再びレーチュンパが
「尊者がラマ・マルパの御前をお離れになったのは、どのような原因によるのですか? マルパが『何年か留まれ』とおっしゃいましたが、どれくらいいらっしゃったのですか?」
と申し上げると、尊者は次のようにおっしゃった。
私はそこに、長い間滞在しませんでした。私が故郷に帰った事情は、次のとおりです。
私は、外界を遮断した状態で、善行が進展し、以前ならば、決して眠らないのですが、ある時、夜明けに、眠ってしまいました。その時の夢の中で、故郷キャンガツァに至ると、家の4本の柱と8本の梁が、年老いたロバの耳のように崩れていて、家の宝である正法宝積経は、雨漏りにうたれ、外の畑オルマ・トゥスムは草ぼうぼう、親族である老母は死に、妹は物乞いのためにさすらっていました。親族が敵となったせいで、母子が小さい時から悲しい別れとなりました。会えない故に、無量の悲しみが生じ、母と妹の名前を呼んで激しく泣いているのを夢に見て、目覚めると、涙が枕で濡れていました。少し考えるうちに、母を非常に思い出しました。ぼろぼろと涙が出て、「さあ、何とかして老母と会うことにしよう」と考え、夜が明けると洞窟の入り口の封印を解き、ラマのもとに報告に行きました。ラマはお眠りになっている最中だった。そこで、枕元で恭しく
と申し上げた。城に日が射して、枕元にある窓から頭に日が射すのと、マルパ夫人が朝食をお持ちになったのが同時になったので、ラマは
「息子よ、厳しい結界から急に抜け出して来た理由はなにか? 悪魔や障害のつけ入る隙となる。今すぐ引き返してお籠りしろ」
と言うのに対して、夢に現れた内容を合わせて、再び次のようにお願いしました。
と申し上げると、ラマは
「息子よ、お前は、はじめに私のところに来た時、故郷と親戚の絆を断ったと言っていたが、今はひどく執着している。故郷に帰っても、母と会うことは難しい。他の人々も確かにいるかどうかわからない。〔お前は〕ウー・ツァン地方で何年も過ごした。ここでも長い年月が過ぎた。今、送り出してもよい。後で、ここに帰ってくるつもりのようだが、ここにお願いに来たお前と、眠りについた私が出会ったことは、我々父子が、今生で会わない兆しだ。しかし、城に日が射したことは、お前が仏陀の教えの太陽となる兆しだ。とくに、私の頭に日が射したこの事は、〔お前が〕修行を実践するという伝統の教えを繁栄させるという兆しだ。ダクメーマが供物を携えて来たこの事は、お前が三昧を食事として生活する兆しだ。今は、送り出すよりほかないので、ダクメーマよ、何かよい供物を用意せよ」
とおっしゃった。
ラマがマンダラを建立して、ダクメーマが、供物を並べて、ダーキニー口伝の成長の道の印の灌頂と、他に知られてはいない一子相伝の解脱の道の教誡などを完全にお授けくださって
「さあ、この教誡などを、尊者ナーローパからお前に与えるようにとの予言が私にあるので、与えたのだ。お前もまた、ダーキニーが予言した弟子で、はじめに現れたものに、13代に至まで一子相伝との封印をして与えよ。また、教誡などを食物・財産や俗世のへつらいのために与えたなら、ダーキニーのお裁きがあるのできびし守り、実践せよ。縁ある弟子が現れたなら、価値ある捧げものがなくても、灌頂と教誡によって受け入れて、仏陀の教えを発展させよ。ティローパが尊者ナーローパを教化した、あるいは、私がお前を教化したようにしたならば、智慧の劣った者たちには役立たないので、*そのような人たちに合うような法を説きなさい*。インドには、この法についての少し封印の緩やかな部分で、無身ダーキニーの法類が9つあるうちの4つは、私がお前に示した通りだ。さらに5つあるが、私の弟子が行って、ナーローパのある弟子に願い出て受け取るなら、衆生に利益があるので、お前ができる限り受け取りなさい。お前の考えに、私が財産の供物がない故に、教戒などを完全に与えていないと考えるならば、財産の供養によって私は満足しないのだ。お前の修行の供養と努力に満足するので、努力を起こして修行の勝利の旗を立てよ。私が尊者ナーローパの教戒の中から、他の偉大な弟子たちにない特別な法であるダーキニー口伝のこの教戒をお前に特に与えたので、壷から壷へそっくり移し替えたごとくにある。私の言葉に嘘、教戒に過不足があろうか」
とラマが本尊に誓いをかけて、次のグルをお唄いになりました。
とおっしゃってから、お手を私の頭の上に置かれて、
「息子よ、お前が行くというこのことは、心に非常に痛みを起こすが、一切の有為法はこのようであるから、どうすることもできない。しかし、数日の間とどまりなさい。諸々の教戒について心を廻らし、疑いを断ち切れ」
とおっしゃった。
そこで、私もラマのお命じのとおりに数日間とどまった。教戒に対する疑いを断ち切るや、ラマは次のようにおっしゃった。
「ダクメーマよ、ツォーとよき供養を準備せよ。さあ、ミラが行く時になったので、送り出すのだ」
とおっしゃった。
ダクメーマがラマと本尊に対し供養を、ダーキニーと御法尊にはトルマを、金剛兄弟(密教上の法友)によいツォーを捧げた集会の席上で、ラマが、ヘーヴァジュラ、チャクラサンバラ、グヒャサマージャなどすなわち本尊のお体と、金剛杵と金剛鈴、法輪、蓮花、剣などの三昧耶形と、オム・アー・フームの白赤青三色の字を光り輝く滴のように現れては消え消えては現れさせて、たびたび示した。
「それらをお前たちに見せたのは、身体の神変というもので、だれかれに見せても意味はない。今回ミラが出発に先立つ贈り物として示したのだ」
ラマが仏そのものと見えて、無量の喜びが生じ、私に、瞑想してこのような神変を得るようにしよう、という考えが生じた。
ラマは
「見たか? 信じるか?」
とおっしゃった。
「見えました。信ぜぜるを得ないので、私自身も瞑想したいという考えが生じました」
と申し上げると
「息子よ、その通りだ。行くならば行き、私がお前に諸々のあり方は幻の如きと示したが、そのように考え実践せよ。岩山の庵、雪山の庵、森の庵などに依れ。山の庵の中でもラトーのギェーキ・シュリー(ལ་སྟོད་རྒྱལ་གྱི་ཤྲཱི་ la stod rgyal gyi shrī)というこの山は、インドの偉大な修行者たちが加持した山なので、そこで瞑想せよ。カン・ティセ(གངས་ཏི་སེ་ gangs ti se)は仏が予言した大雪山であり、またチャクラサンバラの宮殿なので、そこで瞑想せよ。ラチ・カンラ(ལ་ཕྱི་གངས་ར་ la phyi gangs ra)は24聖地の1つコーダーワ山(གཽ་དཱ་ཝ་རི་ gou dā wa ri)なので、そこで瞑想せよ。マンユル(མང་ཡུལ་ mang yul)のリボ・ペンバル(རི་བོ་དཔལ་འབར་ ri bo dpal 'bar)と、ネパールのヨルモ・カンラ(ཡོལ་མོ་གངས་ར་ yol mo gangs ra)は『華厳経』に予言された場所なので、そこで瞑想せよ。ティン(བྲིན་ brin)のチュワル(ཆུ་དབར་ chu dbar)は、仏国土の守護者ダーキニーお住まいで、集まっている場所なので、そこで瞑想せよ。他にも人がいない場所で、修行の条件が整っているところで瞑想して、修行の旗を立てよ。当方には聖地ディビコティ(དི་ཝི་ཀོ་ཊི་ di wi ko ṭi)と関係するツァリ(ཙཱ་རི་ tsā ri)があるが、それはまだ開かれていない。将来、お前の弟子によって、その山は開かれるであろう。お前は、予言されたそれらの地で修行を専らとせよ。修行できたなら、ラマへの奉仕や、父母への報恩、有情に対する利他行というものは自然に達成される。修行できなければ、長寿を得ても、悪業をたくさん積むしかない。それゆえ、今生の望みの綱を捨て、今生の利益を追求する者と話することなく修行に精進せよ」
とおっしゃった。
お涙をあふれさせて
「息子よ、我々父子2人は、もう今生では巡り会わない。それゆえ、私もお前を忘れないようにする。お前自身も、私を忘れないようにせよ。そうすれば、来世、清浄なダーキニーの国で再会するにちがいないなので、喜べ。将来、脈とルン(རླུང་ rlung)の障害が起こるので、その時これを見よ。それまでは見るな」
とおっしゃった。封印した包んだ巻物をくださった。その時のラマのお言葉などは、心に為になり、心に残るものがあったので、後に、お言葉それぞれを思い出すだけで、善行の力がよりいっそう大きくなった。
それからラマは次のようにおっしゃった。
「ダクメーマよ、明朝ミラ・ドジェ・ギェンツェン(མི་ལ་རྡོ་རྗེ་རྒྱལ་མཚན་ mi la rdo rje rgyal mtshan)が出発する準備をせよ。悲しいが、送り出しに行かねばなるまい」
とおっしゃった。
私に
「お前は今夜、私のもとで眠れ。父子の語らいをしよう」
とおっしゃった。
私もラマのもとで寝ていると、そこに母上もお越しになって、お悲しみのご様子をたびたび示し、お泣きになったので、 ラマは、次のようにおっしゃった。
「ダクメーマよ、泣く理由がどこにあろうか。彼はラマのもとで、口伝の深い教戒を得て、山の庵に瞑想に行くのだ。何の無く必要があろうか。むしろ、有情たちが、仏であるのに自身を知らず、苦しんだまま死ぬことや、とりわけ、人身を得たにもかかわらず法を得ずして死ぬという、これらのことを考えれば涙がでる。そのように泣くのなら、お前は常に泣かねばならぬ」
とおっしゃった。
ダクメーマは、次のようにおっしゃった。
「その通りですが、そのような慈悲を常に持つのは困難です。この前、私から生まれた息子で、生死涅槃の両者に智慧が広がり、自利利他両者を達成したあの子と死別しました。信仰・精進・智慧・慈悲を具え、言うことを良く聞く息子、どこから見ても過失のないこの子と生き別れになる悲しみに耐えるすべがありません」
とおっしゃって、ますますお泣きになられたので、私は、涙にむせぶばかりでした。
ラマもまたお涙を流されたので、師弟は皆、互いに心を通わせて、悲しみにくれ涙を流し、何の言葉も出ませんでした。
翌朝、夜が明けると、よきツォーのための道具を携えて、師弟13人ほどで、半日の道のりまで見送りました、その途中、皆、悲しみの心で、慈しみ言葉を発し、いたわりの所作を何度もあらわしながら、行きました。
さて、チョーラガンという、あらゆる方角を見通せる峠で、よいツォーを催しました。その席で、ラマは私の手をお取りになって、
「息子よ、お前はウー・ツァン地方に行くが、ツァンのシルマ峠などあらゆる場所では、強盗に会う危険がおおいにある。それゆえ、良い同伴者をつけて送り出したいと思っていたが、一人で行くこととなった。しかし私が、ラマと本尊に祈願しよう。ダーキニーや御法尊に命じよう。息子の道中で障害が起きないようにしよう。お前もふるまいに気をつけるのが重要だ。さあ、お前はラマ・ゴクのもとへ行き、諸々の教戒を比較して違いがあるかどうか見よ。それからすぐにそこを離れ、故郷に7日以上とどまらず、山中で修行を専らとせよ。自他一切のためである」
とおっしゃったのに対し、私は申し上げた。ツァンに行くこの歌を。
と申し上げた。ラマは
「息子よ、そのとうりだ。老父たる私がお前に話すこの最後の心からの言葉を、忘れず心に留めよ」
とおっしゃった。お手を私の頭の頂きに置いて、次のグルをお唄いになった。
とおっしゃって、お喜びになった。
それから、ダクメーマが、よい行李と新しい衣服と靴などをくださって、
「息子よ、これらは形だけの贈り物です。これを私たち母子2人の今生の分かれのしるしとしてください。息子よ、善行円満な状態でお行きなさい、来世ウギェンのダーキニーの国でお会いできるよう、祈ります。法の贈り物として、母の真心の言葉も忘れないでください」
とおっしゃった。カパーラに甘露を満たして、くださって、ダクメーマが、次のグルをお唄いになった。
とおっしゃりながら、お涙をたくさん流された。そして周りの人たち全員が涙を流しながら、悲しみの表情をたくさんなさりつつおられた。私も、御父母2人の前で別れの礼拝を捧げ、御足を頭で頂いて、祝福を受けて、祈願して、ラマのお顔を見ずに後ずさりして行くと、周りの者が皆、涙をさめざめと流し私を見るのが見えて、下がって行けなかった。
そして、ラマ御父母が見えなくなると、まっすぐに進み、ある谷を越えて振り返って見ると、ラマと周りの人たちは、そのまま峠に一塊になっているのがぼんやり見えて、思いが胸に迫りすぎて、引き返そうかと思案した時、再び心を廻らして、「教戒などは完全に得た。法にもとる行為は決してしない。ラマがいなくても頭上にいると瞑想すればよいし、来世浄土において会うという、よいお約束もある。しばらく身体と心を生んでくれた母と再会し、再びラマのそばにもどって来てもよい」と考えた。悲しみを断ち切って、道を進み、ラマ・ゴクパのもとに行った。教戒などを比較すると、タントラの註釈では彼の方が優れていた。実践について、私が劣ることはなかった。特に、ダーキニーの口伝については、私が優れていた。
それから、礼拝し、祈願して、故郷に向かうと、3晩で着いた。ルンの能力もすばらしいという自信が生じた。
教戒一般に精通し、夢の啓示に導かれ、一子相伝の教戒を得て、ラマのもとから故郷へお帰りになった第5章。