「おい、荒井。」
「…………」
「おい!聞こえてんだろ!」
「……俺が、荒井か?」
「新しい名前慣れろよ。前世の記憶ないんだから新しいこと覚えられるだろ。」

 そう言いながらカセットコンロの上で器用にフライパンを降るのは、角の生えたウサギだ。「火力が足んねえなあ……」などとボヤきながらホルモンを炒めていく彼の姿はともすればファンシーだが、しかしここは主催者本拠地・鬼の牢獄の地図に記されていない地下二階にある守衛室だということを考えれば、彼の正体は自ずと明らかであろう。
 そう、彼は鬼であった。それも主催者側の鬼だ。

「……お前よお、デパ地下の食品は役得で食っていいつったって食いすぎだろ。もうすぐ鬼ごっこ始まるんだぞ。」
「腹が減ってな……凄く減ってるんだ、凄く。」
「……わかったよ。まだ米あったよな……」

 角の生えたウサギことツノウサギは、荒井と呼んだ男――もちろん彼も主催者側の鬼だ――からの殺気とは別の気配にたじろぐと、調理の手を急ぐ。一般に鬼は大食だ。時に共食いしようとするほどに。ましてや徹夜明けともなれば何をしでかすかわかったものではない。ツノウサギは眠気を堪えながら皿に盛り付けを始めた。

 元々この建物だけで鬼ごっこをする予定が島一つ使っての鬼ごっこに急遽変更され、ツノウサギと荒井、そして牛頭鬼と馬頭鬼という四体の鬼で準備に当たっていた。島一つを四体でである。馬鹿じゃないのか、と荒井は思っている。これは人間の手のように精密な動作が可能でかつ人間並みの知能を持っていてかつ協調性やスケジュールなども考慮した結果でこれなのだが、その結果負担が一極集中していた。なにせ集めた鬼は満足にビラすら貼れずバラまいてしまうような奴らも混じっている。余りに酷いので親役を落っことすはずの飛行機からついでにビラをバラまいて誤魔化すことにしたほどだ(それが終わったのが小一時間前だ)。設営の現場監督として指示を出して書類をまとめるのが仕事だと思っていたら、デイパックから食糧を抜き取って食っていた鬼の粛清に駆り出されたときなどやるせなさが半端ない。おかげで参加者に均等に配れるものがうまい棒ぐらいしか無くなってしまいなくなく制限時間を短くしたとかしないとか荒井は聞いていた。

「ほれ、できたぞ。」
「……いただきます。」

 特製スタミナ丼をガッつく荒井を見てツノウサギは人心地つく。これで自分が食われることとりあえずないだろう。曲がりなりにもエリート獄卒たる牛頭鬼達と同じ幹部待遇なのだ、ここまでヘルマーチして同僚に喰われるという展開は鬼も爆笑であろう。そう思いながら時計を見れば、11時53分。あと少しで兎にも角にも鬼ごっこはスタートだ。そして時計の横に貼ってある参加者名簿を何気なく見ていて一人の名前で目が止まった。

 ――夜叉猿Jr.

(え?こいつアリなの?夜叉って鬼じゃん、Jrって子じゃん、てか猿じゃん。)

 慌ててタブレット(地獄も情報化社会である)でレギュレーションを確認するツノウサギ。少しして小さい手をペタペタさせながら該当する文を認めた。
 結論からして、白だ。名前が他の役っぽろうが猿だろうがレギュレーションを満たしているのならセーフだ。責任があるとすればまさかUMAが来るとは思わなかった鬼さんサイドにあろう。それに名前で判断されるなら全国の吉良さんは軒並み鬼だ。だがここで別の人物の問題が発見された。

 ――源元気

(あーこれあれだ。源義経と小嶋元太の書類の取り違えだ。)

 彼は本来なら参戦レギュレーションを満たしていない。要するにこの鬼ごっこをやる必要性は皆無だ。しかし彼のことは既に飛行機に乗せてしまっている。少し考えてツノウサギは決断した。

(殺すか。)



【F-05地下『主催者本部・鬼の牢獄』/前日の23時55分】
【ツノウサギ@絶望鬼ごっこ】
主催者側の鬼。弱い。
【荒井先生@絶望鬼ごっこ】
主催者側の鬼。夜叉猿Jr.よりは弱い。子供を食べるのが好き。



※主催者側の鬼は過労気味なので原則として鬼ごっこに非干渉的です。メタ的に動かなくてはならない状況以外ではあまり動きません。
※げんげんは版権作品のキャラでは無いのでレギュレーション違反となります。
※よって主催者側の鬼はとりあえずげんげんを殺すことにしました。
最終更新:2018年05月06日 22:21