ー静かに波の立つ水面。そこに水ポケモンに乗った一人の少年が釣り糸を垂らしていた。あるポケモンを狙っているようだ。いつ当たりがくるとも分からない状況に少年の顔は緊迫している。
すると突然少年の竿が大きくしなった。少年は素早く竿を振り上げ、かかった獲物を一気に釣り上げる。
と、水面が突然明るく光り、飛沫を上げて水の中から何かが飛び出した。
「よしチョンチー来た!しくじるなよ!」
少年は竿をしまうとモンスターボールを投げる。ボールから出てきたのはゴーストポケモン、ゴーストだ。
「頼むぞゴースト!さいみんじゅつで眠らせるんだ!」
ゴーストは催眠術を仕掛けるも、攻撃は外れ、釣り上げたチョンチーは反撃をしてくる。
「チチー!」
チョンチーの体が光り、ゴーストめがけて突っ込んでくる。スパークだ。
「グウゥ…」
反撃をまともに受けたゴーストは呻き声を上げる。
「ちっ、外したか…。それなら少し弱らせよう。ナイトヘッドだ!」
ーギィン!
「キュイィ…!」
ゴーストの放つナイトヘッドに、チョンチーはよろめく。
「よし今だ!もう一回さいみんじゅつ!」
チョンチーの動きが止まった一瞬の隙に、ゴーストは逃さず催眠術をかける。
「ZZZ…」
今度は狙い誤たず命中し、チョンチーは眠りに落ちた。
「よし、よくやったぞ!いけモンスターボール!」
少年はチョンチーに向かってモンスターボールを投げる。ボールに捕まったチョンチーは少し抵抗を試みるものの、体力を減らされ、更に眠らされた状態だ。しばらくするとボールは静かになった。捕獲は成功だ。
「やった!ついにチョンチーをゲットだ!」
早速捕まえたチョンチーを迎えるため、少年は意気揚々とポケモンセンターへと引き返していった。

ー…。ここはどこだろう。
チョンチーは目が覚めると辺りを見回した。そこはいつも自分がいた水中ではなく、周りにはたくさんの他のポケモンがいる。
「お、いたいた。さてと、ステータスは、と。」
聞き覚えのある声がした。先ほど戦ったゴーストと一緒にいた人間の声だ。ふとチョンチーは、さっきの出来事を思い出す。
ーそういえば僕、捕まったんだ。
前に他の水ポケモンに聞いた事がある。人間は捕まえたポケモンを強く育て、戦わせる遊びをしていると。それだけ聞くと何だか残酷に聞こえるけど、不思議と悪い気にはならなかった。
ー自分の力を必要としてくれる誰かがいる。…そして今目の前にいるこの少年は、きっと僕を必要としてくれているんだろう。
チョンチーはそう思うと少し胸が高鳴った。
「特性は…、えぇ、「はっこう」かよ…」
少年が何やら残念うな声を出した。
ーどうしたんだろう。確かに僕は他のチョンチー達よりも光るのが得意だった。仲間の間ではこの光が少し自慢だったんだ。
「まいったな。欲しかったのは「ちくでん」の方なんだよな…。しょうがない、こいつは逃がして他のを探そう。」
少年はそう言うとパソコンからモンスターボールを取り出した。
「ごめんな?欲しかったのはお前じゃないんだ。せめて元の場所に返してあげるから…」
少年は済まなそうに謝った。チョンチーには少年の言葉が理解できなかった。
どうして?僕はこんなにすごい光を出せるのに。すごくきれいなのに…。
しかしチョンチーの思いが少年に伝わるはずもない。やがて少年はチョンチーがいた水辺に着くと、ボールからチョンチーを出した。
「悪かったな。ほら、お前の故郷だぞ?」
「チチー!チッチッ!」
ーどうして!?僕が必要なんじゃなかったの!?一緒に戦うんじゃないの!?
チョンチーは思いを伝えようと、できる限りの声で鳴いてみる。
「…だから悪かったって。そう怒るなよ。ほらオレンの実やるからさ。じゃ、元気でやれよ。」
少年はそう言うと振り返って歩いて行ってしまった。
ーそんな…。違うのに…。僕は君と一緒にいたかっただけなのに…
少年の残したオレンの実を抱え、チョンチーはその場で泣きじゃくった。

気がつくと朝だった。あれからずっと泣いていて、そのまま眠ってしまったらしい。あの少年が置いていったオレンの実を、抱きかかえるように大事に持っていた。それを見ながらチョンチーは思った。
ーそうだ。僕がもっと強くなれば。そうすればまたあの少年は僕を迎えに来てくれるに違いない!
チョンチーはその日から強くなるため修行に明け暮れた。野生のポケモン、トレーナーと構わず勝負を挑んだ。だがトレーナーの使う訓練されたポケモンには到底適わない。チョンチーはいつも負けてはボロボロになりながらも、それでも何度も勝負を挑んだ。
そして夜になると、水辺に上がって通る人に見つかりやすいよう光を放った。ーいつか、いつかあの少年がまたここに来てくれる事を信じて。
だが少年は来なかった。そして道行くトレーナーは、光るチョンチーを見つけるものの、残念そうな顔で去る者、邪魔だと言って蹴り飛ばす者もいた。それでもチョンチーはめげずに少年が来るのを何日も待ち続けた。
だがそんな無理が小さなチョンチーに続くはずもなかった。ボロボロになったチョンチーはすっかり弱り果て、もはや水辺でぐったりと光りを発するのが精一杯だった。もう何日も何も食べていない。
目の前には後生大事に持っていた少年が置いていったオレンの実がある。しかしそれを食べる訳にはいかない。もし少年がまた見つけてくれた時に、あの時の自分だと分かってもらうためにだ。
それでも時とは非情な物、チョンチーの願いも空しく、少年は現れずやがて弱りきったチョンチーは最期の時を覚悟した。ーあの少年はもう僕の事なんか忘れてしまったんだろう。チョンチーは全てを諦め目を閉じかけた時だった。

「うわ、真っ暗だな。ここって夜になるとこんなにおっかない所だったのか…」
かすかに声が聞こえた。
ーああ、また知らない人間が来た。
そう思いかけたチョンチーはふと、その声に聞き覚えを感じた。ーあの少年の声だ!
チョンチーは最後の力をふり絞り、触角から光を放った。
しかし弱りきったチョンチーの光は少年には届かず、少年はそのまま過ぎ去ろうとする。
ーう…、やっぱり…ダメか…。せっかく…、せっかくまた会えたと思ったのに…
チョンチーはがっくりと倒れこんだ。もうダメだ…。諦めかけたその時、ふとチョンチーはある事を思い出した。
ーそうだ、ぼくの特性は「はっこう」! お願い…届いて!
チョンチーが願いを込めて放った光は、真っ暗な水辺をさながら真昼のように照らした。しかしその光を放つのに力を使い切ったチョンチーはそのままガクッと気を失ってしまった。
「ん…?何だろう。今の光…」
少年は振り返ると、光がした方に歩いていく。すると水辺に淡い光を放つ何かが落ちていた。少年は恐る恐る近づくと、用心深くモンスターボールを構える。
「一体何が…あれ?これは…チョンチー?」
少年はそばに駆け寄ると、ぐったりとしたチョンチーを抱え上げた。
「酷い…。すごく弱ってる…。」
するとチョンチーの体から何かが転がり落ちた。
「ん?」
拾ってみると、それは古くなってしおれたオレンの実だった。

チョンチーに、オレンの実…。その瞬間、少年は思い出した。自分が前にこの辺りに来た時、チョンチーを釣り上げゲットしたものの、自分が欲しかったものではなかったためにまたここに逃がした事を。
「おい!しっかりしろ!」
少年はチョンチーの体をゆすってみる。
するとチョンチーは気がついたのか、微かに目を開けた。
「お前…、もしかしてあの時のチョンチーなのか…!?あの時僕が放した…!」
少年の問いにチョンチーは弱々しく頷いた。何よりこのチョンチーが持っていたオレンの実がそれを物語っていた。…野生のチョンチーがオレンの実を持っているはずがないのだ。
少年はようやく理解した。このチョンチーはずっとここで自分を待っていたのだ。こんなにボロボロに、こんなに弱りながらも、自分がまたここに来る事を信じて待っていた。
少年の目から涙が溢れ出た。このチョンチーを捕まえておきながら、気に入らないからと言って自分の勝手な理由で捨てたのに、それでもこのチョンチーは自分を待っていてくれた。
「ごめん…。ごめんな…。」
少年はチョンチーを抱きしめ、冷えきった体を温めてやった。
「もう捨てたりなんかしないから…。ずっとずっと一緒にいるから…、だから…僕を許して…」
少年はチョンチーを抱きかかえながら泣いていた。
するとチョンチーは、鰭で少年の頬を優しく撫でた。ー最初から許す事なんか何もないよ。君の方こそ、僕を見つけてくれてありがとう
少年にはチョンチーの気持ちが分かったような気がした。
「うう…、ありがとう…」
少年は涙を拭うと、チョンチーを抱えたままポケモンセンターへと走って行った。

「頼んだぞ!ランターン!」
ある草むらで野生ポケモンとトレーナーの戦いが繰り広げられていた。その主はあの少年だった。
「よし行け!でんじはだ!」
ージジジジ…
少年の繰り出したランターンは、野生ポケモンに向かって電磁波を放つ。
「キュウゥ…」
電磁波を受けたポケモンは麻痺して動きが鈍くなる。
「それ!モンスターボール!」
ーカポン!
少年が野生ポケモンに投げたボールは、しばらくして動きを止めた。
「よしっ!捕獲完了!」
「キュイィ!」
ガッツポーズする少年の横で、ランターンも嬉しそうに鳴いた。
「今日もお疲れさん!やっぱお前がいると捕獲が楽だよ!」
少年はランターンに、ご褒美のオレンの実をあげる。
「ははっ、お前本当これ好きだな。」
嬉しそうにオレンの実を頬張るランターンを見て、少年は笑った。
ーあれからしばらく、あのはっこうチョンチーはこの少年の元で元気に育ち、今ではランターンに進化して立派な捕獲要員となった。
「それじゃ、そろそろ行こうかランターン!さて、次はどいつを捕まえに行くか!」
「キュキュッ!」
少年が駆けて行く後を、ランターンは自慢の触覚を光らせながら、元気に跳ねて追いかけて行った。

ーENDー

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最終更新:2011年07月30日 22:25