「―――了解、それで…、今日の収穫は?」
「イーブイ21匹、半分は奇形だ。もう親も駄目だな。」
「処分か。」
「ああ、そろそろだな。だが他にいい親もいない。もう少し搾ろう。」
「来週までにポリゴンを100匹出荷だ。それと、灰色のイーブイが産まれたら即こっちに回せ。
そいつぁ奇形じゃない。」
「灰色か。わかった。また連絡する。」
俺はタマムシとヤマブキを行き来し、ポケモンを扱う商売をしていた。
楽な上に金になるからやめられない。

街にはゲームコーナーがあり、スロットの景品としてコインとポケモンが交換される。
イーブイやポリゴン、ラプラス、ラッキー、ガルーラ、ヒトカゲ、ミニリュウ、
その他地方でしか捕獲不可能な珍種など、依頼を受ければ何でも請け負う。
コレクターや金のあるトレーナーが欲しがるのだ。
他にもシルフやデボンの実験に使われるラッタ、サファリ用のドードーやガルーラ、
輸出用など様々な用途である。安全やポケモンへの優しさ、共存を訴える会社や学会で、
ポケモンの実験をしていないほうが少ないのだ。

仕事にロケット団などマフィアが絡むことは多かった。

生まれて来て、幸せに暮らせるものなど、ほんの一握りだった。

むろんポケモンは繁殖で増やすのだが、親には優勝な遺伝子を持ったものが採用される。
タマムシの外れに、俺達の仕事場はあった。
それは劣悪な環境だった。昼も夜もない部屋に閉じ込められ、卵を作ることを強制される。
人前で卵を作らないのと、時々発せられる悲痛な鳴き声をきくに耐えないのとで、
部屋には親であるポケモン数匹しか残らない。

親はどんどん弱っていく。当然だろう、本来のポケモンとしての生きる権利を失ったに等しいのだ。
俺の仕事は産まれたポケモンを鑑定し、売り物にならないものを処分することだった。
売り物にならないのは、体が小さいもの、能力が低いもの、病気持ち、奇形などだ。
親が疲労を募らせると奇形が産まれやすい。
処分といっても方法は色々ある。単純に絞めるとき、逃がしてしまうとき。
食用に回すとき。ガス室。逃がすときはバラバラに、街から離れたところで。
どの場合も、ポケモンは、それを察するように悲しそうな目をする。抗うことはない。

レベルはたいてい1から5で、たねポケモンが多く力がないからだ。
俺はたいてい逃がす道をえらぶ。生き延びる可能性がある、そのことが俺の心を楽にした。
罪滅ぼしのつもりだったかもしれない。俺も、恐かったのだと思う。
生と死を背中合わせにする罪なきポケモンたちを目の当たりにして、
鬱になり仕事をやめるものも少なくない。

俺はコンビナート式に流れてくるイーブイを摘みあげた。性別、能力、ケヅヤなどあらゆるチェックをする。
そして次の部屋に進むものと荷台にのるものにわけるのだ。

死に行くもの、新たな親になるもの、商品として出荷されるもの、逃がされるもの………

―――情を捨てろとは、仕事を始めてから何度も言われたことだった。
俺に情など生じるわけがない。そう笑ってかわした。それは本当だった。
愛されたことがないのだ、ポケモンに。だから躊躇なく逃がせたのだ、いつだって。
しかし―――

ある日、ちょっとしたドジをして、俺はふくらはぎに大きな傷をつくった。
少し痛んだが、仕事に支障はない程度だった。
いつものとおりイーブイを摘んでは放り投げていると、
箱に押し込んだはずの体の小さなのか、てくてく走って俺の傍へやってきたのだ。
どうせ売り物にもならないやつだと、蹴り飛ばすと、
イーブイはがちゃんと音を立てて壁にぶつかり、よろめいた。
が、また弱々しくよってきて、俺の脚をぺろりと舐めたのだ。

「おいおいおい、くすぐってえだろ!」

怒鳴ろうとしたが、何故だか無理だった。少し笑ってイーブイをみると、
向こうも、心配そうに俺の脚の傷を見つめていた、ように感じた。愛らしく目を潤ませて。
特に理由はないのだが、俺はなんだか、このちっこい生き物のとりこだった。

「なんなんだ、腹でも減ってんのか。」
ポケットからクッキーを取り出して、食べさせてやる。イーブイはひとつ鳴いて、クッキーを食べた。
よくみると目は濁っているし、耳に傷がたくさんある。本格的に、親が駄目になっているのかもしれない。

イーブイは、俺を、ずっと見詰めていた。
というか、こいつ、
「…灰色?」

ここにいてはあぶない

その夜、このイーブイを人気のない草むらに逃がしにいった。
人の多い道路の草むらへ逃がす気はおこらなかった。
一歩間違えれば森に発展しそうな感じだ。タマムシの近くにしては開発されていない。
この草むらなら、生きていけるに違いない。
撫でてやると、気持ちよさそうに目を閉じる。イーブイはまた俺の傷をなめた。
癒えていくようだった、なにもかも。

―――情とは、怖いものだな。

ここが自分の弱いところだ。
自分を嘲笑った。

軽い気持ちだった。希望を持った。この、小さくて、かわいい、やさしい、ポケモンが、
生き延びてくれるだろうと―――。

「生きるんだぞ。」

きょとんとしたイーブイを月光が照らす。
見ないようにしていた。会わないようにしていた。
俺は強がりながら、本能で避けていたのだ、自分が傷つくことを。
―――罪のないポケモンを犠牲にして。

それに気付いたのは、一週間後のことだった。
仕事の帰りに道路を歩いていると、見覚えのある影が俺の前に現れた。

あれは、

「イーブイ?!」
まさしく、あのイーブイだった。灰色で、目は濁りはしているが愛くるしく、耳に傷。
…血の臭いがする。
イーブイは俺の足元へよってきて、体を擦り寄せた。痩せぎすで、汚く、弱々しい。
オニスズメにでもやられたのだろうか、もしくは、人間に。

「イーブイ、イーブイ、」
名前をよぶと、小さく鳴いて、俺の脚の傷を舐めた。治ったんだ、大丈夫なんだよ、
つたえると、安心したように目を閉じて、そのまま横たわった。息は、弱々しい。
このまま死んでしまうのだろうか。
心臓がいやにはやかった。

俺が、逃がしたから。
何も考えずに、
本気でイーブイを想うなら、里親をさがすでも、なんでもあったはずだった。
自分は、一緒にはいられないけれども。

俺はイーブイを抱き上げて、放心した。地獄へおちたっていい、
だから、このこを助けてくださいと、切に願った。

「いらっしゃいませー。」

俺は、タマムシの食堂でバイトを始めた。
―――イーブイはセンターのお陰で一命を取り留めた。パニック状態で俺も病院送り。
退院後俺はこいつをあるマンションの屋上へ連れていった。
俺は、ポケモンと暮らしていくのは、きっと無理だ。
あれからどれくらい経っただろうか。会社はいつの間にか無くなっていた。後ろ見が壊滅したからだろう。
マフィアも一度は解散、しかしまたよくない噂が飛び交う。
「お客さん、ご注文は?」「見ない顔だな、どこ出身?」
「へえ、じゃあしばらくジョウトに行ってたんだね。」

無口な客がきたものだ。喋り好きなマスターに声をかけられても、簡単な受け応えをするだけだ。
品書きを指でさし注文する。俺が水をだすと、クッキーはあるかときいてきた。

「クッキー?ポケモン用?ありますよ。ちょっと待ってて。」

売り物のクッキーをさしだすと、少年は足元にいるのであろうポケモンにそれを与える。

ありがとう、こいつ、これが大好きだから。」

少年の様子がほほえましくて、身を乗り出してポケモンを見た。
体は小さいが、ビロードのような艶をもった淡い緑のエーフィだった。

「………………っ」

言葉を無くした俺を、真っすぐな目で、エーフィは見つめていた。


作 初代スレ>>427-441

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最終更新:2007年10月19日 20:30