刀を杖代わりに歩きながら、因幡月夜は困惑していた。大分歩いた筈なのに人どころか生物の気配がしないのだ。本来数百mをカバーする聴覚を持つ彼女には初めての経験だった。
────ここは砂漠でしょうか?
思わずそんな事を考えてしまうが、雪駄越しに感じる感覚はアスファルトのそれだ。
周りはどうやら住宅地の様だ。それでいて何の気配も感じられない。
姉か父の手が動いているのかと思って一瞬陰鬱になるが、直ぐにそうではないと知れた。
付近に人の気配。30mの距離から、人がこちらに向かってくる音がする。
素人だ。少なくとも武の心得は無い。姉や父の手になる事態なら、武の心得が無い者が居るとは考え辛い。
それはさておき、いきなり30mの距離に音が出現して、月夜は戸惑うが、近付いてくる足音の右側が僅かに遅い事を聴き取った。
何かしら武器でも持っているのだろうか。
「何方かは存じませんが、それ以上近づくと………」
どうするかは言わず、剣気だけを放つ。浴びた者はまるで吹雪に遭ったかの様に錯覚する月夜の剣気。それを受けて、近付いて来た足音は立ち止まった。
相手との距離は5m。不穏な動きをすれば銃を持っていたとしても対処できる。
即座に動ける状態を保ったまま、月夜は足音の主に話し掛けた。
「失礼。少々お尋ねしますが、此処は何処でしょうか?」
「此処?天国じゃないかな?」
「はい?」
妙に浮かれた調子の少年の声に首を傾げる。
確かに病弱ではあるが死ぬ様な事にはなっていない。
少し考えてから少年の言った言葉を流してもう一つの質問をする。
「この紙には、何と書いているのでしょうか?」
突き出した手には一枚の紙。宙を舞うのを掴み取って持ち歩いていたのだ。
「君、目が見えないんだ」
「ええ、殆ど見えませんが何か?その分耳が良いですのでお気遣いなく」
「へえ、凄いね」
月夜の言葉を聞いて少年────ヘンゼルは右手に持った鉈に僅かに意識を向けた。
近隣の家を物色して、納屋から金鎚や釘と一緒に持ち出して来た凶器である。
抜き身の鉈にも全く意識を向けない月夜を、浴びせられた剣気の所為もあって、ロアナプラに君臨していたロシアンマフィアの女頭目の類かと思っていたが、まさか単に盲目だったとは思わなかった。
視覚情報による恐怖を愉しめないのは残念だが、盲目なら盲目なりの愉しみ方が有る。
この取り澄ました顔の少女が、苦痛と恐怖に顔を歪めて泣き叫ぶ姿を想像して、ヘンゼルはクスリと嗤った。
「何笑ってるんですか」
少しむっとした様子の月夜の声に顔を引き締める。最初に浴びせて来た気といい、この勘の鋭さといい、油断していると此方が喰われかねない。
「ゴメンね。えーと、この紙に書いている事だね」
糞溜めの中を這いずり回ってきた『厄種』としての勘が告げる。この少女は自分一人では殺せないと。
たから今は取り敢えず機嫌を取っておこう。機会が来れば殺そう。何処かにいる姉様と合流したら二人で殺そう。
天使の笑顔の下に狂犬の牙を秘めて、ヘンゼルは紙に書いてある事を月夜に教えるのだった。
────どうも信用できませんね。
因幡月夜は思考する。嘘をついている様子は感じ取れないが、この少年は出逢った時から殺意を此方に向け続けている。
異様なのは強い殺意を放ちながらも、殺意が立ち居振る舞いに全く表れていない事だ。通常ならば力みや強張りとして表れるそれが全く無い。
剣を握る為に産み出され、剣の奥義を習得し、相応の殺気を放つ武人と多く接した月夜でなければ惑わされそうな程にヘンゼルは自然体を保って弛緩している。
この振る舞いに、ヘンゼルの容姿────月夜には見えないが────が加われば、歴戦の軍人でも不意を打たれるだろう。
────まあ、別に構いませんが。
襲われても実力で返り討ちにできる上に、聴覚により不意打ちが通じない月夜は、取り敢えずヘンゼルと共に行く事にした。
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【F-2/00時33分】
【因幡月夜@武装少女マキャヴェリズム[役]:子
[状態]健康
[装備]:摸造刀:亜鉛合金製で重量は日本刀と変わらないが強度は脆い。
[道具]:不明
[思考・行動]
基本方針:人を探す。
※その他
自分の役・各役の人数・各役の勝利条件・会場の地図・制限時間は全て未把握。
【備考】
※ビラに書かれていた事はヘンゼルに尋ねて把握しました。
※立ち込める霧により、音を聴き取れる範囲が30mになっています。
※ヘンゼルと同行する事にしました
【???/00時01分】
【ヘンゼル@BLACK LAGOON】
[役]:子
[状態]健康
[装備]:拳銃、鉈、金槌
[道具]:釘
[思考・行動]
基本方針:皆殺し
※その他…自分の役・各役の人数・各役の勝利条件・会場の地図・制限時間は全て未把握。
※因幡月夜と同行する事にしました。機会が来れば、或いはグレーテルと合流したら因幡月夜を殺すつもりです。
最終更新:2018年06月30日 23:45