※今までに書いたもの

神をも恐れぬ
冬虫夏草
神徳はゆっくりのために
真社会性ゆっくり
ありすを洗浄してみた。
ゆっくり石切
ありすとまりさの仲直り
赤ゆっくりとらっぴんぐ
ゆねくどーと

※今現在進行中のもの

ゆっくりをのぞむということ1~


※注意事項

  • まず、上掲の作成物リストを見てください。
  • 見渡す限り地雷原ですね。
  • なので、必然的にこのSSも地雷です。
  • では、地雷原に踏み込んで謙虚ゲージを溜めたい人のみこの先へどうぞ。

_______________________________________________

 弥生、三月。
 朗らかな陽射しが大地にあまねく生命を祝福する、緑の季節がまた巡り来た。

「春ですよー!」

 高らかに歌声を響かせる春告精が誘うのは、西からの柔らかい風と、その風が伝える優しく力強い春の息吹。
 野山を鎖す白い雪は足早にどこかへと消え去って、大地はモノトーンから草花の鮮やかな彩へとその装いを変えている。
 その多様な彩の合間に目を配れば、冬の厳しい環境を潜り抜けて春の恵みにありつくことが出来た多くの命の歓喜の様子と、
余裕を得た彼らが新たに生み出した真新しい命を見つけることもできただろう。

「むーしゃむーしゃ!」
「むーしゃむーしゃ!」

 遠く妖怪の山にまで連なる広大な山地の一角、杉林の斜面。
 ここにも一組、生まれて始めての冬をなんとかやり過ごした一組の生命が早速がつがつと集めてきた昆虫や草花を頬張っていた。
 草木は枯れ果て、昆虫も姿を消す冬場はゆっくりにとって忍耐に次ぐ忍耐の季節だ。備蓄食料の在庫管理を怠って、敢え無く
おうちの中での餓死を迎える家族の存在もそう珍しいことではない。
 だから、そうした食事制限の一切から解放される春の訪れはとても幸せであるもののはずだった。

「むーしゃむーしゃ、へっくちょん!」
「むーしゃむーしゃ、はっくちょん!」

 だが、斜面に掘り抜かれたおうちの奥底で備蓄の残余を食い尽くす勢いで食料に向かう二匹には何か、ゆっくりがゆっくりで
あるために重要不可欠なものが足りない。
 足りないだけでなく、語尾に余分なものがついていた。

「ゆゆっ。おかしいよれいむ! しあわせー!なごはんさんなのに、おあじがぜんぜんしないよ! へっくちょん!」
「ゆゆっ!? おかしいねまりさ! しあわせー!なごはんさんなのに、れいむもおあじがしないよ! はっくちょん!」

 口に含んだご飯のかけらを飛ばしながら、ぎゃあぎゃあ騒々しく言い交わす二匹。実にゆっくりできていない。
 そう、二匹に足りないのは「しあわせー!」だ。
 腹いっぱい、おいしいごはんを食べているはずなのに、何故かしあわせー!を感じない。
 むーしゃむーしゃをいくらしても、しあわせー!の代わりに出てくるのはゆっくりできないくしゃみばかりなのだ。

「「これじゃむーしゃむーしゃしあわせー!できないよ! ぷんぷん、ぷく……へっくちょん!!」」

 誰が悪いのか、なんでくしゃみが止まらないのか。
 ここにいるのはれいむとまりさの二匹だけなのだから、向ける相手は勿論どこにもいない。
 とにかくやり場のないゆっくりできない気持ちを表現しようと二匹は「ぷんぷん、ぷくー!」としてみようとしたが、
頬を揃ってぷっくり膨らませたところでくしゃみが止まるわけでもなく。
 吸い込んだ空気を残らず吐き出し、二匹は少し困った顔をお互い相手に向け合った。

「れいむ! まりさはかぜさんかもしれないよ! へっくちょん!」
「まりさ! れいむもかぜさんかもしれないね! はっくちょん!」

 馬鹿は風邪を引かないというけれど、ゆっくりだって風邪を引くものらしい。
 そういえば、あんまり気にしていなかったけれどどちらも少し涙っぽい目をしているようだ。
 実にゆっくりとした感覚でようやく自分と相手の身体の異常を感知し、二匹は「ゆんっ!」と揃って頷いた。

「「おねつをたしかめようね! すーり、すーり!」」

 わざわざそう宣言して、二匹はお互いぴったりすりすりと身体を寄せ合う。
 といっても、親愛の表現や繁殖行為と違って、すり合わせるのはおでことおでこ。
 難しい顔をつき合わせて「ゆゆゆ……」と唸り、額を突きあわせること数秒間。

「おねつはないみたいだね! へっくちょん!」
「じゃあかぜさんじゃないね! はっくちょん!」

 すっと身を離した二匹は一瞬ぱぁっと笑顔を咲かせ、でも流石に直後のくしゃみに何にも問題が解決していないことに気付いたらしい。
 すぐに顔を曇らせて、「ゆぅぅん」と慰めあうように身をすり合わせた。

『はーりゅでーしゅよー♪』

 本当なら嬉しいはずの、春の訪れを告げるそんな声も今日のところはちっとも心が躍らない。
 ごはんはおあじがしなくて、だからいっぱいたべてもおいしくなくて、おなかがいっぱいになるだけではあんまりゆっくりできなくて。
 風邪なら、おなかいっぱい食べていたらその内治ってしまうけれど、風邪でないなら治し方だってわからない。
 さっきの呼び声も、なんだかちょっとゆっくりできない感じがした。
 空を飛んでいるはるさんは一人だけのはずなのに変に重なって聞こえたし……おみみも少し、おかしくなっているのかもしれない。
 おうちの外に見える世界はとーっても蒼く晴れ渡っているけれど、二匹の心の中はどんより分厚い雲で覆われて、しあわせのおひさま
なんてほんの少しだって目にすることはできなさそうだった。
 というかそろそろ、二匹の心の雨雲からおめめを抜けて大粒の雨が降り出しそうな。

「ゆう、こういうときは……」

 涙目まりさはどうしたらいいか考える。
 これが何なのか、どうしたらいいか、まりさとれいむにはわからない。でも、物知りのぱちゅりーなら知っているかもしれない。
 そうだ、物知りのぱちゅりーは色々まりさやれいむが知らないことを知っている。この間だって言っていた。
 はるさんはとってもゆっくりできるけど、ゆっくりできないこともあるって。

『はーりゅでーしゅよー♪』

 ゆっくりできなくなったのは、春さんが来てからすぐじゃなくて、このお声が重なって聞こえるようになってからのことで……
 あ、ちょっと待て。このお話はなにか関係あるような気がしてきた。

 ……ええと、それはなんだっけ?

「……そうだ! ぱちゅりーが、はるさんのあいだはかふんしょうさんになることがあるかもしれないっていってたよ!」
「ゆゆっ。かふんしょうさん?」

 思い出した!
 まりさが狭いおうちの中でぴょこんと飛び上がって喜ぶと、れいむがびっくりした顔でずるずるっと反対側の壁までずり下がった。
 まりさはぱちゅりーのお話を知っていて、れいむはそのお話を全然知らない。
 何故って、冬篭りを終えて無事春を迎えた群れのみんなが初めて広場に集まった時、年長さんのぱちゅりーがまりさたちみたいな
初めて春を迎えるゆっくりたちに色々春の過ごし方を教えてくれたのに、れいむは陽気に中てられてゆぅゆぅ寝息を立てていたもの。

「ゆゆっ。そっか! れいむあのときすーやすーやしてたもんね! へっくちょん!」
「あのときっていつかわからないよ。ゆっくりせつめいしてね! はっくちょん!」

 少し、得意げな顔でふんぞり返ったまりさにれいむは気分を害したらしい。
 ぷくー、と膨れる番の姿にまりさは楽しそうにくすくすと笑って、でもそれ以上は意地悪せずに素直に教えてあげることにした。

「ぱちゅりーはおはなさんがとってもゆっくりできているときに、かふんさんがいっぱいとびだすと、ゆっくりかふんしょうになるって
いってたよ!」

 花粉症になると、匂いがわからなくなったり、味がわからなくなったり、くしゃみが出たり、涙が出たりするらしい。
 それって風邪さんとどう違うの?って質問も当然出たけれど、そこはぱちゅりーも上手く説明はしきらない様子で。

『むきゅ、それはほんとうにかふんしょうさんになっちゃったらわかるわ。とにかく――しちゃだめよ』

 なんて誤魔化していたのも、まりさはついでに思い出した。

「……ゆぅ。そういえば、ほかのせつめいもそんなかんじでおわっちゃったようなきがするよ……っくちゅん!」

 ぱちゅりーは確かに物知りだけど、あまりその知識は役に立たないような。
 そんなことに思い至って、まりさは小さめの溜息を吐いた。うん、ぱちゅりーを頼りにするのは少しだけ考え直したほうがよさそうだ。
 もっとも、その場にいたけど全く話を聞いてなかったれいむは全く違う感想を抱いたらしい。

「じゃあ、いまはおはなさんはゆっくりできてるんだね! それはとってもゆっくりしてるよ!」

 ゆっくりしているのは、いいことだ。
 それがおはなさんだって、まりさやれいむに食べられるむしさんだって、ゆっくりしている時は邪魔しちゃいけない。
 それでまりさやれいむたちが少しゆっくりを我慢しなくちゃいけないとしても、他人のゆっくりを台無しにするのはとっても
ゆっくりできないことだった。
 そんな純粋なれいむの喜びには、まりさとしても少しも異論はない。

 ――とてもたいせつな何かを忘れてしまっているような気が、ほんの少しだけしたけれど。
 でも、そんなの、思い出せないならどうでもいいことなんじゃないだろうか。

「「おはなさん、かふんさん、はるさん、ゆっくりしていってね……へっくちょん!」」

 だから、まりさはそれ以上考えなかった。れいむはもとより知らないのだから、何かを思うこともなかった。
 とにかく自分のゆっくりは、後回しだ。かふんさんが思う存分ゆっくりしたら、自分もその後でゆっくりできるはずだから。

『はーりゅでーしゅよー♪』

 まりさとれいむが春と野山の草花に向けて投げかけた心からの祝福に応えるように、またおうちの外からそんな声がやっぱり
幾重にも重なりあって聞こえた。
 二匹はそれを春からの返事なのだろうと、漠然と信じた。
 もちろん春という季節が、なにがしかの言葉を紡ぐことなんてありえないのだけれど。

「れいむ。はるさん、とってもゆっくりしてるよ!」
「まりさ。はるさんにもういっかいごあいさつしようね!」

 しかし、信じたれいむとまりさは何とかして春の顔を見たくなった。
 見て、きちんと笑顔で挨拶に答えてあげたくなった。
 だからいそいそとおうちの玄関まで這い出して、もう一度、お花さんにも負けない満面の笑みを咲かせてお決まりの挨拶を投げ返す。

「「ゆっくりしていって……ゆげぇ!?」」

 ……投げ返す、つもりだったのだけど。
 その挨拶半ばにして、お外を眺め渡した二匹の顔が奇妙な声と共に歪んだ。それはもう、傍から見ていてこっけいなほどに。
 どう見てもゆっくりできていない顔立ちを見せて、二匹はその場で凍り付いてしまった。

『ゆーっきゅり、しちぇいっちぇねーー!』

 おうちをぐるりと取り巻く『春』は、愕然としたままのれいむとまりさに向けて確かに言葉を返した。
 驚愕に揺れる二匹の目にもそれらは確かにとってもゆっくりとした笑顔で咲き乱れていた。

 ……ただ、その『春』たちが咲き乱れている場所が、失望だったり絶望だったり諦観だったり逃避だったり、とかくゆっくりには
程遠い顔をした群れのゆっくりたちの頭に生えた茎の上だったりするのだが。

『はーりゅでーしゅよー!』

 みんなの頭に鈴生りに生る『春』は、眼下の親の悲歎なんか気付きもしない様子で愛らしい声を揃えて春を謳う。
 その頭に被るのは、一様におそろいの三角帽子。親の種類なんてまるで関係ない。
 それは形も違えば色も違う。赤ちゃんたちのお帽子は、つばのない白い三角帽子に大きな赤いリボンが付いている。

(『かふんしょうさんにかかったら、はるですよー、っておこえがきこえてるあいだはおうちをとじまりしておそとにでちゃだめよ』)

 ……そういえば。
 目にしたものの衝撃から立ち直らないままのまりさは、ようやくのことであの日ぱちぇりーが教えてくれたことの続きがどんなもの
だったかを思い出していた。

(『そうしないと、からだにたまったかふんさんのせいではるさんのあかちゃんができちゃうから、きをつけてね』)

 そうだ。ぱちゅりーは『はるさんのあかちゃん』ができるといっていたんだ。
 教えをぼんやりと思い出すうちに、頭頂部のむずむずとした痒みと、身体からどんどん餡子が抜けていく感覚が同時にまりさを襲った。
 ここまで来たらさすがに、まりさの頭でも深く考えなくたって分かる。

「どおじでごんなごどになっでるの……?」

 それでも自分の頭を確認するのが怖くて、ほんのわずかばかりの期待を込めてまりさは隣のれいむの方をちらりと見た。

「「……ゆげげっ」」

 ちらりと見て、やっぱりこっちを縋るような目で見ているれいむと視線が衝突して、そのままお互いの頭の上へと視界を移動させて、
それから同時に小さな悲鳴と少量の餡子を口から吐き出した。

 二匹の期待も空しく、真っ白な雲が漂うお空を背景にしてすらりと伸びた緑の茎。
 そこに鈴生りに生るのはれいむともまりさとも形も違えば色も違う小さな赤ちゃん、三匹ずつ。
 未だ目覚めぬその小さな赤ちゃんたちのお帽子は、つばのない白い三角帽子に大きな赤いリボンが付いている。
 つまり、群れのみんなが浮かない表情で見上げている赤ちゃんたちと全く同じ種類の、ゆっくりの赤ちゃん。

 極めつけは、この子達の背に生えた昆虫のような羽だ。こんなもの、この群れのゆっくりには一匹だって生えていないのに。

 どうしてこんな事にと聞いても応えてくれそうな相手はいない。
 よく見ると、今のこのことお外に出ていたのは自分と同じで春を迎えたのは生まれて始めての若いゆっくりしかいないようだったから。
 つまり、大人のいうことをきちんと聞いていなかったお子様ばかりだったということで――まりさはこれからはきちんと、年を取った
ゆっくりの言うことは聞いておこうと心に決めた。

 ……それは今この場の問題を解決するには遅すぎる決意だったけれど、これからのゆん生にはとても大切なことではあるはずだ。
 特に、そう。たとえば望まずして出来てしまった子の育児とかのために。

「ゅっ……」
「……ゅきゅっ……」

 せっかくの陽気だというのに、『これから』を想像してげっそり疲れきってしまったまりさとれいむが見上げる先。
 普通のにんっしんっならありえない速さでゆっくりとしての形を成してゆく赤ちゃんたちが、早くもごにょごにょと意味を成さない
音の羅列を口から漏らし始めている。
 実際に茎から生れ落ちるのはまだ先のことだろうけど、この分なら目を見開き元気な挨拶を『両親』に向けて放つのは遠くない。

「……れいむ。ふゆごもりようのごはん、まだのこってたっけ」
「うん、まだのこってるよ……」

 感情の篭らないぼそぼそとしたまりさの問いかけに、応えるれいむの声も似たようなもの。
 それを耳にしたまりさは「そう、よかった」と呟いて、別に今更残っていなくても大丈夫かと思いなおした。
 かふんしょうさんで赤ちゃんが出来てしまった以上は、今更お外に出る制限なんてないのだから。
 お外にさえ出てよいのなら、ごはんは幾らでも集められる。季節はもう、寒くて野山にごはんの乏しい冬ではないのだし。

「「「「「「ゅきゅ……ゅきゅっ。ゆゆっ!?」」」」」」

 そう。それはとても忌々しいことではあるのだけれど。
 陰鬱な想いを消せないままに、まりさは頭上にその声を聞いた。

「「「「「「おきゃーしゃん? おきゃーしゃん、ゆっきゅりしちぇいってにぇ!」」」」」」

 そう。忌々しいことに、春はまだ、目覚めたばっかりなのだ。




    *           *           *




「おお、子宝子宝。おつむの中身同様、春めいたことで実に結構な騒ぎですね」

 春だというのに暗雲たちこめるゆっくりプレイスを見下ろす木の枝で、一匹のきめぇ丸が嘲笑とも苦笑ともつかない笑いを
右往左往するゆっくり達に向けている。
 いや、ひょっとするとそれは憐憫、もしくは共感に類する笑みだったのだろうか。
 覇気のない笑顔を浮かべるきめぇ丸の頭の上には、ごたぶんにもれず白い帽子を被った赤ちゃんを実らせた茎が伸びていたのだから。

「「「ゆーゆゆー♪」」」

 きめぇ丸は知っている。
 今頭の上で楽しげに歌声を合わせているこの子達は、春の終わりには前触れもなく風に誘われるようにしていなくなってしまうことを。
 人里や多くのゆっくりの間では、初春に突然大量発生し、初夏までにいっせいにどこかに姿を消してしまうと思われている準希少種、
ゆっくりりりー。
 それがこの赤ちゃんたちの名前だった。
 彼女たちは背中に生えた透き通った翅に五月の風をいっぱいに受けて、どこか根付くべき土地を求めて旅立ってしまうのだ。
 そしていつかどこかの大地にたどり着き、そこに根を下ろし、雨にも溶けず鳥獣や昆虫にも食われずに済んだ一握りの子供だけが、
ゆ木となって森を作るという。
 そうしてゆ木となったりりーほわいとたちは、歌うことなく、しゃべることすらなく春までひたすらに静かに過ごす。
 実は付けないがゆっくりの好む味の葉を多く大地に落とす森として、多くのゆっくりを惹きつける。

「おお……おろかおろか」
「「「ゆっ♪ ゆっ♪」」」

 やはりこの年に成体になったばかりの若いゆっくりとして、うかつにもその罠に引っかかってしまったきめぇ丸は頭上のわが子を
リズミカルに揺らしながら、今度ははっきりとした自嘲の笑いを口元に浮かべた。
 そう、あまあまな落ち葉こそがりりーのゆ木が集まるこの森の罠だ。
 春に枝いっぱいの白百合に似た花を咲かせ、多くの花粉を飛ばし――落ち葉の味に惹かれてやってきたゆっくり達に、わが子を
数多宿らせるための。

 きめぇ丸は同族に教わった知識をなぞって軽いため息をつき、湿度の高い視線を背後に聳える木の幹へと向けた。
 上空から見れば枝葉にすっぽり覆い隠されたその部分の樹皮に、顔のような凹凸が隠されていることにどうしていま少しばかり
早く気づくことができなかったのだろう

「はーるでーすよー♪ ゆっくり、していってね♪」
「おお、拒絶拒絶。子供を育てるということまで含めて、悉く拒絶させていただきます」

 その顔のような凹凸――ゆ木となったりりーの成体の歌声に、きめぇ丸は酷く嫌そうな口ぶりで応じた。
 そして、なんの躊躇もなく茎を赤ちゃんごと幹、りりーの顔のある部分のすぐ傍へと叩き付ける。
 声もなく弾ける、三匹の赤ちゃんゆっくり。飛散した微量の餡子が、りりーの顔をわずかに汚した。
 りりーはわが子の無残な末路に一瞬不満そうに目を細めて――しかしすぐに、何事もなかったかのように花のような笑みを咲かす。

「はーるでーすよー♪」
「おお、非情非情。まああれだけ実が生っていれば十分なのでしょうかね……」

 不本意に生まれた子だ。育てず、異物として排除するゆっくりはこのきめぇ丸に限ったことではない。
 だからこそ、膨大な花粉を飛ばし、数多の子供を作らせる。
 別に気にする必要も感じないのだろう、無邪気なゆ木りりーの歌声にきめぇ丸こそ呆れた、いささか非難を含む目を声の主へと向けた。

 地上から聞こえるのは、多くの嘆きと幾らかの怒り、そしてたくさんの幼過ぎる歌声と、末期の言葉。
 理不尽な子宝を得て育てようと決意するもの、間引くことに決したもの、つがいや姉妹間で意見が纏まらず争いとなったもの、
春から若ゆっくりの間に――多くはこの森に対する無知、油断による――不幸が齎されたゆっくりプレイスはいつも以上に賑やかだ。

 そんなゆっくりプレイスの喧騒と、ゆ木りりーの歌声とを聞きながら、きめぇ丸はふわりと空へと飛び上がる。
 花粉の季節そのものは、もうじき一応の収まりを見せるはずだ。収まったら、またここに来よう。
 きっとその頃には、ある程度育った子供とその若い親を中心にもっと素敵で、悲劇的な光景が幾つも繰り広げられているだろうから。

 地上を一瞥したきめぇ丸は、最後に心底からの笑いを見せた。
 春が、赤ちゃんが、通常のゆっくりが言うようにひたすらゆっくりできる存在だというならば。

「おお、祝福祝福。赤ちゃんといっしょに、ゆっくりしていってね!」

 地上で失意に打ちのめされる若いゆっくりたちに、それができないはずがないのだから。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2022年05月22日 10:53