草むらの中を、
ゆっくりまりさの一家が歩いていた。
親まりさと子まりさ、まりさばかりの十匹の家族。
今日は天気も良いのでみんなでゆっくり遠出中である。普段と違う光景に、子ゆっくりも心なしか高揚していた。
「ゆーっくり!ゆーっくり!」
「「「ゆーっくり!」」」
途中見付けた草や花を食べながら森の中をゆっくり進んでいると、突然視界が開けた。
「みんな!へんなものがあるよ!」
「「「へんなものがあるよ!」」」
何かが見える。ゆっくりたちにとって初めての代物。
沢山の真っ直ぐな木が立っていて、その上に木で出来た大きなものがある。
それは人間の家だった。人間の存在は知っていたが、親まりさも里に来た事は無かったのだ。
「いってみよう!」
「「「いってみよう!」」」
ゆっくりたちは家に近づく。その家は少し高くした土台の上にあった。ゆっくりは傾斜を上って家に辿り着いた。
その家は高床式の住居だった。土台から多くの柱が建ち並び、家の床下は吹き抜けで土に短い草が生えており、上は神明造を簡素化したような家になっていた。
ゆっくりたちは床下に入る。
「食べ物のにおいがするね!」
「「「においがするね!」」」
此処には食料があると知ったゆっくり一家は回りを探し始めた。
床下は大人が立って歩けるほど高く、棚が幾つかあり、中央にはテーブルがあり、農業用の道具があった。
「こっちだね!」
「「「こっちだね!」」」
親まりさが嗅覚を効かせ、大棚の一番下の段にある大きな籠に近寄った。
「ここからにおいがするよ!」
「「「「とどかないよ!」」」
子まりさたちがぴょんぴょん飛び跳ねるが、籠は親まりさよりも高い籠には届かなかった。
「みんなでたおすよ!」
「「「たおすよ!」」」
一家揃って籠を倒そうとする。半分近く棚からはみ出て不安定だった籠は直ぐに倒された。
「食べ物だよ!」
「「「食べ物だよ!」」」
籠の中から何かが転がり出た。沢山のじゃがいも。その中の一つに、鍬が当たったのか割れた物がある。ゆっくりが嗅いだのはその匂いだったようだ。
たちまち食べ物に喰らい付くゆっくり一家。
「むーしゃ♪むーしゃ♪しあわせー!」
「「「しあわせー!」」」
あっと言う間に食べてしまう。残されたのはわずかなじゃがいもと沢山の食い滓だけ。
「とってもおいしかったね!」
「「「おいしかったね!」」」
満足したのか一家はゆっくりしだした。母まりさはゆっくり休み、子まりさはその辺を探検する。此処は楽しい場所に違いない。何か分からないけど面白そうな物が沢山ある。
やがて床下から出ていた一匹の子まりさが戻ってきた。
「おかあさん!あっちにもたくさん食べものがあるよ!」
「ほんと!?」
「「「ほんと!?」」」
行ってみるとそこは畑だった。小さい畑だったが、色々なものが生っている。
食べ物が沢山ある。ゆっくりたちは此処が天国の様に思えた。
「ここをまりさのおうちにしよう!」
「「「おうちにしよう!」」」
一家は即決した。
おうちにすると言ったがこれからどこで寝よう。親まりさは考えた。
「さっきのところにしよう!雨もこないよ!」
「「「こないよ!」」」
ゆっくり一家は家の床下に戻る。雨も来なくて快適そうだ。しかしゆっくりが住むに此処はちょっと開放的過ぎた。
屋根があって雨が来ないとはいえ、棚と柱以外は吹き抜けで、一家の身を隠すものが何も無い。天敵が来たときに困る。
「ここに穴をほるよ!」
「「「穴をほるよ!」」」
親まりさは棚と棚の間に穴を掘り始めた。ここなら天敵も入り難く、さらに入り口を籠などで隠せば見付からないと考えたようだ。
「もっもっ!もっもっ!」
「「「もっもっ!」」」
「よいしょ!よいしょ!」
「「「よいしょ!」」」
親まりさが穴を掘り、子まりさが掘った土を運び出す。そんな作業が行われていた。
一刻ほども経った頃、突然天井から大きな音がした。何かが破壊されるような音。続けざまにもう一発。
驚いて穴から出てくる親まりさ。子まりさたちは辺りを見回している。
「びっくりしたね!」
「「「びっくりしたね!」」」
「なんだろうね!」
「「「なんだろうね!」」」
その時天井から叫び声が聞こえた。
「あなたたち!何してるの!」
妹紅が慧音の家に遊びに行くと、玄関から一人の女性が出てくるところだった。
さほど若くはないが、上品で知性の存在を感じさせる婦人。それが何か憂う様な表情だったのが妹紅の気に掛かる。
まあけーねに相談事でもあったんだろう。
他者の事情に無遠慮に立ち入るつもりのない妹紅は深く考えるのを止め、会釈して婦人とすれ違って、急な階段を昇り玄関に向かった。
「けーねー。いるー?」
「妹紅さんか。入って下さい。」
妹紅さんね。けーねが他人行儀なのは先生になってるって事だ。里の子供でもいるのかな?じゃああの人は母親か。邪魔になるようだったら今日は帰ろうか。
妹紅はそんな事を考えながら家に入る。
声のしたほう、教室代わりの居間には、腕を組んで正座する慧音と、それを相対して座る阿求の姿があった。
「おや阿求ちゃんじゃないの。今日は勉強かい。」
阿求は両手を膝の上にのせ、正座して小さく震えている。何か説教でもされているのだろうか?
「妹紅さんも全くの無関係ではありませんね。丁度良かった。こちらに座って下さい。」
「?」
最近阿求と関わったのはこないだ永遠亭の送り迎えをした事だけだ。不思議に思いつつ妹紅も座る。
「妙な雰囲気だなあ。何かあったのかい?」
「先程帰られましたが、阿求さんはお母さんと一緒に来られたのです。」
慧音が説明した母親の言い分は次のようなものだった。
最近の阿求には異常な行動が見られる。里に現れるゆっくりを潰して回っているらしい。
もちろん自分は止めた。しかし阿求は親の目を盗んでゆっくりを殺戮してきた。
お仕置きとして部屋に謹慎させる事にした。里にゆっくりが減った事もありそれは止んだように見えた。
しかし今度は資料集めを口実に、わざわざ竹林まで行ってゆっくりを惨殺してきたらしい。
娘の「資料」を見たら詳細が延々書き連ねてあった。
子供に残酷な面があるのは自分にも分かる。ゆっくりが人間にとって害のあるものだという事も良く分かる。
だが阿求は少しいき過ぎではないか。
残酷になる対象がゆっくりなだけに、かえって何か根があるような気がしてならない。
「資料」を見た限りまだ常識の残ってそうな、八意様という薬師に手紙を出してみたら、「医学用語で『手遅れ』」と返信が来た。
速急に何とかしなければならないが、普段はおとなしい子なので、自分では親の情に負けて強く出来ない。
親の責務を放棄するようで恥ずかしい話だが、ここは上白沢先生にお願いするのが一番良い。
どうか娘に説教してやってくれないだろうか。
「ふうん。そんな事があったんだね。」
妙に疲れた永琳と晴れ晴れとした阿求。まったく子供ってやつはなあ。先日の光景を思い出し妹紅は苦笑する。
「稗田さんは、親が居たら気を遣うだろうと先に帰られました。私は別に気にしないのですけど、里の人たちは子供を連れて来ると決まって先に帰るのです。」
「なるほどねえ。」
妹紅も納得した。万全の信頼を寄せているとはいえ、けーねの説教は親として見るに忍びないわな。
「さて阿求さん。」
慧音が阿求に向き直る。即座に床に手を付いて頭を下げる阿求。
「はははははい先生!私が間違っていました!たとえゆっくりとはいえ生き物!ましてや人語を解するものを潰すなんて以ての外です!私は自分の生い立ちと責任に不満が有るわけではありませんが!知らず知らずそれが深層心理の内に重荷となっていたようです!それがこのような形で表に現れたのでしょう!これからは心に余裕を持ち!寛容の精神を養い!ゆっくりにも優しくぷぎゃ!」
阿求の後頭部に慧音の頭突きが炸裂した。
三百万パワー(げんのう+1装備時・自称)の阿求は一千万パワー(満月時)の慧音に叶うはずも無く、額が板敷きの床に半分めり込む打撃を受けた。
「阿求さん、前にも言ったでしょう。貴方は結論を出すのが早過ぎます。とうとう私の話が始まる前に結論付けるまでになりましたね。」
「…すみません。」
頭を上げる阿求に、慧音は静かに言った。
「ゆっくりを潰すというのは、ある程度は仕方無いです。
蚊や蠅を殺すのと同じように誰もがしていて、それ自体は、まあ責められるべき事ではありません。
ただ貴方は快楽で殺しているのでしょう?お母さんが悩んでいるのはそちらです。」
「しかしけーね。ゆっくりってのは、もうどうにもならないじゃない。見付け次第殺したくなる気持ちは分からなくもながッ!」
慧音の頭突きが妹紅に炸裂した。手加減無しの頭突きに妹紅はたまらず倒れ込む。
「今の私はけーねではありません。上白沢先生です。前にも言ったでしょう。」
流血しながらも慧音は静かに言う。しかし妹紅のほうは頭が割れ脳漿が飛び散り、どう見ても即死である。
「ひいいいいい!」
恐怖に後ずさる阿求。妹紅の体が炎に包まれると混乱はさらに増した。
「かかかかか火事ぃぃぃぃぃ!」
「驚く事はありません阿求さん。直ぐ治ります。」
慧音の言うとおり炎は直ぐに消え、炭化した体を破って妹紅が健康体で身を起こした。卓越した健康体は死をも凌駕する。
「いきなり殺さないでおくれよ。びっくりしたじゃないか。」
「えええええぇぇぇぇぇ?」
阿求が落ち着いたのを見計らって慧音は尋ねた。
「妹紅さんが死んだと思ったとき、どうでしたか?」
「こっ、怖かったです。」
先生が。とは言えなかった。
「そうでしょう。誰だって殺されるのは怖いのです。貴方がした事はまさにそれですよ。」
「はい…。」
しおしおと頭を垂れる。
「私までも説教の材料にするとはね。流石はけ…上白沢先生だよ。」
妹紅が呆れた風で言う。
「それに満月の夜でもないのに私にリザレクションを使わせるなんて。頭突きに磨きがかかってきたじゃないか。」
「貴方もね。私が頭から血を流したのはこれが初めてですよ。」
和やかなのか険悪なのか分からない雰囲気で笑い合う二人が、阿求には恐怖としか映らない。
「さてそれで、ゆっくりですね。」
慧音が話題を戻した。
「あんなのと思っても生き物は生き物。意味もなく殺すのはいけません。もちろん殺すために後から理由を付けるのも駄目です。
たとえ駆除しなければこちらが困るというときでも、可能な限り説得を試みて、追い返すにとどめるべきです。」
阿求は勇気を出して反論を試みる。何しろ徹底的に調べたのだから。
「でもあいつらは私が何度も何度も叱っても庭を荒らしたんですよ。脅したってすぐに忘れちゃうし。どのゆっくりも話が通じる相手じゃありません。」
「それは貴方の力が及ばなかっただけの事。ゆっくりにも理解出来る方法があるはずです。」
「それは無理なんじゃないかなあ。連中に知性があるとはとても思えないし。」
妹紅も言ってみる。経験上、慧音の言う事でも納得出来ない。
阿求も言葉を続ける。
「私も色々調べました。何しろ務めですから相当調べた積もりです。ゆっくりというのは人間や妖怪とは行動原則が全く異なるんです。狙ってるとしか思えない程に人を苛立たせるだけで何の意味もない事ばっかりするんです。言うんです。しかも絶対に敵わない相手にですよ?そんな事したらどうなるかなんて全く考えてないんです。妖精だってもう少しマシな知能を持ってますよ。『ゆっくりしていってね!』と言うくせに全然ゆっくりしていないし。人の都合とか全く考えてないし。平気で嘘つくし。バレバレだし。絶対に自分の非を認めないし。友人から親から子供まで平気で見捨てるし。どう考えても私達の倫理の側からは程遠い存在です。」
阿求がトランス状態に入ったのを見て、慧音は溜め動作に移行する。正座のまま上体を海老反りに反らす。
「それにあの顔!人を馬鹿にしたようなあの顔!自分が悪いなんて微塵も思ってないあの顔!私が言葉を尽くして説明してもヘラヘラ笑ってるあの顔!潰すに決まってるじゃないですか!それで仲間一匹叩き潰した途端にその顔が一変するんです!言葉では何言っても聞こうともしない昆虫にも劣る知能で自分の状況を理解した途端に恐怖に打ち震えるんです!媚びた目で命乞いするんです!楽しいに決まってるじゃないですか!あの馬鹿面を潰す感触!一匹一匹潰す度に世の中を浄化していくような高揚感!楽しいに決まってるじゃないですか!楽しいに決まってるじゃないですか!サーチアンドデストロイ!サーチアンドデストロイ!ああたまらない!先生だって一回やれば病み付きになぶぁ!」
慧音の頭突きがうなりを上げる。土下座の様な体勢で、阿求の頭は板を割って肩の辺まで床にめり込んだ。
「落ち着きなさい阿求さん。貴方色々とヤバイですよ。」
「まあまあ。阿求ちゃんの言う事も一理あぐぁ!」
同様に妹紅もめり込む。
「諦めず根気よくやれば、たとえゆっくりでも分かってくれます。教育とは、躾とはそういうものです。…どうしました?首が抜けなくなりましたか?」
「あなたたち!何してるの!」
床越しに阿求のくぐもった声が聞こえる。
「あー?阿求、どうした?」
思いも寄らない展開に、慧音は間の抜けた声を上げた。
「床下にゆっくりがいます。」
「ほんとだ。ゆっくりだ。」
「ゆっくりだって?」
慧音は二人をそのままに表に出、階段を降りて床下に向かった。
慧音の家は高床式の、神明造に似た構造になっている。
寺子屋での教育と歴史の編纂の為に、慧音は所蔵する書物が多い。それを湿気や虫から防ぐ必要があって、このような家に住んでいた。
それがどの程度の効果があるかよく分からない。しかし書物の保存状態は良好だったし、それなりに涼しいので慧音は割と気に入っている。
床下は風通しを妨げない程度に棚が置かれ、農作業用の倉庫になっていた。
そこに十匹のゆっくり一家がいたのだ。
天井から阿求と妹紅の頭が生えているのが異様だったが、慧音は取り敢えずほっておいてゆっくりに話しかけた。
「あーおまえたち、何してるんだ?」
上白沢先生からけーねになったので口調が変わっている。
親のゆっくりまりさが振り向く。
「ゆっくりしているよ!」
つられて子供達も唱和する。
「「「ゆっくりしているよ!」」」
慧音は再度質問する。
「どうしてこんなところにいるんだ?」
「ここはまりさのおうちだよ!まりさがいるのはあたりまえだよ!」
「「「あたりまえだよ!」」」
倒された籠からは馬鈴薯が転がり食い散らかされ、棚の脇には掘り出したばかりの穴があった。
「ここは私の家だよ。」
「ゆっ?」
「おまえたち、自分の家に帰るんだ。」
「ちがうよ!まりさがさきに見つけたんだからまりさのおうちだよ!」
「「「おうちだよ!」」」
「ついさっき見付けたんだろう?ここは私の家だし、その芋は私が朝に掘り出したものだ。誰もいないからって人のものを勝手に食べたら駄目だ。」
「まりさが見つけたものだよ!まりさのものだよ!」
「「「「ものだよ!」」」
「まりさのおうちなんだから知らないおねえさんは出ていってね!」
「「「出ていってね!」」」
なんと自分勝手な。思わず握り拳に力が入る慧音だったが、慌てて拳を緩めた。天井からじっと見つめる阿求の視線に気付いたのだ。
「出ていくのはおまえたちだ。私の家だと言ってるだろ?
何で此処に芋があるのか分かってるのか。私が畑から採ってきたからだ。
それに棚や机があるのはなんでか分かるか。私が置いたからだ。
自然に落ちてる物じゃないだろ?誰かが置かなきゃ無いものだ。おまえたちが置いたのか?違うだろ?私が置いたんだ。私のものだ。」
慧音は言葉を尽くして説得するが、ゆっくりにとっては暖簾に腕押しだった。
「知らないよそんなこと!まりさがさきに見つけたんだからまりさのものだって言ってるでしょ!おねえさんはあたまが悪いの?」
「「「悪いの?」」」
「フーッ!フーッ!」
ガタガタという音と共に阿求のうなり声が聞こえてきた。
激高しているようだ。首を抜こうとしている…のではなく、床下に降りるべく頭の大きさしかない穴をくぐろうとしているらしい。
妹紅も流石に呆れた顔をしている。
「ゆっ!おねえちゃんさっきからなにやってるの!」
「「「何やってるの!」」」
「頭がぬけないの?」
「「「ぬけないの?」」」
「馬鹿なの?」
「「「馬鹿なの?」」」
「死ぬの?」
「「「死ぬの?」」」
ゆっくりはニヤニヤした顔で阿求を馬鹿にしだした。阿求はますます怒り狂う。
慧音は困り顔になった。あれは確かに馬鹿だけど、おまえ達にとって恐ろしいエグゼキューショナーだ。そんなものを目の前に何を脳天気な。話して帰す事が出来れば、阿求を納得させる良い材料となると思ったが、これでは逆効果でしかない。ちょっと手荒になるが追い払ってしまおう。こいつらにとっても処刑されるより余程良いはずだ。
慧音はもっとも小さいゆっくりまりさに近付くと、その顔を軽く指で弾いた。
「いたい!いたいよ!やめておねえさん!」
「ゆっ!まりさの子どもにらんぼうしないでね!らんぼうしないでね!」
「「「らんぼうしないでね!」」」
あたりを逃げ惑う子供達を、最後に親まりさの顔を弾く。
「ゆっくりやめてね!ゆっくりやめてね!」
「「「ゆっくりやめてね!」」」
「人の家に勝手に入り込むからこういう目にあうんだ。ほら帰った!」
痛がる親まりさを掴んで床下から出る。慧音は落ちても平気そうなやわらかな草むらにまりさを放り投げた。
「ゆーっ!いたいよ!おねえさんの馬鹿!」
「「「「おねえさんの馬鹿!」」」
「うるさい!さっさと帰らないともっと酷い目に遭わすぞ!」
ことさら怖い声を出して、一二歩追いかけるそぶりを見せると、ゆっくりは一目算に逃げていった。
「やれやれ。」
慧音は床下に戻り、残ったじゃがいもを籠に戻した。食べ滓ををゆっくりが掘った穴に落とし、足で土をざっと掛け戻す。
「阿求、妹紅、まだそんなところにいたのか。」
二人の頭は天井から生えたままだ。
「先生。あの程度ではまた来ますよ。叱られた事は一晩寝たら忘れてしまう癖に、食べ物の事は何時までも覚えてるんですから。ぐいっと潰さないと。ぐいっと。」
「けーね。その辺のもの、家の中に入れたほうがいいんじゃないかな。」
二人は心配そうな顔をする。
「大丈夫だ。また来たらまた怒れば良い。そのうち覚えるだろう。」
「大丈夫かなあ」心配げな妹紅と「ぐいっと…ぐいっと…」ブツブツ呟く阿求の頭が天井に消えてゆく。
慧音は何と無しにため息をついた。
「…じゃあお茶も飲んで落ち着いた事だし、さっきの話を続けましょうか。」
仕切り直しの休憩後、慧音が改まった口調で言った。阿求も妹紅も神妙な顔になる。
「先程は醜態を見せましたね。時間がなかったのであのような乱暴な方法になりましたが、本来はもっと時間を掛けて…」
下から何かが落ちる音がした。ひっきりなしに音が鳴り響く。棚の物が落ちてゆく音だ。
「先生!さっきのやつらがまた来てます!」
「ほんとだ。ありゃ仕返しの積もりだよ。」
阿求と慧音が穴を覗いている。
「全く、しょうのない連中だ!」
慧音は阿求にその場から動かないように告げると、外に駆けだした。
床下ではゆっくり一家が棚の道具類を落としまくっている最中だった。慧音に気付くや反対側へ集まった。
「まりさのおうちにならないならこんなところはもうこわしちゃうよ!」
「「「こわしちゃうよ!」」」
「ばーかばーか!」
「「「ばーかばーか!」」」
うわあこいつらロングホーンで突き殺してえ。…いかんいかん。
慧音は頭を振った。
殺してしまったら阿求を叱るどころではない。己の正しさを確信させてしまうだけだ。
しかしなんで自信満々なんだろう。この距離では半獣だろうと人間だろうと捕まるのは明らかなのに。
何か逃げる策でもあるのだろうか?ゆっくりの後ろ側は草むらだ。そこに逃げ込むつもりか。
しかしそれだけでは一家全部が逃げ切るのは無理。草の中に逃げるのに使えそうな穴でも見付けたのかな?
慧音が考えを巡らす間もゆっくりの罵声は続く。
場合によっては逃げられるかもしれないがとにかく追いかけてみよう。慧音が決めたとき、ゆっくりの後ろの草むらから阿求が現れた。妹紅もいる。
どうやらゆっくりに気付かれないように、反対側から大回りして来たらしい。
阿求はげんのうを構えると一瞬静止した。やがてゆっくりと歩み出す。
「いッいかんッ!よせ阿求!!」
妹紅が驚愕の声を上げる。
「!?」
逃げ道を封じられたと悟ったのか、ゆっくり一家も驚いた顔で固まっている。
「一撃で何もかも一切合切決着する。眼前にゆっくりを放置して何が稗田阿求か!?何が御阿礼の子か!?」
笑みを浮かべ阿求てが近付いてくる。
妹紅が焦りの色もあらわに親まりさに向かって叫んだ。
「奴めおまえ達を見て自制がきいていない。ここは一旦引いてくれ。後でもう一度改めて…」
慧音は悩んだ。こいつら何なんだろう。それはともかく自分はどうすべきか。時間が無い。
阿求に頭突きを噛ますか。しかしそれではゆっくりに逃げられるかもしれない。こんな事が起こっては今日の説教は徒労に終わるだろう。
だが阿求がゆっくりを惨殺する可能性が高い以上、ここは逃がすべきだろうか。
仕方がない。あんな連中をほっておくのは癪だが逃がそう。しかし親があれでは子供の教育もなってないに違いない。ろくな大人にならないだろうな。
…教育?教育!そうだ!
「止まりなさい!」
行き成りの大音声に、場の全ての人間とゆっくりが慧音を見た。その姿が瞬時に消える。
一瞬、突風と轟音がゆっくり一家と阿求と妹紅を通り過ぎていった。
何が起こったのか。振り返った皆が認めたのは慧音の後ろ姿。瞬間全員の頭に激痛が走った。
「ゆ゛っ!」
「「「ゆ゛っ!」」」
「あきゅ!」
「もこっ!」
音速で突進しすれ違いざまに頭突きを見舞う慧音必殺の技だった。名前は誰も知らない。
ゆっくり一家は全員気絶した。阿求と妹紅は頭を押さえてうずくまる。
慧音はゆらりと振り返り、二人を見下ろしながら厳かにいった。
「私がこのゆっくりたちを教育します。阿求さん、妹紅さん、よろしいですね?」
「はあ?けー…上白沢先生、何を仰るのでしょうか?」
「私がゆっくりを教育すると言っているのです。
阿求さんが言うように、ゆっくりがどうしようもない生き物なのか、私の信じるとおり更生する余地があるのか、証明して見せましょう。」
「先生…?」
「阿求さん。もし私がゆっくりを更生させることが出来たら、貴方はゆっくりに対する認識を改めなければなりません。後はそれからの事です。」
不思議そうな顔をしていた阿求だが、慧音の言いたい事は理解出来たのだろう。素直に答えた。
「はい。分かりました先生。」
慧音はそれに頷き帰すと、まだ気絶しているゆっくり一家を籠に入れ、階段へと向かう。
「まずは一週間。それで多少の成果は見せてあげます。」
そう言って家の中に入っていった。
あっけにとられていた二人だったが、家に入っても邪魔なだけだと思い、帰る事にした。それに今日は頭突きを喰らい過ぎて頭が痛い。
「なんか妙な事になったけど、けーねの奴、ゆっくりを更生なんてほんとに出来るのかな。」
「分かりません。ですが資料が増えるので私はどっちでも構いません。ゆっくりを教育する事が可能か否か。なかなか興味深い命題ですね。」
「したたかだね。あいつら本当に更生したら阿求ちゃんゆっくりを潰すの止めるかい?」
「それは、まあ、私だって話の通じる相手なら躊躇しますよ。」
「止めるとは言わないんだね…。じゃあ出来なかったら?」
「次は殺す。必ず殺す。」
せいぜいけーねの努力が報われますように…。妹紅は神頼みにはしった。
最終更新:2008年09月14日 11:06