- 1708年、屋久島にて捕えられ、江戸の切支丹屋敷に収容される。
- 新井白石が尋問にあたり、当時の海外事情を『西洋紀聞』にまとめたことで著名。
- 入牢時、牢の役人夫妻を入信させたため、獄死した。新井白石は助命を嘆願していたが果たされなかったという。
- 2014年、都旧跡「切支丹屋敷跡」から3基の墓と3体の人骨が見つかり、そのうちの1体が
DNA鑑定や
人類学的分析でイタリア人中年男性である事が判明、
当時の記録との照合から、おそらくシドッチの人骨であろうと結論されたことが
2016年に発表された。
これにより、当時の幕府は禁教下において、キリシタン宣教師を墓に葬っていたらしい事が分かったとか。
参考文献
朝日新聞デジタル2016年4月4日記事
最終更新:2016年04月07日 23:17