島の北部、鎌石村の東、観音堂。

銀髪赤眼の乙女がひとり、ここに潜んでいる。平安風の甲冑を纏い、刀と薙刀と、赤い大弓を携えて。
その額の鉢巻からは―――2本の赤黒い角が生えている。然り、彼女は紛れもなく『鬼』だ。
常人がその角と武装を見れば、迷わず逃げ出すだろう。逃げられねば命乞いをするかも。
あるいは、侮って襲いかかって来るかもしれない。

だが彼女の戦闘力は、見た目よりも遥かに上。
なにしろ彼女は名高き英雄、女武者『巴御前』の影法師。『英霊の座』に登録された存在だ。
たかだか60名の生者など、彼女の手にかかればたやすく鏖殺出来よう。
逃げ隠れても、そこら中に火矢を放って島を焼け野原とすれば、鹿や猪を狩るように炙り出せよう。

しかし。生者にとっては僥倖、幸運なことに。彼女は殺戮も勝利も望んでいない。
とある亜種並行世界では「一切鏖殺の宿業」を埋め込まれ、悲しみを憤怒の炎と変えられて、荒ぶる焔の怪と化した。
その記憶は彼女にはなく。ただ中立、中庸の英雄として。人の道を外れた悪を容赦せぬ、高潔な英霊として振る舞うと決めた。

世間虚仮。仮初の客はただ消え去るのみ、死者は蘇ってはならぬ。ここはまさに地獄であり、自分は地獄の鬼。なれど菩薩を奉ずる鬼だ。
唯仏是真。ここに己がいるのは、衆生を救わんとする御仏の導きに相違なし。地獄にあって仏となろう。

では、具体的にどうするか。鬼の角は、今は隠せぬ。情報を伝えようにも、親や子の信頼を得ることは難しかろう。
然らば、すべきことは。親や子を襲う他の鬼ども、十一匹を倒すこと。いざや地獄の鬼退治。
可能ならばこのげえむの胴元、主催者をも。さなくば鬼どもを屠った後、自ら仮初の命を絶って衆生を救うか。

……だが。
この企みを他の鬼や主催者に知られれば、どうなるか。討伐隊が来るならば、返り討ちにすればよい。
何かの仕掛けで己の命が絶たれるならば、生者を救うことは能わぬ。あるいは見せしめに生者を殺すか、己が洗脳されるか、新たな鬼が放たれるか。
主催者が何者で、意図は何か。どうすれば奴らを出し抜き、このげえむを破壊出来るか。
自分と似たような心根の鬼がいるならば、あるいは、己を恐れず信じてくれる親や子がいるならば、協力も出来ようか。いるならば……。

南無、聖観世音菩薩。尊像に合掌瞑目し、加護を祈る。さて、行く先は――――



「……誰もいない……」

人馬の少女『君原姫乃』は、F-06から北へ、ひと気のない山道をさまよっていた。
先程までブロック塀の家並みが見えた気がするが、瞬きしてふと気がつくと深い山の中だ。赤い空は変わらない。
だが、さっき飛行機から降って来たビラは手元にある。どうもおかしい。なぜ自分は、こんな場所で鬼ごっこをせねばならないのか。

やがて彼女は『鎌石小中学校』を発見した。看板にそう書いてある。知らない名だ。
普段なら賑わっているであろう校内には、誰の気配も感じられない。電気もついていない。休校なのだろうか?
いや、校門の鍵は開いている。勝手に入ってもいいものか。中には電話とかもあるだろうが、通じるのだろうか。
ええい、ままよ。怪物が出て来たら叫んで逃げよう。誰かいたら、事情を聞いてみよう。これがここの日常、というわけでもなかろうし。


一方その頃、どこかの会話。

「えーと……彼女、高校一年生だっけ。誕生年月日のデータはないけど、16歳以上じゃないの?」
「いんだよ細けえ事は。たぶん15歳なんだろ。これ以上手間増やすんじゃねえ。いいな?」
「ああ、わかったって……」


薄暗い校内。床板を蹄が踏み鳴らす。どこかの田舎にある、普通の学校だ。ただ……何かがおかしい。
人の気配がない。何より、壁に貼られたポスターや、子供たちが描いたと思しき絵。

「人馬や、翼人じゃない……この形態、長耳人や角人でもないし……」

角人から角を、翼人から翼を取ったような、のっぺりした異形。架空の存在『四肢人類』に似ている。
まさか、そうした存在が闊歩するような異世界に来てしまったのだろうか。ファンタジー漫画や小説でもあるまいに。

小首を傾げる姫乃。その耳に―――音が聞こえた。
がしゃ、がしゃ、という金属音。間もなく廊下の奥の闇から、甲冑を纏った女武者が姿を現す。その額には、2本の赤黒い角。
顔が見えるほどまで近づくと、彼女は右掌を向け、挨拶した。

「敵意はない。何者だ。子か、親か」



巴御前、仮の名は『アーチャー・インフェルノ』。
彼女がここに来たのは、周囲では比較的目立つ大きな建物に、誰か来てはいないかと思ったためだ。
鬼なら始末し、親や子なら―――可能ならば、鬼である自分に敵意がないことを示し、情報を伝えたい。
もし自分が主催者に倒されても、自分の持つ情報が伝わり広まることは、生者にとって有利なはずだ。
子なら、子供なら……親よりは偏見を持たず、自分の言葉を聞いてくれるのではないか。

そう思って校内に入った彼女が見たのは、異形の存在。上半身は少女のようだが、下半身は馬。
明らかに人間ではないが、さりとて鬼とも即断し難い。何より、殺気や悪意が微塵もない。
無造作に近づき、距離を保って誰何する。

「敵意はない。何者だ。子か、親か」

人馬の少女は、困惑した表情で首を傾げた。

「ええと、君原姫乃です。あなたは……角人さん?」


【D-06(鎌石小中学校)/00時27分】

【アーチャー・インフェルノ(巴御前)@Fate/ Grand Order】
[役]:鬼(放棄)
[状態]:健康
[装備]:日本刀、薙刀、弓『真言・聖観世音菩薩』(宝具)
[道具]:四次元っぽい紙袋、不明支給品1つ(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:このげえむには乗らない。人を殺めようとする鬼は退治する。力なき参加者は保護する。
1:可能なら主催者を打倒する。そのための手段を探る。
2:自分が持つ鬼側の情報を親や子に伝える。
3:目の前の少女が何者か確かめる。
※鬼の役を放棄しています。これを主催者本部が察知すれば、何らかの動きがあるかも知れません。

【君原姫乃@セントールの悩み】
[役]:子
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:支給品(未確認)、ビラ、お出掛け用の小物など
[思考・行動]
基本方針:家に帰りたい。とりあえず人を探す。
1:目の前の角人の女性に事情を話し、事情を聞く。
※その他
自分の役・各役の人数・各役の勝利条件・会場の地図・制限時間は全て未把握。
最終更新:2018年07月09日 04:32