で人を誘い、
探しに来た奴を捕って喰うという話しだ。 お婆ちゃんが言っていた!

「しかし、きもい! 見るに耐えんぞ!?」

何と言うか、全体的に生理的に嫌悪感を抱く。
その存在そのものが許せないという感じだ。

「畜生! ゆっくりみたいな顔した奴に喰われて堪るかぁ!!」

反射的に手が出ていた。
渾身の力を込めた一撃は、確実に奴を捕らえていた。

…筈だった。
振りかぶった拳は空を切り、バランスを失った俺は岩の壁にぶつかる。

「くっ! 何でだ!!」

もう一撃! 深く踏み込んだ蹴りは奴の胴体を捕らえていた。
だが、俺の脚は空を切り、勢い余って俺は転んでしまう。

「いてっ!?」

岩肌で擦り剥いたのだろうか。 掌や足に擦り傷や切り傷が出来ている。

「何で攻撃が当たらねぇんだよ!!?」

その疑問は、奴の足元を見る事で解けた。
奴の足元の水溜りに波紋が出来ている。
奴はさっきから全く動いていない筈なのに…!

「まさかこいつ、残像が出来るほど早く動き回っているんじゃ…!」

そう思った瞬間、背筋にぞっと悪寒が走った。
奴の口元が少し歪んだ気がした。
唯でさえキモイ顔が余計に不気味なるので出来れば止めて欲しい。

「くそ、もう逃げるしか…!」

力の差を痛感し、踵を返して洞窟から出ようとした。
だが、奴は俺を見逃してはくれなかった。

「キ、キ、キ、キメェエエエエエエエエエッ!!!」

今まで以上の声で奴は泣き声を上げる。
その声は洞窟内に反響し、凄まじい衝撃波に変わった。

「う…っ!?」

突然、視界が揺らいだ。
手足の感覚が麻痺し、天と地が引っ繰り返った。
段々頭がぼんやりとして、何も考えられなくなる。

(ああ、俺はここで死ぬのか…。 こんな気色の悪い奴に喰われて…)

俺は完全に意識を失った…。



「ちょっと! 早く起きなさい!」

(ああ、彼女の声が聞こえる…。
俺が死んでも涙一つ流してくれないなんて、ちょっと悲しいな…)

「早く起きないと貝殻まりさを落とすわよ!」

(そういえば、俺が死んだら誰が彼女の暴走を止めるんだ…?
俺に出来るのは犠牲者が最小限に収まる様祈る事だけなのか…?)

「3…、2…、1…、投下!!」
「ぐほぁあっ!!?」
「命中確認! 全機、帰還せよ!」
「ゆっくりもどるよ!」
「げほっ、ごほっ!? な、何で貝殻まりさがここに!?」
「漸くお目覚めの様ね」
「お前! 何て起こし方するんだ!」
「逆さまにした貝殻まりさを落としただけよ、死にはしないわ」
「死…!? そうだ、俺は死んだんじゃなかったのか!?」
「じゃあ、私と会話しているのは誰なの?」
「そ、そうか…! 喰われなかったのか…!」
「喰われる? 一体何の話?
あなたは加工所前で倒れていたんだけど、熊にでも遭遇したの?」
「いいや、妖怪だ! 鵺に襲われた! 鵺はゆっくり種の妖怪だったんだ!」
「はぁ?」
「とにかく気持ちの悪い奴だった…。
体は鹿、足は狸、尻尾は蛇と何種類かの動物が混じった姿をしているんだが、
特にゆっくりのきめぇ丸種の顔が恐ろしかった…」
「……………。 それって、もしかしてこんな奴?」

彼女の視線を追って振向く。

「キメェエエエエエエエエエエエッ!」
「きめぇえええええええええええっ!」
「ゆっくりしていってねぇえええっ!」
「静かにしなさぁああああああいっ!」

「な、ななな、何でこいつがここにいる!!?」
「発見時にあなたの傍にいたのよ。
貝殻まりさに通訳させてみたら、あなたをここまで運んで来てくれたんだって」
「いやいやいや! 俺、こいつに襲われたから…!」
「あなたがいきなり現れたから驚いてしまったそうよ」
「いやいやいや! こいつ、滅茶苦茶余裕あったから!」
「人間と争うつもりは無いから、お詫びにここまで送ってくれたそうよ。
感謝しないといけないわね」
「ほ、本当か…!?」
「キメェエ」
「“おお、ほんとうほんとう”っていってるよ!」
「こちらの馬鹿が迷惑をかけたわね。
お礼に甘味セットを用意したから、食べていってね」
「キメェ」
「“おお、あまあまあまあま”っていってるよ!
まりさにもあまあまさんをちょうだいね!」
「あなたは“いつもの”よ。 もったいないでしょ」
「あれはもういやだぁああああ!」

一体何を与えているというのだろうか…?
そんな事を考えている間に、鵺は甘味セットを食べ始めた。

「なぁ、あいつは一体何だったんだ?」
「あれは鵺なんかじゃないわ。
ゆっくりきめぇ丸の突然変異種、キメラ丸よ」
「ええっ!? あんな不気味なのがゆっくりなのか!?」
「目撃例が少なすぎるから存在自体が危ぶまれていたんだけど、
何でも“神”に近い能力があるそうよ」
「何だよ、それ?」
「あくまで噂よ。 私はそうは思っていない。
ゆっくりに神などいないわ」
「何だか後ろから刺されそうな物言いだな」
「そんな事より、今回も収穫ゼロで帰ってきたのね」
「え、あ、いや…! 今回も邪魔が入ったと言うか何と言うか…!」
「それは言い訳にはならないわよ。
人間がゆっくりに遅れをとるなどあってはならない事だわ」
「ぐぅ…」
「でもまぁ、今回は給料を下げるのは勘弁してあげる。
何せ“いいもの”を持って帰ってきてくれたもの」
「え? 俺は何も捕まえていないが…」

「キ、キメェ…ッ!?」

突然、キメラ丸が奇声を上げて倒れた。
何とか体を起こそうともがいているが、力が入らないらしい。

「お、おい! 大丈夫か!?」

慌てて駆け寄って診てみるが、どこかを怪我しているという訳でも無さそうだ。

「すると何だ? 何か悪い物でも食べたのか?」
「キメェエ…」
「“あまあまさんが…”っていってるよ?」

いつの間にか貝殻まりさが傍によって来ていた。
そして、ここぞとばかりにキメラ丸の餌を奪い食べている。

「きっとこのあまあまさんがくちにあわなかったんだよ!
しかたがないからまりさがぜんぶたべてあげるよ!」
「キ、キメェエ…」
「“やめろ”っていってるよ!
きっとまりさのあまあまさんをとるつもりなんだよ!
ひとりじめはよくないっておかあさんにならわなかったの!」
「キメェ…」
「“どうなってもしらない”って!?
そんなうそをつくやつはゆっくりしないでしんでね!」

キメラ丸の言葉に腹を立てたらしい貝殻まりさが、怒りに任せて餌を食べていく。
見る間に餌が減っていったが、突然貝殻まりさの動きも止まった。

「ゆっくりねむくなってきたよ…」

そう一鳴きすると、貝殻まりさは眠り込んでしまった。
何事かと思って揺すってみるが、寝言を呟くばかりで起きる気配が無い。

「むにゃ…。 もうたべられないよ…」
「こら、寝言言っていないで起きろ! 食って直ぐ寝ると太るぞ!」
「キ…、キメェ…」

そうしている間に、キメラ丸も眠りだしてしまった。
起きていても不気味だが、寝ている顔は更に不気味だ。

「こ…、これはまさか…!」
「やっと薬が効いた様ね」

その言葉に、驚いて彼女の方に振向く。

「お前、この餌に何か盛ったのか!?」
「唯の睡眠薬よ。 死んだりはしないわ」
「何でこんな事するんだ!?」
「まだ分からない? 今回の実験のテーマは“突然変異”…。
キメラ丸は絶好のサンプルなのよ」
「だ、だからって、こいつは一応俺を助けてくれた奴だぞ!?」
「それがどうかした? 第一、私は助けられていないわ」
「い、いや、幾ら何でもそれは酷すぎるだろう!」
「何? 何か問題でもあるの?
私にとって、そのキメラ丸は実験動物に過ぎない。
どうしても邪魔をしたいのなら、私から奪い取る事ね。
もっとも、その時はあなたと言えど容赦はしないけど…!」
「い、いえ! 何も問題はございません!」

逆らうな! そう、俺の本能が告げていた!
しかし、我が恋人ながら、何という理論。 まさに外道である。

「さあ、先ずは組織片の採取からやりましょうか」

そう言うと、彼女は採取器を取り出してキメラ丸に近づいて行った。
彼女は最初に、キメラ丸が唯一ゆっくり種に見える箇所、顔の組織片を採取した。
顔自体はきめぇ丸のそれと同じらしく、簡単に先が刺さった。
次いで、別の生命体にしか見えない体の部分からも採取しようといたが、
ゆっくり用に作られた採取器では歯が立たなかった様だ。

「ふぅん…。 頭部以外は饅頭では無い見たいね…」

彼女はメスを取り出し、組織片を切り取っていく。
キメラ丸の顔以外の部分は、他の何かの動物の様に見えるが、
その構成も動物のものと同じらしく、切り口から血液らしき物が溢れていた。
当然の事ながら、饅頭であるゆっくりに血液など存在しない。

「これは面白いわね…。 直ぐに分析を始めましょう!
そこの職員、このキメラ丸を檻に入れておいてくれる?」

彼女は他の職員にキメラ丸の幽閉を指示すると、実験室の奥へと向かっていった。
運搬用の台に載せられたキメラ丸の顔はどこか悲しげにも見えたが、
職員は檻へと淡々と運んで行き、やがてそれも見えなくなった。

「……………」
「ゆっくりあそんでね!」

後には俺と貝殻まりさだけが残された。
もぞもぞと体を這い上がってきて不気味だったので、
手近にあった水槽に放り込んで蓋をしておいた。

「ゆっくりおよぐよ!」

さて、どうしたものだろうか…?



夜になった…。
加工所も工場である。
夜になれば作業を中止し、職員達はそれぞれの家へと帰っていく。
中には居残り残業の職員や見回りの警備員もいるが、
昼間の喧騒は収まり、すっかり静まり返っている。
聞こえるのは飼育されているゆっくり達の寝言等の鳴き声くらいだ。

「ふわぁ~あ…」

当直の警備員が加工所の入り口で受付の番をしている。
昨日遅くまで西方の伝記の本を読んでいて、
読み終わった後眠ろうと横になったが、何だか寝付けない。
このまま眠ると何故か悪夢を見てしまいそうな気がする。
やはり“吸血鬼”の本を読んだのがいけなかったのだろうか?
結局一睡も出来ないまま夜が明けてしまい、眠気に苛まれながら出勤したのだ。

「…うん? 何の音だ?」

余りの眠気に負けて、ついウトウトとしていた。
しかし、突然部屋の扉がノックされる音で目が覚めた。

「誰だ、何か様か?」

尚もノックは続いている。
交代の時間かと思ったが、少し早すぎる気もする。

「分かった分かった、今開けるから…」

余りにしつこくノックしてくるので、何事かと思い扉を開ける。
せめて一声掛けてくれれば良いのに…。

「あれ? 誰もいないぞ…?」

折角開けたのに、扉の向こうには誰もいなかった。
一応外に出て周囲を見て回るが、
暗闇が広がるばかりで、何も動く物は見当たらない。

「風かなぁ…?」

木の枝か何かが風に揺れて扉に当たったのだろうか?
そう結論付けて部屋の中に戻る。
うっかり、扉の鍵を閉め忘れていた様だ。

「ふわぁあ…、眠気覚ましにお茶でも飲むか…」

気持ちよくまどろんでいたのに、突然起こされて中途半端に目が覚めてしまった。
仕方なく伸びをして、急須に茶葉を入れ、沸かしておいた湯を注ぐ。

「ふぅ…」

ずずっと一口吸い込む。
程よい香りと暖かさが疲れた体に染み込んでいく様だ。
段々目も覚めてきたらしく、ぼんやりしていた頭がはっきりしてくる。

「う~ん、狐か狸に化かされてるのかなぁ…?」

…などと、先程の出来事を思い返していたが、急にまた眠気が襲ってきた。

「あ、あれ…、やっぱり俺疲れて…。 う~ん、むにゃむにゃ…」

警備員はそのまま床に倒れこんでしまった。
静かになった受付に、何者かが扉を開けて入って来る。

「眠っている時にヤカンを火に掛けっぱなしにするのは良くないな…」

何者かは、ヤカンの火を消し、警備員から警備室の鍵を奪って去って行った…。



加工所の警備室…。
当直の警備員の一人が暇そうに休憩している。
この警備員、彼女いない暦=年齢が加工所内でも有名で、
昨年のモテない男ランキングワースト1の座に輝いていたりもする。
そんな訳で、先日の休暇も只家でゴロゴロするだけに終わり、
現在休憩時間中も何もする事無くダラダラとしていた。

「あ~、彼女の一人でも出来ねぇかな~。
そうすりゃ毎日少しは楽しくなるんだろうけどよ~」

一人身の典型の様な事を呟いている。

「あ~、でも、何ていったけか…、研究所の主任の女性研究員みたいな奴は御免だな。
奴の彼氏、加工所の職員だけど、よくあんな奴と付き合ってられるなぁ…。
確かに美人だけど、ありゃ性格が悪すぎるぜ…」

誰の事を言っているかお分かりだろうか?

「あ…?」

ふと、窓から外を眺めていると、何かが前を横切った様な気がした。

「うん? 誰だ、交代か?」

こうしていても暇なだけだが、見回りはもっと退屈なので、
内心かなり嫌がりながら扉を開ける。

「あれ、誰もいねぇじゃねーか…」

扉の向こうには誰もいなかった。
見間違いだろうかと思って、引き返そうとするが…。

「お! おぉ~!! この本は!!?」

警備員は興奮の余り、大声で説明を始めた。

「受付の警備員が持っていた、幻のお宝!
幻想郷中の美少女のインタビュー付きのスナップ写真集、“ZUN晴らしい世界”だ!
どこぞの加齢しゅ…、もとい少女臭スキマ妖怪や、
座薬で有名な兎のいる薬屋の女主人も一応載っているというレア物、
通常1050円のところを、創刊号は490円での御提供、
ディア○スティ…じゃなかった、天狗新聞社発行の本じゃないか!」

言いたい事は全て行ってくれた様だ。

「う、うおぉおおおお! これはぁ!!?」

本にのめり込む余り、完全に注意が逸れてしまった。
その為、密かに後ろに近づいて来た影にも気付かなかった。

「すげえ! あの貧乏神社の巫女がこんな…!!?」

突然、後ろから殴られた。
後頭部を襲った強烈な打撃に、警備員は一撃で気絶してしまった。

「くやしい…、びくんびくん…!」

本に顔を埋め込んで、ビクビクと痙攣している。

「残念だが、それは胴付きゆっくりだ。 真っ赤な偽物だよ」

何者かは警備員が完全に気絶したかどうかを確認する。

「ちょっと強く殴りすぎたか…?
でもまぁ、報いだな。 あんな奴でも少しは良いところがある…、筈だ…!」

何者かは警備室から、加工所内の鍵を持ち出した。
念の為、気絶した警備員をロッカーに閉じ込めておく。

……………。
開けなければ良かった…。
この世の物とは思えない臭いが中から溢れている。
我慢して警備員を放り込み、急いで蓋をする。
これで目覚めても直ぐにまた気絶するだろう…。



「ん? 誰かいるのか?」

加工所内には何人かの見回りがいた。
何せ大きな工場である。一人では回りきれないので数人が配置されている。
その内の誰かだろうと思って近づいていく。

「おい、一体誰なんだ?」

ところが、何者かは身を翻して逃げ出してしまった。
慌てて追いかけるが、突然行き止まりで姿を消してしまった。

「………!? 一体どこへ消えた!?」

不審に思って周囲を調べるが、眠っているゆっくり達のケースがあるだけで、
怪しい人物はどこにも見当たらない。
念の為近くの仲間を呼んで調べ直してみるが…。

「やっぱり誰もいないぜ?」
「見間違いかなぁ…? 確かに怪しい奴がいたんだけど…」
「加工所に泥棒に入っても、盗る物なんて無いだろう?」

実際は貴重な種類のゆっくりや、研究データ等、盗る物は幾らでもあるのだが…。

「ん? 今何か動かなかったか?」

警備員の一人が部屋の隅に目を向ける。

「あの箱、こんなところにあったか?」
「怪しいな、調べてみるか…」

警備員達がゆっくりと箱へと近づいて行く。

「ダンボール…!?」
「よし、開けるぞ…!」

箱が持ち上げられる!

「………! ゆっくりみつかったよ!」

中には一匹のゆっくりが隠れていた。

「何だ、ゆっくりか。 昼間の内に逃げ出したんだな」
「人騒がせな…! お前が見たのもこいつだったんじゃないか?」
「ゆゆっ! ゆっくりつかまったよ!」
「ほら、ケースの中に戻ってろ!」

直ぐにゆっくりを捕まえて、ケースの中に放り込む。

「いたっ! もっとやさしくあつかってね!」
「うるせえっ! 潰されなかっただけましだと思え!」

警備員達はそれだけ言うと、持ち場に戻って行った。

「ぷんぷん! ぜったいにゆるさないよ!
かおはおぼえたから、あしたしょくいんさんにいいつけてやる!」

一人騒いでいるゆっくりだったが、突然後ろにいたゆっくりが動き出した。
眠っていたところを起こされて怒ったのだろうか?

「ゆゆっ!? なにっ!? もんくがあるんだったら、あのばかたちにいってね!」
「騒ぐな、静かにしろ」

突然、後ろにいたゆっくりが立ち上がった。
よく見ればそれは、ゆっくりの顔の形をした被り物を被った人間だった。

「ゆゆっ、このゆっくりはなんだかゆっくりしてな…っ! むぎゅ!?」
「静かにしろと言っただろう…?」

騒ぐゆっくりを強制的に静まらせる。
被り物を外すと、ケースからこっそりと出て行った。



「ゆっくりおぼれるよっ!」

貝殻まりさは、まだ水槽の中にいた。
昼間に放り込まれてから、誰も水槽の中から出してくれなかったので、
未だに水の中で泳ぎ続けていた。
幾ら水に耐性のある種とはいっても、四六時中水中で過ごす生物ではないので、
死にはしないものの、たっぷりと水を吸ってふやけて膨らんでいる。

「なんだかゆっくりできなくなってきたよ!」

その割に楽しそうなのは何故だろうか?

「何だ、お前まだその中にいたのか」
「ゆ? おにいさん、こんばんわ!」
「ああ、分かったから静かにしてろ。 誰かに気付かれると厄介だからな…」

もうお気づきかと思われますが、加工所に侵入した人物とは勿論“俺”。
加工所職員のお兄さんです。

「おにいさん、こんなよふけになにしにきたの?」
「いや、ちょっと野暮用があってな…。
明日になったら出してやるから、大人しく待ってろよ」
「ゆっくりまってるよ!」



貝殻まりさの水槽を後にし、目的の部屋に辿り着く。
ここは、捕獲してきた実験用のゆっくり達を保管する場所。
即ち、キメラ丸が囚われている場所でもある。

「キ、キメェ…?」

薬が切れたのか、目を覚ましたキメラ丸が俺を見つけた。

「気が付いたか?」
「キメェエ…」
「静かにしろよ、警備員に見つかるからな…」
「キメェ?」
「逃がしに来たんだ。 悪かったな、助けてもらったのにこんな事になって…」
「キメェエエ」
「今、外に出してやる。 心配するな、彼女は俺が何とか誤魔化しておくさ」
「キメェエ…」
「そこの窓を開けておく。 飛べるか?」
「キメェエ」
「そうか、俺は偽装工作しておくから、後は任せろ」

キメラ丸は鷲の様な翼を大きく広げ、窓から飛び立っていった。
去り際に俺の方に振向くと一声大きく鳴いた。
お礼のつもりだろうか?

「ばっ、馬鹿! 見つかるだろうが!」
「誰だっ!!?」
「しまったぁああああ!!?」

その後、俺はゆっくりの被り物を被って正体を隠し、
次から次へと集まってくる警備員を倒しながら必死に逃げ延びた。



「くそぅ…。 本はと言えば俺が原因だから、怒りの向ける先が無い…」

翌日、俺はボロボロになりながらも加工所に出勤して行った。
逃走劇の途中も証拠は残さなかったので、犯人が俺だとは分からないだろう。

「あ~、やっぱり騒ぎになってるな…」

加工所に行ってみると、そこは大騒ぎだった。
休業にこそなっていなかったが、近くの村の自警団まで来て、
加工所の泥棒騒ぎの捜査に当たっている様だ。

「あら、どうしたの? 何かボロボロだけど…」
「いや、なに、ちょっと転んでな。
どうした、加工所で何かあったのか?」
「詳しくは分からないけど、加工所内に泥棒が入ったの。
犯人は警備員を襲って鍵を奪い、キメラ丸を盗んでいったそうよ」
「そりゃ大変だな…。 お前も実験の途中だったのに…」
「ええ、もし犯人が見つかったら、私が直々に裁いてあげるわ…!
うふ、うふふふふふふふふふふふふふ…っ!!」

(こりゃあ、ばれたら命は無いな…)

身の危険を感じて、俺は彼女の研究室に逃げていった。
研究室内の水槽には、相変わらず貝殻まりさが溺れている。

「ゆっくりやばいよ!」
「おいおい、また一段と膨らんだなぁ…」
「ゆっ! おにいさん!」
「よぉ、まりさ。 今日も元気だな」
「ずっとゆっくりまってたよ!
さくやのやくそくどおり、ここからだしてね!」
「ば、馬鹿! 声が大きい!」
「“さくや”…? “昨夜”って、一体何の事?」
「あ、いや、えーと! ほら、アレだよ!
“咲夜”だ、あの吸血鬼の住んでる館のメイド長!
こいつパッドが必要な位の小さい胸に興味があるらしくてさ~」
「今、誰の胸を見ながら言ったぁああああああっ!!?」

どこからとも無くナイフは飛んでくるわ、
唯でさえ機嫌の悪かった彼女の逆鱗に触れてしまうわで研究室は凄惨たる有様だった。
怪我だらけの俺に為す術は無く、ひたすら嵐が収まるのを待つばかりであった。

「だ、誰か助けてくれぇええっ!!」
「ねぇねぇ、おにいさん!」
「何だ!?」
「まりさは“めいど”より、“かろり~めいと”がたべたいよ!」
「お前、もう一生そこにいろぉおおおおおっ!!」



この番組は御覧のスポンサーで御送り致しました。





【フルーツ味よりもチョコレート味が好きです。
なお、“ZUN晴らしい世界”は写真に胴付きゆっくりを使った不正が発覚し、
捜査の手が入った為、絶版回収となり、幻の品となりました】

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最終更新:2022年05月19日 14:39