「――っ!クソ、なんだ……」

 チクリチクリと顔を突くのは、ろくに手入れされていなさそうな木の枝。鼻に飛び込んでくるのは擦れる葉が醸し出す青い臭い。それが男、川田章吾の意識を覚醒させた。
 いつの間にか受けた衝撃は彼に熱と痛みと疲れと刺激をもたらし、自分の置かれた状況を身体に教えこむ。前頭部の不快感から手をやりそっと撫でれば、指先に感じるのは明らかにタンコブの感触。どうやら頭を強かに打ちつけたようだと思った彼は頭をふろうとして、止めた。みすみす脳にこれ以上ダメージを与えたくない。

「頭にはタンコブ、身体は宙吊り、か。俺が何したってんだ。」

 自嘲する笑みを浮かべながら目線だけを下に向ける。薄々気づいていたが、やはり足元には何もなかった。プラプラと二本の足が所在なげに垂れ下がっている。では翻って上を見てみれば、木を覆うように拡がる布地。パラシュートだろう。

(オーケイ、わかった。俺はパラシュートで落っことされて頭を打った……で、ここはどこだ?)

 段々と冴えてきた頭が我が身の不覚を理解する。自分の記憶が繋がらない、混濁している。川田は渋い顔をした。
 周囲に見えるのは、非常識に赤い空と随分とおざなりな手入れしかされていない木々、そして少し行ったところに見える民家。あとはそれらの後ろに一枚のしょぼい風景画のように広がる、しみったれた田舎だ。つまりは、彼の生まれ育った神戸ではない。同じ兵庫でも淡路みたいな田舎だろう。

「っ!?……待てよ、なにか、おかしい。」

 頭に痛みが走る。自分はこの光景を、この風景を知っている気がする。

(……そうだ、俺は神戸にいた。昔の話だ。)
「記憶が混濁してるな……これがプログラムなら、かなり不味い……」

 川田は考える。自分は記憶が混濁している。それは理解できた。今なぜこのような状況なのか全くわからない。これがプログラムなのかそうでないのかも、自分がどのくらいこうしていたのかも。とにかく、まずは記憶を辿ろう、そう彼は考えた。「ここはどこ?私はだあれ?」を自分がやることになるとは夢にも思わなかったが、ひとまずやるしかない。

(オーケイ、こういう時こそクールにだ……まずは一服、ってないのか。そういえば煙草は全部さっき吸ったんだったな……さっき?ああそうだ、さっきまでやってたプログラムでだ、城岩中……城岩中?おいおい俺は転校した覚え……あったな。しかも半年ベッドで寝たきりで留年だ、クソッ。)

 悪戦苦闘しながら自問自答する。そうすると段々と思い出してきた。二回目のプログラムに参加して、首輪を外して、そして……

「死んだ?」
(いや、ありえない。俺の身体は五体満足、手も足も動くしどこも痛くない、はずだ……)

 政府により治療された、という可能性も考える。答えは否、名目上優勝者とはいえ監督役を殺した自分にそんなことをするだろうか?では誰かに救助された?誰かとは誰だ、そんな人間がいたらプログラムに介入しろと言いたい。
 川田は肌に手をやる。腹には傷跡一つ無い。そしてその手を見る。普通だ。変わりない。何年も植物人間だった、というのはなさそうだ。

(とにかく尋常じゃない。まずは生き残ること、それだ。デイパックの類は、イスの下か?音の響き的に空洞があるな。収納スペースにしてそこに支給品入れて俺ごと落としたってところか。いやそれより首輪だ、ガダルカナルなら――ない?首輪が?嘘だろ?プログラムじゃないのか?ああっ、クソッ!頭が回らねえ。まずは手当てだ、このままだと何もしなくても死にかねない。そうだ、だからまずは――)

「どうやって降りるかな……」

 とりあえずの行動目標を定めて、川田はため息をついた。



【不明/不明】
【川田章吾@バトルロワイアル】
[役]:親
[状態]:頭に打撲
[装備]:不明
[道具]:不明
[思考・行動]
基本方針:状況を把握する。
1:降りたい。
※その他
自分の役・各役の人数・各役の勝利条件・地図・制限時間は全て未把握。
人物解説……バトルロワイアルの主要人物で作中で行われたプログラムの前回優勝者。中学三年生だが一年留年したため十六歳である。なんでもそつなくこなし精神面も強靭、優勝者という肩書に全く恥じないタフな男。作中ではその能力を遺憾なく発揮し数々の危機をくぐり抜けた。なおデスゲームものにおけるリピーターの元祖でもある。
最終更新:2018年06月23日 04:55