ゆっくりと豆
30匹ほどのゆっくり家族が暮らす、大きめの巣の中。
日の昇る少し前に目覚めた母ゆっくりまりさは、彼女のはじめての娘であった
姉ゆっくりまりさの異変に気が付いた。発情したゆっくりありすが、必死に抵抗
する姉ゆっくりまりさに覆い被さっていた。ゆっくりありすにしては小柄なこと、
そのため声量が小さく、襲われている本人以外誰も気がつかなかったのだろう。
寝静まった夜中だと言うことも災いした。
『まり゛ざあああああ! しゅぎ! だいじゅぎだよぼおおおお!』
と発情するゆっくりありすを、体の大きい家族で踏みつけにすることで、大惨
事は免れることができた。ゆっくりありすが一匹だけであったこと、襲われた時
間が深夜でなかったことが幸いした。いくら小柄なゆっくりありさでも、大群に
襲われれば対処の出来ようはずはなく、また深夜であれば、寝静まった者が気付
くことも少ないからだ。
姉ゆっくりまりさは襲われていた時こそ衰弱してはいたが、日の昇る頃には小
さな枝を二振り授かり、襲われたことも忘れやがて生まれる子供たちの笑顔に思
いを馳せるくらいには回復していた。
母ゆっくりまりさからすれば、不幸な出来事とは言うものの初孫を授かること
が嬉しくないわけがなく、かいがいしく娘の世話を焼いてやることにした。
付いた実はそれぞれ、5つと4つで、まりさ種が8、ありす種が1であった。
奇妙なことに、枝ぶりからすると、少しばかり生まれる子が少なく、本来子が宿
る場所には、小さく黒いつぼみがいくつか結ばれていた。
母ゆっくりは、娘に覆い被さった運命がもたらした悲しい出来事の結実である
と考え、娘の頬を優しくなぜるのであった。家族の皆が見守る中、生まれてくる
ゆっくり達は、未来の幸せを疑うことすらなかった。
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私はゆっくり研究者の一人だ。
ゆっくりまりさと共に食事をとり、ゆっくりれいむと昼寝をし、ゆっくりに囲
まれて研究を行うのが日課だ。 ゆっくりありすに襲われた家族があると他のゆ
っくりから聞き、生き残りを保護しにやってきたのだが。
日が沈んだばかりのこの時間帯であったためか、巣穴ではゆっくりな大家族の
幸せそうな生活か営まれていた。それどころか、子ゆっくりありすが家族と同居
しているではないか。興味を引かれた私は、そのゆっくり家族を観察させてもら
うことにした。
私はその家族に向けて、ゆっくりしていってね、と優しく挨拶をする。突然の
挨拶に驚いた家族達は、私が優しそうな笑みを浮かべていること、美味しそうな
お土産を持っていることを理解したのか、口々にゆっくりしていくことを勧めて
来た。彼女達の住処は小柄な私が入り口から入れるくらいに大きく、洞窟と言っ
ても大げさでないほどであった。このような巨大な巣穴を作り上げたゆっくりま
りさ達に感動を覚え、ゆっくりさせて貰えるお礼と共にその内心を告げると、親
ゆっくりまりさはとても嬉しそうに、ずっとゆっくりすることを進めてくれた。
その日ゆっくり達から聞いた話をまとめるた私は、少しばかり危機感を抱いた。
子ゆっくりまりさ大のゆっくりありすが、一匹だけ訪れたこと。さらに、ゆっ
くりまりさがゆっくりありす種を宿した事。先日、工場近くで化学薬品の流出事
故が発生したばかりだ。近辺のゆっくり達に悪影響を及ぼし、一部のゆっくりに
突然変異を起こすきっかけとなったことは、一般には伏せられている。もしかし
たら、その異変ゆっくりありす種がここを訪れたのかもしれない。
お土産をゆっくり達にくばりながら、異変がないかを探る。ゆっくり達の顔を
見回すと、……簡単に見つけられた。
だれもが、額やら頬やら側頭部やらに、黒い点をつけている。よくよく観察し
てみるに、それはどうやら小さい穴のようであった。小さい子ゆっくりまりさは
数個、親ゆっくりまりさに至っては28個もの穴が開いていた。症状を聞くと、
毎朝起きると、体中に鈍痛を覚えるが、時間が経つにつれ気にならなくなるらし
い。それが毎朝続いているためか、体力も乏しくなってきているようだ。
多分ではあるが、夜中のうちに誰かに穴をあけられ、しだいに回復しているだ
けなのであろうと推測できた。
明日は朝早く訪れることに決めた。
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早朝。
巣穴の外から観察していた私は、奇妙なことに気が付いた。ゆっくりの頭から、
小さい枝がいくつも生えているのだ。生殖したのではないだろう、すべてのゆっ
くりがその枝を生やしていたのだ。懐中電灯を照らしてもまだ暗いため、よく見
えなかったのだが、枝には小さな豆粒ほどの実が成っているようだった。
これが、変異の影響であろうか。
枝の数をいくつかメモしているうちに、母ゆっくりまりさのそれが28個、つ
まり昼間見つけた穴と同数であることに気が付いた。
これはもしや……。
思考しているうち、いくつかの子ゆっくりまりさが小刻みに揺れた。
ゆ゛っ、ゆ゛っ、と声を上げた彼女達の枝は、すぐに枯れはじめた。急いで巣
穴に入り、枝の落ちた子ゆっくりまりさを抱えると、いくつか新しい穴が開いて
いるようだ。ピンセットで傷をつけぬよう注意しながら、穴を探る。穴から引き
出された物は――とても小さいゆっくりありすであった。
豆粒ほどの彼女は、抜き出された時こそくーくー寝息を立てていたものの、す
ぐに起きて暴れ始めた。ピンセットでは捕まえていることは出来ず、『とかいは
のありすは暖かくゆっくりするんだから!』といいながら、子ゆっくりまりさの
皮下に、勢い良く潜り込んだ。
このゆっくりありす――豆ありすとでも言うのか――はどうやら寄生体で、宿
主の体内にもぐりこんで食い荒らし、さらに一日で受精させる新種のようであった。
これはいそいで発表せねばならないと踵を返したとき、足に激痛が走り、倒れ
こむ。調べてみると、豆が打ち込まれたような、小さな穴。
まさか……。嫌な汗が体中から吹き出てくる。人間にも、寄生するのだろうか?
一つの枝から5,6個の子が生まれるようで、巣穴はすでに豆ありすに埋め尽
くされていた。腕、足、胸、喉と、饅頭でもないのに容易く皮膚を食い破られ、
激痛に悶える。汚染の影響なのか新種の能力なのかわからないが、手足が痺れ、
筋肉が言うことを聞かない。
巣穴はすでに阿鼻叫喚の渦に巻き込まれていた。
母ゆっくりまりさは、体中を蝕まれ、ゆ゛っ、ゆ゛ぐっと呟くも、動きが取れ
ないようだ。生まれたての子ゆっくりまりさは寄生に耐えられず絶命していた。
絶命しては受精できないからだろうか、その子ゆっくりまりさの皮を食い破って
外に出た豆ありすは、新たな獲物――ゆっくりと逃げる美味しい饅頭か、動けな
い大きな肉の塊のどちらか――を見つけて、嬉しそうに近づく。
どぼじでゆっぐりぃぃぃ゛と泣き喚く親ゆっくりまりさ。
ゆ゛ぐりじだがっだゆ゛ううう、と食い破られる子ゆっくりまりさ。
そういえば、と視線を彷徨わせる。子ゆっくりありすはどうしたのだろうか。
その疑問はすぐに氷解した。
傷一つない彼女は、他のゆっくりに寄生すればすぐ殺してしまうこと、また自
分が殺されてしまうことを理解していたのだろう。とかいはをえんじょいするに
は大きな肉塊が必要なことを呟きながら、嬉しそうに私に近づいてくる。獲物で
ある私の顔をがっちりと掴み、『いただきます』と呟いた彼女は、そのまま私の
右目に向かって
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私の動きを制限する神経毒は、どうやら痛みも打ち消してくれるようであった。
鈍痛と緩やかな眠気の中で、かろうじて動かせる左手で、土をかき集め、出口
を塞いだ。例え子ゆっくりまりさであったとしても簡単に掘り起こせる程度の薄
い蓋であるが、豆ありすであればどうだろうか。
雨でくずれないよう、外から掘るものがいないよう、奇跡を願いながら、次第
に小さくなってゆくゆっくりまりさ達の断末魔を聞きながら。
私はゆっくりと目を閉じた。
最終更新:2022年05月21日 23:23