さて、レーチュンパが
「尊者ラマは、故郷にお帰りになった時、夢でご覧になったとおりでしたか、それとも、お母上とお会いになったのですか?」
とご質問申し上げると、尊者は、
「悪夢のとおり、母と会う機会は得られなかった」
とおっしゃいました。
さらにレーチュンパが、
「では、尊者は、ご自宅にどのようにしてお帰りになったのですか? まず、故郷のどのような方とお会いになったのですか?」
とご質問申し上げると、尊者は、次のようにお話になりました。
私が、まず、自宅の見える谷の奥にいるたくさんの牧童たちに、村の名前と、「どんな家主がいるのですか」とそれとなく尋ねると、詳しく答えてくれました。そして、自宅を指差して、
「あそこの村は何と言うのですか? どのような名の家主がいるのですか?」
と尋ねると、
「あそこはカシ・ドゥンギェー(ཀ་བཞི་བདུན་བརྒྱད་)と言って、家主は鬼の他誰もいません」
と答えた。
「あそこの人たちは死んだのですか、それとも出て行ったのですか」
詳しく尋ねると、
「あそこには、もともと、この谷で一番の金持ちがいたのだが、息子が一人だけの父が死んで、遺言を残せずに、父の死後、一人息子の財産を父方の親戚が奪いました。一人息子は成長し、返せ、と言いましたが、返さなかったので、その仕返しとして彼は呪術を使い、雹を降らせ、村を壊滅させてしまいました。だから今、私たちこの谷の者はみな、彼の護法尊をたいそう恐れ、あの土地や家に近づくのはもちろんのこと、見る事もできないほどなのです。ですから、あの家の中には一人息子の母の死体と鬼が住んでいるのです。妹が一人いましたが、彼女は母の死体を捨てて、どこかに乞食に行っていません。今、彼女は死んでいるのか、何の便りもありません。ヨガ行者さん、行く事ができるなら、あの家の中にお経があると言いますから、見て来てください」
と言いました。そこで、
「そうなってからどれほど経ったのですか?」
と尋ねると、
「母が死んで8年ほど経ちました。呪術をかけられ、雹を降らされたのはまだ覚えています。その他のことは聞いただけです」
と答えました。「彼らは私の護法尊を恐れているので、私に危害を加える事はできない」と考え、母は死に、妹はさまよっていると確信し、たいへんな悲しみに襲われ、日が沈むまで隠れて泣いていました。
暗くなってから故郷に行くと、夢で見たとおり、外の畠は草に被われ、仏間などの建物は崩れていました。中に進むと、宝積経が雨水と土にまみれ、鳥やネズミの便所や巣となっていました。どこを見ても、悲しみの心が湧き出しました。
それから主室に入ると、レンガ(?)と土が混じり合った塊にたくさんの草が生えていて、それを取り除くと、バラバラになった白骨が出て来て、それが母のものだとわかりました。思い出すだに悲しく、耐えることができず、呆然となり、言葉に表すことのできないほどの悲しみが起こり、気を失いそうになりました。しかし、すぐにラマの口訣を思い出し、母の意識(=魂)と私の心を混ぜ合わせ、それをカギュ派のラマの智慧の心と混ぜ合わせ、母の骨を枕として、〔身口意の〕三門を一瞬たりとも揺り動かさず、光の中に座ると、父母2人とも輪廻の苦しみより脱するという真実がはっきりと見えました。7日経ち、三昧をやめ、考えると、輪廻はどこまでも心髄がないものだと理解して「母の骨でツァツァを作り、その代金として、宝積経を充て、私はタクカル・タソ(བྲག་དཀར་རྟ་སོ་)で死を厭わず昼夜の区別なく修行すべきだ。世間八法の兆しが現れたなら自殺しよう。楽しき法の兆しが現れたなら、ダーキニーと護法尊たちよ、私の命をお召しください」と、心で何度も誓いました。母の骨を集め、宝積経を被っていた土と鳥の糞をなどを取り除き、敬意を払うと、〔宝積経〕は雨水に侵されてはおらず、文字は鮮明でした。そこで、〔宝積経の〕経本を背負い、母の骨をチュパの欄(?)で運び、計り知れない悲しみの中で、輪廻に心髄はないのだと理解して、心髄である法を行うという誓い・感動の歌を唄いました。
と、悲しみの歌(གླུ་མ་དབྱངས་)を唄って、まず、文字を教えてくれた先生のもとに行きましたが、先生ご自身はお亡くなりになっていました。ご子息に宝積経の経本を差し上げて、
「この経本のはじめから終わりまですべてあなたに差し上げます。私の老いた母のこの遺骨でツァツアを作る代金として受け取ってください」
と言うと、
「あなたの経本には、御法尊がついてくるので不要です。ツァツァを作るのを手伝いましょう」
と言いました。
「私が差し上げる物に、御法尊はついてきません」
と言うと、「ではよいでしょう」と言いました。
私自身も手伝って、母の遺骨でツァツァを作りました。開眼供養をして、チョルテンの中に収めて去ろうとすると、ご子息は
「私ができる限りの奉仕をしますので、ここに何日か滞在し、話相手になってください」
と言いました。
「私には話をする暇がありません。修行に忙しいのです」
と言うと、
「では、今晩お泊まりください。明日、修行のための食料を少し差し上げます」
と言うので、そこに泊まりました。