登録日:2023/12/25 Mon 00:00:14
更新日:2024/04/26 Fri 07:55:33
所要時間:約 18 分で読めます
世紀のドラマティック・ミュージカル、開幕!
奪われた“願い”を、取り戻せ───
概要
『ウィッシュ』(原題:WISH)は、2023年11月22日より公開された映画で、
ウォルト・ディズニー社創設100周年記念作品。
日本では2023年12月15日に公開。
監督はクリス・バックとファウン・ヴィーラスンソーン。脚本はジェニファー・リー。
それぞれが最大級のヒット作となった『
アナと雪の女王』の監督、ストーリーボード・アーティスト、脚本(監督と兼任)という盤石の面子が揃えられた。
また、12月19日からは『
劇場版 SPY×FAMILY CODE:White』とのコラボ企画も発表されている。
100年の集大成となる本作のテーマは、ディズニーが長きにわたり一貫して描き続けてきた“願いの力”。
バック曰く、この物語は願い事の意味についての物語だという。
願い事をしてバースデーケーキのろうそくを吹き消す時、みんな『内緒だよ!』と言います。
でも僕たちは願い事を周りの人に伝えるべきだと思うんです。
きっと正しい方向に導いて助けてくれる人がいます。
僕自身の人生で言うと、ディズニーで働きたいとずっと思っていて、高校生の時にみんなにそれを伝えました。
すると友達の父親がディズニーランドで働いていて、『スタジオの面接なら紹介してあげるよ、エリック・ラーソンを知っているんだ』と言ってくれたんです。
僕は面接を受けることができ、カルアーツに入学することになりました。
だから自分の願いを大きな声で叫んで、何を望んでいるかみんなに知らせましょう。
また本作は記念作品だけあって、エンドロール後に至るまで歴代作品のオマージュにあふれている。
バックによると、オマージュは100個以上あるとのこと。
映像もまた、CGと水彩画を思わせる手書き風のタッチを融合させた、どこか懐かしさを感じさせるスタイルとなっている。
同時上映は『ワンス・アポン・ア・スタジオ 100年の思い出』(原題:Once Upon a Studio)。
歴代作品543体のキャラクターたちが大集合して記念撮影をするという、大変豪華な短編である。
70年に渡ってディズニーに務めた伝説のアニメーター、バーニー・マッティンソンが登場するOPの時点で、涙したファンは多いはず。
そしてキャラクターごとの小ネタやセリフ、演出の数々はこれ以上ないほどマッチしており、観る者を感動させることだろう。
また、作品そのものはDisney+で先行配信されたが、あちらは字幕版のみで、吹き替え版は劇場公開版で初解禁された。
芸能人・プロ声優を問わずに可能な限りオリジナルキャストを起用しているが、故人・引退している声優が担当していたキャラに関しては代役またはライブラリ出演となっている。
あらすじ
地中海の島国ロサス王国。
そこは「どんな夢も叶う」と言われる魔法の国だった。
17歳の少女アーシャの夢は、「祖父の夢が叶うこと」。
彼女はこの国を治める偉大な魔術師、マグニフィコ王の弟子になるための面接を受けることになった。
しかしそこで、願いの選別が行われて多くの願いが叶わないという事実を告げられる。
その後アーシャは、12歳の時に亡くなった哲学者の父から「星が私たちを導き励ましてくれる」と教わったことを思い出し、夜空の星に願いを捧げる。
「ロサス王国の人たちが、自分の意思で願いを叶えられますように」と。
すると……空から国を包むほどのまばゆい光と共に、強大な魔法の力を持つ願い星“スター”が舞い降りてきた。
かくして大きな力を手にしたアーシャは仲間たちと共に、民衆の願いを王から取り戻すための戦いに身を投じるのであった……
ロサス王国について
イベリア半島沖に浮かぶ島に建国された、どんな願いも叶うと言われる島国。
島の東側は都市部、西側は森林地帯、北部は山岳地帯で構成されている。
「最初のおとぎ話」というコンセプト上、時代背景は13世紀ごろに設定されており、建築にはロマネスク式やムデハル様式が取り入れられている。
様々な文化が交差するその場所柄もあって、各国から願いを叶えるために人々が集まる移民国家でもあり、観光業も盛んなようである。
さらに小説版によると、アーシャの一家が大黒柱の父を亡くした時も生活に困らないようにしてくれたとのことなので、社会保障も手厚いことが窺える。
しかし作中では執政官や大臣、武官らしき人物が登場せず、実質マグニフィコ王が全てを請け負っていたものと思われる。
国民は18歳になるとマグニフィコ王に自らの願いを捧げる「願いの儀式」を受け、その見返りに毎月一人が願いを叶えてもらえるというシステムがある。
願いを捧げるとその内容を忘れ、多少喪失感は感じるものの心は軽やかになり、国民はいつか必ず王が叶えてくれると信じている。
逆に言えば、夢を叶えるために努力する機会を奪っているとも取れる。
もっとも王曰く、
「この国に来る者は皆、困難や不公平に阻まれて自力で願いを叶えられなかった者たち」らしいが。
登場人物
(CVは原語版/吹き替え版)
CV:アリアナ・デボーズ/生田絵梨花
ロサス王国の観光ガイドを務める17歳の少女で、二ヶ月後に誕生日を控えている。
王の弟子になるための面接を受けた際、王から100歳の誕生日を迎えた祖父の願いを叶えてもらえないばかりか、国民全員の願いを選別しているという事実を知らされる。
叶える気がないなら本人に返すべきと訴えるが相手にされず、当然面接は不合格。
深く失望した彼女は、この事実を家族に伝えるが信じてもらえず、星に願いをかけた所、突如“スター”が降臨。
“スター”を味方につけたアーシャは家族や国民の願いを取り戻すための活動を始めるが、王から反乱分子と見なされ家族を孤島に逃がすのだった……
このように、家族思いかつリーダーシップ溢れるキャラクターとなっており、ダリアからは「優しすぎる所が欠点」と言われている。
実際、彼女の願いは「祖父の願いが叶うこと」で、それ以前は「父の病が治ること」。
自分のための願いと呼べるものが見当たらないという、非常に利他的なキャラと言える。
だけど面接で彼女がやったことは「為政者に取り入って自分の親族の便宜を図る」ことなので、そりゃ落とされるのも無理ないだろう……
初期案ではレジスタンスのリーダーという設定だった。
ロサス王国の国王。
若くして家族や国を失い、そこから独学で各国の魔法を極めた上、たった一代で誰もが安全に暮らせる理想郷のような国を築き上げたという、類まれなる傑物。
毎月誰かの願いを叶えてくれることから国民から慕われる名君であるが、国政が上手く行っている事や名君と慕われて長いからか、やや傲慢、ナルシストな面がある。
願いを叶えると書いたが、それは無害だったり国益になるような願いしか叶えず、大多数の願いは叶えられることのないまま保管されている。
なお、願いを預けた際に相手の記憶からその願いも消える。
これは、他者や国に害を成す危険な思想を封じて反乱分子を生まないという国の運営上のシステムであると同時に、叶わないような願いを差しだせば、それに心を煩わされなくなるという、彼なりの気づかいでもある。
その一方で、自身の願いを失ったことで無気力になった人がいるなど、問題点も見受けられる。
「願いは心の中の一番美しい部分」と考えるアーシャを突っぱねたことが運の尽き。
さらに彼女の願いに応えて強大な力を持つ“スター”が降臨したことにより、自分の立場が脅かされることを悟る。
手持ちの文献に“スター”について記載されてなかったことに焦るあまり、ついに禁じられた闇の魔法の書に手を出し
闇堕ち。
「禁じられた書に一度身をゆだねたら、永遠にその力に屈することになる」
書に記された言葉通りに暴君と化してしまった王は、国民の願いを破壊しそのエネルギーを利用し、“スター”を利用するための魔法の杖を作り出したのだった……
吹き替えの福山雅治曰く、
マグニフィコ王は、過剰な正義によって悪に転じてしまった悲劇の王です。
今回演じる上で大切にしたのは、彼が自身の悲しみをどれだけ自覚しているのか、そのバランスをどう取るかでした。
人間は誰しも表と裏の面を持っています。
その裏の部分をどう表現するか、シーンごとにその塩梅を調整することに注意を払いました。
私が「彼の気持ちがよくわかる」と言えば、「福山は暴君だ」と思われるかもしれませんが、仕事の現場では時と場合によってそういう側面もあるかもしれません(笑)
彼の悲劇が、何かの教訓となることを願って演じました。
今現在、映画を作ること、観ることができるのは、戦争がない平和な国だという証です。
今作が世界にとってその証になることを願っています。
仲間たちとの願い解放作戦の中、アーシャは王を森におびき出すが、正体は魔法で変装したサイモンだった。王にはバレバレだったのだ。
アーシャが駆けつけたのもむなしく、その間城に隠れていた王によって“スター”は杖の中に取り込まれてしまう。
こうしてアーシャも国民も、邪悪な魔法の力に囚われ万事休す……
と思われたが、アーシャは諦めず、自らを鼓舞するかのように歌い始める。
続いてダリア、王妃、ヴァレンティノが次々とそれに応え……やがて国民全員が歌いだし、その願いの力は邪悪な力を圧倒。
願いは王に取り込まれた分も解放され人々の元に還り、“スター”は杖から脱出。逆に王は杖の鏡になっている部分に取り込まれた。
そして新たな為政者となった王妃によって、地下牢の壁に飾られることになったのであった。
アーシャの強い願いの力に応えて降臨した願い星。
不思議な力を持ち、まき散らす光の粉を浴びた動植物は喋れるようになる。
気まぐれで口は利けないものの、とても表情豊かで毛糸が大好き。
人々の願いを取り戻すことを盗みではないかと躊躇するアーシャに、願いは元々王のものではないと後押しする。
動物たち曰く、「この世界の生き物は皆、星でできているスターで心の中に星を持っているので、全て結びついている」。
そのため、“スター”の力が生き物全てに影響するのだという。
あくまで願いを叶えようと努力する者を後押しする存在であるが、ぶっちゃけ大抵のピンチを乗り切れるほどのチート。
表情は
ミッキーマウスをモデルに作られている。
また、初期案では人間の少年の姿や、様々な動物や物の姿になれる存在として描かれていた。
アーシャの相棒の黄色い服を着た子山羊で、生後3ヶ月。
“スター”の力で喋れるようになるが、なぜか
低音ボイス。
彼の夢は、「
全ての哺乳類が服を着ているユートピアができること」。
ヴィーラスンソーンによると、クライミングが大好きな一方あまり得意でなく落ち続けるが、その度に学びがあると前進するキャラクターなのだという。
吹き替えを担当した山寺宏一は『
アラジン』のジーニーなど数々のディズニー作品で吹き替えを務めている。
CV:ヴィクター・ガーバー/鹿賀丈史
アーシャの祖父で、100歳の誕生日を迎えている。
イベリア半島出身で、彼女からは「サバ」と呼ばれているが、これはヘブライ語で「おじいちゃん」という意味である。
彼が王に預けた願いは「若者の心を動かす音楽を演奏すること」だが、ガーボからは「いつまでも待っているだけ」と評されている。
その願いは反乱分子の芽になりうるという理由で叶えられないままでいたが、アーシャの手によって取り戻される。
実際アーシャが歌の力で仲間や民衆を蜂起させたことを考えると、王の危惧は正しかったと言える。
CV:ナターシャ・ロスウェル/恒松あゆみ
アーシャの母で北アフリカ出身。
娘には選んだ道を進んでほしいと思っているが、王に反感を抱いた姿を見て心配でたまらなくなる。
その後娘がサビーノの願いを取り戻したことで王に家まで押しかけられ、願いを破壊されてしまう。
CV:アンジェリーク・カブラル/檀れい
ロサス王国のファーストレディ。
王と共にロサス王国を築き上げ、「民を思いやる優しさがロサスの美点」という理想を掲げている。
また、アーシャのことを「この国と国民をどんなに愛しているかも、私にはよく分かります」と気に入っている。
しかし“スター”降臨がきっかけで暴走していく王を止められず、ついに彼を見限りアーシャ側につく。
小説版によると、書斎にある文献にはすべて目を通しており、簡単な呪文なら拘束できるらしい。
企画段階ではこちらもヴィランとして構想されていた。
アート・キャラクターディレクターのビル・シュワブ曰く、二人は有力な犯罪一家の出身で、ドラマ『ザ・ソプラノズ』のように国を統治するキャラだったという。
7人のティーンズ
アーシャの友人たち。
『
白雪姫』の7人の小人のオマージュキャラであり、イニシャルや性格、衣装の色を共有している。
CV:ジェニファー久御山/大平あひる
アーシャの一番の親友で、16歳。
脚に障害を持ちつつも、お城ではパンやクッキー作りを担当している。
友人たちの中ではリーダー格で、冷静で頼りになる性格。
アーシャに面接のアドバイスをしたり、王の書斎に侵入する方法を教える。
パンフレットによると、脳血管性障害を患っており、王に思春期らしい片思いをしているらしい。
対応する小人は「先生(Doc)」。
城で働く仲間たちの中では最年少の13歳で、最も小柄。
疑り深く、皮肉屋のリアリストだが根は優しく、機転が利く。
対応する小人は「おこりんぼ(Grumpy)」。
内気でおとなしい15歳の少女。
存在感が薄く、いつもどこからともなく現れて周囲を驚かせる。
実は隠れ家を持っており、これが指名手配された仲間たちを助けることになる。
対応する小人は「てれすけ(Bashful)」。
CV:ニコ・ヴァーガス/青野紗穂
いつもニコニコ笑顔の黒人少女。15歳。
楽天的な性格で、どんな状況でも小さな喜びを見出すことができる。
対応する小人は「ごきげん(Happy)」。
CV:ラミー・ユセフ/岡本信彦
巻き毛でひょろっとした体格の少年。14歳。
重度のアレルギー体質で何にでも反応を出すため、いつもくしゃみをしている。
対応する小人は「くしゃみ(Sneezy)」。
CV:ジョン・ルドニツスキー/宮里駿
ブロンドで背の高い少年。14歳。
気は優しいがおっちょこちょいで、サフィのくしゃみがかかったクッキーをうっかり食べてしまうほど。
“スター”について「フェアリー・ゴッドマザーみたい」と評した。
対応する小人は「おとぼけ(Dopey)」。
CV:エヴァン・ピーターズ/落合福嗣
がっしりした体格で眠たげな目つきの少年。
メンバー最年長の18歳で、すでに「願いの儀式」を受けている。
が、それ以降無気力になり、ガーボから「つまんない奴になっちまった」と言われている。
対応する小人は「ねぼすけ(Sleepy)」。
事件発生後、自身の夢を叶えるためにアーシャや仲間たちを裏切り、王に密告していた。
捧げていた願いの内容は「最も勇気ある忠実な騎士になること」。この行動を考えるとあまりにも皮肉な内容である。
その通りに願いを叶えてもらうものの洗脳され、手駒になり果ててしまうのだった……
事件解決後は洗脳が解け、アーシャや仲間たちに謝罪し許されている。
ガーボ「イケメンは信用しちゃダメだな」
オマージュの数々
- OPは絵本を開く映像から始まるが、これは『白雪姫』や『シンデレラ』、『眠れる森の美女』といった初期作品のオマージュ。
- マグニフィコ王は序盤からヴィランであることが明かされているが、これも初期作品のオマージュ。
- 国民の中にドレス職人になりたい人がいたが、その願いに『眠れる森の美女』のオーロラ姫のドレスが映っている。
- アーシャが願いの樹の上で風に髪をたなびかせるシーンは、『ポカホンタス』のオマージュ。
- “スター”と出会った井戸は、『白雪姫』の願いの井戸が元ネタ。
- ディズニー作品にはよく喋る動物が出てくるが、本作も喋る動物が多数登場する。
また、鹿は「バンビ」、熊は「ジョー」と名前がついているが、前者は言わずもがな、後者は『ロビン・フッド』のリトル・ジョンが元ネタ。
- 王の書斎に侵入する際、“スター”は誤ってミッキーの絵を描いてしまう。
- 侵入後、アーシャが願いの間に入るためにロックを解こうとする動きは、『ファンタジア』の「魔法使いの弟子」のミッキーを意識したもの。
- 「無礼者たちへ」の場面では、『美女と野獣』などの引用がある。
- 書斎から秘密の部屋に続く螺旋階段は、『白雪姫』を意識している。
- 王妃の元にアーシャの伝言を届けたネズミは、『シンデレラ』のジャックとガスを意識したもの。
- 王によって破壊された三つの願いの中身はそれぞれ、『ピーター・パン』、『メリー・ポピンズ』、『リトル・マーメイド』を意識したものである。
- 逃亡中のアーシャは『シンデレラ』のフェアリー・ゴッドマザーのような衣装を着ており、“スター”から魔法の杖を授けられる。
そしてラストでは後のフェアリー・ゴッドマザーになることが示唆されている。
- 願いを解放する場面で登場した空飛ぶ本は、『王様の剣』が元ネタ。また、ここでの叫び声は『ターザン』が由来。
- 闇墜ちした王が操る魔法の茨は、『眠れる森の美女』イメージ。
- 王の末路は『アラジン』のジャファーを意識したもの。鏡で自分の姿を見るのが好きというナルシストぶりは『白雪姫』の女王が由来だが。
- 日本語吹替版では、スターの魔法により言葉を話せるようになった動物たちの声を過去作で声を担当した歴代声優陣が担当している。
- エンドロールでは歴代作品のキャラクターが星座のようになっており、『ベイマックス』からはカイジンという具合に意外な人選も。
一方でハブられる『ラテン・アメリカの旅』や『3人の騎士』、『ビアンカの大冒険』や『コルドロン』、『ルイスと未来泥棒』……
- エンドロール後は、サビーノがディズニーを象徴する名曲「星に願いを」を演奏するところで幕を下ろす。
その他にも色々隠れているので、頑張って探してみよう!
追記・修正は、願いを解放してからお願いします。
……さて、本作は前述した通り、ウォルト・ディズニー社創設100周年記念作品である。
それだけに、製作費はおよそ2億ドルと言われている。
ディズニー社の期待を一身に受けて世に出されたこの記念作品の、アメリカ国内での興行成績はと言うと……
オープニング週末 第3位
初週5日間の興行収入 約3160万ドル
……これだけの大看板を背負った作品がオープニング週末で1位を取れないばかりか、まさかの3位。
しかも公開された時期は感謝祭シーズンで稼ぎ時であり、初週5日間で4500万ドルから5000万ドルを稼ぐと予測されていたことを考えると、いかに期待を裏切ったかがよく分かる。
参考に、同じ感謝祭シーズン公開かつ、コロナ禍真っただ中というハンデを背負っていた『
ミラベルと魔法だらけの家』は約4000万ドル。余裕で負けている。
映画の興行収入は映画館と折半になるため、製作費の倍は稼がないとそれの回収すらできない。ましてやかかった広告宣伝費や、海外での上映はスタジオの取り分が減ることを考えると……
作品自体が賛否両論なのに加え、日本の『
ゴジラ-1.0』や『君たちはどう生きるか』が、脚本家・俳優組合のストライキなどで冷え込んだあちらで快進撃を続けたことから、本作は話題にすら上らなくなっていった。
映画館での公開からDisney+での配信のスパンが短めの傾向にあるのも、興収への影響に拍車をかけてしまったという見方も強い。
こうして2023年に公開されたディズニー系列の映画は、『
ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3』以外
全て赤字という、惨憺たる結果に終わってしまったのだった。
アメリカ以外の世界各国の殆どでも興収が振るわなかった一方で、日本では海外と異なり「ディズニー100周年」をメインにしたプロモーションを実施した事もあり、初週興収は約6億円を記録し、先進国の中では唯一ヒットした状況になっている。特に日本では観客動員数の大半が女性を占めていることも他国にはない特徴となっている。
脚本についても問題点が指摘されており、以下はよく挙げられる部分である。
本作のテーマは「願いは人任せではなく、自力で叶えよう」。
なのだが……
- マグニフィコ王:独学で魔法を極め一代で理想郷のような国を建国した。
- アーシャ:偶然やってきた“スター”という特殊な力を持つ存在を味方につけて王を倒した。しかもその力には代償も制約もない。
と、
皮肉にもヴィランの方が作品のテーマを体現してしまっている。
「願いを
望まない形で叶えていた、あるいは都合のいいように改竄していた」などの形でディストピア感を強調していれば、まだ評価されていたのかもしれない。
また、他の国民も、抽選なので叶わない可能性があると認識している人もおり(そもそも観光客にすらそれらや叶うまで忘れる部分は公開されている)、概ね願いのシステムを受け入れた上で幸せに暮らしていた。
無害だったり国益になる願いしか叶えてもらえないことは知らされてなかったが、叶わない可能性は考慮されているし、忘却も説明されていて、願いもランダムや根こそぎではなく自分で考えた任意のものを差し出す以上、あとは自己判断である様に見える。
特に願いを叶えて貰えてもらえないアーシャの祖父は「王がそう判断したのだから、きっと自分の願いは良くないものだったのだ」と叶うことを諦めて受け入れてしまっている。
そのため、王に疑問をぶつけたり終盤で蜂起する展開も説得力が薄く手のひら返しと言われがち。
与えられることに慣れすぎた国民が増長した様に見えてしまう。
国家システムからすれば「願い=税金」のような取り扱い注意だが必要不可欠なものみたいなので、劇中の裏切り者であるサイモンのように「自分の願いを優先して叶えてもらおう」とする不正が横行していたことを証明するもう少し分かりやすい太鼓持ちキャラが必要だったという声も。
作劇的な役割で観た場合、ストーリーでの重要性が薄いキャラが多い。
特に7人の小人がモチーフである友人たちは、オマージュ前提でデザインされたためか、個性こそあれど使いこなしきれてない部分も少なくない。
主人公のアーシャですら、亡き父親とのエピソードなど掘り下げられそうな要素はあるのに、サラッと触れる程度で終わっている。
ヴァレンティノも“スター”とマスコット枠が被っており、バジーマの隠れ家のルートを見つけたこと以外、作劇上の役割が殆どない。
なお、“スター”に何にでも変身できて喋れるという設定があった頃の没エピソードには、ヴァレンティノが喋れることを活かして“スター”になりすますというものがあった。
こうした“スター”の設定がなくなったため、ヴァレンティノの役目も薄くなってしまったと思われる。
まず、ミュージカルは基本的に曲を通して演技がなされるものであり、感情を抑えきれないから歌にする主旨の演出である。
しかし、曲が始まるタイミングもおかしければ、役者の方も歌を通して演技をする意識が薄くただ歌っているだけ、という指摘が多い。
これに関しては本作の前に発表された実写版リトル・マーメイド等でも多く寄せられていたが…
そして原語版においてとりわけ批判が多いのは歌詞のセンス。
例えば「無礼者たちへ」には「I let you live hеre for free.And I don't even charge you rent.(無料で住ませてやる。この城に。家賃はとらないし)」という歌詞がある。
このように、韻を踏んでる訳でもなく同じ表現を繰り返す珍妙なものも見られる。
後述の人材不足であるという内幕もあって、「作詞家が捉まらずにAIに作詞させたのでは?」と邪推すらされている。
なお、和訳版においてはこうした指摘はほぼ見られない。上記の歌詞にしても和訳版では次の通り。
和訳版「私の城においで。もちろんタダでいい」
翻訳家の工夫のみならず、ミュージカルとしても吹替役者の演技力でカバーされており、違和感が大分緩和されている。
本作の舞台とされる13世紀は、
十字軍にモンゴル帝国の襲来、イベリア半島ではレコンキスタ、さらにはオスマン帝国とマンコ・カパック率いるクスコ王国の成立と言った、世界各地が戦乱の激動の状態なのだが、
ロサス王国は戦争の防衛の描写すらなく平和で国民は皆楽しんで暮らしていた。
さらに外の世界がそうであるならほぼ成り立つはずのない観光業すら盛ん。
13世紀当時の寿命は、どの世界でもだいたい25歳前後であった中で、アーシャの祖父も100歳になるまで健康的に生きており、障害のあるダリアも平等に働けるほど社会保障、福祉が充実している。
国民はほぼ全員最低でも読み書きなどが出来る教育が施されている様子であり、高度な教育環境が維持されている。識字率1割未満が当たり前の中で脅威の数字である。
また、ダリアの作るクッキーにはアイシングが施されており、13世紀当時大変な貴重品である砂糖を大量に保有でき、グラニュー糖などの精製糖を作る技術さえ持っていたことになる。
そもそも当時黒人は大抵奴隷の対象であった事を考えると…すげぇわこの王。
これらの描写の整合性をとるとするならマグニフィコ王の政治や外交手腕は、チンギス・カンやオスマン1世、マンコ・カパック、果てはローマやカペー朝と言ったヨーロッパの諸王が
裸足で逃げ出すレベルで優れていることになり、アルカディアでは生ぬるい理想郷を一代で作り上げた名君と言う事になる。
ゆえに後述のヴィランとしての扱いに疑問が浮かぶ。そのマグニフィコを失った楽園ロサスの今後がどうなるかは……。
作中でヴィランとして扱われ、最も深く内面やバックボーンの描写がなされたと言っても過言ではないマグニフィコ王。
彼のしたことは「思想の統制や可能性の剥奪」で確かに悪なのだが、一方で上述の様に優れた政治を行い、一代で平和で安全な国を築き上げた単純な悪とは言えない存在である。
その思想の統制にしても、アーシャが便宜を図ってくださいと普通に言えていることから「任意提出の願いの忘却」以外での言論弾圧や思想矯正なども特に行われていない様子。
元々の性格も傲慢、ナルシスト気味な面はあるが、人の話を聞かない訳でもない。
また、小説版では父親のいないアーシャ一家を支援してくれたことが祖父の口から語れている。
しかも闇堕ちするまでは集めた願いを壊されない様に保護していた上、本人曰く休日の趣味はボランティアで、住む家のない人をタダで城に住まわせていた。
さらに小説版では、自分の家族や故郷が失われようとしている時に“スター”に助けてもらえなかったことを示唆する発言もある。
と、様々な功績を顧みられることもなくただ一方的に断罪されて罵倒される結末には救いが欲しかったとの意見も多い。
周囲の手のひら返しぶりを見たら、そりゃ「無礼者」とか「恩知らずめ」と毒づきたくもなるだろう……
視聴者によって意見は分かれるだろうが、日本でのプロモーションで言われるディズニー史上最恐のヴィランなんて二つ名を与えられるようなキャラクターかは疑問が残る。
なんならディズニー史上最高の賢王の方が納得いくものであるし、何なら日本じゃマグニフィコ王をクローズアップしちゃってるし。
たしかに闇の魔法に手を出した後に他者の願いを私利私欲に使った所はヴィランと言えるが、それは闇の魔法に囚われ人格が歪んだためで王本人の性格である様には描写されていない。
闇の魔法に手を出したのも、未知の存在への恐れと築いた国や家族を失うかもという恐れからであり、悪役というには疑問が浮かぶ。
そもそもそのきっかけになったのは他でもないアーシャである。
叶えなかった願いの代表であるアーシャの祖父の件も上述の通り結果的に国を崩壊させたため、分かっている範疇ではそうおかしな判別もしていない。
また国王は強い責任感で国家運営して障害のある人でも満足な暮らしができるほど国民を守護していたが、対するアーシャは私情で革命を煽りに煽ったあと明らかに
その後のかじ取りなどは行っていないため、(運営能力の有無はともかくとして)流石に無責任過ぎるのでは?という声もある。
過去のディズニーヴィランズでは、大衆から人気があるが傲慢という点で
コミカルバカことガストンと部分的に似てはいる。
が、ガストンは最初から相手の気持ちを考えずに結婚しようとする、命乞いをして相手が戦意をなくしたところを攻撃する卑劣さなどの悪役面がしっかり描かれている。
また、パンフレットには「本来は王妃もまたヴィランとしての参謀役であり、王を誘導する真の黒幕だった……が、製作途中で路線変更して善玉に変えた」と言う記述がある。
作中終盤に闇に囚われた王を愛で救って美しく終わる…なんて事はなく、王の封じられた鏡を地下室に飾る様に指示するという、
それまで王を愛し支えていた伴侶とは思えない振る舞いがあり、これには「王を見捨てて権力に走った悪女と化した」などと言う批判意見が国内外で散見されたが、
これに関しては軌道修正の迷走が原因であることが窺い知れる。
まあ当初の予定通りに作っても「悪の夫婦」ではイルミネーション・エンターテインメント製作の『ミニオンズ』のオーバーキル夫妻と被ると言う問題があり厳しい評価は避けられなかったと思うが。
映画作中での描写ではないが併記。
本作は公式サイト内にて「これまでディズニー作品の主人公たちは強く願う力で道を切り開いてきたが、本作はそんなどの作品の世界より前から存在するファンタジーの世界、どんな“願い”も叶うと言われている “ロサス王国”を舞台にした物語」と紹介されている。
これが現行のディズニーにおける公式設定であるかは不明だが、仮にもしそうであった場合またおかしな話になってしまう。
何しろ過去作のディズニー映画には、
白亜紀後期の恐竜時代が舞台のダイナソー、
ギリシャ神話(どれだけ時代を新しく見積もっても紀元前4000年から3000年ほど)の物語であるヘラクレスなど、単純な時代設定で言えば13世紀の地中海が舞台とされるウィッシュより遥かに昔の物が少なくないのだ。
当然この記述が突っ込まれない筈は無く、ネット上では
「ウィッシュの後に一度人類が滅んで世界史がリセットされ、再び恐竜が繁栄する」「人類が再び誕生しなかった世界線では知性を与えられた動物が文明を築き、ズートピアに分岐する」なとといった辻褄合わせのための珍説が(冗談と皮肉半分で)生まれてしまう事となった。
そして本作に携わったアニメーターの一人であるテイラー・ゲスラー・ラニングは、「ディズニーは実写版『リトル・マーメイド』以前からほぼ死に体だった」と激白。
製作事情に大きなトラブルを抱えていたことを示唆した。
一方で彼女は、「否定的な評価の数々は、ディズニーが長編アニメにおいて新しいアイデアに焦点を当てる必要性を強調している」「リスクを負う覚悟があれば復活できる」との考えを示しているが……
追記・修正は、自力で願いを叶えてからお願いします。
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最終更新:2024年04月26日 07:55