死神大戦記(ゲゲゲの鬼太郎)

登録日:2021/11/30 (火) 17:26:37
更新日:2024/04/25 Thu 17:41:10
所要時間:約 12 分で読めます




われわれは どのように 死んだらよいか ………

すなわち われわれはどのように 生きたらよいのだろうか……

『死神大戦記』とは数多く発表された鬼太郎シリーズの一作にして、かつてファンの間では幻の作品と呼ばれていた長編漫画のことである。

初出は1974年。学研から発売された『日本の妖異』という、その名の通り日本の古い怪異譚に材を取った漫画シリーズの11巻および12巻として発表された*1。元ネタは平安時代の仏教書『往生要集』。
その後1985年に朝日ソノラマから同じく上下巻で復刻され、1993年にぱる出版から一冊に纏めたものが発売された。
が、それから2007年にKADOKAWAにて文庫化されるまでずっと絶版状態で

 地元の図書館に置いてあればラッキー。読むなら古書店を虱潰しに当たるしかない

 仮に見つけたとしても大体プレミア価格

 そもそも書き下ろし作品のため本作の存在を知らないファンもいる

ということで一時期は幻の作品扱いだった。
現在はKADOKAWAの文庫版に加え、講談社の『水木しげる漫画大全集』でも入手が可能となっている。

さて、近年になるまで非常に入手し辛かった本作であるが、苦労して手に入れ読んだうえでのファンの感想は実に微妙なものが多かったりする。
どういうことかと言うと、本作には脚色協力として宮田雪という名前がクレジットされている。
この宮田という人物はアニメやドラマの脚本家で、水木しげるがライフワークとしていた冒険旅行のコーディネーターを務めるなど水木氏とは公私に亘って深い付き合いをしていた。
脚色協力とは早い話が原作者のことであり、つまり本作は鬼太郎作品でありながら水木氏は作画のみでストーリーに全く関与していないのである。
そのためいつもの水木節とは明らかにノリが違う箇所が多く、故にファンからは微妙という烙印を押されているのだ。

しかも本作は『ゲゲゲの鬼太郎(少年マガジン版)』の直接の続編として描かれている。
それだけなら水木氏も鬼太郎シリーズの新作を発表する際にやったことがあるのだが、よりによって少年マガジン版の真の最終回として大団円を迎えた『その後のゲゲゲの鬼太郎』の続編としてしまったのだ。
文字通り絵に描いたようなハッピーエンドを迎えた作品に対する蛇足という意味でもファン評価はあまり宜しくなく、水木氏の弟子の一人である小説家の京極夏彦も他作品の解説文にて遠回しにダメ出ししているほど。
ちなみに上述の『水木しげる漫画大全集』には、『その後のゲゲゲの鬼太郎』とセットで収録されているので本作に興味がある人はこちらで読むのをお勧めしたい。

一方、水木氏はかつて妖怪博物館の設立を計画しており*2、常設展示としてVRによる地獄巡りを企画していたらしい。
本作での地獄巡りの描写はそのプロトタイプなのではないかと、同じく弟子の一人である荒俣宏は考察・評価している。

なお、本作は前述した通り仏教書がベースとなっているため、ラストのオチが少々説教臭いことになっている(項目冒頭はラストの文章の一部)。
この当時、日本赤軍によるテロが各地で発生したり諸外国でクーデターが発生したりと非常に不安な社会情勢の中にあったことも無関係とは言えないだろう。
そういう意味では今の時代にあえて本作を読んでみるのも悪くないかもしれない。


【あらすじ】

突如として太陽が消え失せ、地球は闇に包まれてしまった。そのくせ太陽光を反射しているはずのが普通に輝いているのは気にしてはならない。
原因がサタンによって神器「ユニコンの鏡」を奪われてしまったせいだと知ったアイヌの少年少女は、鏡を取り戻すべく地獄へと向かう。
その頃、闇に包まれた世界各地ではサタン配下の西洋妖怪による侵略が進められており、南方で隠遁していた鬼太郎は日本を守るべく帰国するのだった。
二つの物語は後半にて交わり、最終的には宇宙の真理が明らかとなることに。


【主な登場人物】

とにかく登場キャラクターが多く、そのため一部を除き信じられないぐらい雑に処理されていく。

地上パートの主人公。
『その後のゲゲゲの鬼太郎』にて南方にある「幸福の島」へ移住し、現地の娘と結婚して初代自由酋長となり平和に暮らしていた。
しかしながらサタンの配下によって島の輪廻転生システムを乱され、久々に戦いに赴くことに。
その後目玉おやじの説得を受け日本防衛のために帰国する。
原作者が異なるせいかリモコン下駄の設定が大きく変更されており、本作では悪魔すら毒殺できるヘドロを加工して作った危険物となっている。

『その後のゲゲゲの鬼太郎』終盤にて悪事が露見し終身刑となっていたはずなのだが、普通に島でくつろいで暮らしていた。
社会情勢が不安になったことに金儲けのニオイを嗅ぎ取り鬼太郎と共に帰国。宗教を立ち上げて教祖の座に収まる。
その後は地位に目が眩んでサタンの日本侵略の先兵と化し、日本政府を無条件降伏させると今度は邪魔な鬼太郎の命を狙うように。
鬼太郎シリーズではあまりにも度が過ぎる悪事を働いた際は相応の罰が与えられることが多いのだが、本作ではかなりのことをやらかしているのに一切お咎めがないまま終わりを迎えている。この当時は猫娘がレギュラーキャラじゃなかったからなあ……。

  • 砂かけ婆、子なき爺
『その後のゲゲゲの鬼太郎』では鬼太郎らと共に幸福の島へ移住していたはずなのに、いつの間にか帰国して日本妖怪軍を編成し西洋妖怪との全面戦争に備えていた。
後述する呪いで行動不能になった鬼太郎を救うべく南米へ飛んだ際は、お揃いのソンブレロを被って帰国している。

  • 水木しげる
漫画家。地獄パートの主人公。
アイヌの取材で北海道を訪れていた際に兵太たちと出会い、それを運命と確信して地獄への旅の同行を希望する。
少年少女の保護者ポジション……のはずなのだが楽天家かつヘタレで今一つ頼りにならない。実際、保護者と言うよりはガキ大将ポジ。
なお、あくまでも「漫画のキャラクターとしての水木しげる」であり水木氏本人ではない。その証拠として両腕が存在する。

  • 兵太
13歳のアイヌの少年。
地球規模の異変の原因がサタンによるユニコンの鏡奪取であると知り、正義感から仲間の少年少女11人と共に地獄行きを決意する。
この頃のアイヌは和人との同化政策を取っていた人が圧倒的多数だったため、村の長老が民族衣装を着ている以外は兵太を含め誰一人としてアイヌ要素が無い。
ぶっちゃけアイヌと設定する必然性もあまり感じられない。

  • カラス
兵太の友人で12歳のアイヌの少年。たぶんあだ名なのだろうが本名は不明。
地獄にて昔飼っていた愛犬と再会したり幻術攻撃から生還したりと重要人物っぽく描かれていたが、終盤にて鬼太郎と合流した際にはいつの間にか死んだことになっていた。
ちなみに12人の少年少女のうち4分の3が雑に殺されている。

  • パウチ
アイヌの伝承に登場する女妖怪。
ユニコンの鏡奪還のため地獄へ潜入するが失敗し、瀕死の重傷を負って地上へ逃げてきた。
死の間際に兵太たちにこれらの情報を伝え、後を託した。9人もの少年少女が死んだ遠因。
実際の伝承に登場するパウチは若い女性の姿をした淫魔なのだが、本作のパウチは鬼みたいな牙の生えた老婆となっている。

  • ニタッウナルベ
アイヌの伝承に登場する、湿地に住む老婆の姿の神。
パウチの紹介で訪れた水木と12人の少年少女の魂を肉体から分離し、地獄へと向かう手助けをしてやった。
上述の通り実際の伝承では老婆とされ、作中でも「おばあさん」と呼ばれているのだがどう見てもヒゲを蓄えたジジイである。
こんな感じで原作者と水木氏との間で情報の共有ができていないんじゃないかと思われる個所が、本作には他にもたくさん出てくる。

東洋の地獄の支配者にして死者の魂を公平に裁く裁判官。
西洋の地獄から進軍してきたサタンによって瞬く間に政権を簒奪され、今ではサタンの配下として死者を問答無用で地獄に落としている。
サタンからユニコンの鏡を取り返すという水木らの勇気に免じ、彼らに道案内役の極楽鳥を与えた。

  • サタン
西洋の地獄の支配者。
ユニコンの鏡を奪う過程で東洋の地獄を制圧し支配下に置いている。
支配した八大地獄には配下である8人の死神をそれぞれ送り込み、自身は地獄の最奥部に宮殿を構えて指揮を執っていた。
西洋の地獄の最下層・コキュートスそっくりの海を生み出す能力を持つ。

  • ブラックエンゼル
等活地獄を支配する、サタン配下の8人の死神の一人。黒い翼を生やしたグラマラスな美女。
戦闘時には口から火の玉を吐き、さらに体を蛇のように変えて相手に絡みつき締め上げる。
最初に等活地獄へ侵攻した際、この地に住む「化けがらす」と戦ったことがあり、以来化けがらすを警戒している。
なおサタン配下の8人の死神は各地の名だたる悪魔が割り振られているのだが、このキャラのみ『神曲』に登場する地獄の裁判官ミノスの部下の総称である。
何故本作に抜擢されたかは不明。女っ気が足りなかったからだろうか。

  • エリゴル
黒縄地獄を支配する、サタン配下の8人の死神の一人。ソロモン72柱のうち序列15番目に当たる悪魔。
死者を加工して作った肉団子が好物。
変身能力を持っており12人の少年少女の一人を殺して入れ替わるが、入れ替わった相手がメンバーの中で最も臆病だったという事実を知らず、何度も勇敢な行動を取ったため怪しまれて逆に罠に落とされ死亡する。

衆合地獄を支配する、サタン配下の8人の死神の一人。零落したカナン神話の主神にして地獄のNo.2。
体を無数の毒蠅に変える「分身の魔術」で子どもたちに襲い掛かるが、子どもたちがどこからともなく用意した巨大ハエとり紙に捕らえられ、そのまま火葬にされる。
おそらく日本のサブカルに登場するベールゼブブの中で最もあっさり死んだ存在。

叫喚地獄を支配する、サタン配下の8人の死神の一人。ローマ神話だと冥府を司る神だが、『神曲』だとサタンの配下となっている。
こちらは死者をそのまま踊り食いしており、水木たちも一度は捕らえられて食料庫に入れられていた。
終盤にて鬼太郎を追い地獄までやって来たねずみ男らと合流し、休憩中の鬼太郎たちを襲撃するが、鬼太郎が護身用に持ってきていた魔法のひょうたんに不用意に触れたため吸い込まれ封印されてしまう。

大叫喚地獄を支配する、サタン配下の8人の死神の一人。零落したカナン神話の豊穣神にしてソロモン72柱のうち序列29番目に当たる悪魔。
毒物を用いた幻術で相手を狂い死にさせる戦法を得意とする……のだが、幻覚の洪水のはずなのにカラスは普通に溺れて救助されていた。

  • モロク
焦熱地獄を支配する、サタン配下の8人の死神の一人。零落したカナン神話の神にしてソロモン72柱のうち序列21番目に当たる悪魔。
アスタロトとどちらが水木たちを殺すかで揉めた挙句、同士討ちになって果てる。
その出番は僅か2ページ。

大焦熱地獄を支配する、サタン配下の8人の死神の一人。本来はサタンと同一人物なのだが、「七つの大罪」に準じて別人となっている。
作中では「伸縮自在な吸盤状の多足を持つ植物妖怪」と説明されているが、普通に人型で出てくる。足は二本だし吸盤も無い。そもそも普通に腕で鬼太郎を捕まえている。
こちらの出番は3ページあるのだが、そのうち顔が描かれたのは僅か4コマ。

  • フルフル
ソロモン72柱のうち序列34番目に当たる悪魔。
サタン配下の8人の死神の一人……なのだがいつの間にか存在自体なかったことにされるというとんでもない形で退場する。
上述したように八大地獄はそれぞれ配下に統治させているという設定だったにも関わらず、最後の阿鼻地獄をサタン自らが統治するようになったせいで割を食ったのが原因と思われる。

  • ゲホール
サタン配下の伝令係。テレポーテーション能力であの世とこの世を自由に行き来できる。
しかしながらそのデザインはどっからどう見ても日本妖怪の「姥ヶ火」のため非常にややこしい。

いつもの西洋妖怪の面々。今回はサタンの配下として登場し地上征服の指揮を執る。
ただし魔女のみ早々に日本妖怪にとっ捕まって捕虜にされ、最終的にはそのままフェードアウトしてしまう。
ちなみにフランケンは登場するには登場するのだが、セリフすらないモブ扱いである。

  • ミイラ男
ドラキュラの兄貴分。
エジプトから来日し、鬼太郎を永久の眠りの中に封じ込める「ファラオの呪い」で一度は行動不能に追いやった。

  • 大海魔
実写版『悪魔くん』に登場する海の魔物。
本作ではサタンの配下として鬼太郎が暮らす幸福の島近海を荒らしまくっており、その結果鬼太郎が戦いの場へ復帰することに。

大日如来の部下。
神話の時代より続くユニコンの鏡を巡っての戦争を解決へと導いた英雄を、神々の住まう西方浄土へと導く役目を担っている。

宇宙神としてユニコンの鏡を用い太陽を司る。
作品世界においてサタンが反旗を翻したのはキリスト教父なる神ではなく、この大日如来となっている。
ユニコンの鏡を奪ったのもその時の意趣返し――要は私怨であることが作中で明かされている。
そんなサタンを軽く息を吹きかけただけで宇宙の彼方へと追放し、格の違いを見せつけた。


【用語】

  • ユニコンの鏡
大日如来が所有する神秘の鏡。
宇宙磁流を放つことで太陽を輝かせるという重要な役目を持っており、これがサタンに奪われたことで地球は氷河期と化してしまった。

  • 日本沈没破滅滅亡教
ねずみ男が立ち上げた新興宗教。日本国民の不安を煽るだけ煽った後、浄財と称し全財産をふんだくっていた。
ドラキュラと狼男に日本侵略の橋頭保として利用され、最終的には日本を乗っ取ってしまった。
本部施設の外観は『ゲゲゲの鬼太郎(少年マガジン版)』に出てきた妖怪城と構図がそっくりだったりする。

  • 宇宙磁流
大日如来が放つエネルギー。ピラミッドパワーによって宇宙から収集することが可能。
本作の鬼太郎は自身の霊力をあまり使わず、基本この力で戦う。
どうしてこうなったかと言うと、原作の宮田氏が当時スピリチュアルに傾倒していたため。



追記・修正は地獄巡りから生還してからお願いします。

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最終更新:2024年04月25日 17:41

*1 水木氏は同シリーズにて『耳なし芳一』や『東海道四谷怪談』も執筆している。

*2 この計画は水木しげる記念館という形で結実。