夏休み…それは多くの学生の希望であり、思い出作りを行える一大イベントである。
だが、長期に渡る休みによって生徒が堕落することを恐れた教師は、
生徒たちに恐ろしい重荷を課した…。
…そう、夏休みの宿題である。量は冬休みの宿題の比では無い。
国語、算数、理科、社会…さらに自由研究という面倒な課題も存在する。
多くの小学生たちは夏休み終了の3日前にこの宿題を思い出し、
泣く泣く徹夜でガリガリとエンピツを走らせるのである(マジメな人除く)。


「あ~…。この宿題どうしよっかな~…。」


7月30日…まだ夏休みの序盤といった感じだが、少年はすでに悩んでいた。
無理も無い。今年出された自由研究が『生物の観察日記』だったのだ。
観察日記と限定されている時点で全然自由じゃない気がするが、
何を観察するかは自由である。熱帯魚でもクワガタでも植物でもそこらの蟻の巣でもいい。
とにかく同じ生物を最低2週間、最高1カ月間観察し、状態を日記に記さなくてはならない。


「アサガオは…皆やるかなぁ…。台所の裏のゴキブリ…は途中で駆除されそうだし…。
 特にペットとかもいないし…。はぁ…。どうしようかな…。」


少年は担任の先生が大好きであった。もちろん純粋に尊敬の対象だということだ。
適当に提出して万が一先生に失望されたら嫌だ…。やるからにはちゃんとやりたい。


「外の生き物の観察は熱射病になるリスクを負うし、安定しないしなぁ…。
 …友達に聞いてみるか…。」


少年は携帯電話を取り出し、何人かにメールを送ってみた…。


『例の課題?オレは兄貴が飼ってるイグアナにしたぜ!』
『森で捕まえたカブトムシにしたけど…。』
『私はハエトリグサにしたわ♪』
『僕はタランチュラかハブか悩んだけどハブにしたよ!』

皆ずいぶん多彩な生物を観察するようである…。
だがやはりカブトムシやクワガタムシが多かった。

「僕は何にしようか…。ん?またメールが返ってきた…。」

『おれは鬼意山が飼ってるゆっくりを観察することにしたよ。
 皆ゆっくりなんて面倒そうで観察しないだろうからポイント高いよきっと!』


そのメールは親友からだった。
親友の兄は無類の『ゆっくり好き』なのだ。


「…ゆっくりかぁ…。確かにネタには困らなそうだけど…。
 面倒そうだよなぁ…。でも…ポイントは高い…かな。」







…次の日、少年は親友の家に遊びに行くこととなった。
その日は親友の兄が仕事休みで家にいるのだ。


「おっ!いらっしゃい!」
「お邪魔しま~す…。」
「こっちこっち!鬼意山の部屋は大きくてすごいんだぞ!」


そう言えば、親友の兄の部屋を見るのは初めてだった。
部屋をノックすると、鬼意山がドアをガラッと開けた。


「おお!いらっしゃい!久しぶりだなぁ!!さぁ入って入って♪」
「あっどうも…。」


部屋に入ると、少年の予想とは結構違う部屋が広がっていた。
透明なロッカー式の箱がいくつも積み重なっており、
その中ではゆっくりが号泣したり笑っていたり口を開けて放心したりしていた。
テーブルには明らかにヤバそうな器具が設置してあり、怪しげな薬がフラスコの中で沸騰していた。

…確かに鬼意山はゆっくりが『大好き』だった。ただし実験材料としてのみだったが。

「いやぁ、散らかっててお恥ずかしい…。ゆっくりは実験にぴったりでね~。
 いつの間にかあちこち散らかっちゃうんだよね~!!」
「驚いた?おれの鬼意山、どっちかって言うと『虐待派』なんだよ…。
 でも、それ以外は賢くて優しい最高の兄なんだ。」


親友は兄を尊敬していた。少年は最初は驚いたが、すぐに冷静になった…。
少年は何度か鬼意山と話したことがあった。確かに優しくていい人であった。

「さて、君はゆっくりを観察したい…と言ったね?
 でも毎日ここまで来て観察するのは大変だろう?」
「は…はい。確かに…。」
「だから…特別に好きなゆっくりを1匹プレゼントするよ!」
「え…ほ…本当ですか!?」
「もちろんさ!ちょうど数が多過ぎて困ってたんだ。
 あと、赤ちゃんの方が成長する過程を日記に書けて便利だと思うよ。」


確かにその通りだ。何も文句を言う必要は無い。
でも少年はゆっくりの飼い方など全く知らない素人だった。
いくら面倒でも、途中で死なせたら全てがパーになってしまう…。

「大丈夫!ゆっくりは滅多に死なないから♪
 ほら、じゃあこの中から選んでね。」


鬼意山は大きめのケースを指差した。
その中には手の平サイズの可愛らしいゆっくりが大量に入っていた。
全員スリープ装置式のケースの中ですやすやと眠っている…。

「ゆぅ…ゆぅ…。」
「むにゅむにゅ…。」

「初めて飼うなられいむか…ちぇん辺りかなぁ…。
 ぱちゅりーは病弱だしまりさは生意気だからねぇ…。
 ありすは…止めた方がいいかな。」


少年はじっと品定めをした。こんな近くでゆっくりを見たのは初めてな気がした。
20分ぐらい悩み、少年は1匹の赤ちぇんを選んだ。


「おっお客さんお目が高い!ちぇん種は素直で純粋だから殴ると楽し…っ!!」
「え……?」
「…おっと!ついでにケースと餌と鬼意山特性の飼育マニュアルもセットで付けちゃおう!」


一瞬鬼意山からとてつもなく邪悪なオーラを感じたが、気のせいだということにしておいた。
少年は赤ちぇんを飼育用のケースに入れ、中に飼育に必要な綿や皿を入れた。
マニュアルは…後で読めばいいや。少年はお礼を言って帰宅することにした。




観察1日目…

早速自分の部屋にケースを置き、赤ちぇんが目覚めるのを待つ。
まるでハムスターでも飼っているかのような気分だ。
少年は特にゆっくりに興味が無かったが、この赤ちぇんは可愛いと思った。

「にゃ…ふにゃぁぁ…。わきゃりゃにゃいよー…。」
「おっ目覚めたぞ…。」

少年はマニュアルの2Pを見た。

「えっと…最初に自己紹介をして、自分がそのゆっくりの親であると言い聞かせる…か。
 ええと、ちぇん~…。僕は君のお父さんだよ~。」

赤ちぇんはしばらく辺りをキョロキョロした後、少年を見て体を傾けた。

「ゆ…?ちぇんのおとーしゃんはおとーしゃんだよー?」

赤ちぇんはさっきから不思議な気持ちでいっぱいであった。
茎から落ちて大きな声で『ゆっきゅりしちぇいっちぇね!!!』と叫んだ直後、
急に大きな何かに持ち上げられ、親の顔を見る前に変なケースに入れられ眠ってしまった。
だが赤ちぇんにだって親が自分と同じゆっくりであることぐらいは分かる。
目の前で親を主張する者は明らかにゆっくりでは無い。だから不思議だった。

少年はやや困惑しながら3Pを見て、こう言った…。

「えっと…。そうそう!実は君のお父さんとお母さんから少しの間預かって欲しいって
 お願いされてたんだ!だから、その間だけは僕がお父さんなんだよ。分かるかい?」

3Pには反論された時の対処法が載っていたのだ。少年は役に立つマニュアルだなぁと感心した。

「わ…わきゃりゅよー!ちぇんのもうひちょりのおとーしゃんにゃんだねー!」
「そ…そうそう!理解が早くて助かるよ!ははは…。」

少年はケースにゆっくりフードを細かく砕いた物を入れ、様子を見てみた。
まだ慣れていないのかそわそわとしており、耳もふにゃっと垂れていた。

「分かりやすい奴…。」
「ゆぅ~…。おとーしゃん…。ちぇんはおとーしゃんとしゅりしゅりしちゃいよー…。」

赤ゆなら親とのすりすりは欠かせない。だがそれを知らない少年は迷った。

「ちょっと待っててね…。えっと…。『すりすりを求められたら』…これだ!」

マニュアル17Pにはこう書いてあった。

『甘やかすとどこまでも甘えます。親として厳しく突き放しましょう。』


「…えぇぇぇぇぇ…。いきなりスパルタっぽいな…。いいのかな…?
 すりすりぐらいいいと思うけどなぁ…。」

赤ちぇんは尻尾を振ってこちらを見つめている。
すりすりぐらい…いいよね!

「ほ~ら、す~りす~り♪」
「ゆ~ん♪おとーしゃんあっちゃかいよー♪」

結局少年はすりすりをしてしまった。可愛くて可愛くて仕方が無かったのだ。
確かに、飼うのだったらこの手の触れ合いは不可欠である。
だが、少年はあくまで『観察』目的でちぇんをもらった訳で、
真剣に最後まで責任持って…とまでは考えていなかった。
少年も間もなく後悔することになるが…。


今日の日記
『今日からゆっくりのちぇんをかうことにした。とてもかわいかった。
 すりすりしてあげたらよろこんでくれた。あしたはなにしてあげようかな。』






観察2日目…

少年は朝9時に起きケースを眺めた。まだ赤ちぇんは寝ていたが、餌は全て無くなっていた。

「よしよし。今のうちに水を取り替えて…んん!?」

トイレ用スペースがあるのに、そこから思いっきり外れた箇所にうんうんらしき物体があった。

「ゆぅ…ゆぅ…。」
「しまった…。トイレの説明忘れてた…。えっとマニュアルマニュアル…。」

マニュアル13Pにはこう書かれていた…。

『トイレはしっかり躾けないと覚えません。言っても覚えなければバシバシ引っ叩きましょう。』



「…ゆっくりの躾って難しいな…。しかもかなりスパルタ…。
 まあ今回はあくまで観察が目的だし、躾はいっか…面倒だし可哀想だしね…。」
「ふにゃぁぁぁぁ…。わきゃりゅよー。おとーしゃんだねー。」
「おはよう♪朝ご飯も入れておいたから…食べたら遊ぼうか♪」
「わきゃりゅよー!おとーしゃんとあしょぶよー!」


今日の日記
『今日はちぇんといっぱい遊んだ。すりすりもいっぱいした。
 しっぽをふっていてとてもかわいかった。おいしそうに
 ごはんを食べていた。』






観察3日目…

この日は友達と遊ぶ約束をしていた。
だが少年が部屋を出ようとすると赤ちぇんは大声で泣いた。

「まっちぇねー!おとーしゃんとはにゃれちゃくにゃいよー!
 しゅりしゅりしちぇねー!あしょんでねー!」

赤ちぇんは甘えたいだけなのだが、少年にはワガママに聞こえた。
だがマニュアル11Pを読んだ少年はこう言った。

「今からお父さん、ちぇんのためにご飯を取ってくるんだよ。
 いい子にして待っててね。帰ってきたら遊んであげるから…ね?」
「ゆぅぅ…。わきゃりゅよー…。ちぇんはいいこにまちゅよー…。」


だがその約束は守られなかった。
遊び疲れた少年はフラフラと帰宅し、餌だけ入れてベッドインしてしまったのだ。
赤ちぇんは泣いてケースに顔を押し付け少年に近づこうとしたが、結局泣き疲れて寝てしまった。



今日の日記
『今日もちぇんといっぱいあそんであげた。昼は友だちと遊んで、
 夜はちぇんと遊んだ。とてもたのしかった。』







観察4日目…

その日少年は母親に怒られた。ちぇんを飼っていることでは無い。
昨日泣きまくっていたちぇんが五月蝿かったと怒っているのだ。

「宿題のためって言うから仕方なく許可してあげてるのに…!
 お母さんが生き物苦手なの知ってるでしょ!?
 あんまり五月蝿いようならちゃんと黙らせなっ!!」
「ふぁぁぁぁぁぁい…。おっけーおっけー…ふぁぁ…。」
「…そんな態度だと今日プール行くの止めようかしら…?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…。」

少年は家族でプールに出かけた。冷たくて楽しかった。
母親の機嫌も戻ったようなので少年はホッとした。

「わきゃりゃにゃいよー…。おとーしゃんどきょー…。」

赤ちぇんが目覚めた頃には家には誰もいなかった。
皆プールに行っていたのだから当然だ。
その日…赤ちぇんはずっと孤独だった…。
きっとご飯を採りに出かけたんだね…そう自分に言い聞かせて納得した。

「ただいま~。ごめんねちぇん、遅くなって…。」
「ゆぅ…。ゆぅ…。」
「もう夜9時だし寝ちゃったか…。起こしたら悪いよね…。」

少年は餌と水を取り換え、相変わらず散乱しているうんうんやしーしーで濡れた綿を除いた…。



今日の日記
『今日はプールへ行ったからちぇんとはあまり遊べなかった。
 ちぇんは水にぬれるとあぶないのでしかたがないとおもった。
 でもただいまって言ったらおかえりって言ってくれたので
 うれしかった。』




…途中から、少年の観察日記に少しずつフィクションの割合が増えてきた…。
半分は見えを張っているせいで、半分は書くネタを稼ぐためである。
そして、10日を超えた辺りからはますますフィクションが増えた。
何故なら少年は他の宿題をやったり、友達と遊んだり、家族で出かけたり…
やることが沢山あったからだ。
花火大会、祭り、ホビーのイベントなどなど…。
少年は次第にちぇんとの時間を減らし、あまり接しないようになった。
だがそれでも少年はちぇんの世話の放棄はせず、空いた時間を使って話したりしていた…。

…そして観察20日目…

「わかるよー…。ちぇんとあそんでねー…。」
「ちょっと!掃除の邪魔だよ!どいたどいた!!」
「にゃぁぁぁぁぁ!!?」

尻尾を掃除機に踏まれ、ちぇんは少年の部屋に飛び帰った。
赤ゆだったちぇんも今ではすっかり大きくなってしまった。
ゆっくりは成長が早いのだ。1ヶ月で成体になると言われているぐらいだ。
目覚めてから20日、ちぇんは子ちぇんと呼ぶのも無理があるぐらいに成長していた。

だがそうなると今までとは勝手が違う。もうケースでは飼えないからだ。
最初は普通の猫のように放し飼いにしてみたが、口に虫を入れて帰ってきたため
母親にこっぴどく叱られてしまった(少年が)。
それから室内飼いになったが、体力を持て余すちぇんは少年の部屋だけでは物足りず、
家中をウロウロするようになった。なので父はともかく母は本気で鬱陶しそうだった。

「全くあんな早く成長するなんて…。ゆっくりなんて世間じゃ害獣とか言われてるし、
 やっぱり飼うべきじゃなかったんだよ。飼うならせめてシーモンキーにしておけば良かったのに…。」
「う~ん…。まぁ許してあげてよ…。ちぇんだって悪気がある訳じゃ…。」
「だから困るんだよ!悪気が無いから怒ってもちっとも反省しないんだよ!
 その上家中に排泄物を撒き散らすし…。いい加減お母さんも限界だよもう…!!」

そう、満足に躾などしなかったせいで、今でもトイレを覚えられずにいた。
そもそもトイレなど野生のゆっくりの概念には存在しないものだ。
他の動物と同じで、ちゃんと覚えさせなければ永遠にトイレの場所など理解しない。

「…わからないよー…。」

ちぇんは孤立していた。寂しさを少年と一緒に寝ることで紛らわした…。
だが次の日少年のベッドの中はうんうんにまみれていた…。
さすがの少年も怒り、しばらくちぇんと口を利かなくなった…。



今日の日記
『ちぇんはすっかり大きくなった。まいにちはねまわってとても元気。
 家ぞくのみんなもかわいいと言ってくれてうれしいとおもった。』




…観察23日目…

この日をきっかけに大きな事件が発生した…。
その日、少年は夏休み最後の思い出に家族旅行に行くことになっていた。
少年はちぇんも連れて行きたかったが、母は猛反発した。

「勘弁しておくれよ…。やっと五月蝿い鳴き声や鼾から解放されると思ったのに…。
 それにペットを旅行に連れていくのは無理!宿泊先の旅館は基本ペット持ち込み禁止なのよ…。
 諦めなさい!!」
「わからないよー?どこいくのー?」
「…ちょっと遠くまでご飯を採りにいくんだよ。だから待ってて…。」
「だったらちぇんもいくよー!もうちぇんだってかりができるよー!」
「頼むから家でいい子にしていてよ…。これ以上お母さんを怒らせたら
 本当に殺されちゃうよ…。」

少年は何とかちぇんを説得し、家で留守番させることに成功した。
父は少年に聞いてみた。

「いいのか?やっぱり誰か近所に預けた方が…。」
「大丈夫だよ…。ちぇんはいい子だもん、ねっ?」
「わかるよー!いいこにまってるよー!!」
「誰かに預けても迷惑になるだけだし、いいんじゃないかい?
 餌も水も3日分あるし…。ただし何か悪さしたらお母さんキレるよ!?」

少年はちぇんに完全に興味を無くした訳では無かった。
ここでいい子にお留守番できればきっと母もちぇんを見直すだろう。
そうすれば、日記にも何の罪悪感も無く堂々といい内容が書ける…そう思ったのだ。
少年はこの日のためにちぇんに出来る限りの躾をした。

『家から出ない』『誰かが来ても反応しない』『トイレの場所』などなどである…。
実は母は家でゆっくりを飼っていることを近所に内緒にしていた。
この周辺ではよくゆっくりがゴミを荒らすので、とても飼っているなんて言えなかったのだ。
なので留守番させるのには反対しなかったのである。

「じゃあ行ってくるよ。頑張ってねちぇん…。」
「わかるよー。がんばってまつよー。」



…そして、ちぇんは1匹になった。静寂に包まれる家…。
途端に激しい孤独感がちぇんを襲った。
思えば子ゆサイズになってからあまり遊んでもらえなくなった。
ただ散歩していただけで大きな変な物体に尻尾を踏まれた。

「…わからないよー…。」

ちぇんは少年が羨ましかった。お母さんがいて、お父さんがいて…。
ちぇんにはお父さんがいるけどお母さんはいない。
それにお父さんだって本当のお父さんじゃない。
本当のお父さんとお母さんはいつになったら迎えに来てくれるのだろう…?
お父さん(少年)に聞いても『もう少ししたら』といつも言われてきた…。
ちぇんは家族が羨ましくて仕方が無かった。ゆっくりだけの本当の家族をちぇんは求めていた…。




…3日後…

旅行から帰ってきた少年たちが見たもの…
それはまるで泥棒が入ったかのように荒らされた家であった。

「まさか強盗が…!?ちぇん!?ちぇんはどこ!?」

少年はちぇんの安否を気にかけ家中を駈けた。
だがそこには少年を裏切る光景が…。

「ゆっ!こんなおおきなゆっくりプレイスにすんでいるなんて、
 ちぇんはほんとうにゆっくりしたゆっくりだぜ!!!」
「わかるよー!まりさがよろこんでくれてちぇんもうれしいよー!」

少年の部屋には大量のティッシュやトイレットペーパーが巻き散らしてあり、
ベッドの上ではちぇんと…あと何故かまりさがいた。

「…おい…これ…どういうことなのさ…?」

少年は恐る恐る話しかけると、ちぇんは満面の笑みを浮かべはしゃいだ。

「わかるよー!やっとかえってきたんだねー!」
「ねぇ…。どうなっているの…この状況…?」
「ゆっ?こいつだれだぜ?」
「それはこっちのセリフでしょうが…。」

少年が呆然としていると、ちぇんはニコニコしながらさらにこう言った。

「ちぇんのかわいいあかちゃんたちをみせてあげるねー♪」
「…………へ………?」

すると、ティッシュの山からモコモコと何かが這い出てきた…。
初めて受け取った時のちぇんと同じ大きさの…

「「「「ゆっきゅりしちぇいっちぇね!!!」」」」

赤ゆたちだった。赤ちぇん2匹と赤まりさ2匹、少年は混乱した。





…つまりこうだ。
ちぇんが孤独に過ごしている時に、たまたま締め忘れていた窓からまりさが侵入した。
ちぇんは初めての同類に感激し、まりさを歓迎した。
そして、『家族』に強い憧れを抱いていたちぇんは『孤独感』をもみ消すため
まりさと本能の赴くままにすっきりし、子供をつくってしまった…。
ちぇんはそれを悪いこととは微塵も思っていなかった。
いや、むしろ家族が増えてお父さんも喜んでくれるとさえ思っていた。
だってこんなに可愛い赤ちゃんが増えたんだもの。
きっと祝福してくれるに違いない、と信じて疑わなかった。



だが、現実はかくも残酷である。
母が少年の部屋に来たのである。ホウキを持ち、顔を真っ赤にして…。

「またへんなやつがふえたんだぜ!ちぇん、いったいだれだぜ?」
「わかるよー。おとうさんのおかあさんだから…おばあちゃんだよー。」

おばあちゃん…それを聞いた母の怒りは頂点を超えてしまった。
少年もすでに諦めていた。ちぇんに失望してしまったのだ。
だが、マニュアルには『2匹を一緒にするといつの間にか子作りします』と書いてあった。
そうなることを予測せずちぇんを家に置き去りにしたのは自分のせいである。
少年は必死に母をなだめた。父も説得に加わり、母はようやく落ち着いた…。
少年はこれ以上何かしないように大きいケースにちぇんたちを入れておいた。

「ゆ!?なにするんだぜ!?じじいはさっさとしぬんだぜ!!」
「わからないよー!どうしてとじこめちゃうのー!?」
「…何でよりにもよって相手がゲスなんだ…。」


その夜家族3人で緊急会議が行われた。
片づけで疲れ果てていたため、母も父も血管が浮き出ていた…。

「あんな数を養うなんて無理だよ…。ねぇ母さん。」
「当然よアナタ!どうせあの小さいのがまた大きくなるんでしょ!?
 足の踏み場もありゃしない!」
「………。」
「それにあのまりさ、勝手に入ってきたり口が悪かったり…。
 あのまりさ、この家の一員としては扱えないなぁ…。」
「言う通りね…!きっとあのまりさ、近所でゴミを荒らしているゆっくりに違いないわ!
 勝手に子供までつくるなんて…あのちぇんが感謝していない証ね!」
「………。」

反論したくてもできなかった。元々母はゆっくりを家に置くのに反対していたのだ。
夏休みが終わりかけ、観察日記も十分に書かれた今、ゆっくりを家に置いておく理由も無い。
これを機に母はゆっくり全員を家から締めだそうと考えていた。
父も最初こそ反対しなかったものの、今では母と同意見である。
小さくて可愛いうちは良かったのだが、大きくなるに従って可愛いと思えなくなり、
飛び跳ねる姿を見て不気味ささえ感じていた。
それに加えて今回の失態である。さすがの父も耐えられなかったのだろう。

「分かった…。もう十分観察できたし、明日捨ててくるよ…。」

親友の家に返すという道もあったが、少年はその道を選ばなかった。
あの鬼意山のことだ、ちぇんたちは実験材料として悲惨な末路を辿るだろう…。




今日の日記
『今日ちぇんが親になった。こどももうまれてうれしそうだった。
 あいてはぼうしがかわいいまりさだった。
 家ぞくみんなでおいわいしてあげた。あかちゃんはどれもすごくかわいかった。
 ゆっくりしたいいこにそだてばいいなーとおもった。』




その日の夜中…

少年は寝ているちぇんたちのケースから、こっそりまりさだけを取り出した…。
そして誰にも見つからないようにこっそり家を抜け出し、
近所の空き地に持っていった…。

「おい、起きて…。」
「むにゅむにゅっむがぁ…。なんだぜ…。いまねむいからおこすなだぜ…。」
「起きろって言ってるだろこの野郎!!」

少年の叫びと共に、少年の蹴りが寝ているまりさの顔面に直撃した。
吹っ飛び、折れた歯を撒き散らしてまりさは地面に叩きつけられた…。

「うがっうがゆげぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!?だにずるんだぜぇぇぇぇぇ!!!!!?」
「お前のせいでな…!ちぇんは家から追い出されるんだよ…!!
 確かに…!途中から面倒になってあまり遊んでやれなかったけどなぁ…!
 でも…。でも…僕はちぇんを夏休みが終わっても飼うつもりだった…!
 ちぇんのいい所を見せてお母さんを説得するつもりだったのに…!」
「このじじぃぃぃぃぃぃ!!!ゆっぐりでぎないがらじねぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」


だがまりさの攻撃は少年には届かなかった…。
体が浮き、鋭い牙がまりさに突き刺さる…。

「うー!うー!」
「ゆがぁぁぁぁぁっ!?れれれっれみりゃだぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「言ってなかったけどこの空き地、れみりゃがよく通るんだよ。
 さっきの一蹴りで僕はもうまりさを許すことにしたから…じゃあね。」
「いやぢゃぁぁぁぁ!!だぢゅげでっじにだぐにゃいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!」
「自然の摂理に人間が首を突っ込んじゃいけないって先生が言ってたんでね…。
 もう眠いから帰るよ…。さようなら、永遠に…ね。」
「ゆぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ…!!!もっちょ…ゆっきゅり…。」

少年はまりさの断末魔の悲鳴をBGMにして帰宅した。
これだけ五月蝿いのに誰も気にしないのは、
この空き地では日常茶飯事の出来事だからだ。
ここのれみりゃを活用すればゴミ荒らしを駆除できるのに…
今度提案として近所の人に言ってみようかな…。






…運命の日…早朝朝6時…


少年はちぇんと赤ゆたちを少し離れた路地まで連れて行った。
途中まりさがいないと言われたが、すぐ戻ってくると適当に言ってごまかしておいた。
この路地は人が多く通る場所だ。
ちぇんと4匹の赤ゆを『ひろってあげてください』と書かれたダンボール箱に入れ、
そっと路地の目立つところに置いた…。

「わからないよー?おとうさんどこにいくのー?」
「…いいかい?ここはお父さんと同じ人間が沢山通るから、
 優しそうな人が通ったりじーっと見てくる人がいたら
 沢山鳴いてアピールするんだよ…。」
「ゆぅ~?しょれっちぇゆっきゅりできりゅ?」
「わきゃりゃにゃいよー…。」
「もし一緒に来ないかって誘われたらその人をお父さんやお母さんだと思って
 ついていってね。なるべく優しそうな人についていくんだよ?」
「???…わからないよー…?ちぇんのおとうさんはおとうさんだよー?」
「…いいかい…?拾ってくれた人がちぇんの本当の親なんだ。
 ここで待ち合わせする約束なんだよ…。分かるかい?」

少年はちぇんに『迎えに来た人が本当の親なんだよ』と何度も言った。
刷り込まれたちぇんはやっと迎えに来てくれると尻尾を振って喜び始めた…。

「わきゃりゃにゃいよ…?ゆっきゅりできりゅの?」
「そうだよー!ちぇんのほんとうのおとうさんとおかあさんにあえるんだよー!」
「ゆぅ♪わきゃりゅよー!にゃんだかゆっきゅりできりゅよー!」

ずっと夢見てきた本当の親との出会い…ちぇんは童心に帰り喜んだ。

「後でまりさも来ると思うけど、もし来なくても待ってちゃダメだよ?
 きっと向かった先で皆を待ってるからね?」
「わかるよー。ちぇんここでほんとうのおかあさんとおとうさんをまつよー!」

単純なものだ。少し考えればおかしいと思えるはずなのに…。
だが長い時間が経ち、ちぇんには本当の親が何なのかすら分からなくなっていた。
きっとゆっくりと人間の境界すら曖昧になっているだろう…。

少年は納得したちぇんたちの入ったダンボール箱にゆっくりフードを入れ、
その場を後にした…。

「わかるよー!いままでそだててくれてありがとねー!
 さようならー!もうひとりの『おとうさん』!!」
「…………!!!!…うん、元気でね…!!」

少年は走った。下を向いて全力で。





…最後の日記
『ちぇんたちは家ぞくでなかよくくらすといって家を出ていった。
 じりつしたとおもいちょっとかなしかった。
 でも家ぞくでしあわせそうだったからとめなかった。
 せめてこれからもしあわせに生きていけますようにっておいのりした。
 どこかでまたあえたらいいなーとおもった。』







…その後…

「わかるよー!わかるよー!ほんとうのおとうさんとおかあさんは
 はやくちぇんをむかえにきてねー!かわいいあかちゃんもうまれたよー!
 すてきなまりさとであったよー!まごをみせてあげたいよー!」
「こんな所に捨てゆっくりか…。最近無責任な飼い主増えてるよな~…。」
「全くだ…。ほら仕事仕事!早くこいつら運ぶぞ。」
「わかるよー!ほんとうのおとうさんとおかあさんだねー!
 …?おとうさんがふたりいるよー?わからないよー?」
「はいはい、早くこの中に入って。」
「ゆぅ~♪おしょらをちょんでるみちゃい♪」

迎えに来たのは本当の親でも、優しい人間でもなかった。
ちぇんたちを檻に入れて車を走らせるのは保健所の役員であった。
そして、車はそのまま加工場へと進んでいった。

「わかるよー♪ちぇんたちをほんとうのおとうさんとおかあさんのところに
 はこんでくれるんだねー♪あかちゃん!ちゃんとあいさつしようねー!」
「「「ゆっきゅりりきゃいしちゃよ!!!」」」


近年捨てゆっくりが野生化して被害を出すケースが後を絶たなかった。
捨てゆっくりを見つけたら保健所に連絡、これが最近の常識になっていたのだ。



「ゆぅ~…。くらいよー…。わからないよー…。
 おとうさんとおかあさん…でてきてよー…。」


箱の中でちぇんはずっと本当の親との出会いを待ち望んだ。
その間に赤ゆたちは一口饅頭に加工されているとも知らずに…。
そして30分後、その後すぐにちぇんは箱から出された…。

「ゆはぁ!やっとでられたよー!ほんとうのおと…。」

振り下ろされる鋭く冷たい刃、それがちぇんの見た最期の光景だった。










9月●日…

始業式が終わり早帰りの生徒たちが走りながら帰宅していく…。
その中にあの少年もいた。しかも鼻歌交じりで。
結局ゆっくりを観察した生徒は学年でも自分と親友だけで、
先生に『チャレンジャーでよろしい!』と褒められたのだ。

「これもちぇんのおかげだな~…。ちぇん…。
 次の日確認したらもういなかったけど…。
 いい人に拾われてるといいなぁ…。」


家に帰った少年は早速おやつをねだった。

「ただいま~!おやつは~?」
「おかえり~。まだ昼なのにおやつは~…じゃないよ全く…。」
「昼ご飯まで少し時間あるし…いいでしょ?」
「しょうがないね…。お隣さんからもらったお菓子があるからそれ食べな。」
「やった~!!」

少年はテーブルの上に置いてあったチョコ饅頭をパクパク食べた。
美味しい…。今まで食べたチョコよりもマイルドで甘い…!

「美味いよこれ!どこで買ってきたんだろう?」
「お隣さんが加工場の職員でねぇ。
 捨てゆっくりを使って作られたお菓子なんだって!
 商品としては出せないから職員に配られたらしいよ。」
「…へ…へぇ~…。」

『わかるよー…。』

「!!!!?」

一瞬何か聞こえたような…少年はまさかと思い食べかけの饅頭を見つめた…。

「…まさか…いや、まさか…ね…。」


観察日記に書かれていたことの半分はフィクションである。
特に最後に書いた日記はほぼ全てフィクションであると言える…はずだったが、


『どこかでまたあえたらいいなーとおもった』


どうやら願いは叶ったようである…。





夏休みの自由研究はいつも必ず最終日にやっていました…
計画性を持って有意義に休みを活用しましょう!



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  • なんだまたロクデナシがゆっくり虐待して都合良くしあわせーって虐厨御用達のSSか -- (名無しさん) 2015-02-13 16:02:34

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最終更新:2023年12月07日 01:06