さて、レーチュンパ(རས་ཆུང་པ་)が、
「尊者は、まず、どことどこで苦行の修行をなさったのですか?」
とご質問申し上げると、〔ミラレーパは次のようにお話になりました。〕
そこで師のご子息が、朝、「これらを修行の学資となさって、私たちも誓願の対象としてください」と言いました。与えられた一袋のツァムパと、良質のチュドル(ཆུ་སྡོར་)を持って出発しました。私の家の裏山によい洞窟があり、そこで瞑想していました。学資とチュドルを節約したので、体力はほとんど尽きたけれど、善行は充実し、何ヶ月かの間、その状態に耐えました。そして、学資とチュドルが尽きて、食料がまったくない状態に長い間耐えられず、「谷の奥の牧民にチュドルを乞い、下流域の農民に学資を乞うて、なんとか生活を続けながら修行をしよう」との考えが浮かびました。そして、牧民のもとに乞食に行き、あるテントの入り口で
「ヨガ行者にチュドルのお恵みを」
と言うと、そこは、叔母の黒テントでした。叔母は私だと知ると、怒って、まず犬をけしかけた。飛礫と杖で防ぐと、叔母は、自分の黒テントの支柱を手に持って、
「立派な父親の足を引っぱる奴、親類の腿肉を売る奴、村の鬼であるお前が、何しに来た! 立派な父に、よくもお前のようなのが生まれたな!」
と言いながら、何度も殴りかかって来たので、私は逃げました。しかし、劣悪な生活で体力が落ちていたため、石につまずき、水たまりの中に転んで、死にそうな目に遭っている時でさえも、叔母は私を罵りました。私は何とか立ち上がって、杖に寄りかかって、叔母に次のような歌を唄いました。
と、歌にならない歌を唄うと、叔母の後ろにいた娘が涙を流しました。すると、叔母も慚愧し、2人とも黒テントの中に戻り、丸いバターの固まりと腐りかけのトゥー(ཐུད་)を娘に持たせて寄こしました。他のテントで乞食すると、私が知っている者はいませんが、彼らは私だとわかって、