マヤノトップガン(競走馬)

登録日:2021/12/07 Tue 10:02:44
更新日:2024/03/25 Mon 10:14:59
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マッハの衝撃波。

──ヒーロー列伝No.42



マヤノトップガン(Mayano Top Gun)とは、日本の元競走馬、種牡馬。
父はサンデーサイレンスに負けず劣らずの大種牡馬ブライアンズタイム、母はアルプミープリーズ。
主戦騎手は田原成貴だが、デビュー直後の4戦だけ武豊が騎乗している。


データ

誕生:1992年3月24日
死亡:2019年11月3日
享年:27歳
父:ブライアンズタイム
母:アルプミープリーズ
調教師:坂口正大
馬主:田所祐
生産者:川上悦夫
産地:新冠町
セリ取引価格 -
獲得賞金:8億1,039万円
通算成績:21戦8勝
主な勝鞍:95'菊花賞・有馬記念、96'宝塚記念、97'天皇賞(春)

戦歴

3歳(旧4歳)1月、のちにキングヘイローも手掛ける坂口正大厩舎でデビューしたが、脚部不安もあり当初はダートを走っていた。
ダート4戦目の未勝利戦でようやく初勝利を挙げるも、賞金が足りず春のクラシック級レースには出走できなかったため、春時点では重賞未出走の無名馬だった。

夏を終え本格化の兆しが見え始めると、「夏の上がり馬」として菊花賞トライアルレースである神戸新聞杯と京都新聞杯の両方に出走しいずれも2着と好走。そのまま菊花賞に挑むことになる。
この菊花賞だが、この年はフジキセキ*1と同じサンデーサイレンスの初年度産駒で皐月賞を制したジェニュインは距離適性の壁があり天皇賞(秋)を選択、同様にダービーを制したタヤスツヨシも不調を迎えていたこともあり、主役不在と言える状況だった。
(故にこの二頭と同じ父を持ち無敗の素質馬として高い評価を得ていたフジキセキが幻の三冠馬と後世に語り継がれ、この初年度産駒たちの活躍が日本競馬界を席巻するサンデーサイレンス旋風の序章となっているのはまた別の話)
そんな中で迎えた菊花賞。
1番人気は牝馬ながら菊花賞を選んだオークス馬ダンスパートナー、2番人気は京都新聞杯で先着を許したナリタキングオーに次ぐ3番人気に推される。

レースが始まると終始4番手を維持。第4コーナーで先頭に立つと、そのまま後続をぐいぐいと突き放しゴール。勝ち時計3分4秒4、前年度の三冠馬ナリタブライアンのタイムを上回るレコードタイムでG1初勝利を飾った。そして坂口師もこれが悲願のG1初制覇。
この時、関西テレビで実況を担当した杉本清アナは、

「神戸、京都で2着を続けたマヤノトップガン!ついにこの菊の舞台で大輪を制しました! 神戸は強い!今年は神戸だ!」

という実況を残している。
この年は1995年。1月17日に兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)が発生した年でもある。
マヤノトップガンの馬主だった故・田所祐氏は神戸市の開業医(院長)だが、震災では自身の病院が被災したのみならず、弟夫婦も亡くすという不幸に見舞われていた。
また関西地方全体で震災復興を掲げるなか、スポーツ業界も例外ではなく燃えていた。そんな中で神戸の馬主が所有し、冠名の由来にもなった摩耶山*2の名を冠する*3競走馬が菊花賞を取ったということもあり、杉本アナの実況はこれを踏まえてのものと思われる*4

菊花賞を制した後も状態がよかったことから、陣営は年末の有馬記念を次走に選択。
しかし三冠馬・ナリタブライアンや女傑・ヒシアマゾン、5年連続有馬記念出走のナイスネイチャといった一線級の競走馬も出走しており、さらにG1を1回勝っただけで不安視されていたのか6番人気で出走。
しかしスタートから先頭に立つとスローペースに抑えて逃げ切り勝ち。
この年G1を2勝したことが評価され、年度代表馬に表彰されることとなった。これ以前に夏まで重賞すら走ったことがなかった馬が年度代表馬に選ばれた例はなく、秋以降の成長と活躍ぶりがいかに素晴らしかったかを物語っていた。

1996年はG2・阪神大賞典から始動。
ナリタブライアンとの年度代表馬対決に注目が集まったが、アタマ差の2着と惜敗。
しかし3着とは9馬身もの差をつけた壮絶なマッチレースを演じ、今日でも競馬の名勝負の一つに挙げられるほどのレースとなった。
続く天皇賞(春)は1番人気ナリタブライアンに続く2番人気に推されるも折り合いを欠き、ブライアンと同世代なサクラローレルの初G1勝利の影で5着に敗れる。
次に陣営が選んだのは宝塚記念。このレースは震災復興競走として興行されたほか、有力馬の出走回避もあり圧倒的1番人気に推され、鞭を一度も入れることなく快勝。被災者に勇気を与える結果になった。

夏を挟み、秋はオールカマーから始動。
サクラローレルとともに単勝の倍率1倍台と人気を二分するもサクラローレルの4着と完敗。本命の天皇賞(秋)は先行し粘ったものの、バブルガムフェローの史上初の三歳馬による天皇賞制覇の偉業の前に2着。
連覇を狙う有馬記念では、またしてもサクラローレルの前に7着と惨敗に終わる。結局この年の勝利は宝塚記念のみに終わり、サクラローレルに年度代表馬の座も奪われてしまった。

翌1997年も現役を続行し、阪神大賞典から始動。このレースでは、先行策での掛かり癖が酷くなっていたことから、今までと一転してなんと最後方からのレースを進めた。観客からもどよめきが起き、乗っていた当人も「大丈夫なのかよ田原」という声が聞こえたほどだったというが、一方で肝心の折り合いはピタリとついており、道中は騎手の思惑通りにレースが進んでいた。そして、マヤノトップガンは第3コーナーから馬なりのまま追い上げていくと、第4コーナーで先頭に立ち後続を引き離して圧勝。

そして二度目の天皇賞(春)マーベラスサンデー、サクラローレルと共に三強を形成。阪神大賞典に続き後方からレースを進め、レース終盤では前方で叩きあいを演じていたマーベラスサンデーとサクラローレルを大外から直線一気の末脚で豪快に差し切って勝利。
勝ちタイム3分14秒4は1993年のライスシャワーの記録3分17秒1を大幅に更新するレコード勝ちであった。

秋はジャパンカップを見据え京都大賞典から始動予定だったのだが、調教中に左前脚に浅屈腱炎を発症し引退、種牡馬入りすることになった。通算戦績は21戦8勝。

引退後

種牡馬としてはブライアンズタイムの後継として期待され、彼譲りの長距離適正を持つチャクラ、ダートで中央地方交流重賞問わず活躍したメイショウトウコン、障害戦の雄デンコウオクトパス。母の父としてもマヤノ系初のG1級勝利をあげた2021年ジャパンダートダービー馬キャッスルトップを輩出。
ナリタブライアンが早逝し重賞ウィナー産駒を輩出出来なかったこともあり、ブライアンズタイム系では初年度産駒からウオッカを輩出したタニノギムレット(2002年ダービー馬)に次ぐ実績を挙げた。
傾向としてはG1馬こそ出なかったものの、短距離から長距離まで幅広い産駒を送り出し、重賞勝ち馬も多く輩出。晩成気味だが息の長い活躍を見せた産駒が多かった。
ただ後継種牡馬には恵まれず、チャクラが数十頭産駒を輩出するも重賞馬が出ずサイアーラインの継続は絶望的。

2015年には種牡馬も引退し功労馬として余生を過ごしていたが、2019年11月3日に老衰で死亡。享年27。北海道の「優駿メモリアルパーク」に墓碑が立てられている。

田原成貴

マヤノトップガンを語る上で外せないのが主戦であった田原成貴である。
「元祖天才」と呼ばれたほどの感覚派の名手で*5、馬の脚質という物は能力や気性からくるものだが、本馬は逃げから追い込みまであらゆる展開で勝利出来たのは気性難から田原が事前の作戦を決めず直前の馬の気分に合わせた騎乗を心掛けていた為である。
ただしそのためにかなり無理をしていた一面もあり、ラストランとなった春天では直感的に脚質が選べるよう余計なことを考えないようにするために3日徹夜したことがある。
結果彼に最も多くのGⅠをもたらした馬として知られ、インタビューでも特に質問される事が多く、騎手の生き方・馬の走り方の破天荒さから田原のベストパートナーとして語られる。
ちなみに田原は勝利の際派手なパフォーマンスも披露しており、人によっては「馬より鞍上の方が目立っていた」とも言われていたり。

そんな田原だが現役時代から何かと問題行為を起こしており結果騎手を引退、調教師に転身するも警察沙汰の不祥事により調教師免許を剥奪。
更に薬物使用で複数回逮捕・服役したことで現在はJRAからは無期限の関与停止処分を言い渡されている。
一時は名前を出してはいけないあの人状態になっていたが、2020年からは再び競馬メディアの取材を受けるようになり、2022年には10年勤めた会社を円満退社し東京スポーツに入社。
以後は東スポの専属解説者として紙面・動画・生配信で公に姿を現すようになったが、依然JRAの通知があることから直接取材せず関係者を挟む形をとっている。

元トップ騎手として騎手目線で参考になる意見も見られる一方、紙面では「真っ白なソダシが俺の黒い人生を救ってくれる」「ごめんよガッキー(グランアレグリア)」などの怪文書を連発。もっとも怪文書といっても田原は文筆家としても名高い人だったので*6スルスル読める。良いのかそれで...
更に生配信では「馬の声を聞け」というコーナーで現役馬を降ろすイタコ芸*7を披露するなどなかなかぶっ飛んだことをやっている。*8
そのため一部ではJRAの関与禁止を逆手にとって好き放題やってるなどと言われる始末である。

創作作品での登場

  • 『優駿劇場』
第44回阪神大賞典回で登場。
勝っても負けても必ず敗者を作り出す競馬に虚しさを感じており、パドックでもどこか投げやりな態度を取っていた。
しかしナリタブライアンがレース中に見せた競走馬としての矜持を目の当たりにして奮起、伝説のマッチレースへともつれ込んだ。

トレーナー大好きなおませロリだが、モチーフが自在な脚質や気性難で有名なのもあってか天真爛漫で気まぐれな性格。
直感的に答えを得ることができる天才肌。ミステリードラマなどでは序盤で犯人を直感でネタバレしてしまうので口をふさがれる。
名前の由来になった『トップガン』にちなんでか*9、勝負服がフライトジャケットだったり「ユー・コピー?」「アイ・コピー!」*10などの無線用語を交えた話し方など航空機関連のネタが多い。果てはトップガン続編の日本公開において公式応援を務めるに至り、ぱかライブではゴルシちゃんとのデュエットながら劇中曲『Danger Zone』も歌った。
固有スキルが投げキッスなのは史実における名前を言ってはいけないあの人*11主戦騎手のパフォーマンスが元ネタだと思われる*12
アニメでは第1期OVAでレースが描写されたものの、第2期ではトウカイテイオーと同室という美味しい立場にもかかわらず寝ているシーンしか描写されなかった。

余談

  • 名前の由来は田所祐氏の冠名「マヤノ」とトム・クルーズ主演の映画「トップガン」の組み合わせ。名付け親は田所氏が経営する病院の事務員で、その人が「トップガン」のファンだったことから名付けられた。
  • 香川県・金刀比羅宮の神馬であるルーチェはこの馬の産駒である。


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最終更新:2024年03月25日 10:14

*1 サンデーサイレンス初年度産駒で圧倒的な強さで同世代初の無敗G1馬となったが、皐月賞開始前に無敗のまま故障で早期引退を余儀なくされてしまいマヤノと対戦することはなかった。後にフジキセキ産駒で活躍した馬達に短距離・マイル系が多かったため、「もしマヤノトップガンとフジキセキが菊花賞で対決したらマヤノの方が強かったのでは?」なんて声が一部から挙がっているが、今となっては神のみぞ知るであろう。

*2 神戸市にある山。標高702m。

*3 「トップガン」の由来はもちろん同名のアメリカ映画

*4 球界でも関西に拠点を置くオリックス・ブルーウェーブ(現オリックス・バファローズ)が優勝しており、これも踏まえたのかもしれない。また、将棋界ではこちらも神戸在住の谷川浩司が王将戦の防衛に成功したことで羽生善治の七冠独占を阻止している。

*5 一方で理論家としても名高く、度々解説を担当していた。

*6 代表作が原作を手掛けた土田世紀の競馬漫画「競馬狂走伝ありゃ馬こりゃ馬」。他にも同じく原作を手掛けた能田茂の漫画「法の庭」はドラマ化されている他、多くのエッセイや評論本を執筆している。

*7 本人の証言などからイタコ芸自体は現役自体からやっていたことが分かっている、なお特に登場回数が多いのはキタサンブラック産駒の重賞馬ガイアフォース

*8 一部ではネタ的に薬物使用を疑われているが彼が服用していたのは落ち着かせる方の薬物である、つまり素面でこれである

*9 設定上はパイロットであるパパ(通称パパノトップガン)の影響、ということになっている。

*10 それぞれ「了解したか?」「了解!」の意。

*11 違法薬物使用など数々の不祥事によりJRAから無期限の関与停止処分を受けているため。もっとも近年は評論家という立場で競馬に関わっていたり、騎手たちが間接的に言及したりと、かつてよりはその名を目にする機会が増えている。

*12 ちなみに元ネタは世界でも屈指のトップジョッキーとして名高いイタリア出身の名手、「フランキー」ことランフランコ・デットーリ騎手のパフォーマンス。ちなみにデットーリ騎手の場合は「十字を切って投げキッス」というものであり、田原騎手もそれを踏襲していたが、ウマ娘では流石に十字を切るのはアレなのか投げキッスだけになっている。