稲荷山古墳出土鉄剣銘


  • 115文字の金石文。

  • 「辛亥年七月中に記す」から始まる。辛亥年は471年

  • 続いて、ヲワケ臣(乎獲居臣)の系譜が記される。
   オホヒコ、タカリの足尼、テヨカリワケ、タカヒシワケ、タサキワケ、ハテヒ、カサヒヨ、ヲワケ臣の順に
   「其児」を挟んで列挙される。

   続いて、「世々、杖刀人首としえ奉事し来たり今に至る
          ワカタケル大王の寺、シキの宮に在りし時、吾れ天下を左治し、此の百練の利刀を作らしめ、
          吾が奉事の根原を記す也」と記される。

  • 「オホヒコ」は、記紀に記される孝元天皇の皇子、大彦命と同一人とみるのが一般的。
   ただし、二番目以降の系譜は、記紀やそれ以降の文献に載る系譜とは一致しない。

(『季刊考古学』第117号)


最終更新:2011年12月10日 17:08