偏愛



事の起こりはおととしの暮れにまで遡る。
私は下宿先の狭い一室で、やることも無くただ悶々としていた。
大学は冬期休暇。実家からの十分な仕送りでバイトの必要は無し。
その癖に田舎なので遊ぶような場所も無い。帰省する気も起きなかった。

私はたいてい、ベランダに出て煙草を吸うことに時間を費やしていた。
部屋で吸うと臭いがつくので、わざわざ外に出た。
喫煙者でもあの臭いはいやだった。

この地方は雪が降る。
その年末も、結局三回積雪を記録した。
この寒さの中、わざわざコートを羽織ってまで毒を吸い込む私を、他人が見たら笑うだろうか。
そんなことを考えているときに、エアコンの室外機の陰で身を震わせていたのが、その二匹のゆっくりだった。
田舎では珍しくない。

まりさとれいむ。
ありふれたつがいだった。
しかしつがいにしてはまだ幼く、大きさも成体のものではなかった。
何かのわけがあって、群れからはぐれたのだろう。
ゆっくりに交際という概念があるのかはわからないが。

「ゆ……おにいさん、おそとはさむいよ。ゆっくりできるところへつれていってね……」
「ゆっくり……したいよ……」

二匹とも動きが鈍い。とくにれいむの方は乾燥からか肌がひび割れ、髪の先が凍っていた。
ぼうしのあるまりさは幾らかマシなのだろうが、それでも弱っている様に見えた。
私は二匹を部屋に上げ、白湯と、毛布と、チョコレートのかけらを与えた。
ダンボールを使って、押入れの中に簡易的ながらも一応巣といえるものまでこしらえてやった。
ゆっくりたちは満足した様子で、「おにいさん、ありがとうね!」「ゆっくりしていってね!」などと心からの感謝を私に対して示した。
あんなことがあった今でも、私はこの時の行動を、何もかもが全くの善意と慈悲からのものだったと断言できる。

年が開け、すっかり元気になったまりさとれいむは、私の部屋から外に出て、自分たちの食料は自分たちで調達するようになっていた。
たまに「あまあまちょうだいね!」などと、私におねだりすることがあったが、彼女たちは飼いゆっくりとして私に寄生することなく、あくまで野生のゆっくりとして、ある種の誇りを持って生きているようだった。
毎朝、私は再会された大学に通い、ゆっくりたちは餌を取りに外へ出る。
私が帰る頃には、ゆっくりたちは決まってドアの前で待っていて、互いに頬を寄せ合い、私に気づくと「ゆっくりおかえりなさい!」と元気に声を上げた。
今思えばこの頃が一番幸せだったかもしれない。

再び大学が休暇に入ってしばらくした頃、れいむが胎(はら)に子を宿した。
身重のれいむは餌の調達に行けなくなり、まりさだけが毎朝出かけていったが、冬の時期に、一匹のゆっくりが調達できる餌はせいぜい自分の分くらいで、とても足りなかった。

「おにいさん、れいむたちはおなかがすいているよ。あかちゃんたちのためにも、ゆっくりできるたべものをちょうだいね」

れいむの訴えに、可哀想だと思った私は、幾らかの餌を買ってきて与えてやることにした。
するとそれに味をしめたのか、まりさも「まりさはれいむのそばにいてあげなきゃいけないんだよ!」といって、餌を取りに行かなくなった。
私にとって、ゆっくりに餌を与えるくらいのことは、どうということも無かったが、これまで野生の誇りを失わなかった二匹が、次第に怠惰になってゆくような気がして、少し気分が悪かった。
しかしそれも春になるまでのことと思い割り切っていた。

春になって、れいむの身体はいよいよ膨れ上がり、出産は間近となった。
まりさは相変わらず、餌を取りには行かなかった。それとなく外出を促しても、「れいむにさびしいおもいをさせたら、あかちゃんをうめなくなっちゃうよ!」などと言って、逆に私に餌を催促する有様だった。
私はだんだん、まりさに悪い感情を抱くようになっていった。

れいむのお産は、運よく私が休みの日に起こった。
昼頃から始まり、夕方までに全ての赤ゆっくりが生まれた。
私は驚いた。
八匹の赤ゆっくりのうち七匹までが、まりさの形をしていたことに。
私の知る限り、赤ゆっくりは両親それぞれの形をしたゆっくりが、半分半分に近い割合で生まてくるはずだった。
それがここまで偏って、まりさの形をしたゆっくりが大量に生まれてくるとは予想していなかったのだ。

親となったまりさは、自分によく似た赤ゆっくりを見て、有頂天になって喜んでいた。
一方の親れいむはというと、お産の疲労からかぐったりしていた。
無理も無い。
一度に八匹の赤ゆっくりを産んだのだ。
胎生ゆっくりの場合、生まれてくる赤ゆっくりが多ければ多いほど、餡子欠乏症のリスクが高まる。
胎内にあった餡子の塊が、一気に放出されるのだから、餡子を吐いているのと変わりはない。
胎生ゆっくりが減少している一因がそこにあるといわれているが、私にはわからない。
なぜ赤ゆっくりのほとんどが、まりさの形をして生まれたのかも、わからない。
ただ確かなことは、目の前の親れいむが、もうそれほど長くないということだけだった。

「まりさのおちびちゃんたち、ゆっくりしていってね!」
「「「「「「「「ゆっきゅいちていっちぇにぇ!」」」」」」」」

小さなゆっくりたちは眼を輝かせながら、かわいらしい声で答えた。

「れいむ!おつかれさまだよ!ゆっくりやすんでね!おちびちゃんたちはすごくゆっくりした子ばかりだよ!」

返事が無い。

「れいむ?……れいむ、どうしたんだぜ?」

親まりさがれいむに擦り寄った。つられた様に、赤ゆっくりたちも集まってきた。

「まりさ……おちびちゃんたちを……よろしくね……れいむも、おちびちゃんたちとゆっくりしたかったけど……」

そう言って親れいむは死んだ。産道から、赤黒い餡子が流れ出た。

夏になった。
まりさは相変わらず、餌を取りに行かなかった。

「おちびちゃんたちを、きけんなおそとにつれていけっていうの?ばかなの?しぬの?」

赤ゆっくりたちはもうずいぶん大きくなっていた。
人間で言えば小学生くらいに思えた。

「まりさ、おちびちゃんたちはもう立派に育っているんだよ。子供たちに餌の取り方を教えるのはまりさの役目だろう?いつまでもお兄さんにあまえていては駄目だよ」

私は昂ぶってくる感情を抑えつつ、極力冷静に諭すよう努めた。

「なにいってるんだぜ?たべものをもってくるくらいしかのうのないおにいさんは、ゆいいつのしごとをほうきするの?」
「おなかちゅいた!」
「あまあまちょうだいにぇ!」
「とっととよこちゅんだじぇ!」

生まれながらの飼いゆっくりである子供たちに、野生の誇りもなにも無かった。
目に見えて増長し、私に罵詈雑言を投げかけてくる子まりさたち。
ふと、ダンボールの隅に目をやると、子れいむがうずくまっていた。

「まりさ、あのれいむはどうしたの?」
「ゆ?……たぶんあのこはこのおうち(ダンボール箱)がせまいからいやがっているんだぜ!きづいたなら、とっとともっとおおきくてきれいなおうちをよういしてね!」

子れいむは弱っていた。
体力的に劣る唯一のれいむ種である。
私が巣箱に入れた餌は、まりさ種があらかた平らげ、残りカスしか食べられていないのだろう。
このままでは暑い夏を乗り切る前に死んでしまうように思われた。
私はその時、親まりさは気づいていないのだろうかと疑問に思った。
もし仮に、種族の違う子れいむに対して、巣全体からいじめがあったとしたら……。
親まりさのぼうしの上でわめいている子まりさたちもみんなグルになって、子れいむを虐げているなら……。
私にはその子れいむを守る義務がある。そう感じた。

翌日、私は大学の帰りに少し離れた街へ赴き、ペットショップで大型の水槽を買った。
大きな水槽は真ん中に仕切り板がついており、淡水魚と海水魚を同時に飼える仕組みになっていた。
いわばふた部屋ある家のようなものだった。

「ゆゆ!とてもゆっくりできそうなおうちだよ!」
「はやきゅおうちにいれてにぇ!」
「いれちぇね!」

はしゃぐまりさたちを尻目に、私はまず、子れいむを優しく水槽へと移し、一緒に充分な餌を入れた。

「むーちゃむーちゃ、ちあわちぇ~♪」

ぐったりしていた子れいむが、見る見る生気を取り戻した。

「まりちゃも!まりちゃも!」
「おにいさん!とっととあたらしいおうちにまりさたちもうつしてね!」

私は親まりさを乱暴につかみ、半ば放り投げる様にして、子れいむとは別の部屋に移した。

「ゆぎゅ!いたいよ!ばかなの?」

悪態をつくまりさの上に、七匹の子まりさが降り注いだ。

「いちゃいぃぃ!」
「ゆえぇぇぇん!」
「ゆうぅぅぅ……」

泣きじゃくる子まりさたち。中には頬を膨らませ、威嚇しているものもいる。
私はそれに一切かまわず、水槽の蓋を閉めた。

「ゆゆ?まちさたちのあまあまは?のろまでむのうなおにいさん、あんまりまりさたちをおこらせないでね」
「あっまあっま!」
「あっまあっま!」
「あっまあっま!」

私はにやりと笑って見せた。

「まりさ、一度しか言わないからよく聞いてね?僕はまりさが嫌いなんだ。その小さなまりさたちもね。だからまりさたちにはあまあまはあげないよ。お外にも出してあげない。三日に一度だけ、三角コーナーにたまった臭い臭い生ゴミをあげる。ゆっくり理解したね?」

まりさたちはあっけにとられていた。

「ふざけないでね!まりさはおこったんだぜ!」

親まりさはお決まりの威嚇体勢をとった。
眉を吊り上げ、髪を逆立て、頬を膨らませた結果、一匹の子まりさが圧死した。

「まりざのおぢびぢやあああああああああああん!!!」

慌てふためく親まりさ。
大型の水槽とはいえ親子八匹のゆっくりが入れば超満員だった。
そこで頬を膨らませたのだから、隅に追いやられた子まりさはたまらない。
目、口、産道の全てから、ドス黒い餡子を噴出して事切れた。

「れいむ、お兄さんはれいむが大好きだよ。毎日、選りすぐりのおいしいあまあまをあげるし、お散歩にも連れて行ってあげるから、ゆっくり大きくなってね?」

もちろん、子れいむはおびえていた。
頑丈にできているとはいえ透明な仕切り板を隔てた向こう側で起こった惨劇に、小便をたらして震えていた。

「あらら、駄目だよれいむ。ちーちーはちゃんとおトイレでしようね。この紙コップがれいむのおトイレだからね。今度からはちゃんとこの中にしてね?」

そう言って私は子れいむの側の蓋だけを開き、紙コップを浅く切ったものを水槽の中に入れた。

「お、おにいしゃん、まりしゃたちをゆっ、ゆっくりさしぇてあげちぇにぇ?」

私はこの子まりさに、言いえぬ愛おしさを感じた。
自分を虐待したまりさたちのことを心配するなんて、なんともけなげで、可愛らしいと思った。

「いい、れいむ?まりさたちはゆっくりする権利を失ったんだよ。僕の可愛いれいむをいじめたんだからね」
「ゆゆ……れいみゅはいぢめられちぇないよ!まりしゃたちにひどいこちょしゅりゅじじぃはきりゃいだよ!」
「じじぃのはきゃ!」
「じじぃはゆっきゅりちにゃいでちにぇ!」

れいむの言葉に、仕切り板を隔てた向こう側の子まりさたちも続く。

「れいむ、そんな言葉遣いは駄目だよ?」

私はそう言うと、まりさ側の蓋についている小窓を空けた。
この小窓から、親まりさが出ることはできない。子まりさだけが通れる程度の小窓たった。
私はそこに菜箸を入れ、先ほど私に「じじぃ」と言った子まりさをつまみ、外に出した。

「はにゃしぇ!はにゃしぇ!」

私の手の中でもがく子まりさ。
私はその子まりさの足をガムテープで机に固定した。

「ゆぎゃああああああああああ!!」
「やめてあげてね!まりさのおちびちゃんいたがってるよ!」
「やめちぇあげちぇ!」

私は子まりさのぼうしを取り、その頭頂付近の髪をむしった。

「いじゃいいいいいいい!!まりしゃのきゃみぎゃあああああ!!!」
「こういう汚い言葉を使うゆっくりを、餡子脳っていうんだよ。だから……」

私ははさみで子まりさの禿げ上がった部分を薄く切り取り、むきだしになった餡子脳を刃の先でつついた。

「るるるる!るるるるるる!!るぴぴぴぴぴぴぴぴぴ!!!」

奇妙な声を上げる子まりさの姿は、実に滑稽で愉快だった。
何か異常な興奮を感じた。それは性的な快楽に類似していた。
つい先程まであれだけうるさく喚いていた他のゆっくりたちも、恐怖のあまり静まり返っていた。
気絶する子まりさが続出した。後からわかったが、このとき見ていた子まりさの何匹かがショック死していた。
私は子まりさが死なない程度に餡子脳をもてあそんで、何事も無かったかのようにぼうしをかぶせ、元の水槽に戻した。
無論、その子まりさの脳はもう、正常に機能していなかった。
口から餡子を滴らせ、小刻みに震え、喋ることはおろか、立っていることもままならなくなった。

「いい?こうなりたくなかったら、汚い言葉を使っちゃ駄目だよ?じゃあれいむ、ゆっくりしていってね!」

それからというもの、この仕切り板を隔てた水槽の中はまさに天国と地獄を一度に眺められる箱庭と化した。
毎日毎日通販で取り寄せた極上の菓子を与えられ、夕方には散歩をし、きちんと掃除された綺麗で広い空間を自由に動き回れるれいむ。
一方その隣では、窮屈な空間の中で足を焼かれ、生ゴミと汚物と死骸の液化した悪臭の中で、足を焼かれて自由を奪われたまりさたち。
時々、しつけのために一匹ずつ、まりさを残酷な方法でいたぶり、恐怖を与えた。
その結果、このれいむは実に従順で素直なゆっくりへと成長していった。

月日が流れてその年の暮れ。
れいむは、どこに出しても恥ずかしくないゆっくりへと成長していた。
粗相をすることも無くなった。リボンには、キラキラとバッジが輝いていた。
まりさたちは二匹に減っていた。
例の親まりさと、成長した子まりさである。
他はみんななんらかの理由で死んだ。
死骸は大学が忙しくなり、私が学食に通いつめ生ゴミをほとんど出さなかった時期に、綺麗に消えていた。

この三匹に共通するのは、全員が無口だということだった。
何か余計なことを言えば、まりさにとっては自分、れいむにとっては姉妹たちが酷い目に遭う。
そのために、ほとんど黙していて、必要最小限のことしか口にしなかった。
私には、れいむが無口であることはあまりうれしくなかった。
もっと人懐っこいゆっくりになってほしいと思うようになった。

「れいむ」
「は、はい」
「お散歩、行く?」
「い、いきます」

といった調子で、おびえきって、まるで出来損ないの軍隊のようだった。

「れいむ、もっとゆっくりしていいんだよ?」
「ゆ、ゆっくりしているよ!やさしくってかっこいいおにいさんのおかげで、とてもゆっくりできているよ!」
「そう?」

私はれいむの側の蓋を開け、れいむを取り出そうとした。
その瞬間、れいむはビクッと身体を震わせ、少し後ずさりした。

「ほら、おびえきっているじゃない。ぜんぜんゆっくりしていないよ?」
「ゆ……ゆっくりしているよ。ほんとだよ」

私は久しく“しつけ”をしていないことに気づいた。
あのもがき苦しむまりさの姿を見たいという欲求を、私は抑えられなくなっていた。

「れいむ、嘘をついたね……」
「ゆ……?」

理由などどうでもよかった。
とにかく、あのまりさのもだえる姿を見たかった。

「やめてね……ひどいことしないでね……まりさの……まむまむ……」

やかんの注ぎ口を、まりさの産道に無理やり押し込む。
コンロに火をつけてしばらくすると、沸騰した蒸気がまりさの身体を膨張させた。

「あぢゅいいいいい!!まりじゃのなががああああああ!!!」

破裂音が響き、まりさの身体は四散した。
体中に餡子を浴びながら、私は体中を快感に打ち震えさせていた。

水槽に目をやると、れいむが口から餡子を吐き出して、死んでいた。
最後の一匹になった親まりさが、何も言わずに、死んだ様な目でこっちを見ていた。

私は水槽に水を注ぎ、その親まりさを水死させることにした。
親まりさは抵抗する気力も無い様子だった。
私も私で、もうこの親まりさを殺す方法をあれこれ考える気力が無かった。
ただ全てを終わりにしたかった。
親まりさは、むしろ安堵の表情で死んでいった。

そして現在に至る。

私は私のしたことが、ゆっくりへの虐待ではないと信じている。
あくまで制裁であり、しつけの為に必要な行為だったと信じている。
まりさたちは裁かれるべき下衆どもであったと信じている。
子れいむの一生は、幸せだったと信じている。

……しかし、私がゆっくりを飼うことは、もう無いだろう。



おしまい

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最終更新:2022年05月19日 14:53