藤原仲麻呂

  • 天平宝字ニ年、淳仁天皇より「恵美押勝」の名を賜る。

  • 天平宝字六年正月二十八日、太宰府にて日本各地の節度使が用いる
   綿甲冑二万二百五十具を作らせたが、その際唐の新様式を取り入れ、
   甲板の形や色を陰陽五行に基づいて作らせたと。
  (唐風、陰陽道好みの人物であった由)


『日本陰陽道史総説』村山修一



最終更新:2011年08月08日 10:42