いままで書いたもの
蒼い空。雲ひとつ無い空。
清々しいまでに澄みきったその空で、箒に跨り黒の山高帽から金色の
長髪をたなびかせながら、魔法使い霧雨魔理沙は飛んでいた。
「いやぁ最近ずっと自分の部屋でキノコ弄ってたから久しぶりに霊夢
の所で酒盛りでもしたくなって飛び出して来ちゃったぜー。ちなみに
アポイントメントはない」
まるで誰かに説明するような事を口走り、手に持った一升瓶をぶんぶ
んと振り回しときたま近くを飛んでいる毛玉や妖精を殴って落としな
がら魔理沙は空を征く。ちなみにキノコを弄るというのはいやらしい
意味合いは含まない。
「そんなこんなで神社に着いたんだぜ。うぉーい霊夢ー」
縁側で横になっている霊夢の後頭部に向かって手を振りながら、魔理
沙は地面に降り立った。
霊夢の後頭部は魔理沙の声に反応し、その場で縦に半回転、横に4/1
回転して、魔理沙の方に振り向いてずりずりと魔理沙の方へと這いよ
ってきた。
手を上げた状態のまま魔理沙は凍りつく。
その間も霊夢の顔は魔理沙の膝元まで近付いてくる。
そして、とうとう縁側の縁までたどり着き、その奇妙に変形している
顔を更に歪ませて、ぴょいんと魔理沙の眼前まで跳ね上がり、歓迎の
言葉を口にした。
「ゆっくりしていってね!」
魔理沙は何も言えず咄嗟に手に持っていた箒で、飛んできたその霊夢
の膨れた生首を全身全霊の力を込めて打ち返した。
「で、何か言う事は?」
やや不機嫌そうな顔で、頭に×形の絆創膏を貼って瞳に涙を浮かべな
がらも決してふてぶてしい表情を崩さない霊夢の生首を抱えながら、
不自然に腋を露出した紅白の巫女装束に身を包んだ博麗の巫女博麗霊
夢は、畳の上で正座して俯く魔理沙を見下ろしながらそう言った。
「悪気は無かった。出来心だった。ごめんねだぜ」
「だそうよゆっくり」
「次は気をつけてね!」
『ゆっくり』と呼ばれた生首が魔理沙を見下ろしながら元気良く言う。
魔理沙は内心「次もあるのか」と鬱くしい気分になったが、それを悟
られないように下げたくもない頭を下げる事で難を逃れた。
「で、それは一体何なんだ? 私は最近ずっと家に篭ってたから世情
に疎くて困るんだぜ?」
「れいむはれいむだよ! ゆっくり理解してね!」
「だそうよ」
「わけわからん」
魔理沙がそう言うと、そのゆっくりとやらは霊夢の腕の中でニヤリと
不敵な笑みを浮かべる。「お前の無知にはほとほと呆れて一週回って
笑いすらこみあげてくるよHahaha」とでも言いたげな、一発こ
づいてやりたくなる面である。
「で結局それは何なんだぜ霊夢」
が、そこを黄金の鉄の塊でできた精神力でなんとか堪え、ゆっくりの
頭をべちんべちんと叩きながら霊夢に問う。
「まぁ簡単に言うと、喋るこれね」
霊夢は背後から白い饅頭の乗った皿を取り出してそう言った。魔理沙
はその饅頭に指を伸ばし、そのうちの一本を霊夢に掴まれれて反対側
に捻じ曲げられごぎりと嫌な音を立てた。
霊夢は綺麗に曲った指を放して一言。
「人のものを取ったら泥棒!」
「ゆ、指の骨が折れた……」
「人間には206本の骨があるのよ。一本くらい何よ」
どこか非現実的な自らの掌を眺めながら魔理沙はそう呟いた。そんな
魔理沙の事など放って霊夢はかいつまんだゆっくりの説明を始めた。
「ゆっくりっていうのは最近になって現れた、妖怪なんだか妖精なん
だかよくわからない生き物の総称よ。なんだか知らないけどどこかで
見た顔を潰したような顔をしてるらしいわ」
「なぁ霊夢、この指の曲ってる所がなんかじんじんしてきたんだけど」
手元のゆっくりの頬をぐにぐにと弄りながら熱弁する霊夢の袖をくい
くいと引っぱりながら魔理沙は言う。霊夢は、そんな魔理沙を華麗に
スルーして説明を続けた。
「ほら、こいつもなんだかカラーリングが私に似てるでしょ。私はこ
れしか見たことないけど、色々な種類がいるらしいわよ。アリスに似
た奴とかパチュリーに似た奴とかレミリアに似た奴とか。ちなみにこ
の皿に乗ってる饅頭はこいつのほっぺを千切ったものよ。私でも食べ
ないようなものを食べて饅頭をくれるってんだから本当に便利よね」
「えっぐ、指が痛いよぉ……ひぐ、うぇぇ……」
「あぁもう五月蝿い。ていっ」
霊夢は、嗚咽を漏らす魔理沙の異様に曲った指を掴むとそのままぐり
んと捻り、コキャッという小気味のいい音を響かせた。すると、激し
い痛みが一瞬襲ったが、すぐに痛みが引き、指も動くようになった。
「ほら、もう痛くないでしょ」
「ぐすっ、うん」
「ゆっくり泣き止んでね!」
「お前は黙れ」
見上げてくるゆっくりにびしっと言ってやると、ゆっくりは薄笑いを
浮かべたままおぉこわいこわいと呟いた。
「まぁアレだろ。要するに喋って食べれる面白生物って事だろ」
「ああ、それ良いわね。次から説明ではそう言うわ。うぇっぷ」
魔理沙が持ってきた一升瓶の中身を空にしながら霊夢はそう言う。普
段なら人の物を取ったら泥棒とか、自分の事を棚に上げた物言いをす
る所だが別の物に興味が移っている今では、たかだか酒のひとつやふ
たつなど、魔理沙にはどうでもいい事だった。
魔理沙は昼間っから堂々と酒を飲んで頬を赤く染めている酔いどれ巫
女に向かって、こう言った。
「そいつって何処にいけば見つかるんだ?」
「そんなわけで捕まえてみた」
「やめてね! やめてね! まりさをはなしてね!」
手の中でうぞうぞと動く面白生物を抱え、満面の笑みを浮かべながら
魔理沙は高らかに声を上げた。
魔理沙は手の中でもがく金髪のゆっくりを今一度眺める。
その饅頭は霊夢の所で見たそれよりもやや色白で、ぐずぐずと惨めに
涙を零しているが、どこかふてぶてしかったあの饅頭と比べると少し
だけ愛嬌がある顔をしているのがわかる。
「きっと私に似てるからだな。やっぱり冷血巫女よりやはり魔法使い
だな」
「へんなこといってないでまりさをはなしてね! おうちかえる!」
「しかし良く泣くなぁこいつ」
手の中でひたすらに涙と泣き言を垂れ流すそいつを見ながら魔理沙は
そう呟いた。
どうして魔理沙がこのような生き物を手に入れようと思ったのか。
どこぞの巫女のように今日の糧にも困る生活を送っているからではな
い。ただ単純になんだか面白そうだと思ったからだ。いわゆる知的好
奇心という奴である。
しかし、それにしてもこれは五月蝿すぎる。魔理沙は耳に突っ込んで
いた指を抜いて、それの頭目掛けて軽く振り下ろした。
「泣き止めー!」
「ゆびぇ?!」
先刻、神社で霊夢のゆっくりに放った箒の一撃に比べれば余りに弱い
一撃。「そんなチョップじゃ蚊も殺せないよ」と薄笑いを浮かべられ
るであろう一発であった。
が、
「ゆ゛あ゛ーーーーーー! いだいよーーーーーー!」
その金髪のゆっくりは、瞳に溜めた涙を一気に溢れさせて更に大袈裟
に泣き出した。
「どぼじでごんなごどずるのー?! ばりざなにもわるいごどじでな
いのにー?!」
「あ、そ、その……ごめんなさい」
予想だにしない展開に思わずそのゆっくりを放して頭を下げて丁寧語
で謝ってしまう。
「ゆっ、おねーさんがはなしてくれたよ! いまのうちにゆっくりに
げるよ!」
その隙に背を向けて逃げ出すゆっくり。魔理沙はすぐに正気に返りゆ
っくりの後を追おうとするが、ある事を思いつき、慌ててその場に踏
みとどまった。
「そうか、ここでアホ面下げて追いかけた所を罠にハメる作戦だった
んだな! その手は食わないんだぜ!」
そんな事を言ってる間にゆっくりは茂みの中へと潜っていった。
「フフフ、さぁ何処だ……何処から来る!」
魔理沙は全神経を集中させて相手の出方を伺う。
一分、二分。三分。
五分ほどが経ち、魔理沙は黙って足元の草を掻き分け、ゆっくりが飛
びこんだ茂みを上から覗き込んだ。
「ここならゆっくりできるよ~♪」
そこには、魔理沙から逃げ切れたと信じて疑わないゆっくりが嬉しそ
うにぐねぐねと動いていた。
「本気で逃げてたんかいー!」
「ゆぐぇ?!」
乙女の純情を弄ばれ深く傷ついた魔理沙の憤りのストンピングがゆっ
くりの脳天に突き刺さり、ゆっくりは潰れたカエルのような声を上げ
た。
「どぼじでおねーざんごごにいるのー?!」
「五月蝿い! 私の期待を裏切りやがって! くぬっくぬっ!」
「やべでー! ばりざにひどいごどじないでねー?!」
魔理沙は地面に這い蹲るゆっくりを箒の先っちょでちくちくする地味
な嫌がらせを敢行する。ゆっくりが逃げようとするたびその方向に先
周りして移動の勢いを利用したカウンターちくちくを喰らわせる。
「ゆ、ゆっぐ」
逃げようとする度に顔面を凄まじい激痛が襲う。かと言って動かなけ
ればこの責め苦から逃れられない。一体どうすればいいのかわからず
にただひたすら涙を流す。
そのゆっくりの様子を見ていると、魔理沙はなんだかちょっと胸の奥
がむずむずするような感覚を覚えて、箒に込める力を強めてしまう。
ゆっくりが跳ぶ、魔理沙が箒で叩き落してつつく。
ゆっくりが這う。魔理沙が足で上から押さえつけてつつく。
ゆっくりが泣く。魔理沙の心が躍る。
どうやっても魔理沙からは逃れられない。数十分の足掻きの末、それ
を理解したゆっくりは。
「ゆっぐりでぎなっ……エレエレエレ!」
口から黒々とした餡子を吐き、見る見るうちに黒ずんで。
「もっど、ゆっぐりじだがっだ……」
最後に一言だけを残して、この世を去った。
ゆっくりの遺体を前にした魔理沙の心に後悔は無かった。ただ自分は
ちゃんとやり遂げたという爽やかな清々しさがあった。
おわれ
後日談。
「というわけで全然楽しくなかったんだぜ」
「それは弱い方のゆっくりね」
「弱い方?」
「なんだかこいつらにも種類があるみたいで、あんたが見つけたのは
たぶん饅頭の癖に交尾とか出産とかするやたらと弱い奴ね。なんでも
ちょっと殴っただけでも死ぬらしいわよ」
「ふーん。ところでまた指が痛くなってきたんだけど」
「え、まさか病院(永遠亭)行かなかったの?」
「え、まさか饅頭取ろうとしたくらいで病院行かなくちゃならないよ
うな怪我させたの?」
最終更新:2022年05月19日 14:47