【賽子を二つ】
砂時計ひとつ、ひっくり返して砂が落ちる
落ちきるまでは一時間、柱時計は理解できずとも
これなら彼らも理解かるだろう。
余命が
* * *
【割愛】
【割愛/割愛】
【割愛/割愛/割愛】
百回聞いたような話なので、百度見たような話なので。
生意気に、生意気に
憎らしいくはない、おぞましくはある。
とてもどうでもいい、とても無意味な
でも、見られた以上は仕様がない
見られた以上は仕方が無い。
とっくに私が百回やったようなことを
とっくに私が千回やったようなことを
コイツ等にやるしかないのだ。
火鉢を焚いて暖を取る
春めいて来たとはいえ、御山に近い別宅の事
夜半を過ぎた蔵の中は、肉付きの薄い身体に
堪える程度の寒さではある。
火傷をするほど熱した火箸を懐紙を取っ手に抜き出して
ぷすり
ぎやぁっ
悲鳴と、嗚咽と
ベッコウ飴のいいにおい
また暖めて、もういちど
今度の狙いは大きな黒目
じゅう
ひぎゅう
悶え苦しみ這い蹲って
勢い込んで大きく跳ねた、真に全く気持ちが悪い
面倒なのであとは、作業
もうやめてといわれれば
絶対にやめてはやらないで死ぬか、死ぬまでそうしつづけてやる。
おうちかえるとくちにしたら
絶対に帰してやらないで死ぬか、死ぬまでココ苦しめてやる。
汚らしい山高帽子が妻子を差し出し
醜い帯付きが夫子を差し出し
両方から顧みられない両方の仔等が絶望して泣き叫ぶ。
【死にたくない】【死ね】【お前が死ね】【自分だけは助けろ】
皆が口にする、例外はただ一匹
【家族は助けて、自分はどうなってもいい】
その眼に宿る知性の光、こういう者は珍しい
こういう者は好ましい。
十度に一度、出れば良い方
こういう仔こそ、【上品】なのだ。
殊勝な事だ、可愛い仔だ
私は微笑み、叶えてあげた。
殊勝な赤仔の、たった一つの最後の望み
【自分はどうなってもいい】
かなえてあげるのは、一つだけ。
あの仔が善い子だったから、一つ叶えてあげた。
嗚呼、気分がいい
気分がいいから、後の作業は後回し
さぁ、砂時計を廻しましょう。
砂が落ちたら、砂が尽きたら
私は戻って、作業をするよ
面倒だけど仕方ないから
どうでもいいけどしかないから
百回やったようなことを
千回やったようなことを
オマエ達にするよ。
誰が助かりたいか、誰だけが助かりたいか
しっかり決めておくんだよ。
帰って来たら、聞いてあげよう。
砂落ちるまで、仲良くね
砂尽きるまで、仲良くね
それじゃぁ、また―――
* * *
部屋には炬燵があるのだけれど
ニオイがついては、目付けの者に咎められよう。
髪に染み込むニオイには、椿の油でぼやけて貰う
春めいて来たとはいえ、御山に近い別宅の事
軒の先ではまだ寒い。
本来私の物である筈の炬燵に陣取って
私を顧みる事もなく蘭学の書に読みふける
普段は胡乱なその面も、この横顔は凛々しく見える。
少し憎らしくなって、一息吹くと
くゆる紫煙に眉をひそめ、私の悪癖を咎める
【未婚の女性が煙管等、はしたない】
わかっては、いるのだけれど
「人に言われた事には、逆らいたくはならないかい?」
生まれ付いての良家の嬢に、体裁を説く無意味さに
溜め息ついて、胡乱に視線を書へ戻す。
君意外には、見せはしないさ
「心配ないさ。見られたときはしっかりと――口止めをするよ」
〝口止め"という言葉に、さらに深く眉をひそめる友人を
私は非常に好ましく思う、友人という枠を超えて一人の異性として。
しかしまぁ、世間の乙女らが想い人に
こんなみっともない
こんなだらしない
こんな破廉恥に着物の肌蹴た姿を見られたら
いやぁ、赤面して死んでしまうのではないだろうか。
煙管を呑むと、甘いものの味がわからなくて
私も本当は、こんなものへし折って止めてしまってもいいのだけれど
くちのなかで、わずかに燻した様な【上品】な甘味に
今度は私が眉をひそめる。
勿体無い事をした…
あまのじゃくも、ほどほどにしなければ―――ねぇ
by古本屋
最終更新:2009年02月22日 00:27