- 『平家物語』には、その出身が伊勢鈴鹿山の山賊であった旨の記述がある。
- 『愚管抄』では、木曽義仲の首をあげたのはこの伊勢義盛であるとしている。
- その他、『平家物語』に、義盛がその弁舌を駆使して目覚ましい活躍をした事が記されている。
(巻十一「志度合戦」にて、阿波民部太夫重能を知略によって降伏させた話など)。
- 義経が頼朝に追われて京都を追われた際、分かれて故郷の伊勢に帰っている。
- その最期については、『源平盛衰記』に、伊勢に帰った後、守護の山内首藤経俊を襲って敗れ、
鈴鹿山で自害したと記述されている。
『玉葉』文治二年(
1186年)七月二十五日条には、
「九郎義行(義経)の郎従伊勢三郎梟首し了んぬ」の記述がある。
参考文献
『日本伝奇伝説大事典』
最終更新:2014年02月28日 05:08