届いていますか

届いていますか、私たちの声が。覚えていますか、私たちのことを。

私たちが生まれたのは、温かさとは無縁の、ただ冷たい機械が並べられたどこかの建物でした。
私たちは生まれてすぐに、親に会うこともなく、
温かい笑顔で迎えられることもなく、ただ冷たい檻に入れられました。
冷たい檻の扉には「実験用」と、書かれたプレートが下げられていました。
冷たい檻からは温かさが全く感じられず、兄弟たちと体を寄せ合っては、寒さに震えていたものです。
繰り返される実験に、傷ついて減っていく、兄弟。
あぁ、私たちは、このまま、此処で死ぬんだろうな。
冷たくなり、片付けられていく兄弟を見ては、そう感じずにはいられませんでした。
こんな時に涙は出そうで、出ませんでした。いつの間にか涙は、乾いていたようです。

そんなある日、研究者たちが帰った後の真夜中のことです。
ガチャ、と音を立てて開いた扉。目の前には、知らない人。
「しーっ、静かに。」そう言って、優しい顔で笑ったのを覚えています。
「急いでこのボールに入って。此処から出してあげるから。」
なんだか良く分からなかったけれど、初めて見た笑顔に、私たちは大人しく言うことを聞き、ボールに入りました。

ガタゴトと車で揺られ続けて数時間後、ボールから出された場所はとても広い何処か。
「此処がお前たちの故郷らしいな。」そう言った声はとても穏やかだったのも覚えています。
そして、私たちはとても美味しい木の実と、「ポフィン」というお菓子を食べさせて貰いました。
なんでもあなたは、実験用としてあの場所にいた私たちを助けるために、
研究者としてあの組織に潜入し、今に至るそうですね。

本当はさ、お前たちのこと早く助けてあげたかったんだけど・・・。
お前たちの故郷を調べるのと、この数のボール、木の実、ポフィンやらを用意するのに時間がかかっちゃってさ・・・
ごめんな、お前たちの兄弟を救ってやれなくて。

そう呟いたあなたの声を、私たちは静かに聞いていました。

「お前たち以外にも、救わなければならないポケモンたちがいるから、お前たちとは此処でお別れだ・・・。
大丈夫、此処はお前たちの故郷で仲間もいるし、ほら、この木の実。沢山植えといてやったから。お腹が空いたら沢山食えよ。」

そう言って、柔らかな笑顔で「無茶はするなよ、元気でな・・・!」と言ったあなたを、私たちは忘れません。
これが逃がされる、ということなのでしょうか。でも不思議と怖く無かったのです。

あなたの言った通り、私たちはこの故郷で、今までが嘘のように、元気に暮らしていました。
ところが、ある日現れた怪しい人影。見覚えがある研究員の服。私たちが元いた、あの冷たい研究所の。
私たちは慌てて隠れました。息を潜めて隠れていると聞こえた会話。

「この辺りだと思うんだが・・・」
「あぁ。・・・にしても結局あいつは白状しなかったな。馬鹿な奴だ。」
「実験用のポケモンを逃がすなんてな。逃がした場所を白状すれば命だけは助かったのに。」
「あのポケモンたちも珍しいからな・・・孵化しなきゃあまり手に入らなかったのによ。」
「全くだ。でもまぁ、あのポケモンたちの故郷を調べていたらしいからな。この辺りだろう。」

そう話しながら、辺りを探し始める研究員たち。
それよりも、さっきの「命だけは」って・・・、どういう、意味。殺した、の?
兄弟たちと顔を見合わせれば、みんな、怒りを露にしていた。だってあの人は、私たちの命を助けてくれた・・・。
そして、私たちは一斉に飛び出した。

「いたぞーっ!」という声や、「!?進化している、気をつけろ!」
「うわあああ!」「やめろ!」とか、叫び声を上げながら逃げ惑う研究員たち。
私たちは野性に帰って成長したため、昔に比べて随分と力があった。そして倒れていく研究員。
故郷に訪れた研究員たちが倒れても、私たちは止まれなかった。
目指すのは、あの研究所。昔の、あの研究所にいたころの記憶が私たちをこっちだこっちだと呼んでいるようだった。
すこし飛べば、研究所が見えた。昔の私たちではこんなに早く辿り着けなかっただろう。
でも今は翼がある。そして、その翼を思い切り広げて、みんな研究所に突っ込んでいく。
捨て身タックルで突っ込んで、壁を破壊して、中は火炎放射で焼きつくし、
不気味な機械もハイドロポンプで水浸しにし、自慢の爪で辺りを兎に角滅茶苦茶にした。
研究員もポケモンを出して応戦してくる。それでも暴れて。
そして凄まじい爆発音が立て続けに起こって、もう、何も分からなかった。何も、分からなくなった。

研究所に関するニュースが流れたのは、それから数日後のことだった。
ニュースの内容は、以前から不審な動きを見せていた研究所が、壊滅していたのが発見された。
研究所内は滅茶苦茶になっており、数多くの研究員とポケモンたちが息絶えていた。
生存者及び、生存しているポケモンは今のところ発見されていない。
おそらくこの場所で何らかの争いがおきたのだろう。引き続き調査をする、という事だった。

届いていますか、私たちの声が。覚えていますか、私たちのことを。
あなたが例え死んでしまっても、私たちにもう生きる力が無くなっても、最後まであなたのことは忘れません。
もし私たちが何処かであなたに会えたら、あの時と同じ柔らかな笑顔で迎えてくれるのでしょうか。
それとも、無茶はするなと言っただろう、と怒るのでしょうか。
どちらにしても、優しかったあなたは結局最後には笑ってくれるのでしょう。
私たちと初めて出会った、あの時のように。


作 2代目スレ>>794-796

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2008年11月29日 15:38