夜もどっぷりとふけている午前2時。私はいつも通り薬を服用していると、どこからか物音が聞こえた。
このちっぽけな教会に誰かやってきたのだろうか。
しかし聞こえたのは裏口からだ。
よくよく耳を澄ますと、何かが跳ねる音が聞こえる。そしてもう一つ
「「ゆっくりしていってね!!!」」
声が聞こえた。高い声だったのでおそらく女性の声なのだろう。
しかし問題はそんなところではない。この時間は誰もいないはずの我が家の裏口から
そんな声が聞こえたというのが問題なのだ。家には誰もいない。
最初は野良猫の類かとも思ったが、喋っている時点で人間なのは間違いない。
私は日本の友人から貰った木刀を握りしめると、
ゆっくりと、慎重に裏口へ近づいて行った。
裏口の前にそっと立つ。呼吸を整え、ドアを勢いよく開けた。
そこに居たのは
【あるゆっくりの話】
突然だが、れいむはゆっくりである。
饅頭のような妖精のようなよくわからないものである。
ゆっくりの為に生き、ゆっくりの為に死ぬ。
相方のまりさもゆっくりである。
二人は、野を超え山を越え、各地を転々としていた。
そうして二人は、さまざまな人間をゆっくりとさせてきた。
今現在は、二人はとある男の家に居た。
「れいむ! ゆっくりおにーさんをでむかえるよ!」
「ゆっくりー♪」
まりさとれいむは玄関に並ぶと、玄関のドアが開いた。
そこから現れたのは一人の若い男である。
「おかえりなさい! ごはんにする? おふろにする?」
「それとも、れ☆い☆む?」
本人は色気を出したつもりなのだろう。れいむのなんとも形容しがたい顔で男に迫った。
しかし男は「ただいま」と挨拶だけすると、ここには何もないと言わんばかりにスルーし、玄関から居間に向かった。
「んで、今日も元気に生きてたか?」
コンビニで買ってきたパンを口に頬張りながら男は言った。
まりさとれいむは男の買ったパンを美味しそうに食べている。
「むーしゃ、むーしゃ、とってもゆっくりしてたよ! きんじょのおにーさんたちもゆっくりしてたよ。」
「れいむのびせいにみんなめろんめろんだったよ! そしてこれはめろんぱんだよ!」
「まりさはえらいなー。」
れいむの洒落をコーヒー牛乳と共にスルーしつつ、男は椅子に寄りかかってテレビを見ていた。
「しかしまあ、おまえらってほんとなんなんだろうな。九十九神って奴なのかねえ?」
「ゆぅ?れいむはれいむだよ! まりさはまりさだよ?」
首をちょこんと傾げながられいむは即座に反論した。
「あーはいはいわかってますよ。にしてもよくもまあこんな生首を今まで受け入れてきたよなホント。
女子高生から『キモカワイイ―』とかなんでか人気だし。アニミズム的なもんかね。」
「ゆぅーん。むずかしいはなしはわからないよ・・・」
落ち込んでいるまりさの帽子を撫でながら、男はテレビのニュースを見ていた。
今流れているのは、過労死のニュースだった。
「そーいや、ジャックの奴大丈夫かねぇ。最近会ってないな。一月前に親父さんが亡くなったって他の奴から聞いたけど」
「ゆ? じゃっく? それはゆっくりできるの?」
「さあな。まあ今はゆっくりしてないだろうさ。」
「「?」」
二人は頭にクエスチョンマークを浮かべていた。そんな二人に男は冷蔵庫から出したビールをぐびぐび飲みながら
語り始めた。
その昔ホームステイとしてやってきた敬虔な信徒である友人の話を
それから三日後。
「そうか。もう行くのか。」
「いままでゆっくりさせてもらってありがとう!」
「おれいにおうたをうたうね! こころをこめてゆっくりうたうよ。」
二人は背中にちっちゃな風呂敷を背負い、浜辺に居た。
れいむはどこから用意したのか、お立ち台の上に立つと、これまたどこから用意したのか
マイクの前で歌い出した。
「ゆーゆゆー♪ ゆっくりーしーてねー♪ ゆ~ゆゆゆ~ゆー」
音程の外れまくった、そしてなんでか心安らぐ声をBGMに、男は少し寂そうな顔でそこにいた。
「そーかい。いやまあ、お前らのお陰でこっちもゆっくりできたよ。色々と大変な時期だったしな。」
目を瞑れば思い出す今までの日々を懐かしみつつ、男は二人に背を向けた。
「まあここでお別れさ。それじゃあ達者でな。」
「ゆーん! さよーならー!」
「さよならおにーさん!」
「「ゆっくりしていってね!!!」」
背中を向けた男は振り返ることをしなかった。自らの頬を濡らしている物を見せたくはなかった。
男と別れたまりさとれいむは、地平線の彼方まで続く海を見つめていた。
「まりさ! あのむこうにゆっくりできないひとがいるんだね!」
「そうだね! おにーさんのおともだちならまりさのおともだちだね!」
「ゆっくりできないなんてかわいそうだね! れいむたちががんばってゆっくりさせてあげようね!」
「ゆん!」
二匹は「ぷくうううう」と口から息を吸い込むと、バレーボール程度の大きさから
バスケットボールまで膨れ上がった。ぷかぷかと風船のように浮かんだ二匹は、もう一度海を見つめる。
「「ゆっくりいどうするよ!!!」」
二時間後。二匹はうーぱっくに乗って海のど真ん中を飛んでいた。
THE END
私は呼吸を整え、ドアを勢いよく開けた。
そこに居たのは
「「ゆっくりしていってね!!!」
二つの少女の生首だった。
片方は黒い魔女の帽子のような物を被った金髪の
もう片方は赤いリボンの少女の生首だ。
その生首が、裏口でこちらを向いて話しかけてきた。
「おにーさんはゆっくりできてるひと?」
「まりさたちとゆっくりしようね! ゆっくりできないとたいへんだよ!」
何を言っているのか全くわからない。日本語は分かるのに頭で理解できていない。
なんなんだこいつらは。生き物ですらない。
「ゆ?どうしたのおにーさん?」
「ゆゆ! れいむ! おにーさんはきっとすやすやー♪してたんだよ!」
「ゆぅ! れいむたちがすやすやー♪のじゃまをしちゃったんだね! ごめんなさいおにーさん。」
「ごべんなざいお゛に゛ーざん゛!!!」
駄目だ。考えれば考えるほど理解できない。こいつらは・・・こいつらは一体なんなんだ。
人の形をしておきながら決定的に欠けている。
- ああ、そうか。悪魔か。きっとそうだ。だってこんなとても恐ろしい姿をしているのだ。そうに決まっている。
なら私がすることは、一つだけだろう。ちょうど手には木刀を持っている。
これを振り上げて……最初は赤い方でいいだろう。
「ゆぅ? おにーさんなにしてるのぼぉぉおおおおおお!!!!」
目の前の生首がべコリと凹んだ。ゆががと泣く声が聞こえるが無視しなければならない。
「ゆゆ! なにしてるの! やめてあげてね! いたがってるよ!」
隣の金髪の生首が何か言ってるが聞いてはいけない。悪魔の声に耳を貸してはいけない。
力を緩めることなく、2回3回と叩き続ける。
「ゆぎぃ!・・・ゆがぁ!・・・やめでねぎゃ!」
まだ喋るらしい。早く潰さなければ。
「やめでよお゛お゛お゛お゛お゛!!!」
聞いてはいけない。聞いてはいけない。」
「ゆぐうう・・・・」
そうして赤い生首はピクリとも動かなくなった。もはや原型がわからないほど叩き潰されたそれは
焼く前のピザのように平べったくなっていた。
「ゆっくりしたけっかがこれだよ……」などと最後に言っていたが、気にすることはない。
「れいむ!!! おねがいだからしっかりしてね!!! ゆっくりしないでね!!!」
平べったくなった悪魔の使いの横で、同じ悪魔の使いが何か喋っていた。
だが、気にする事はない。こいつも早く殺さなければ。
そうして、大きく木刀を振り下ろし・・・・・・
後に残ったのは薄っぺらな皮が二つ。
今思いだすだけでも寒気がするその皮を、私はゴミ箱に投げ捨てると
そのまま主の前で昼までひたすら祈り続けていた。
by バスケの人
最終更新:2009年02月13日 01:25