何度か来たことがあるはずなのにまるで初めての場所に来たような感覚がするのはここが鬼ごっこの舞台だからか地獄であるからかはたまた両方か。
宮原葵はおっかなびっくり女子トイレから出たあとシアターへ移動しようとしていた。同じアミューズメントフロアにあるゲームの筐体から流れる音が酷くうるさく聞こえる。自分の足音や呼吸音、衣擦れの音がかき消されていることから、自然近くに鬼が潜んでいることにも気づかないのではないか気づいていないだけですでに潜んでいるのではないか、そう不安は増す。なによりショッピングモールに誰もいないという状況は、まるで世界そのものから迷子になったかのような感覚を覚えるのだ……日常からの迷子という意味では間違いはないのであろうが。
「!?」
ふと自分の肩口が触られた気がして弾かれたように振り返る。誰もいない。このショッピングモールと同じように無人だ。いや無人だから誰もいないのは当然でだがそもそも無人というのは異常で――
(落ち着こう私、前の時みたいな鬼だったら足音も大きいし変な歌歌ってたりするし、大丈夫、気づける。)
背後を柱に預け数秒息を止め、ゆっくりと吐く。そしてゆっくりと大きく吸い、また吐く。それを何度か繰り返すうちに頭に酸素が回ってきた。
冷静になれば、まだ鬼ごっこだと確定したわけではない。もしかして夢かもしれない、というのはちょっと現実味がないけれど、またあんな鬼ごっこをするなんてことよりはリアリティがある。それか自分が思いの外長くトイレに入っていてその間に店内の人が何らかの事情で避難した、というのもありえる。
(だったら悠は待っててくれてるはず。まずはこの階を探してみよう。)
自分の中で方針が決まると踏み出す足にも力がこもる。何が起こるかわからない未知のエリアからちょっと不気味な場所ぐらいに思えてきた。そうしてトイレから出て数分して一人の男――川尻浩作と出会った。
私の名前は吉良吉影……訳あって今は川尻浩作と名乗っている、平穏を愛する男だ。この鬼ごっこでは鬼の役をやっている。地獄というものが本当に存在することには驚いたが、この沖木島という場所は一般的な日本の離島のイメージとそう遠くないものだ。といってもスマートフォンというパソコンのような携帯電話に入っていた地図で把握した限りだが……話が逸れたな、私はこの鬼ごっこが始まると気がつけばショッピングモールにいた。どうやらここが鬼の牢獄らしい。地図には無いが
ルールに書かれていることからそう察する。なぜショッピングモールなのかはわからないが、物資が充実していることはプラスだ。そういえばゾンビもののB級映画では良くショッピングモールに籠城していたりするが、そのオマージュだろうか――ん?
「子供か……子の役か?」
一つにまとめた髪が見えて私はより慎重に気配を消して移動する。中学に上がる前ぐらいの女児を私は発見した。手はまあまあ奇麗だがまだまだ女性らしさに欠けるな。
「――キラークイーン。」
距離を詰めて私はスタンド――ある種の超能力を使う。私の傍らに現れた人形のビジョンは同じスタンド使いにしか見えず、そしてスタンドにはそれぞれ異なった能力がある……らしい。専門家でもないので詳しくは知らないが、私はこれが極めて有用な存在であると知っている。例えばこうやって10m程離れた人間の肩に触れることができる。
「!?」
(キラークイーンは見えていない……つまり彼女はスタンド使いでは無いということだ。)
これだけならただのちょっとした念力だが……キラークイーンは触れたものを爆弾に変えることができる。つまり、あの女児は既に私がスイッチ一つで跡形もなく消し飛ばせる生きた爆弾になったのだ。さて、これで私の安全は確保された、そろそろ姿を見せるとしよう――
「じゃあ川尻さんも気がついたらここに?」
「ああ、偵察として会社の人間と来たはずが気がつけばこんなことになってて……どうやらこのショッピングモールでなにかあったようだね。」
私が見つけた男の人、川尻浩作さんはそう言うとため息をついた。
川尻さんはカメユーというデパートチェーンに勤めるサラリーマンで、ここには会社の出張(別の会社ってことはM&Aの下見?)で来たら私と同じように巻き込まれたらしい。前回の鬼ごっこでも荒木先生が巻き込まれてたし、もしかしたら鬼ごっこには子供と大人が一緒に参加するなんらかの必要性がある、なんて考えてみたけど今それを考えても仕方ないので口には出さずに保留しておく。それよりも私は言うか言わないか迷っていることがあったから。
(小学校でのことと悠のことは言わない方が良いかな……)
こんな場所で大人に会えたことは心強いけど、同時に別の意味で怖くも思う。ゲームセンターで知らないおじさんと会っても普通は話さない。だからか川尻さんにどこまで話していいかわからなくて、困る。悠のことを話せばもし川尻さんが危ない人だった時が怖いしそれに本人の許可無く勝手に知らない人に紹介するのはマナー違反だ。小学校のことについてはそもそも信じてもらえるかも怪しい。私が大人だったら子供の下手な冗談だって扱っちゃうかもしれないから。となるとここは――
「川尻さん、一緒に他の人がいないか探してもらえませんか?」
(やはりバイツァ・ダストは使えないか……)
衝動的に爪を噛もうとするのを気合いで耐えながら川尻こと吉良は葵と共にアミューズメントフロアで他の参加者を捜索していた。彼女の提案になにか嫌なものを直感で感じてはいたが断る理由が無い。ショッピングモールという地形を活かして親として違和感の無い嘘をついたつもりだったが『出張に来たってことはここのこと詳しいんですよね?遠足だって行く前に下調べするんですし。』とやたらキラキラした目で言われれば違うとは言いづらい。であるからして彼は葵と行動を共にしていたが、しかしそれは彼の心の平穏を乱す原因ではない。
バイツァ・ダストが使えないというのもなんとなくわかっていたことだ。あれは杜王町での平穏な暮らしを実現する為のものであって単に時間をふっ飛ばすようなものではない。同時に吉良自身バイツァ・ダストの能力を完全には把握していない。自分の死から新たな能力に目覚めるまでを冷静に思い返すと、把握していない条件があるようだ。
(年齢を考えれば子供、だから役は『子』というのは安直!そんな保証はどこにもない。)
(では『鬼』か?鬼役は鬼の牢獄からスタートする……?支給品は持っていないようだが個人差があるのか隠しているのか……?)
(そして『親』ッ!鬼ごっこにはない役だ。これはどういう意味なんだ?その名の通り『子』の親のことを指すのか?)
一筋汗が流れた。
吉良の苛立ちの原因は、参加者の役の判断方法が無いことに気づいたことだ。各役の人数や勝利条件はわかってはいるが、肝心の見分け方がわからない。自分以外の71人についてはほぼ情報がゼロであるため自分を基準に考えるしかないのだが、それでは精々鬼がどのようなタイプか推測ができるだけである。そしてその推測がより吉良を苛立たせる。鬼が自分のように姿を変えていた場合外見では判断がつかないのだ。
(わからないといえばこのスマートフォンとかいう機械だ。一時から使えると書いてあるが地図と時計以外に機能があるのか?こんな小さな機械で電話の機能までできると?)
(それにこの紙袋、明らかに容量がおかしい。ちょっとした小部屋ぐらいありそうだ。)
(……!まて、鬼の勝利条件は過半数が鬼になるというものだった。だが鬼かどうかを判断する方法は無い。つまり……)
(同士討ちが容易に有り得る!)
「川尻さん!」
「――なにかな?」
「凄い汗かいてますけど大丈夫ですか?先から遠い目をしてるし。」
「……徹夜明けでね、少し疲れが溜まっているようだ。すまない。大丈夫さ。」
葵に顔を覗き込まれ、汗をハンカチで拭う。どうやらこの鬼ごっこ、想像以上にめんどくさい。12人しかいない鬼が潰し合うことがあれば鬼全体が不利益を被るのだが、このルールではそのような事態は頻発するだろう。吉良はこの機械にそれを防止する何かでもあってくれとスマートフォンを見た。
幸運なことに彼の祈りは通じた。
この会場で支給されているスマートフォンは、鬼は鬼、子は子で、それぞれ全員と同時にチャットが行える。支給された人間の顔と名前が端末毎に紐づけされて。
その機能が使用可能になるのは午前1時。
あと35分。
【F-05/00時25分】
【宮原葵@絶望鬼ごっこ】
[役]:子
[状態]:爆弾化
[装備]:『水晶』
[道具]:若干のお小遣いなど
[思考・行動]
基本方針:死にたくない。
1:川尻さん(吉良吉影)とアミューズメントエリアを捜索。
2:鬼に警戒。
3:幼なじみが巻き込まれていたら合流したい。
※その他
自分の役・各役の人数・各役の勝利条件・会場の地図・制限時間は全て未把握。
吉良吉影のキラークイーンによって爆弾化しました。
【吉良吉影@ジョジョの奇妙な冒険】
[役]:鬼
[状態]:健康、姿は川尻浩作
[装備]:ー
[道具]:四次元っぽい紙袋、不明支給品3つ
[思考・行動]
基本方針:親の振りをしながら鬼以外を始末する
1:まずは宮原葵と同行する。
2:参加者の役を見分ける方法を考える。
※その他
バイツァ・ダストは杜王町でないことと本人が能力を把握しきっていないことで使用不可。
宮原葵をキラークイーンで爆弾化しました。
最終更新:2018年06月02日 04:19