枯れた技術の水平思考

登録日:2018/11/04 Sun 22:02:44
更新日:2024/03/22 Fri 11:14:21
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枯れた技術の水平思考とは、任天堂の元社員だった故・横井軍平の技術面における哲学である。

概要

簡単に言うと、「既に存在している技術の別方面への転用・組み合わせ」のこと。

横井軍平は、自著である「横井軍平ゲーム館」でこう書いている。

ゲーム&ウオッチは、5年早く出そうと思ったら10万円の機械になっていた。
量産効果でどんどん安くなって、3800円になった。それでヒットしたわけです。

これを、私は"枯れた技術の水平思考"と呼んでいます。

技術者というのは自分の技術をひけらかしたいものだから、最先端技術を使うということを夢に描いてしまい、売れない商品、高い商品ができてしまう。

値段が下がるまで、待つ。つまり、その技術が枯れるのを待つ。枯れた技術を水平に考えていく。
垂直に考えたら、電卓、電卓のまま終わってしまう。そこを水平に考えたら何ができるか。
そういう利用方法を考えれば、いろいろアイディアというものが出てくるのではないか。
横井軍平・著 『横井軍平ゲーム館』より

「枯れた技術」とは、最先端ではないものの普及していてバグなどの欠点もある程度克服されている技術のこと。
そして「水平思考」というのは、別方面への使い方を考えるということである。
(垂直に)積み上げるだけでは同じ性質の物しか出来上がらない。
(水平に)発想を広げていくことで発展するものだから。


つまり、既に完成された技術を当初や本来の目的以外のものに使って新たな価値を生み出そうとする、技術の新規利用、あるいはリサイクル理論である。
「既にあるものを新たな組み合わせをする」というのは一見すると簡単であるが、普及しきった技術で簡単に作れるものは既にやり尽くされているわけで、
今あるものを「適材適所」で組み合わせて新しいものを作り上げるというのがどんなに難しいかは、実際にやってみるとよく分かるはずだ。
この、「あるものを組み合わせて、或いは別の使い方を考えることで、新しい発想を生み出す、或いは創造力を鍛える」というのが、
枯れた技術の水平思考という哲学の真髄である。

某所の携帯ゲームソフト板のデフォルトネームである「枯れた名無しの水平思考」の元ネタ。

この哲学は、横井氏がかつて身をおいた任天堂にも今もなお受け継がれている。

枯れた≠古い技術

ただ、「枯れた技術」という言葉の雰囲気から、この言葉が独り歩きして、
時たま「役目を終えた古い技術のみに頼る保守的な思考・哲学」という間違った解釈をされることがあるが、

 そ ん な わ け あ る か 

枯れた技術というのは「既に完成されている技術」という意味であり、
今の時点で完成されている、あるいは見込みがあるのなら、最新のものですら遠慮なく使う、
つまり「安定して使えるものならなんでも使え」というのがこの哲学の真髄である。

古い技術だけに固執するのは「枯れた技術を水平思考で別の使い方を考える」のではなく、
ただの「古い技術だけでやるという、縛りプレイ」に過ぎないのだ。

そもそも本当に「役目を終えた、古い技術」のみに頼るとなると、
その「古い技術」を再研究するための、あるいは製造段階になればラインを再開・再構築するための費用が余計に発生し、却って高くつくこともある。

例としてはガンダム一番くじの景品で、
「こんなもの賞」としてアムロの父であるテム・レイが作ったガンダムのパワーアップパーツをモチーフとしたUSB1.1規格のUSBハブがあったが、
この企画をメーカーに持ち込んだときに「ハァ?今更USB1.1仕様で作って下さい?」「もうUSB1.1のチップそのものがほぼ無いのでメーカーに頼んで特注で作ってもらう必要があるから、その分コストが余計にかかりますよ、それでも本当にいいですか?」(意訳)と返されたという逸話がある。
これも「役目を終えた技術のみに頼る」ことがどれだけ難しいかを表している逸話と言えるかもしれない。

尤も、これは実用品ではなくあくまでジョークグッズ、あるいはガンダムの世界観を再現するためのこだわりという方面が強いので、
商業用商品に使うべき「枯れた技術」の比較対象としては無理があるかもしれないが(この賞品では「時代遅れのブツ」であるからこそ意味があるため。コストが掛かってもあえてやっているので。)。

フィクションの話だが、ラーメン発見伝シリーズというラーメンの調理だけでなく経営戦略を描いた作品に、老舗ラーメン店の謎というエピソードがある。
詳しくは項目を参照してもらいたいが、「創業者のやり方を貫きたい、変えるつもりはない」「赤字になっているのは大卒の経営戦略でなんとかしろ」という、経営者への無茶振りがされている。
枯れた技術の水平思考の方向性を間違えた従業員の行く末がどうなるのかは、項目を参照してほしい。

また、古いものより新しいもののほうが洗練されていて使いやすくなっているというのもよくある話、
だったら「安価で洗練されていて使いやすい、今どきの技術」でやるほうがいいじゃないという話になってしまう。

例えば例えば最近流行りのレトロゲーム機復刻版であるが、こいつらの中身は当時のチップである6502系や68000やMIPS RISCではない。
ファミコンやPSの場合はスマホやタブレットや現代の携帯ゲーム機でお馴染みのARMアーキテクチャのCPUを使って、
一種の「エミュレータ」として動作してレトロゲーム機を再現している。
復刻版MSXの場合は、FPGA…簡単に言うと「可変電子回路チップ」を使い、チップ内にMSXの回路をプログラミングすることでMSXの機能を再現している。

モニターとの接続に至っては、コンポジット端子ではなくHDMIである。
HDMIならケーブル1本どころか端子一つで映像もステレオ音声も同時に送れる、
つまり端子そのものの繋ぎ間違えの心配がないから利便性に関してはコンポジット端子よりも遥かに高い。
それに今更コンポジット端子なんかを採用したところで、例えばアナログ入力端子搭載テレビそのものが絶滅しているアメリカでは何にもならない。
今どきの接続端子であるHDMIの方が、利便性が高い上に確実なのだ。

昔のCPUを今あえて使うよりも、今どきのCPUや半導体チップで再現する方が、省エネルギーで安価に設計製造できるし、
取り扱える技術者も多数存在するため、効率がいいのだ。

Nintendo Switchだって、CPUはカーナビやタブレットなどで幅広く使われているTegra、それもおそらくは開発開始時点での最新モデルであるX1がベースなのだ。
Tegraは既にカーナビ、スマホ、タブレットなどで多数実績がある安定した、つまり「枯れた」CPUである。
だったらこれを「ゲーム機」に使えば、省エネでリッチなグラフィックを出せるから、家でも外でも楽しめる新発想のゲーム機ができるはずだ。そして作り上げてしまった。
そういうことである。


繰り返すが、枯れた技術と古い技術はイコールではない。
古い技術だけに頼るのは単なる縛りプレイに過ぎないのである。
今の時点で使えるものなら何でも使う。そして新しい物を作り出したり、懐かしのものを再現する。
これこそが「枯れた技術の水平思考」である。

そもそも技術なんてものは日進月歩なので、
「最新鋭であまり知られていない技術」→「新しいが浸透し始めた技術」→「全体的に使われている技術」→「やや古いがまだ使われている技術」→「古くなって時代遅れとなっている技術」
という感じに移っていく。
このうち3~4番目あたりが「枯れた技術」となる。

重要なのは「広く使用されておりメリット・デメリットがはっきりしている。それを使える技術者も多い技術」であることなのだ。
「最新の新技術」というものは往々にしてメリットばかりが強調されてしまい、デメリットが判明していないことが多い。
教育が終わっておらず扱える技術者も少なかったり、コストも余計に掛かってしまうことがある。
一方で「すでに役目を終えた古い技術」では上記の通り既に在庫が無かったり、技術者も次の技術に移行してしまって残っていないことも多々あるのだ。

また、当時の最先端の技術だからといって必ずしも残る訳ではない。
有名所で言えばVHSとの競争に負けたベータマックスや、MD(ミニディスク)、LD(レーザーディスク)など
他の機器や媒体に淘汰されてあっさり市場から消えてしまうこともある。
そういった物に大金を投資していれば莫大な損失となって会社が傾き、最悪の場合は倒産することさえあるだろう。
そんなバッドエンドを防ぐ為にも「まずは一般に広まるまで待つ」という長期的な戦略でもあるのだ。


枯れた技術の水平思考の例

  • ラブテスター
ヨコイズム、そして枯れた技術の水平思考の原点。
簡単に言うと「感情の変化で汗が出て人体の電気抵抗値が変わる」という原理の嘘発見器を、
男女の親密さを図るジョークグッズ、或いはおもちゃに転用したもの。
好きな人と手をつなぐとドキドキして汗が出る、つまり電気抵抗値が変わる。これをおもちゃに応用した。
最近ではメイドインワリオなんかに収録されているので、これで知った現代っ子も多いはずだろう。

  • ゲーム&ウォッチ
冒頭にもある携帯型LSIゲーム機。
半導体で演算してその結果を液晶画面に出すという電卓の構造を、
電卓サイズの「簡単なゲームのできる機械」に転用したものである。
LSI+液晶画面=「計算機」じゃなくて、「ゲーム機」に発想を変えたものである。*1

開発当時でも技術的にはカラー液晶は作れたが、電力消費の面から白黒とした。
「他社がカラーを出して来たら うちの勝ち だ」という名言が残っている。
そして実際に他社がカラー液晶の携帯機を出した。
カラー液晶が「枯れる」のは十年近く後のゲームボーイカラーまで待つこととなる。

CPUには当時のMacintoshで使われていた「PowerPC G3」をベースにしたものを使用している。
パソコンに使うようなCPUをゲーム機に転用したことで、パワフルで尚且扱いやすいゲームマシンができた。

銀行のATMや一部の携帯端末で使われていたタッチパネル操作をゲームに転用したのがニンテンドーDS、
携帯電話で普及していた加速度センサーや、様々な分野で活用されているCMOSカメラを、画像や動画の撮影ではなく「赤外線ビーコンを使った位置検知」に応用したのがWii。
ボタンではなくて画面に直接触れたりコントローラーを振るというわかりやすい操作のおかげで、新発想のゲームを生んだだけではなく、
今までゲームを敬遠していた層の取り込みにも成功した。
それに、小型の液晶画面でも2つつければ実質大画面にもなる。

ゲームそのものは一枚絵と選択肢、テキストメッセージで構成されている、
「ポートピア連続殺人事件(ファミコン版)」などのような初期のコマンド選択式のアドベンチャーゲームである。
しかし、そこに現代のゲームでは当たり前である声優によるボイスなどのエフェクトを盛り込み、見た目が派手でスピード感のあるゲーム性を生み出した。
ゲームそのものは「昔のスタイル」であり複雑な操作が要求されないので、その辺りを敬遠していた層の取り込みにも成功している。

MtGに代表されるトレーディングカードゲームと、モノポリーや人生ゲームなどのような双六ゲームを組み合わせた。
どちらもボードゲームの定番ジャンルだが、この2つを組み合わせたその結果全く新しいゲーム性を作り出すことに成功。

  • 魚群探知機
軍用で使われていたソナーの漁業への応用。元々ソナーは誤探知で鯨や魚群を見つけてしまう事が多々有ったので
「ソナーで潜水艦だけじゃなくて魚も見つけられるんじゃ?」となって民製品化した物。
完成までには様々な困難があったものの、このおかげで勘と運に頼らない安定した漁獲が実現している。

  • 加熱式駅弁
紐を引くと加熱できる弁当というアレ。
加熱部の中に入っているのは水と生石灰である。
生石灰に水を加えると反応して熱が出る。この当たり前のことを応用した軍用のレーション加熱パックをさらに駅弁に応用*2し、どこでも温かい弁当が食べられるようにしたものである。

世界最速の枯れた技術の水平思考。
開発コンセプトの一つには「未経験の技術は使わず、既存の技術だけを組み合わせる」というものがあった。
電気系統は交流電気機関車からの転用、駆動系は旧営団丸ノ内線の車両の拡大発展版。
WN駆動装置やミンデン系台車だって、私鉄で多数実績がある。

  • 格安航空会社
最近流行りのLCCこと格安航空会社、この手の会社は「小型で燃費が良くて航続距離の長い飛行機」に統一することで運航コストを下げている。
大手の航空会社じゃ短距離やローカル線で使うような機体を、航続力と燃費を取って「主力機材」に使うという発想の転換である。

そもそもAppleという企業自体が枯れた技術の水平思考を地で行く面があるのだが、その中でも代表格なのがこれだろう。
タッチパネル操作をスマートフォンなどの携帯端末に転用し、機械が苦手な人にとってもわかりやすい操作を実現している。

枯れた技術大好きのソ連の生み出した謎の高速戦闘機。
…のはずが、機体は軽金属のアルミニウムやチタンではなくステンレスがメインであり、レーダーに至っては真空管という、一見すると時代遅れのような仕様である。
だが、縛りプレイでこんな仕様にしたわけではない。
当時の半導体は高いだけでなく不安定であり、ならば信頼と実績の真空管を使ったほうが確実。
ボーイング747の無線機にも真空管を使っている部分があったのである。
それに真空管ならEMPにも強いため、万が一核戦争になったとしてもレーダーをバリバリ使える。
アルミは熱に弱いためマッハ3の世界では不安。しかしチタンは高いだけでなく加工も難しい。
なら熱に強い鉄系材料で作り、重くなった分はハイパワーのジェットエンジンで補って力業でマッハ3を超えてやる
脳筋といえばあまりに脳筋、しかしあくまで目的は敵地への侵攻ではなく、自国の領空の防衛。
その点で言えば目的に沿った堅実な方法で作られた戦闘機と言え、また防空戦闘機ならばちょっとくらい燃費が悪くても構わない。
そういった割り切りの末に出来上がったのが最高速度マッハ3の迎撃戦闘機、MiG-25という訳である。

  • 自走地雷ゴリアテ
第二次世界大戦中にドイツが生み出したビックリドッキリメカ。
「有線リモコンで操作する」「エンジンorモーターでキャタピラを動かして自走する」「爆弾」という、特に最先端というわけではないありふれたものを組み合わせた結果、
「60kg以上の爆薬を積んで地雷原や戦車に突入してくる爆弾」という、敵にとって見れば恐怖の兵器に仕上がった。しかし、「じゃあ線切っちゃえばいいじゃん」というこれまたありふれた発想で駄っ作兵器へと転落した。

漫画『逃げ上手の若君』にて登場した、1335年、即ち室町時代一歩手前の日本に於いては超兵器と言う他無い代物。
戦車といっても「チャリオット」ならヨーロッパには紀元前から存在したが、これは第一次世界大戦で出現した「タンク」の方の戦車である。
履帯は装備されておらず、動力は人力、全高は2~3階建て民家程の巨大サイズと、戦車というより自走式攻城櫓に近い代物。

足利尊氏に注入された神力によって覚醒した清原信濃守が考案したもので、
駆動系は「牛車の車輪」、外壁は「置き盾」、上部構造物は「仏塔」、弱点である火攻め対策に「人質を用いた肉盾」と、
14世紀の日本でも枯れている技術の流用のみで作られている事から、巨大奇想兵器でありながらも竣工に要した時間は僅か3日であった。

  • 票券指令閉塞式(北条鉄道)
兵庫県を走る北条鉄道(北条線)は、かつて路線全体で1閉塞しかないため行き違いができず、1編成の列車をひたすら往復させることしかできなかった。これを改善すべく、2020年、途中駅に行き違い設備を設置することとなった。しかし2編成の列車を同時に走らせるには2つの閉塞を設けなければならない。現代の鉄道ではほとんど自動閉塞が使われているが、導入するにはコストがかかる……という背景で誕生したトンデモ方式。

まずこれは非自動閉塞である。自動閉塞に追われ、限られたローカル線で細々と残っていた状態で、廃止はあれど新規採用はまず異例。しかし鉄道黎明期から長く使われ、少ないとは言え今だ現役で使われており、信頼性は高いと言えよう。
ただここで問題となったのが票券の受け渡しだった。非自動と言うように、票券(閉塞内の通行手形)をやり取りするためには、行き違いの際に駅員が必須。しかし駅員を雇ってしまうとコストは下がらない。
この事態を大きく変えたがICカードだった。従来の金属製のものではなく、乗車券としてもお馴染みのICカードを何と票券として使用。行き違いの際にはカードリーダーにICカードをタッチし、それを運転指令から遠隔監視する。さらに票券は駅に設置した専用の箱を通じて交換することで、無人駅で票券のやり取りを可能とした。
使い古されてとっくに枯れた非自動閉塞の技術に、普及し安定しつつあるICカードの技術を組み合わせることで、見事安全性とコストの両立を実現した。
なお乗車券としてのICカードはまだ使えない模様。

  • 点字
浮き上がった点で文字を表現し、指で触れる事で読み取る技術。
元々は19世紀のフランス軍で使用されていた暗号で、目の利かない夜や暗闇の中でも手先の感覚で意思疎通するためのものだった。
しかし、盲学校に通う当時12歳の少年ルイ・ブライユはこれが全盲の人間の意思疎通にも利用できると考え、元の暗号より簡略化するなどの工夫の末に4年後に完成させたのが今日の点字である。
今やブライユの名前は「点字」そのものを指す名詞となっている。





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最終更新:2024年03月22日 11:14

*1 あと「液晶工場を新しく作ったは良いが、電卓の需要が頭打ちになって困り果てていたシャープ」と取引があったということもある

*2 ただし、軍用レーションは水を直接入れる形(水そのものは水筒の中身や現地で調達した物を用いる)で使用するのに対し駅弁などでは個別パッキングされた生石灰と水を紐などを使って封を破って混合させる点が異なる