突き刺さる小石や小枝をおっなびっくり避けながら歩く足の裏は土で黒く汚れ、地雷原を歩くように進むスピードは遅い。
「っ!服よりまず靴だな……」
B-02。この島で五本の指に入る険しい断崖があるそのエリアは、大半を雑草混じりの荒れ地が占める。全裸ということは当然素足であるプルツーは、辟易しながら行軍を続けていた。一歩一歩慎重に歩かなくてはならず、鬼ごっこがどうこうの前に疲労を覚えてきている。正直なところ休みたい。しかし、彼女が足を止めることはない。別にどっかの鉄華団の団長命令が下ったわけではなく、彼女には明確な目的地があるからだ。
この鬼ごっこでは、『子』の役の参加者は会場にランダムに配置されるのに対し、『親』の役の参加者は飛行機から落下傘で降下されることとなっている。つまり、『親』の初期位置は特定しやすい。特に空を見上げ自分からほど近い場所に落ちてくる『親』を『子』が見た場合、その位置は容易にあたりをつけられる。明かりが乏しく土地勘も無い『子』にとっては、近くに運良く建物を見つけない限りそれぐらいしか目印になるものがないのだ。そしてプルツーは空から落ちてくる落下傘を見つけ近くに建物を見つけられなかった幸運にして不運な『子』の一人であった。
(また『臭った』。なんだ、この『臭い』は。)
そしてもう一つ、彼女には目印となるものがあった。彼女のニュータイプの鋭い感受性が、確かに『なんだなよくわからないけど臭いもの』を捉えていたのだ。
地獄に満ちる負のエネルギーには多少慣れてきたとはいえ、全裸の行進と同等のストレスを彼女に与えている。しかしその中でもプルツーは確かに感じ取っていた。戦場の憎悪とも今自分が感じているのとも違う、野獣のような『臭み』を。騒音に満ちた場所でも聞こえる誰かの喘ぎのような、なにかを。
足下の感触が次第に下草を踏むものから荒れ地を踏む頻度が高くなっていっていることに恨めしそうな目で地面を見ながら、プルツーは考える。自分は着実に落下傘にも『臭い』の元にも近づいている。飛行機と落下傘という組み合わせを考えるに、落下物は人間か物資か、あるいは両方であろう。人間も落とされている場合リスクもあるのだが、プルツーとしては接触するに他ない。とにかく、服と靴だ。裸はキツい。足が痛い。ハンパなく。状況の解明より何よりまず衣食住の衣を満たす必要があるのだ。故にプルツーは荒れ地を進んでいき。
「そこのお前、所属は。」
「わぁっ!」
小岩の平らな部分に気を使って跳躍すると、岩影に隠れていた男児の上をとり誰何する。倒れ込みながら小さく悲鳴を上げたところに再び跳躍しマウントポジションをとると腕を捻り上げた。
「うぅ……身ぐるみを剥がされるってこういうことなんですね……」
「殴るぞ。あとこっち見るな。」
「見ませんし服も貸しますよ……女の子を裸で放っとけませんし。」
「嘘つけ絶対見てたぞ。」
「なんで見る必要があるんですか。」
数分後、靴とズボンと上着を取られ、靴下ともっさりとしたブリーフのみとなった男児、円谷光彦の姿がそこにあった。
初期位置のすぐ近くで落下傘を見つけた彼は、そこに日本刀を持った臭そうな男がいることに気づき、男が海岸線の物陰を伝いながら立ち去るのを距離をとって追っていたのだ。しかしそこでプルツーの接近に気づき、息を潜めるも、彼女はニュータイプ特有の勘の鋭さで自分をねっとりと見ていた光彦の視線に気づき、あっさり居場所を探り当てて今の状況である。
「で、光彦だったか。お前も気づいたらここにいたんだな。」
「はい、えっと……」
「……プルツーだ。」
不機嫌そうに名乗るプルツーに、光彦は改めて自分がここに来るまでのことを話した。といってもこの数分服を毟られていた時に尋問によって話させられたこととほとんど一緒のことだ。つまり、「気づいたらこの見知らぬ場所にいた」ということだけである。その境遇はプルツーも同様であり、わかったことは自分と同じように拉致られたらしい子供が他にもいたということぐらいだ。
「あ、そういえばいつの間にかズボンのポケットにお守りが入ってたんです。一緒に付いてた紙に書いてある文章からするとこの状況に関係あるかもしれません。」
「お守り……?これか……『生きている参加者一人を対象に選んで発動する。対象が『鬼』だった場合、お守りを対象にぶつけると対象は死亡する。使用後自壊する。』……武器か?」
「中身を見た限りただのお守りだと思うんですが……その、チラシの内容も考えると、イタズラというよりかは何かのゲームのアイテムのような気が……」
「ICチップか何か入ってるんだろう。人間の皮膚にも同じものを埋め込んで鬼かそうじゃないかを区別している……とか?」
「うーん、手術された記憶は無いですが。でもここに来た記憶もないですし……」
「小さなものなら大きめの注射器で埋め込むことは可能だ。第一、こんなことをできる相手だからな。」
「確かに。となると、それで監視されている可能性もありますね……」
一つ理解が進展である(些か勘違いはあるが)。
その後も二人は赤い空や海上の霧について一通りわけがわからないという認識を共有すると、話はここに来てからのことに移る。その中で光彦が臭い男を追跡していたという話になると、プルツーはその男について聞き出した。
光彦が言うところによると、男は色黒で中肉中背。そしてブリーフ一丁とのことだ(自分の格好を考えてなんとなくプルツーは嫌な顔をした)。またその顔はインテル長友やコカコーラ北島、正岡子規に似ているとのことだが、どれもプルツーにはピンとこない。より聞き出すと出てきたのは、加のからすれば旧世紀の時代の話。そこで初めてプルツーは、目の前の男児が宇宙世紀の人間ではないことに気がついた。
「一年戦争もグリプス戦役も知らないとは……」
「宇宙コロニーと地球の戦争ですか……SFですね。どうやらこれは本当に記憶を操作されているみたいですね。」
「ああ。恐らく、私達のどちらか、あるいは両方が記憶を操作されている。私の知識では、人間を薬物やマインドコントロールで人格を変える技術があることを知っている。」
「そうなると、何が正しいのか自信がなくなってきます。もしかしてこの鬼ごっこは、記憶を操作した子供を集めた実験だったりするのかもしれませんね。」
「……そうだとは言い切れないが、ありえるかも。」
話ながら、プルツーは光彦の聡明さに驚いていた。自分のほうが何歳も年上のはずなのに、ともすれば自分以上に現在自身が置かれている状況について考察をしている。もしや彼はその頭脳を見込まれて実験の対象となったのではなかろうか。
そして自分自身についても考える。思うに、これは演習ではないのか。サンドラにいた自分を拘束することができる人間は限られている。ではその人間達にプルツーを拘束する動機があるかといえば、ある。ニュータイプとして戦場で受けるストレスに対する適応能力を高めるテスト、というのはなかなかに妥当な現状への理由付けだ。
「二人だけで話していてもこれ以上はムダだ。お前の追っていた男を追うぞ。」
「他に手がかりもありませんし、追いましょう。ただ、男の人は――」
「武器を持っているのはわかっている。それでも追うしかないだろう。」
「わ、わかりました。こっちです。まだそんなに遠くには行ってないと思います。」
(それは『臭い』でわかる。)
「それに、男の人が通った跡なら安全なはずです。なにか危ないことがあったりしたら男の人が被害にあってるはずですから。」
(……コイツは敵に回さないようにしよう。)
こうして、二人で男を追う運びとなった。なにせ地図も何もないのだ、男以外に目印どころか人の気配すらない。光彦の持つDBバッジはその周波数の合うものはなく、プルツーのスマートフォンが使えるようになるにはもう少しかかる。ならば道は一つだ。
一人の少年と一人の少女は、男を追いかけ始めた。
「何やってんだアイツら……」
「これもうわかんねえな。」
一方そんなプルツーと光彦の一部始終を――つまりプルツーが服を剥ぎ取り光彦と共に歩き始めるまでを――見ていた男達がいた。
一人は他でもない光彦が追っていた男、水泳部の田所。そしてもう一人は、鉄華団団長のオルガ・イツカである。
ではなぜ彼らが行動を共にしているかというと、そもそもの話はプルツーが光彦と出会った数分後に遡った。
「痛いですね、これは痛い……」
プルツーと同じようにほぼ全裸の状態で鬼ごっこに参加させられた田所。彼の歩きは足を踏み出して数歩で止まっていた。原因はプルツーと全く同じ。つまり素足ということである。
田所は水泳部員だ。それは水泳部の田所という名前からして明らかであろう。ゆえに彼は、素足の危険性をよく知っていた。プールサイドで誰かが落としたちょっとした物を踏むだけでなかなかに痛いのだ、森や荒れ地を靴も履かずに歩く勇気は無かった。
「そういやかばんの中に日本刀以外になんか入ってたな。なんでも良いから靴とか出てきてくれよ〜。」
ん?今なんでも良いって言ったよね?
「ファッ!?臭スギィ!!」
出てきたのは、非常に臭い革靴であった。これだけ臭ければ履いてる本人は気づかないのだろうか、そう真剣に田所は思う。しかし念願の靴であることには変わりない。幸いサイズも合っている。履くしかないだろう。
「しょうがねぇなぁ……」
アンニュイな表情になりながらもいそいそと履く。このようにして臭そうで実際臭い男が鬼ごっこに誕生した。
ようやく歩き出した田所が目指したのは、自分と同じように落とされたらしいパラシュートだ。遠目からはよくわからなかったが、赤い服を着ていたと思う。その男こそ鉄華団団長オルガ・イツカであり。
「動くな。」
「クゥーン……」
銃を突きつけられた。あっさり見つかったのだ。風上から追いかけたのが失敗だった。
こうして二人が出会ったところで、周囲を改めて索敵したオルガが光彦とプルツーに気がつき今に至る。自分が跡を着けられていた感覚は無かったので、目の前の臭い男を追っていたらしい。オルガは改めて子供たちを見た。女の方は男物のきれいな服装で、男の方はアジア系らしい身奇麗な子供だが靴にブリーフである。もしかしたらブリーフというよりかはスパッツに近いボクサー型のブリーフかもしれないが些細なことなので割愛する。とにかく、彼らの服装を考えると、あの二人がストリートチルドレンという可能性は低い。もちろん距離があるので詳細はわからないが、このことから考えられることは……
「自分の服を貸してやったってとこか。」
極めて簡単なことだ、男が女に服を貸した。オルガは傍らのほぼ全裸の男を見ながら察した。ついでに田所のねっとりとした視線も感じたが、無視した。自分の一張羅を着せてやる義理は無い。こいつらは揃いも揃ってシャワーでも浴びてる時に拉致られたのか?と思った。
さてこうなるとオルガとしては行動を変更する必要がある。なんにせよ自分を着けていた臭い男は不審だ。そしてあの二人。原住民かどうかは不明だが、尋問すれば一応なにかを聞き出せるかもしれない。女連れならそちらを人質にすることも、まあ、考えうる手だ。であれば取る手は一つ。待ち伏せである。
(二人ともこっちに向かって来るな。)
オルガは岩の隙間から確認するとUZIを持ちながら接近を待つ。こちらには機関銃、あちらは文字通り丸腰、遅れを取るとは思わないが、生前の記憶から狙撃されることを警戒し限界まで姿勢を低くする。この訳の分からない状況を打開すべくタイミングをはかる。
(……コイツの臭いでバレたりしないよな?一応風下だが……)
鬼ごっこ開始から三十分、剣呑なる出会いが起ころうとしていた。
「なんだこの臭いっ!?」
そして田所を挟んで光彦達とは真反対の位置にいた少年、大場大翔は、自分の鼻をついた異臭を毒ガスかと思い慌てて息を止めて飛び退いていた。
現在の風向きは光彦→田所→大翔という順であり、光彦に対して風上ということは、大翔に対して風下という状況である。
(よくわからないけど、ここにいちゃマズイ!)
生理的危機感から臭いから距離を取るため動き出す。直感的に、近づいてはろくなことにならない気がしたのだ。
一人の少年はこうして鬼ごっこでの逃走を開始した。
【A-02/00時31分】
【プルツー@機動戦士ガンダムZZ】
[役]:子
[状態]:健康、光彦の服と靴を身につけている
[装備]:『スマートフォン(子)』、『お守り』
[道具]:
[思考・行動]
基本方針:生き残る
1:まずは光彦が見つけた臭い男(水泳部の田所)の跡をつける。
2:この鬼ごっこの目的と自分の記憶について考える。
※自分の役・各役の人数・各役の勝利条件・会場の地図・制限時間は全て未把握。
※地獄の雰囲気にのまれてニュータイプの力が若干鈍っていましたが、慣れつつあります。
※この鬼ごっこを記憶を操作された人間に関する実験だと考察しました。
※36話のコールドスリープから目覚めた後の参戦です。
【円谷光彦@名探偵コナン】
[役]:子
[状態]:健康、パンツと靴下のみ
[装備]:なし
[道具]:DBバッジ(現在通信不能)
[思考・行動]
基本方針:出来れば子と合流。
1:生還の為に行動する。子や親らしい相手と合流したい。
2:このゲームは誰が、どのように、何故行ったのかを考える。
※その他
自分の役・各役の人数・各役の勝利条件・会場の地図・制限時間は全て未把握。
※この鬼ごっこを記憶を操作された人間に関する実験だと考察しました。
【水泳部の田所@昏睡レイプ! 野獣と化した先輩】
[役]:親
[状態]:健康
[装備]:睡眠薬(持参)、日本刀、野原ひろしの革靴@クレヨンしんちゃん
[道具]:デイパック
[思考・行動]
基本方針:家に帰る
1:とりあえず赤い服の男(オルガ)から話を聞きたい。
※その他
自分の役・各役の人数・各役の勝利条件・会場の地図・制限時間は全て未把握。
【野原ひろしの革靴@クレヨンしんちゃん】
主人公しんのすけの父、ひろしが常用している革靴。臭い。非常に臭い。激臭である。だがそれを除けば単なる革靴である。しかし、臭い。
【オルガ・イツカ@機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズ】
[役]:親
[状態]:健康
[装備]:UZI@現実
[道具]:デイパック(不明支給品1)
[思考・行動]
基本方針:とにかく生き残る。
1:子供(プルツーと光彦)を待ち伏せて尋問する。
2:臭い男(水泳部の田所)を警戒。
※その他
自分の役・各役の人数・会場の地図・制限時間は全て未把握。
各役の勝利条件は一応把握。
【大場大翔@絶望鬼ごっこ】
[役]:子
[状態]:健康
[装備]:『お守り』
[道具]:若干のお小遣いなど
[思考・行動]
基本方針:とにかく人と会う
1:鬼と異臭を警戒。
2:幼なじみが巻き込まれていたら合流したい。
※その他
自分の役・各役の人数・各役の勝利条件・会場の地図・制限時間は全て未把握。
最終更新:2018年06月06日 04:24