ふたば系ゆっくりいじめSS@ WIKIミラー
anko2378 夜桜の下で(後編)2/2
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『夜桜の下で(後編)2/2』 31KB
愛情 不運 仲違い 同族殺し 群れ 捕食種 希少種 自然界 独自設定 完結編 以下:余白
『夜桜の下で(後編)2/2』
*『夜桜の下で(後編)1/2』の続きです
ゆかりがまだ子ゆっくりだった頃。その聡明な頭脳と先見の目で見据えたかつてゆかりが暮らしていた群れは、徐々に衰退の
一途をたどっていた。増えすぎたゆっくり。枯渇していく食糧。目前に迫る冬。あの頃のゆかりがどれだけ必死になって考えて
も群れが助かる方法を導き出すことができなかった。ゆかりは子ゆっくりの立場でありながら、毎日群れのゆっくりたちに自分
の考えを説いて聞かせたが、その話に心を傾けるゆっくりはただの一匹もいない。それどころか、いつもの台詞を吐き散らして
ゆかりを攻撃するゆっくりさえもいた。
ゆかりは自分の出生を知らない。初めて目を覚ましたときはみょんとぱちゅりーが二匹で暮らす巣穴の中にいた。子供たちも
無事に独り立ちした後の二匹は森で倒れていたゆかりを我が子のように育ててくれたのである。ゆかりは二匹を本当の両親のよ
うに思って過ごしてきた。どちらも自分と似ていないから、二匹が本当の両親でないことは気が付いていたのだ。その最愛の両
親。みょんとぱちゅりーでさえ、ゆかりの意見を聞き入れなかった。誰も自分の話を聞いてくれない。まだ三カ月も生きていな
い子ゆっくりの戯言など群れの成体ゆっくりにとって無意味なものとしか捉えられなかった。根拠のない意見は受け入れられる
ことはないのだ。
優しかった両親が変貌した。ゆかりが変なことを口走るせいで、自分たちまでとばっちりを受けていじめられるのだ、と。ゆ
かりは巣穴を、群れを、追い出された。生後三カ月にも満たないゆかりが自然の中に放り出されたのである。死への恐怖よりも、
寂しいという感情のほうが強かった。ゆっくりであればこそ、だ。だから、ゆかりは群れが見渡せる場所に茂っていた草木の隙
間に隠れて跳ね回るゆっくりたちを遠くから眺めた。それだけで、幾分か心が軽くなっていく。ゆっくりは一匹では生きてはい
けない。ゆかりはそれを改めて思い知らされた。
決して狩りが得意ではないゆかり。それもまだ子ゆっくりのゆかり。追放された身であるゆかりに食糧を分け与えてくれるゆ
っくりはいない。また、迂闊に動き回ることもできなかった。一日の大半を不慣れな狩りに費やしてしまえば間違いなく死期を
早める。ゆかりはあんよの下に生えている雑草をブチブチとちぎって口の中に入れた。あまりの美味しくなさに涙目になる。こ
んな惨めな思いをしてでも、ゆかりは群れの仲間を視界に入れていたかった。
やがて訪れた冬。ゆかりは初めて越冬というものを体験した。みょんとぱちゅりーから伝え聞いたものよりも遥かに厳しいも
のだった。そんな事よりも。冬籠りのために巣穴の中に消えてしまったおかげで、仲間を見ることができなくなったことの方が
辛かった。ゆかりは隙間に小さな小さな巣穴を作り、その中にすっぽりと収まることで寒さを凌いでいた。雑草や落ち葉を食べ、
命を繋ぐ。気が付けばゆかりは成体ゆっくりになっていた。
訪れた春。ゆかりは静かに涙を流していた。越冬を無事に終えて、巣穴から出てきたゆっくりの数は半分にも満たなかった。
巣穴の奥でたくさんの仲間が飢え死にした事を思うと悲しくて悲しくて仕方がない。……みょんと、ぱちゅりーの姿も見当たら
なかった。これ以上、この思い出の地に留まることはできそうにない。ゆっくりと群れが滅んでいく様を見ていることはできな
かった。ゆかりが隙間から這い出す。それからゆっくりと決意した。“旅に出よう……”、と。自らの見聞を広め、こんな群れ
のような悲しい結末を生み出さないように説得していく、旅。こうして、ゆかりは旅ゆっくりになった。
最初はゆかりの話を聞くゆっくりは一匹もいなかった。成体ゆっくりになったばかりのゆかりの意見などゆかりよりも長く生
きてきたゆっくりにとっては虚言以外の何物でもなかったのである。あるときは迫害され、あるときは住む場所を追われた。そ
れでもゆかりが今日まで生きてこれたのには“隙間に隠れる能力”があったからに他ならない。中には“ゆっくりできないゆっ
くりはせいっさいっ!してやるよ!!”とゆかりを傷つけようとするものもあった。そして、そうやって冬を越せずに滅んでい
く群れをいくつも見てきたのだ。
ゆかりが過去の経験を基にした話術を身に着けた頃、ようやく一つの群れがゆかりを快く迎えてくれた。ゆかりはそこでこれ
までの自分の体験談を交えた話を“何気なく”語って聞かせ、その年の冬。ゆかりと群れのゆっくりたちは一匹の脱落者もなく
越冬を乗り越え春を迎えた。ゆかりは誰にも悟られることのないよう隙間の中で涙を流した。再会の喜びを分かち合うこと。ゆ
かりは寂しかったのだ。本当の両親の顔を知らず、自分の意見を受け入れてもらえない日々。何度別れても、何度も再会できれ
ば寂しくなくなるのではないだろうか。孤独という名の呪縛を、ゆかりは自らの意思と力で乗り越えてみせたのだ。ゆかりは群
れの参謀になった。
それから少し時が経ち、ゆかりは自分の異変に気が付いた。ゆかりが群れにたどり着いたときに共に過ごしたゆっくりたちは
寿命を迎えて永遠にゆっくりしていくのに、自分にその気配はない。一匹、また一匹と見知った顔がいなくなっていく。ゆかり
は新たな寂しさを感じ始めていた。その解決策が見つからないまま、群れは新しい問題を抱えてしまう。ゆかりのもたらした知
識は確かに群れを豊かにさせた。大きく発展させたはずだ。だが、それ故に群れの中には力を持つ者と持たざる者が現れ始めた。
単純な狩りの力。食糧の貯蔵量がゆっくりたちに格差社会を作り始めていたのだ。ゆかりは戸惑った。群れのゆっくりたちの考
えが理解できない。なぜ、分け合おうとしないのか。なぜ、仲間同士で優劣をつけようとしてしまうのか。日々を幸せに過ごす
ことができればそれでいいのではないだろうか。ゆかりの発展させた群れは、ゆかりにとって最も悲惨な結末を迎えた。仲間同
士での争いによる秩序の崩壊。力ある者が正義の独裁体制。単純な戦闘能力が劣るゆかりにはどうすることもできなかった。ゆ
かりは静かに衰退していく群れを隙間の中から隠れてずっと見ていることしかできない。群れが、築き上げた自分の思い出ごと
消えていく。そのとき、ゆかりは泣きながら静かに笑った。“ゆかりはあの頃と何一つとして変わらないのね。 こうやって滅
んでいく群れを隠れて見ていることしかできない無能なゆっくり……”。自分を責めて溜め息を吐く。
ゆかりにはどうしても解らなかった。どうすれば自分たちは幸せになれるのだろうか、と。更に旅を続けたゆかりは旅先でい
ろんなゆっくりとその群れを見てきた。あえて関わることをせず、隙間から隠れて覗いているだけ。どのゆっくりも幸せそうに
笑っていた。そんなゆっくりたちを見てゆかりは思わず俯いてしまう。“あの幸せが永遠に続けばいいのに、……と願ったりし
ないのかしら”と。それから、新しい考えが芽生えた。いつだったか、見知った群れの仲間が少しずつ消えていくことを体験し
たことがある。あのとき、自分も同じように寿命を迎えて永遠にゆっくりできればいいのに、と考えていた。今の自分の考えと
は正反対だということに気付く。そして、ようやく、ゆかりは自分なりの答えを出した。
――永遠に続く幸せなど、本当の幸せではないのだ、と。
ゆかりは付け焼刃の幸せを与えようとしていただけだったのだ。そして、その理念は他のゆっくりの物とは明らかにかけ離れ
ている。ゆかりは自分こそが“ゆっくりらしくないゆっくりである”ということを思い知ったのだ。それでもゆかりは、同族に
少しでも長く、少しでも豊かに生きてもらいたいと願った。しかし、それは一つの群れを動かすことでは成就できない。なぜな
らば、その行為はゆっくりとして異端の群れを作ってしまうだけの結果にしかならないからだ。その群れは他の群れに受け入れ
られずにいつかは滅びの道をたどるだろう。ゆかりが受け入れられずに、当てもなく森を彷徨う旅ゆっくりになったように。
自分のもたらす知識の危険性。思想の相違。それらすべてが自分を、他者を傷つける可能性を持った諸刃の剣であることに気
がついたのだ。ゆかりは旅の目的を少しだけ変えた。様々な群れに少しだけ関わり、ゆかりが目指す理想の世界を他のゆっくり
にとっても理想だと思ってもらえるような話をしていこう、と。ゆかりはゆっくりが好きだった。仲間と共に在ることが何より
も大好きだった。だが、あえて、ゆかりはそれに反する道を選んだ。
半端な孤独だった。群れに深入りはしない。そんな状況下で特に仲の良いゆっくりができるわけがない。当然、恋人もできる
はずもなく、ゆかりはひたすらに旅を続けた。そして、この群れへとたどり着いたのだ。
茂みの隙間でゆかりがクスクスと力なく笑った。
(もう、なんかいめかしらね……。 すこしずつこわれていくなかまを……むれを、こうやってかくれてみているのは……)
いつか羨望の眼差しを向ける群れのゆっくりたちに聞かせた言葉。“私は隠れる事しか能がない”と言った言葉の真意はゆか
り自身にしか解らないものだったのである。こうなってしまった群れは、ゆかりと言えどももう元の形に戻すことはできない。
それはこれまでに何度も何度も経験してきた。その“経験”がハッキリと答えを教えてくれる。もう、何もかもが手遅れなのだ
と。
「ゆ゛がぁ゛ぁぁ゛ッ??!!!」
ゆかりを探し回るゆっくりたちの何匹かは発病して死んでいくものも多かった。草の上を転げまわり、痛みを紛らわすために
額を木の幹にぶつける。狂ったように泣き叫ぶゆっくりを見ても、群れのゆっくりたちはそれを気にも留めずゆかりの捜索を続
けているようだった。
「じにちゃぐ、に゛ゃ――――ッ?!! ぎゅぴぃっ!??」
「ゆかりぃぃぃぃ!!!! はやくれいむたちを……たすけろぉぉぉぉぉぉッ!!!!」
(……ゆかりをみつけるまで……ゆかりをさがすのをやめることはないみたいね……)
「むっきゅーー!! ゆかりはすきまにかくれているはずよっ! いるかいないかわからなくても、くさむらにとびこんでみた
ほうがいいわっ!!」
「「「ゆっくりりかいしたよっ!!!」」」
(……あんまり、よろしくはないわね)
ここにきてぱちゅりーの覚醒。極限状態に追い詰められたせいか、自分の意見に絶対の自信を持っているせいか、ぱちゅりー
は次々とゆかりを追い詰めるための策を打ち出していった。もちろん、その策を回避するだけの頭脳をゆかりは持っていたが、
いかんせん数が違いすぎる。その上、敵であるゆっくりに触れられただけで死が確定するという余りにも困難な状況。しかし、
なんとしてでも乗り切らなければならない。
何故なら、ゆかりはもう答えを見つけたのだ。ゆっくりすることを優先して滅んでいくのはゆっくりという生き物の真理。そ
れを変えることなどできない。まるで神がゆっくりの繁栄を望んでいないかのような錯覚を起こす。ゆかりはその運命めいた物
を断ち切りたかったのだろうか。ゆっくりが繁栄する世界を望んでいたのだろうか。それは違う。ゆかりは、常に寄り添い共に
生きるゆっくりを求めていた。そして、ゆかりは見つけた。自分と同じように“孤独”を味わい、他のゆっくりと“関わること
ができない”ゆっくり。
(……ゆゆこ。 ゆかりは、ゆゆこのそばにいたい。 ……ずっと、……ずっとよ?)
抑えきれない感情。ゆかりがまた笑みを浮かべる。“私はなんと我儘なゆっくりだろう”と。それから一呼吸置いて考え直す。
“いや、私はやっぱりゆっくりだった。 今も昔も、自分がゆっくりすることばかりを考えている”。ゆかりの描く理想郷。共
に在るゆっくり。それは何のことはない。ゆかりの我儘だ。それを普通だと受け入れてきたゆっくりたちの意見を受け入れよう
としなかった、ゆかりの独りよがり。どちらが正しいのだろうか。ゆかりは、もう考えることをやめた。“長年の経験”で理解
できる。……きっと、いくら考えても答えは出ない。それよりも、今は。
(……このばをやりすごし、かならずいきて、ゆゆこのもとへいく。 そして、ゆゆことふたりでもっともっととおくにたびを
しよう。 ゆゆこといっしょなら……どんなにつらいおもいをしても、かなしいおもいをしても……きっと、へいきなはずだか
ら)
ゆかりが思考回路を一本に絞る。もうあれこれと考えるのは止めにしたのだ。まずは根競べである。確かに現段階でゆかりを
狙うゆっくりの数は圧倒的に多い。身体能力が飛びぬけて高いわけでもないゆかりは、無策で飛び出せばすぐに包囲されてしま
うだろう。ゆかりは凄まじい集中力を持って自身を探し回るゆっくりたちの動きを観察した。更にそこから表情を読み取ってい
く。
(……れいむ、ありす。 それからむこうのありすとちぇん。 あっちのまりさ。 ちびれいむにちびまりさ。 きによりかか
ってぐったりしているぱちゅりー。 そして、ちぇん、れいむ、ありす、まりさ……)
ゆかりが心の中で呟く。それと同時に呟いた名前と顔を完全に記憶し始めた。不意に叫び声を上げるゆっくり。ゆかりがその
ゆっくりを見て静かに目を伏せた。さらに視線だけを縦横無尽に動かし、顔と名前を把握していく。
(……あらかた、まちがいはなさそうね)
悶絶する一匹のまりさにゆかりは氷のような視線を送った。この多勢に無勢の戦いにおいて最も危険なゆっくり。すなわち、
感染者をゆかりはこの短時間で完璧に把握したのである。ゆかりがわざと冷静に自分自身に問う。“ゆかりは、こんなこともで
きたのね?”、と。ゆかりは常に別の何かを考えながら行動してきた。その力の全てを一つの思考に充てたことなど未だかつて
ない。
(かわいそうだけれど。 まずは、ゆかりをさがしまわるゆっくりのかずを……へらさなければいけない)
同時に。それはゆかりに対して一撃死に等しい攻撃を可能とするゆっくりを減らすことにも繋がる。
(あのびょうきがどれぐらいのじかんでえいえんにゆっくりさせてしまうのかわからないけれど……びょうきのゆっくりがぜん
めつしてしまうまで、ここでかくれつづけるじしんがゆかりにはあるわ……)
言い聞かせる。ゆかり自身、分の悪い賭けだとは思っていなかった。事実、一匹、また一匹と発病して悶死していく感染者た
ち。目の前で仲間が死に続けるのを見ていれば、いずれ戦意も薄れていくだろう。
いつのまにか東の空が明るくなってきた。夜通しゆかりを探していた感染者を含めた群れのゆっくりたちが疲弊していく。対
してゆかりは同じ場所に留まり、いつものように雑草を食べ続けることで飢えを満たし体力を温存させていた。これまで同様、
戦況を見つめ、冷静に対応策を考え出すことができる。
「ゆっぎぃぃぃぃっ!!! どぉしてゆかりがみつからないのぉぉぉぉぉッ??!!!」
「ゆかりぃぃ!!! さっさとでてくるのぜっ!!!! すぐでいいのぜっ!!!」
見つかるわけがない。ただでさえ巣穴の前に張られたけっかいっ!でさえ、満足に突破することができないのに、ゆかりの周
囲に展開されたけっかいっ!のみを見破ることなど不可能だ。
「もっちょ……ゆっくち、しちゃかっちゃ……」
「う、うわあああああ!!!! ちびちゃんっ!!! ちびちゃんがぁぁぁぁぁっ!!!!」
「れいむ、うるっさいのぜっ!!! そんなちびのことなんかよりも、さっさとゆかりをみつけるのぜっ!!!!」
「どぼじでぞんな゛ごどい゛う゛の゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ッ!?」
「さっきからうるさいんだねー。 わかってねー。 わかれよー」
(あらあら……もう、なかまわれかしら……)
そんなことを一瞬でも考えてしまったゆかりがハッとした表情で自身をたしなめる。油断はしてはならない。過信と慢心は隙
を生む。時間が経つにつれ疲労と苛立ちが群れのゆっくりたちを蝕み始めた。加えて、感染者はいつ自分が死ぬかわからないと
言う極限に等しいストレスを常に味わっている。持久戦はゆかりにとって全ての展開を上手く回していたのだ。無論、ゆかりも
一晩中全神経を集中して群れ全体の動きと今後の展望を考え続けている以上、疲労が全くないというわけではない。
二度目の夜。感染者たちの数は半分にまで減っていた。あちらこちらに群れのゆっくりの死骸が転がっている。何匹かのゆっ
くりはすーやすーやと寝息を立てていた。それでもまだ何匹かのゆっくりが目を血走らせてゆかりを探して這い回っている。そ
れでも感染者の数はもはや五匹程度。だが、そのときゆかりにとっても想定外の出来事が起こった。
「ゆぼおぉッ?!! あ、ありす……いったい、なにを……っ? ゆ? ゆゆ? ゆぁ……? ゆあぁぁぁぁッ?!!」
「あぶなく……ぱちゅりーにだまされるところだったわ……」
「むきゅうっ??!!!」
「そうだねー。 びょうきにかかったゆっくりがみんな、えいえんにゆっくりしてしまったら……びょうきにかかってないゆっ
くりは、ゆかりをさがすひつようなんてないもんねー……。 だから、こうやってすーやすーやするくらいのよゆうがあるんだ
よー?」
「や、やめてねっ! やめてねっ!! れいむは、ちょっとつかれたからやすんでいただけ……」
「だまるのぜっ!!! まりさたちみたいなびょうきのゆっくりにはやすむこともできないんだぜっ!?」
「ゆ、ゆぎゃあああああ!!!」
新たなる感染者。ゆかりが苦々しげな表情を浮かべる。終わりが見えたかに思えた根競べはまだ続いてしまうようだ。ゆかり
の体力も決して十分と言える状態ではない。
「お、おちびちゃんだけはやめてねっ!!! れいむのおちびちゃんたちには、かがやかしいみらいが……」
「ゆっへっへっ……すーりすーりすーり……っ!!!」
「ゆんやぁぁぁぁ!!!!」
「やめちぇよぉぉぉ!!!!」
「おちびちゃんたちのかがやかしいみらいがああぁぁぁぁぁッ!!???」
(……かがやかしい、みらい……? そんなものは、ないわ。ゆかりたち、ゆっくりが……ゆっくりすることをのぞんでいきる
かぎり、そんなみらいはあるわけがない。 そのばしのぎのしあわせー……でしか、ないはずよ。 ゆかりだって、そう。 ゆ
ゆこといっしょにいきることいがい、そのさきのことなんてなにもかんがえていないわ……)
「ゆっぎぃぃぃぃ!!??? い、いちゃいよぉぉぉぉぉ!!!!!!」
(……?)
感染者に触れられたばかりの赤れいむが突然発狂し始めた。それからは忌々しくも見慣れた光景が繰り返され、後に残された
のはつい数秒前まで赤れいむだったもの。発症、したのだろうか。感染者に触れられて、一分も経過していないと言うのに。親
れいむの方は発症する気配がない。無言で泣きながら赤れいむの死骸に舌を這わせている。瞬間的にゆかりの思考が組み立てら
れていく。親れいむと赤れいむの違い。体当たりをされて感染した親れいむ。無理矢理すーりすーりされて感染した赤れいむ。
(ながく……たくさんふれられたほうが、びょうきでえいえんにゆっくりしてしまうのがはやくなるのかしら……? あるいは、
おとなのれいむと、ちびちゃんのれいむの……ちがいかしらね……?)
「むきゅぅッ!? やめなさいっ! やめなさいっ!! まずはゆかりをみつけるのさきのはずよっ!?」
「ぱちゅりーのいうことをきいて、ゆかりをさがしてたら、びょうきにかかっていたゆっくりはほとんど、えいえんにゆっくり
しちゃったよっ!!!」
「ぱちゅりーも……びょうきにかかれば、ありすたちとおなじようにひっしにゆかりをさがすようになるはずよ……? だから、
ね……?」
「むっきょおおぉぉぉぉッ??!!!!」
ゆかりの記憶が正しければ、これで生き残った群れのゆっくりは全て例の病気に感染した。生き残りのゆっくりたちが必死の
形相でゆかりを探し回る。だが、それでも隙間に隠れたゆかりを見つけることは叶わない。戦況は膠着状態が続き、ついに三日
目の朝を迎えた。
(さすがに……ふーらふーら、してきたわね……)
ゆかりは意識を保つのに必死だった。群れのゆっくりは、ゆかりの予測どおり、全滅した。幼馴染のまりさにせいっさいっ!
されて殺されたありすを除けば、その死因の全てが病死という異常な光景である。ゆかりが真剣な眼差しを眼前の死骸の山へ向
けた。
「……ゆゆこにとっては、これが“ふつう”なのでしょうけれど……」
ゆかりが茂みの隙間からガサガサと這い出す。静かだった。何もかもが終局を迎えたのだ。そして、誰もいなくなった。広場
の中央に佇むのはゆかりただ一匹。ゆかりを追い詰めかけたぱちゅりーの死骸の前にあんよを這わせる。いつもは涙を流して同
族の死を偲んでいたものだが、不思議と一滴の涙も流れない。ゆかりは少しだけ戸惑った。自分を捕まえて殺そうと必死になっ
ていた敵が全滅したことにホッとしているのか。それとも、ゆゆこの事しか頭にないせいで、それ以外のゆっくりの命などどう
でも良くなってしまったのか。いずれにせよ、自分で自分を褒められるような感情ではないと、ゆかりが自虐的に小さく口元を
緩める。くるりと向きを変えて、一呼吸。一刻も早くゆゆこの元へ行きたい。あの三日間の間は気付かなかったが、春の空を桜
が染め上げている。ゆゆこがいた巨木の桜は、どれほどの花を咲かせているだろうか。ゆかりが目を伏せ、思いを馳せる。
「おわったのね……」
「まだ、よ……」
「!?」
ゆかりがあんよを蹴って飛び退くのと、ぱちゅりーが最後の力を振り絞って顔を横に振るのはほとんど同時だった。ぱちゅり
ーの紫色の髪先がゆかりの頬をかすめる。刹那、ゆかりが驚愕の表情を浮かべた。
「む、きゅう……びょうきの……なおし、かた……を…………も、……した、か……た……」
ぱちゅりーが完全に沈黙する。ゆかりは僅かに震えていた。ゆかりの頬をかすめた髪先。今のは、感染したことになるのだろ
うか……。ゆかりが考察した病気の最後の一項目。病気の潜伏期間について。先日のれいむ親子に関して言えば、成体か否か。
触れられた面積と時間が多いか少ないか、で潜伏期間はかなり変わってくる。だが、それ以外の事例まで記憶していない。結局、
ゆかりにも結論を出すことはできなかった。それだけではない。感染したかどうかもわからないということは、この先、ゆかり
は“ゆっくりに触れることができるかどうかさえも分からない”。
(ゆゆ……こ……)
愛しい者の名を呟く。ゆかりが茂みの隙間へと戻り、身を潜める。ゆかりはゆゆこにどんな顔をして会えばいいかわからなか
った。友達になる、と。親友になる、と。ずっと一緒にいる、と。そう言ってあんなにゆゆこを喜ばせたのに、今のゆかりには
ゆゆこと接する方法が一つも思い浮かばない。
「どう……して……ゆかりは、すぐにゆゆこのもとへ……いかなかったの……ッ」
泣き崩れた顔を地面にこすりつけて嗚咽を漏らすゆかり。後悔の念だけが後から後から沸いてくる。ゆかり自身も気づいては
いなかった。死骸の山と化したゆっくりの群れたちを見て、心の隙間に“寂しい”という感情が入り込んだことを。動かなくな
ってしまった、かつての“仲間”に何か声をかけずにはいられなかったのだ。
ゆかりが隙間から空を見上げる。風に巻き上げられた桜の花びらが天空を横切っていく。桜の花びらが視界に入るたび、ゆか
りはゆゆこに逢いたくてたまらなくなった。しかし、ゆかりは決意してしまったのである。自分とゆゆことの出会いを夢物語で
終わらせてしまおうと。ゆかりの推測が正しければ、ゆゆこは必ずこの群れの亡骸の前に現れる。ゆかり自身、いつ病気が発症
して死んでしまうかわからない。しかし、ゆかりはそれを本望とさえ思っていた。今、ゆかりにとって生きる意味はゆゆこの隣
にいることしか在り得ない。だがそれは叶わぬ願いとなった。ならば、せめて。
「ゆゆこ……“こんどこそ”、ゆかりをむーしゃむーしゃするといいわ……」
ゆかりは研究者たちですら気づかなかったゆゆこの“本質”を見抜いた。いつか、ゆゆこがゆかりに聞かせた長い長い話。
ゆゆこにとってゆかりとの出会いは衝撃的だっただろう。なぜなら、ゆかりはゆゆこが初めて見た“生きているゆっくり”だ
ったからである。ゆゆこの狩り。それは一年を通じてたった一度しか行われない。それはゆゆこが“冬眠”から目覚めた春のほ
んの一時の間だけ。ゆゆこは越冬をしないのだ。冬は深い深い眠りにつく。そして、その眠りから覚めた直後だけ他のどのゆっ
くりよりも“優雅な狩り”を行う。ゆゆこは、自分で蝶々を集めているわけではない。ゆゆこが無意識に放つフェロモンに蝶々
が勝手に集まってくるだけだ。そして、ゆっくりにとって天然の爆弾と化した蝶々が春の草原を飛び回る。そこに、ゆゆこの意
思はない。現象自体はゆゆこの能力に他ならないのだが、それはあくまでも自動で行われていることに過ぎないのだ。蝶々と感
染の連携による病気の蔓延スピードは凄まじい。ゆゆこの活動範囲内全てに入るゆっくりがほんの一週間足らずで死滅してしま
うほどに。
ゆゆこは目覚めた瞬間から自動的に狩りの準備が行われており、捕食対象はゆゆこが直接手を下さずともそこら中に落ちてい
るという状況が生み出されるのだ。これがゆゆこの狩りが“優雅な狩り”と言われる由縁であり、ゆゆこが“食糧を得るのに苦
労をしたことがない”と言える理由である。
だが、ゆゆこは常に孤独だった。同族を死骸でしか……食糧と認識した状態でしか知らないのだ。当然、ゆっくりと会話をし
たことなどない。ただ独りの冬眠。それから目覚めても自動的に周囲のゆっくりは狩り尽くされてしまう。死臭漂うその一帯に
別のゆっくりは寄り付かない。ゆゆこはずっと一匹で同族の死骸を租借する。それが、自分と同じゆっくりであることさえも理
解できないままに。
それは、ゆかりがこれまで味わってきた孤独よりも遥かに深い孤独であったことだろう。ゆゆこはゆゆこ以外に、ゆゆことい
う存在を認識してくれるゆっくりがいないのだ。初めてゆゆこのこの話を聞いたとき、ゆかりは自分が感じてきた苦悩や辛さが
どれほどちっぽけなものであったかを思い知らされた。ゆかりが、孤独を嫌うゆっくりであったからかも知れない。否。孤独を
望むゆっくりなどいないのだ。
ゆかりは自分が譲歩すればいくらでも他のゆっくりとゆっくりすることができた。しかし、ゆゆこは違う。ゆゆこがどれだけ
他のゆっくりとゆっくりすることを望もうが、それは叶わぬ夢でしかない。だが、ゆかりはゆゆこの“優雅な狩り”をいち早く
見抜き、“姿なき捕食種”であるはずのゆゆこの元までたどり着いた。だから、ゆゆこは嬉しさのあまりに開口一番、ゆかりと
友達になりたい、と告げたのだ。
(ゆかりは……もう、ゆゆこにはあえない。 ゆゆこのかなしむかおなんてみたくないわ。 まして、ゆゆこにそんなかおをさ
せてしまうのが、ゆかりだなんて……ゆかりにはたえられない)
ゆかりが視線を群れのゆっくりの死骸へと移す。自分も、もうすぐあの仲間入りを果たすのだ。そして、ゆゆこによって食べ
られる。ゆかりにとって、ゆゆこに対してできることはもうこれぐらいしか残されていなかったのである。
「ほんとうに……ゆかり、は……っ。 ひっく……わが……ままな、ゆぐっ……ゆっくりね……」
悲しくて、寂しくて、恋しくて、切なくて、情けなくて、涙を抑えようとしてもボロボロと溢れてくる。ゆゆこの笑顔を思い
出すたびに感情が掻き乱される。ゆかりが泣きながら呟く。
「こわいわ……。 すごく……こわい……」
死ぬことが、だろうか。それは違う。ゆゆこの笑顔を思い出すことができなくなるのが、怖いのだ。
「ゆゆこ……っ! あいたい……。 ゆかりは、ゆゆこに……あいたいよぅ……っ!!!」
そこには強者の威厳も、識者の風格もありはしない。寂しさに耐えきれず泣くことしかできない、一匹のゆっくりに過ぎなか
った。
やがて、泣きつかれたゆかりは自分の意識が少しずつ薄れていくのを感じた。
ゆかりは、夢を見た。ゆゆこと共に並んで草原を跳ねる自分の姿を。ゆゆこと共に笑い合って静かに日々を過ごす自分の姿を。
ゆゆこと共に存在する全ての可能性を秘めた自分の姿を。夢の中でゆかりは泣き崩れた。どうして、……どうして、自分にとっ
て永久に叶うことのない幻想だけをひたすらに見せ続けるのか。夢の中にしか自分にとっての理想郷が存在しないことを見せつ
けるとは、なんと酷いことをするものか……と。
――ゆかり。 ゆゆこは、ずっと……ゆかりのことをまっているわ。
目を覚ます。既に陽は空高く昇っていた。ゆかりがぼんやりとその光を追っていく。夢の中で、ゆゆこの言葉を聞いたような
気がした。ゆかりが目を伏せる。そのまま、もう一度……深い眠りについた。
ゆかりが病気に感染していたとして、四日目の朝を迎えた。依然として群れのゆっくりの亡骸はそのままだ。それも、その日
の夕方、突然現れた数匹のれみりゃによって完食されてしまった。ゆかりはその様子をぼんやりと眺めていた。
(…………え…………?)
ゆかりが突然、茂みの隙間から這い出した。群れのゆっくりの死骸はもう、ない。では、ゆゆこの食糧はどうなるのか。完全
に閉ざしたはずの思考が再び動き出す。
“ゆゆこは狩りをしない”。なぜなら、狩りは“自動的に行われる”からだ。だが、ゆゆこは食糧の元へ現れなかった。では、
ゆゆこは今、何を食べて生きているのか。ゆかりの頬を一筋、冷や汗が流れた。周囲は薄暗くなってきている。生暖かい風がゆ
かりの頬を撫でた。
「ゆ、ゆ……こ……?」
四、
限界に等しい体力を振り絞ってゆかりがあんよで地面を蹴る。ゆゆこは一体どこで何をしているのか。ゆかりには思い当たる
節があった。
――これからは……ゆかりといっしょにごはんさんをむーしゃむーしゃしましょう。 “ぬけがけをしてはだめ”よ……?
ゆかりがしっているごはんさんをぜんぶゆゆこにおしえてあげるわ。 だから、“あしたもここにおいでなさい”
――ゆっくりりかいしたわ
(そんな……っ!!! そんな……ッ!!! そん、……なっ!!!)
夜風に舞う桜の花びらがゆかりの頬をかすめる。浮かんでは消えるゆゆこの笑顔。消えてしまうのは何故かと自問自答するゆ
かり。思うようにあんよが動かない。呼吸をするのも苦しい。それでも、ゆかりは前へ向かって跳ね続けるしかなかった。
「ゆあっ!?」
あんよを蹴ったつもりが、蹴りきれずに前のめりに転がるゆかり。ゆゆこの顔を白雪のように綺麗だと形容していたゆかりの
頬も美しい。その美しい頬が泥と汗にまみれて黒ずんでいる。転んでしまったときに舌を噛んでしまったらしい。口の中に小さ
な痛みが走る。その痛みがゆかりに再び強い意志をもたらした。
(ゆゆこ……っ! ずっと……ずっと、ゆかりをまっているなんて……そんなこと、ないわよね……ッ?!!)
言い聞かせるゆかり。やがて視界にゆゆこと初めて出会った巨木が映し出される。それが視界に入った瞬間、ゆかりは思わず
立ち止まってしまった。
「ゆぁ……」
満開の桜。薄い雲の切れ間から覗く月の光がまるでスポットライトのように巨木に咲き乱れる薄桃色の桜を照らし出していた。
時折吹き付ける風は巨木の枝葉をざわざわと揺らし、ゆかりに桜の霧雨を降らせている。桜の香りがゆかりを包む。ゆかりは強
張った表情で巨大な桜の木の下へとあんよを這わせた。巨木の根本で静かに眠りにつくゆゆこの姿が浮かぶ。しかし、それは幻
に過ぎなかった。ゆかりが瞳孔を開き、溜め息をつく。
「ゆゆこ……ゆゆこは、かしこいゆっくりだわ……。 ゆかりはばかね。 じぶんがしんでしまうかもしれないのに、ゆかりの
ことをずっとまっているなんてこと……ゆぅ……あるわけ、……ない、わよね……」
嬉しい。だけど悲しい。ゆかりが自分には理解できない感情で涙を流した。悲しい別れ方をした、とゆかりは思った。仲直り
の言葉をかけることもできず、ゆゆこは自分の元からいなくなってしまったのだ。だが、ゆかりは自虐的に笑みを浮かべてみせ
る。自分で痛いほど理解していた。一番最低なのは他ならぬ自分自身。自分は、ゆゆこを裏切ったのだ。
「ゆゆこには……ほんとうにかなしいおもいをさせてしまったわね……。 やっぱり、ゆかりはゆっくりといっしょにゆっくり
することなんて、できないみたい……。 ……ゆ?」
俯き加減に下を向いたとき、ゆかりは地面に生えた草の異変に気が付いた。
「……これは……?」
ゆかりのあんよの下の草。それが不自然に千切られている。なんとなく、周囲を見渡すゆかり。
「…………ッ!!!」
同じように不自然な千切れ方をした草があちらこちらに見て取れる。ゆかりは小刻みに震えた。髪の隙間から汗が少しずつ流
れてくる。生唾を飲み込んだ。
――くささんは、おいしくないけれど……。 “いつでもたくさん”たべることができていいわね……。 ええ。 すこしも
おいしくはないけれど
――むーしゃ、むーしゃ、それなりー……
「……じょうだん、よね……? ゆゆこ……」
ゆかりが周囲に目を向ける。まるで小さなミステリーサークルのように、千切れた草が線を描いていた。それは、巨木の向こ
う側へと続いている。ゆかりは、無言でずりずりとあんよを這わせた。恐怖で全身が凍りつきそうだったが、ゆかりはまるで誘
われるように、ミステリーサークルの線に沿って移動をしていく。
「……あぁ……。 …………ぁあぁッ…………!!!」
地面に大きく張り出した桜の木の根。そこにはまるでこの巨大な桜に頬をすり寄せるように、眠りにつくゆゆこの姿があった。
そのゆゆこのあんよの下。そこにも千切られた草の跡がある。
「ゆゆこ!!!」
ゆかりに呼ばれたゆゆこは、静かに目を閉じたまま動かない。
「ゆゆこッ!!!!!!!」
ゆかりは何もかもを理解していた。それでも、唯一無二の親友となったばかりの、愛しいゆっくりの名を呼び続ける。白雪の
ような頬は薄らと施された死に化粧の様。その頬が桜色に染まる。
「ゆゆこっ!?」
ゆかりには、ゆゆこの顔に生気が戻ったかのように見えた。しかし、すぐに現実に引き戻される。ゆゆこの頬を染めていたの
は、桜の花びら。それが風に撫でられてゆゆこの頬から滑り落ちた時、ゆかりはようやく全てを受け入れることができた。
ゆゆこは、永遠にゆっくりしてしまっていた。月明かりは巨木に遮られて届かない。誰も見ることは許されないだろうか丁度
良かったのかも知れなかった。ゆかりがゆゆこの顔に自分の顔をそっと近づける。ゆゆこの唇は想像した以上に小さかった。ゆ
かりが微かに笑みを浮かべ、心の中でゆゆこをからかう。
――そのちいさなおくちで、よくあんなおおきな“ごはんさん”をたべれるものね……
そのまま、一呼吸置けば、ゆゆこが恥ずかしがって何か言ってくるかも知れないという錯覚に襲われる。しかし、ゆかりは現
実を受け入れられぬほど愚かなゆっくりではない。ゆゆこの言葉の幻は、自分の唇を重ねることで遮ってみせた。最初で最後の
口づけ。柔らかくも、冷たい……不思議な死の感触。ゆかりは目を閉じたまま、長い時間、ゆゆこの唇に自身の唇を重ねていた。
まるで子供のようなキス。けれど、永遠とも言えるほどの時間、ゆかりはゆゆこに自分がどれだけゆゆこの事を愛しているかを
伝え続けた。
「こぼにぇー……?」
(……え?)
ゆかりとゆゆこしか入ることのできない聖域の中で、聞こえる第三者の声。そして、ゆかりはその“言葉”に思わず目を見開
いた。声のする方へ振り返る。そこには、まだ赤ちゃんゆっくりの……ゆゆこがいた。
(……どういう、こと……なの……?)
ゆかりには理解できない。
ゆゆこは、その生涯を一匹で過ごし、終える。当然、番になるゆっくりも存在しないはずだ。それでも、ゆゆこ種というゆっ
くりが絶滅することはない。では、ゆゆこは永遠に生き続けることができるのだろうか。それは違う。ゆゆこは、人知れず、自
分の分身をその体内に宿すのだ。そのメカニズムはゆっくり研究者の間でも解明されていない。ある研究者は、ゆゆこが狩りを
行う際に集まってくる蝶々に関係があるのではないかとの説を発表したが、真偽のほどは定かではなかった。だが、一つだけ分
かっていることは、ゆゆこが新たな命を生み出すためには群れ単位のゆっくりを食する必要があるということ。ゆゆこは、今年、
新らしい命を生み出そうとしていた。そして、その為の狩りは皮肉にもゆゆこが愛したゆかりによって阻まれたのである。それ
でも、ゆゆこは新たな命を生み出した。ゆかりに教わった、ゆゆこ種の中でも、このゆゆこしか知らないご飯。“決して美味し
くはない雑草”を糧にして。
ゆかりには理解することができなかったが、ゆゆこの取った行動だけは断片的に把握することができる。目の前の赤ゆゆこは
少しだけ怯えた様子でゆかりの事を見つめていた。ゆかりは、赤ゆゆこにどんな視線を送っていいのかわからない。なぜなら、
赤ゆゆこの母親であるゆゆこを殺したのは、自分のようなものなのだから。一瞬だけ、ゆかりとゆゆこと、赤ゆゆこの三匹で仲
良く暮らす日常を妄想してしまう。
赤ゆゆこは、何も知らないのだろう。仲良くしたい同族を同族と知らずに食糧としてしまう、ゆゆこ種の習性も。目の前のゆ
かりのことも、何もかも。ゆかりは純真無垢な瞳の輝きを湛える赤ゆゆこに対してどんな言葉をかけていいかわからなかった。
放っておくことなどできない。だが、自分は蝶々の病気に感染しているかも知れないのだ。この赤ゆゆこに触れることはできな
い。それでも、ゆかりは決意した。この赤ゆゆこを育てながら、旅を続けようと。自分の命はあとどれくらいで終わってしまう
かわからない。それでも、この命が尽きてしまうまで、赤ゆゆこと共に在り続けようと。
(……ゆかりは、ほんとうに……わがままな、ゆっくりね……)
チラリとゆゆこの亡骸を見る。ゆゆこが微笑みを返してくれたような気がした。ゆかりは、赤ゆゆこに向き直ると、にっこり
と笑ってこう言った。
「はじめまして。 ゆかりはゆかりよ。 ゆっくりしていってね」
おわり
日常起こりうるゆっくりたちの悲劇をこよなく愛する余白あきでした。
愛情 不運 仲違い 同族殺し 群れ 捕食種 希少種 自然界 独自設定 完結編 以下:余白
『夜桜の下で(後編)2/2』
*『夜桜の下で(後編)1/2』の続きです
ゆかりがまだ子ゆっくりだった頃。その聡明な頭脳と先見の目で見据えたかつてゆかりが暮らしていた群れは、徐々に衰退の
一途をたどっていた。増えすぎたゆっくり。枯渇していく食糧。目前に迫る冬。あの頃のゆかりがどれだけ必死になって考えて
も群れが助かる方法を導き出すことができなかった。ゆかりは子ゆっくりの立場でありながら、毎日群れのゆっくりたちに自分
の考えを説いて聞かせたが、その話に心を傾けるゆっくりはただの一匹もいない。それどころか、いつもの台詞を吐き散らして
ゆかりを攻撃するゆっくりさえもいた。
ゆかりは自分の出生を知らない。初めて目を覚ましたときはみょんとぱちゅりーが二匹で暮らす巣穴の中にいた。子供たちも
無事に独り立ちした後の二匹は森で倒れていたゆかりを我が子のように育ててくれたのである。ゆかりは二匹を本当の両親のよ
うに思って過ごしてきた。どちらも自分と似ていないから、二匹が本当の両親でないことは気が付いていたのだ。その最愛の両
親。みょんとぱちゅりーでさえ、ゆかりの意見を聞き入れなかった。誰も自分の話を聞いてくれない。まだ三カ月も生きていな
い子ゆっくりの戯言など群れの成体ゆっくりにとって無意味なものとしか捉えられなかった。根拠のない意見は受け入れられる
ことはないのだ。
優しかった両親が変貌した。ゆかりが変なことを口走るせいで、自分たちまでとばっちりを受けていじめられるのだ、と。ゆ
かりは巣穴を、群れを、追い出された。生後三カ月にも満たないゆかりが自然の中に放り出されたのである。死への恐怖よりも、
寂しいという感情のほうが強かった。ゆっくりであればこそ、だ。だから、ゆかりは群れが見渡せる場所に茂っていた草木の隙
間に隠れて跳ね回るゆっくりたちを遠くから眺めた。それだけで、幾分か心が軽くなっていく。ゆっくりは一匹では生きてはい
けない。ゆかりはそれを改めて思い知らされた。
決して狩りが得意ではないゆかり。それもまだ子ゆっくりのゆかり。追放された身であるゆかりに食糧を分け与えてくれるゆ
っくりはいない。また、迂闊に動き回ることもできなかった。一日の大半を不慣れな狩りに費やしてしまえば間違いなく死期を
早める。ゆかりはあんよの下に生えている雑草をブチブチとちぎって口の中に入れた。あまりの美味しくなさに涙目になる。こ
んな惨めな思いをしてでも、ゆかりは群れの仲間を視界に入れていたかった。
やがて訪れた冬。ゆかりは初めて越冬というものを体験した。みょんとぱちゅりーから伝え聞いたものよりも遥かに厳しいも
のだった。そんな事よりも。冬籠りのために巣穴の中に消えてしまったおかげで、仲間を見ることができなくなったことの方が
辛かった。ゆかりは隙間に小さな小さな巣穴を作り、その中にすっぽりと収まることで寒さを凌いでいた。雑草や落ち葉を食べ、
命を繋ぐ。気が付けばゆかりは成体ゆっくりになっていた。
訪れた春。ゆかりは静かに涙を流していた。越冬を無事に終えて、巣穴から出てきたゆっくりの数は半分にも満たなかった。
巣穴の奥でたくさんの仲間が飢え死にした事を思うと悲しくて悲しくて仕方がない。……みょんと、ぱちゅりーの姿も見当たら
なかった。これ以上、この思い出の地に留まることはできそうにない。ゆっくりと群れが滅んでいく様を見ていることはできな
かった。ゆかりが隙間から這い出す。それからゆっくりと決意した。“旅に出よう……”、と。自らの見聞を広め、こんな群れ
のような悲しい結末を生み出さないように説得していく、旅。こうして、ゆかりは旅ゆっくりになった。
最初はゆかりの話を聞くゆっくりは一匹もいなかった。成体ゆっくりになったばかりのゆかりの意見などゆかりよりも長く生
きてきたゆっくりにとっては虚言以外の何物でもなかったのである。あるときは迫害され、あるときは住む場所を追われた。そ
れでもゆかりが今日まで生きてこれたのには“隙間に隠れる能力”があったからに他ならない。中には“ゆっくりできないゆっ
くりはせいっさいっ!してやるよ!!”とゆかりを傷つけようとするものもあった。そして、そうやって冬を越せずに滅んでい
く群れをいくつも見てきたのだ。
ゆかりが過去の経験を基にした話術を身に着けた頃、ようやく一つの群れがゆかりを快く迎えてくれた。ゆかりはそこでこれ
までの自分の体験談を交えた話を“何気なく”語って聞かせ、その年の冬。ゆかりと群れのゆっくりたちは一匹の脱落者もなく
越冬を乗り越え春を迎えた。ゆかりは誰にも悟られることのないよう隙間の中で涙を流した。再会の喜びを分かち合うこと。ゆ
かりは寂しかったのだ。本当の両親の顔を知らず、自分の意見を受け入れてもらえない日々。何度別れても、何度も再会できれ
ば寂しくなくなるのではないだろうか。孤独という名の呪縛を、ゆかりは自らの意思と力で乗り越えてみせたのだ。ゆかりは群
れの参謀になった。
それから少し時が経ち、ゆかりは自分の異変に気が付いた。ゆかりが群れにたどり着いたときに共に過ごしたゆっくりたちは
寿命を迎えて永遠にゆっくりしていくのに、自分にその気配はない。一匹、また一匹と見知った顔がいなくなっていく。ゆかり
は新たな寂しさを感じ始めていた。その解決策が見つからないまま、群れは新しい問題を抱えてしまう。ゆかりのもたらした知
識は確かに群れを豊かにさせた。大きく発展させたはずだ。だが、それ故に群れの中には力を持つ者と持たざる者が現れ始めた。
単純な狩りの力。食糧の貯蔵量がゆっくりたちに格差社会を作り始めていたのだ。ゆかりは戸惑った。群れのゆっくりたちの考
えが理解できない。なぜ、分け合おうとしないのか。なぜ、仲間同士で優劣をつけようとしてしまうのか。日々を幸せに過ごす
ことができればそれでいいのではないだろうか。ゆかりの発展させた群れは、ゆかりにとって最も悲惨な結末を迎えた。仲間同
士での争いによる秩序の崩壊。力ある者が正義の独裁体制。単純な戦闘能力が劣るゆかりにはどうすることもできなかった。ゆ
かりは静かに衰退していく群れを隙間の中から隠れてずっと見ていることしかできない。群れが、築き上げた自分の思い出ごと
消えていく。そのとき、ゆかりは泣きながら静かに笑った。“ゆかりはあの頃と何一つとして変わらないのね。 こうやって滅
んでいく群れを隠れて見ていることしかできない無能なゆっくり……”。自分を責めて溜め息を吐く。
ゆかりにはどうしても解らなかった。どうすれば自分たちは幸せになれるのだろうか、と。更に旅を続けたゆかりは旅先でい
ろんなゆっくりとその群れを見てきた。あえて関わることをせず、隙間から隠れて覗いているだけ。どのゆっくりも幸せそうに
笑っていた。そんなゆっくりたちを見てゆかりは思わず俯いてしまう。“あの幸せが永遠に続けばいいのに、……と願ったりし
ないのかしら”と。それから、新しい考えが芽生えた。いつだったか、見知った群れの仲間が少しずつ消えていくことを体験し
たことがある。あのとき、自分も同じように寿命を迎えて永遠にゆっくりできればいいのに、と考えていた。今の自分の考えと
は正反対だということに気付く。そして、ようやく、ゆかりは自分なりの答えを出した。
――永遠に続く幸せなど、本当の幸せではないのだ、と。
ゆかりは付け焼刃の幸せを与えようとしていただけだったのだ。そして、その理念は他のゆっくりの物とは明らかにかけ離れ
ている。ゆかりは自分こそが“ゆっくりらしくないゆっくりである”ということを思い知ったのだ。それでもゆかりは、同族に
少しでも長く、少しでも豊かに生きてもらいたいと願った。しかし、それは一つの群れを動かすことでは成就できない。なぜな
らば、その行為はゆっくりとして異端の群れを作ってしまうだけの結果にしかならないからだ。その群れは他の群れに受け入れ
られずにいつかは滅びの道をたどるだろう。ゆかりが受け入れられずに、当てもなく森を彷徨う旅ゆっくりになったように。
自分のもたらす知識の危険性。思想の相違。それらすべてが自分を、他者を傷つける可能性を持った諸刃の剣であることに気
がついたのだ。ゆかりは旅の目的を少しだけ変えた。様々な群れに少しだけ関わり、ゆかりが目指す理想の世界を他のゆっくり
にとっても理想だと思ってもらえるような話をしていこう、と。ゆかりはゆっくりが好きだった。仲間と共に在ることが何より
も大好きだった。だが、あえて、ゆかりはそれに反する道を選んだ。
半端な孤独だった。群れに深入りはしない。そんな状況下で特に仲の良いゆっくりができるわけがない。当然、恋人もできる
はずもなく、ゆかりはひたすらに旅を続けた。そして、この群れへとたどり着いたのだ。
茂みの隙間でゆかりがクスクスと力なく笑った。
(もう、なんかいめかしらね……。 すこしずつこわれていくなかまを……むれを、こうやってかくれてみているのは……)
いつか羨望の眼差しを向ける群れのゆっくりたちに聞かせた言葉。“私は隠れる事しか能がない”と言った言葉の真意はゆか
り自身にしか解らないものだったのである。こうなってしまった群れは、ゆかりと言えどももう元の形に戻すことはできない。
それはこれまでに何度も何度も経験してきた。その“経験”がハッキリと答えを教えてくれる。もう、何もかもが手遅れなのだ
と。
「ゆ゛がぁ゛ぁぁ゛ッ??!!!」
ゆかりを探し回るゆっくりたちの何匹かは発病して死んでいくものも多かった。草の上を転げまわり、痛みを紛らわすために
額を木の幹にぶつける。狂ったように泣き叫ぶゆっくりを見ても、群れのゆっくりたちはそれを気にも留めずゆかりの捜索を続
けているようだった。
「じにちゃぐ、に゛ゃ――――ッ?!! ぎゅぴぃっ!??」
「ゆかりぃぃぃぃ!!!! はやくれいむたちを……たすけろぉぉぉぉぉぉッ!!!!」
(……ゆかりをみつけるまで……ゆかりをさがすのをやめることはないみたいね……)
「むっきゅーー!! ゆかりはすきまにかくれているはずよっ! いるかいないかわからなくても、くさむらにとびこんでみた
ほうがいいわっ!!」
「「「ゆっくりりかいしたよっ!!!」」」
(……あんまり、よろしくはないわね)
ここにきてぱちゅりーの覚醒。極限状態に追い詰められたせいか、自分の意見に絶対の自信を持っているせいか、ぱちゅりー
は次々とゆかりを追い詰めるための策を打ち出していった。もちろん、その策を回避するだけの頭脳をゆかりは持っていたが、
いかんせん数が違いすぎる。その上、敵であるゆっくりに触れられただけで死が確定するという余りにも困難な状況。しかし、
なんとしてでも乗り切らなければならない。
何故なら、ゆかりはもう答えを見つけたのだ。ゆっくりすることを優先して滅んでいくのはゆっくりという生き物の真理。そ
れを変えることなどできない。まるで神がゆっくりの繁栄を望んでいないかのような錯覚を起こす。ゆかりはその運命めいた物
を断ち切りたかったのだろうか。ゆっくりが繁栄する世界を望んでいたのだろうか。それは違う。ゆかりは、常に寄り添い共に
生きるゆっくりを求めていた。そして、ゆかりは見つけた。自分と同じように“孤独”を味わい、他のゆっくりと“関わること
ができない”ゆっくり。
(……ゆゆこ。 ゆかりは、ゆゆこのそばにいたい。 ……ずっと、……ずっとよ?)
抑えきれない感情。ゆかりがまた笑みを浮かべる。“私はなんと我儘なゆっくりだろう”と。それから一呼吸置いて考え直す。
“いや、私はやっぱりゆっくりだった。 今も昔も、自分がゆっくりすることばかりを考えている”。ゆかりの描く理想郷。共
に在るゆっくり。それは何のことはない。ゆかりの我儘だ。それを普通だと受け入れてきたゆっくりたちの意見を受け入れよう
としなかった、ゆかりの独りよがり。どちらが正しいのだろうか。ゆかりは、もう考えることをやめた。“長年の経験”で理解
できる。……きっと、いくら考えても答えは出ない。それよりも、今は。
(……このばをやりすごし、かならずいきて、ゆゆこのもとへいく。 そして、ゆゆことふたりでもっともっととおくにたびを
しよう。 ゆゆこといっしょなら……どんなにつらいおもいをしても、かなしいおもいをしても……きっと、へいきなはずだか
ら)
ゆかりが思考回路を一本に絞る。もうあれこれと考えるのは止めにしたのだ。まずは根競べである。確かに現段階でゆかりを
狙うゆっくりの数は圧倒的に多い。身体能力が飛びぬけて高いわけでもないゆかりは、無策で飛び出せばすぐに包囲されてしま
うだろう。ゆかりは凄まじい集中力を持って自身を探し回るゆっくりたちの動きを観察した。更にそこから表情を読み取ってい
く。
(……れいむ、ありす。 それからむこうのありすとちぇん。 あっちのまりさ。 ちびれいむにちびまりさ。 きによりかか
ってぐったりしているぱちゅりー。 そして、ちぇん、れいむ、ありす、まりさ……)
ゆかりが心の中で呟く。それと同時に呟いた名前と顔を完全に記憶し始めた。不意に叫び声を上げるゆっくり。ゆかりがその
ゆっくりを見て静かに目を伏せた。さらに視線だけを縦横無尽に動かし、顔と名前を把握していく。
(……あらかた、まちがいはなさそうね)
悶絶する一匹のまりさにゆかりは氷のような視線を送った。この多勢に無勢の戦いにおいて最も危険なゆっくり。すなわち、
感染者をゆかりはこの短時間で完璧に把握したのである。ゆかりがわざと冷静に自分自身に問う。“ゆかりは、こんなこともで
きたのね?”、と。ゆかりは常に別の何かを考えながら行動してきた。その力の全てを一つの思考に充てたことなど未だかつて
ない。
(かわいそうだけれど。 まずは、ゆかりをさがしまわるゆっくりのかずを……へらさなければいけない)
同時に。それはゆかりに対して一撃死に等しい攻撃を可能とするゆっくりを減らすことにも繋がる。
(あのびょうきがどれぐらいのじかんでえいえんにゆっくりさせてしまうのかわからないけれど……びょうきのゆっくりがぜん
めつしてしまうまで、ここでかくれつづけるじしんがゆかりにはあるわ……)
言い聞かせる。ゆかり自身、分の悪い賭けだとは思っていなかった。事実、一匹、また一匹と発病して悶死していく感染者た
ち。目の前で仲間が死に続けるのを見ていれば、いずれ戦意も薄れていくだろう。
いつのまにか東の空が明るくなってきた。夜通しゆかりを探していた感染者を含めた群れのゆっくりたちが疲弊していく。対
してゆかりは同じ場所に留まり、いつものように雑草を食べ続けることで飢えを満たし体力を温存させていた。これまで同様、
戦況を見つめ、冷静に対応策を考え出すことができる。
「ゆっぎぃぃぃぃっ!!! どぉしてゆかりがみつからないのぉぉぉぉぉッ??!!!」
「ゆかりぃぃ!!! さっさとでてくるのぜっ!!!! すぐでいいのぜっ!!!」
見つかるわけがない。ただでさえ巣穴の前に張られたけっかいっ!でさえ、満足に突破することができないのに、ゆかりの周
囲に展開されたけっかいっ!のみを見破ることなど不可能だ。
「もっちょ……ゆっくち、しちゃかっちゃ……」
「う、うわあああああ!!!! ちびちゃんっ!!! ちびちゃんがぁぁぁぁぁっ!!!!」
「れいむ、うるっさいのぜっ!!! そんなちびのことなんかよりも、さっさとゆかりをみつけるのぜっ!!!!」
「どぼじでぞんな゛ごどい゛う゛の゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ッ!?」
「さっきからうるさいんだねー。 わかってねー。 わかれよー」
(あらあら……もう、なかまわれかしら……)
そんなことを一瞬でも考えてしまったゆかりがハッとした表情で自身をたしなめる。油断はしてはならない。過信と慢心は隙
を生む。時間が経つにつれ疲労と苛立ちが群れのゆっくりたちを蝕み始めた。加えて、感染者はいつ自分が死ぬかわからないと
言う極限に等しいストレスを常に味わっている。持久戦はゆかりにとって全ての展開を上手く回していたのだ。無論、ゆかりも
一晩中全神経を集中して群れ全体の動きと今後の展望を考え続けている以上、疲労が全くないというわけではない。
二度目の夜。感染者たちの数は半分にまで減っていた。あちらこちらに群れのゆっくりの死骸が転がっている。何匹かのゆっ
くりはすーやすーやと寝息を立てていた。それでもまだ何匹かのゆっくりが目を血走らせてゆかりを探して這い回っている。そ
れでも感染者の数はもはや五匹程度。だが、そのときゆかりにとっても想定外の出来事が起こった。
「ゆぼおぉッ?!! あ、ありす……いったい、なにを……っ? ゆ? ゆゆ? ゆぁ……? ゆあぁぁぁぁッ?!!」
「あぶなく……ぱちゅりーにだまされるところだったわ……」
「むきゅうっ??!!!」
「そうだねー。 びょうきにかかったゆっくりがみんな、えいえんにゆっくりしてしまったら……びょうきにかかってないゆっ
くりは、ゆかりをさがすひつようなんてないもんねー……。 だから、こうやってすーやすーやするくらいのよゆうがあるんだ
よー?」
「や、やめてねっ! やめてねっ!! れいむは、ちょっとつかれたからやすんでいただけ……」
「だまるのぜっ!!! まりさたちみたいなびょうきのゆっくりにはやすむこともできないんだぜっ!?」
「ゆ、ゆぎゃあああああ!!!」
新たなる感染者。ゆかりが苦々しげな表情を浮かべる。終わりが見えたかに思えた根競べはまだ続いてしまうようだ。ゆかり
の体力も決して十分と言える状態ではない。
「お、おちびちゃんだけはやめてねっ!!! れいむのおちびちゃんたちには、かがやかしいみらいが……」
「ゆっへっへっ……すーりすーりすーり……っ!!!」
「ゆんやぁぁぁぁ!!!!」
「やめちぇよぉぉぉ!!!!」
「おちびちゃんたちのかがやかしいみらいがああぁぁぁぁぁッ!!???」
(……かがやかしい、みらい……? そんなものは、ないわ。ゆかりたち、ゆっくりが……ゆっくりすることをのぞんでいきる
かぎり、そんなみらいはあるわけがない。 そのばしのぎのしあわせー……でしか、ないはずよ。 ゆかりだって、そう。 ゆ
ゆこといっしょにいきることいがい、そのさきのことなんてなにもかんがえていないわ……)
「ゆっぎぃぃぃぃ!!??? い、いちゃいよぉぉぉぉぉ!!!!!!」
(……?)
感染者に触れられたばかりの赤れいむが突然発狂し始めた。それからは忌々しくも見慣れた光景が繰り返され、後に残された
のはつい数秒前まで赤れいむだったもの。発症、したのだろうか。感染者に触れられて、一分も経過していないと言うのに。親
れいむの方は発症する気配がない。無言で泣きながら赤れいむの死骸に舌を這わせている。瞬間的にゆかりの思考が組み立てら
れていく。親れいむと赤れいむの違い。体当たりをされて感染した親れいむ。無理矢理すーりすーりされて感染した赤れいむ。
(ながく……たくさんふれられたほうが、びょうきでえいえんにゆっくりしてしまうのがはやくなるのかしら……? あるいは、
おとなのれいむと、ちびちゃんのれいむの……ちがいかしらね……?)
「むきゅぅッ!? やめなさいっ! やめなさいっ!! まずはゆかりをみつけるのさきのはずよっ!?」
「ぱちゅりーのいうことをきいて、ゆかりをさがしてたら、びょうきにかかっていたゆっくりはほとんど、えいえんにゆっくり
しちゃったよっ!!!」
「ぱちゅりーも……びょうきにかかれば、ありすたちとおなじようにひっしにゆかりをさがすようになるはずよ……? だから、
ね……?」
「むっきょおおぉぉぉぉッ??!!!!」
ゆかりの記憶が正しければ、これで生き残った群れのゆっくりは全て例の病気に感染した。生き残りのゆっくりたちが必死の
形相でゆかりを探し回る。だが、それでも隙間に隠れたゆかりを見つけることは叶わない。戦況は膠着状態が続き、ついに三日
目の朝を迎えた。
(さすがに……ふーらふーら、してきたわね……)
ゆかりは意識を保つのに必死だった。群れのゆっくりは、ゆかりの予測どおり、全滅した。幼馴染のまりさにせいっさいっ!
されて殺されたありすを除けば、その死因の全てが病死という異常な光景である。ゆかりが真剣な眼差しを眼前の死骸の山へ向
けた。
「……ゆゆこにとっては、これが“ふつう”なのでしょうけれど……」
ゆかりが茂みの隙間からガサガサと這い出す。静かだった。何もかもが終局を迎えたのだ。そして、誰もいなくなった。広場
の中央に佇むのはゆかりただ一匹。ゆかりを追い詰めかけたぱちゅりーの死骸の前にあんよを這わせる。いつもは涙を流して同
族の死を偲んでいたものだが、不思議と一滴の涙も流れない。ゆかりは少しだけ戸惑った。自分を捕まえて殺そうと必死になっ
ていた敵が全滅したことにホッとしているのか。それとも、ゆゆこの事しか頭にないせいで、それ以外のゆっくりの命などどう
でも良くなってしまったのか。いずれにせよ、自分で自分を褒められるような感情ではないと、ゆかりが自虐的に小さく口元を
緩める。くるりと向きを変えて、一呼吸。一刻も早くゆゆこの元へ行きたい。あの三日間の間は気付かなかったが、春の空を桜
が染め上げている。ゆゆこがいた巨木の桜は、どれほどの花を咲かせているだろうか。ゆかりが目を伏せ、思いを馳せる。
「おわったのね……」
「まだ、よ……」
「!?」
ゆかりがあんよを蹴って飛び退くのと、ぱちゅりーが最後の力を振り絞って顔を横に振るのはほとんど同時だった。ぱちゅり
ーの紫色の髪先がゆかりの頬をかすめる。刹那、ゆかりが驚愕の表情を浮かべた。
「む、きゅう……びょうきの……なおし、かた……を…………も、……した、か……た……」
ぱちゅりーが完全に沈黙する。ゆかりは僅かに震えていた。ゆかりの頬をかすめた髪先。今のは、感染したことになるのだろ
うか……。ゆかりが考察した病気の最後の一項目。病気の潜伏期間について。先日のれいむ親子に関して言えば、成体か否か。
触れられた面積と時間が多いか少ないか、で潜伏期間はかなり変わってくる。だが、それ以外の事例まで記憶していない。結局、
ゆかりにも結論を出すことはできなかった。それだけではない。感染したかどうかもわからないということは、この先、ゆかり
は“ゆっくりに触れることができるかどうかさえも分からない”。
(ゆゆ……こ……)
愛しい者の名を呟く。ゆかりが茂みの隙間へと戻り、身を潜める。ゆかりはゆゆこにどんな顔をして会えばいいかわからなか
った。友達になる、と。親友になる、と。ずっと一緒にいる、と。そう言ってあんなにゆゆこを喜ばせたのに、今のゆかりには
ゆゆこと接する方法が一つも思い浮かばない。
「どう……して……ゆかりは、すぐにゆゆこのもとへ……いかなかったの……ッ」
泣き崩れた顔を地面にこすりつけて嗚咽を漏らすゆかり。後悔の念だけが後から後から沸いてくる。ゆかり自身も気づいては
いなかった。死骸の山と化したゆっくりの群れたちを見て、心の隙間に“寂しい”という感情が入り込んだことを。動かなくな
ってしまった、かつての“仲間”に何か声をかけずにはいられなかったのだ。
ゆかりが隙間から空を見上げる。風に巻き上げられた桜の花びらが天空を横切っていく。桜の花びらが視界に入るたび、ゆか
りはゆゆこに逢いたくてたまらなくなった。しかし、ゆかりは決意してしまったのである。自分とゆゆことの出会いを夢物語で
終わらせてしまおうと。ゆかりの推測が正しければ、ゆゆこは必ずこの群れの亡骸の前に現れる。ゆかり自身、いつ病気が発症
して死んでしまうかわからない。しかし、ゆかりはそれを本望とさえ思っていた。今、ゆかりにとって生きる意味はゆゆこの隣
にいることしか在り得ない。だがそれは叶わぬ願いとなった。ならば、せめて。
「ゆゆこ……“こんどこそ”、ゆかりをむーしゃむーしゃするといいわ……」
ゆかりは研究者たちですら気づかなかったゆゆこの“本質”を見抜いた。いつか、ゆゆこがゆかりに聞かせた長い長い話。
ゆゆこにとってゆかりとの出会いは衝撃的だっただろう。なぜなら、ゆかりはゆゆこが初めて見た“生きているゆっくり”だ
ったからである。ゆゆこの狩り。それは一年を通じてたった一度しか行われない。それはゆゆこが“冬眠”から目覚めた春のほ
んの一時の間だけ。ゆゆこは越冬をしないのだ。冬は深い深い眠りにつく。そして、その眠りから覚めた直後だけ他のどのゆっ
くりよりも“優雅な狩り”を行う。ゆゆこは、自分で蝶々を集めているわけではない。ゆゆこが無意識に放つフェロモンに蝶々
が勝手に集まってくるだけだ。そして、ゆっくりにとって天然の爆弾と化した蝶々が春の草原を飛び回る。そこに、ゆゆこの意
思はない。現象自体はゆゆこの能力に他ならないのだが、それはあくまでも自動で行われていることに過ぎないのだ。蝶々と感
染の連携による病気の蔓延スピードは凄まじい。ゆゆこの活動範囲内全てに入るゆっくりがほんの一週間足らずで死滅してしま
うほどに。
ゆゆこは目覚めた瞬間から自動的に狩りの準備が行われており、捕食対象はゆゆこが直接手を下さずともそこら中に落ちてい
るという状況が生み出されるのだ。これがゆゆこの狩りが“優雅な狩り”と言われる由縁であり、ゆゆこが“食糧を得るのに苦
労をしたことがない”と言える理由である。
だが、ゆゆこは常に孤独だった。同族を死骸でしか……食糧と認識した状態でしか知らないのだ。当然、ゆっくりと会話をし
たことなどない。ただ独りの冬眠。それから目覚めても自動的に周囲のゆっくりは狩り尽くされてしまう。死臭漂うその一帯に
別のゆっくりは寄り付かない。ゆゆこはずっと一匹で同族の死骸を租借する。それが、自分と同じゆっくりであることさえも理
解できないままに。
それは、ゆかりがこれまで味わってきた孤独よりも遥かに深い孤独であったことだろう。ゆゆこはゆゆこ以外に、ゆゆことい
う存在を認識してくれるゆっくりがいないのだ。初めてゆゆこのこの話を聞いたとき、ゆかりは自分が感じてきた苦悩や辛さが
どれほどちっぽけなものであったかを思い知らされた。ゆかりが、孤独を嫌うゆっくりであったからかも知れない。否。孤独を
望むゆっくりなどいないのだ。
ゆかりは自分が譲歩すればいくらでも他のゆっくりとゆっくりすることができた。しかし、ゆゆこは違う。ゆゆこがどれだけ
他のゆっくりとゆっくりすることを望もうが、それは叶わぬ夢でしかない。だが、ゆかりはゆゆこの“優雅な狩り”をいち早く
見抜き、“姿なき捕食種”であるはずのゆゆこの元までたどり着いた。だから、ゆゆこは嬉しさのあまりに開口一番、ゆかりと
友達になりたい、と告げたのだ。
(ゆかりは……もう、ゆゆこにはあえない。 ゆゆこのかなしむかおなんてみたくないわ。 まして、ゆゆこにそんなかおをさ
せてしまうのが、ゆかりだなんて……ゆかりにはたえられない)
ゆかりが視線を群れのゆっくりの死骸へと移す。自分も、もうすぐあの仲間入りを果たすのだ。そして、ゆゆこによって食べ
られる。ゆかりにとって、ゆゆこに対してできることはもうこれぐらいしか残されていなかったのである。
「ほんとうに……ゆかり、は……っ。 ひっく……わが……ままな、ゆぐっ……ゆっくりね……」
悲しくて、寂しくて、恋しくて、切なくて、情けなくて、涙を抑えようとしてもボロボロと溢れてくる。ゆゆこの笑顔を思い
出すたびに感情が掻き乱される。ゆかりが泣きながら呟く。
「こわいわ……。 すごく……こわい……」
死ぬことが、だろうか。それは違う。ゆゆこの笑顔を思い出すことができなくなるのが、怖いのだ。
「ゆゆこ……っ! あいたい……。 ゆかりは、ゆゆこに……あいたいよぅ……っ!!!」
そこには強者の威厳も、識者の風格もありはしない。寂しさに耐えきれず泣くことしかできない、一匹のゆっくりに過ぎなか
った。
やがて、泣きつかれたゆかりは自分の意識が少しずつ薄れていくのを感じた。
ゆかりは、夢を見た。ゆゆこと共に並んで草原を跳ねる自分の姿を。ゆゆこと共に笑い合って静かに日々を過ごす自分の姿を。
ゆゆこと共に存在する全ての可能性を秘めた自分の姿を。夢の中でゆかりは泣き崩れた。どうして、……どうして、自分にとっ
て永久に叶うことのない幻想だけをひたすらに見せ続けるのか。夢の中にしか自分にとっての理想郷が存在しないことを見せつ
けるとは、なんと酷いことをするものか……と。
――ゆかり。 ゆゆこは、ずっと……ゆかりのことをまっているわ。
目を覚ます。既に陽は空高く昇っていた。ゆかりがぼんやりとその光を追っていく。夢の中で、ゆゆこの言葉を聞いたような
気がした。ゆかりが目を伏せる。そのまま、もう一度……深い眠りについた。
ゆかりが病気に感染していたとして、四日目の朝を迎えた。依然として群れのゆっくりの亡骸はそのままだ。それも、その日
の夕方、突然現れた数匹のれみりゃによって完食されてしまった。ゆかりはその様子をぼんやりと眺めていた。
(…………え…………?)
ゆかりが突然、茂みの隙間から這い出した。群れのゆっくりの死骸はもう、ない。では、ゆゆこの食糧はどうなるのか。完全
に閉ざしたはずの思考が再び動き出す。
“ゆゆこは狩りをしない”。なぜなら、狩りは“自動的に行われる”からだ。だが、ゆゆこは食糧の元へ現れなかった。では、
ゆゆこは今、何を食べて生きているのか。ゆかりの頬を一筋、冷や汗が流れた。周囲は薄暗くなってきている。生暖かい風がゆ
かりの頬を撫でた。
「ゆ、ゆ……こ……?」
四、
限界に等しい体力を振り絞ってゆかりがあんよで地面を蹴る。ゆゆこは一体どこで何をしているのか。ゆかりには思い当たる
節があった。
――これからは……ゆかりといっしょにごはんさんをむーしゃむーしゃしましょう。 “ぬけがけをしてはだめ”よ……?
ゆかりがしっているごはんさんをぜんぶゆゆこにおしえてあげるわ。 だから、“あしたもここにおいでなさい”
――ゆっくりりかいしたわ
(そんな……っ!!! そんな……ッ!!! そん、……なっ!!!)
夜風に舞う桜の花びらがゆかりの頬をかすめる。浮かんでは消えるゆゆこの笑顔。消えてしまうのは何故かと自問自答するゆ
かり。思うようにあんよが動かない。呼吸をするのも苦しい。それでも、ゆかりは前へ向かって跳ね続けるしかなかった。
「ゆあっ!?」
あんよを蹴ったつもりが、蹴りきれずに前のめりに転がるゆかり。ゆゆこの顔を白雪のように綺麗だと形容していたゆかりの
頬も美しい。その美しい頬が泥と汗にまみれて黒ずんでいる。転んでしまったときに舌を噛んでしまったらしい。口の中に小さ
な痛みが走る。その痛みがゆかりに再び強い意志をもたらした。
(ゆゆこ……っ! ずっと……ずっと、ゆかりをまっているなんて……そんなこと、ないわよね……ッ?!!)
言い聞かせるゆかり。やがて視界にゆゆこと初めて出会った巨木が映し出される。それが視界に入った瞬間、ゆかりは思わず
立ち止まってしまった。
「ゆぁ……」
満開の桜。薄い雲の切れ間から覗く月の光がまるでスポットライトのように巨木に咲き乱れる薄桃色の桜を照らし出していた。
時折吹き付ける風は巨木の枝葉をざわざわと揺らし、ゆかりに桜の霧雨を降らせている。桜の香りがゆかりを包む。ゆかりは強
張った表情で巨大な桜の木の下へとあんよを這わせた。巨木の根本で静かに眠りにつくゆゆこの姿が浮かぶ。しかし、それは幻
に過ぎなかった。ゆかりが瞳孔を開き、溜め息をつく。
「ゆゆこ……ゆゆこは、かしこいゆっくりだわ……。 ゆかりはばかね。 じぶんがしんでしまうかもしれないのに、ゆかりの
ことをずっとまっているなんてこと……ゆぅ……あるわけ、……ない、わよね……」
嬉しい。だけど悲しい。ゆかりが自分には理解できない感情で涙を流した。悲しい別れ方をした、とゆかりは思った。仲直り
の言葉をかけることもできず、ゆゆこは自分の元からいなくなってしまったのだ。だが、ゆかりは自虐的に笑みを浮かべてみせ
る。自分で痛いほど理解していた。一番最低なのは他ならぬ自分自身。自分は、ゆゆこを裏切ったのだ。
「ゆゆこには……ほんとうにかなしいおもいをさせてしまったわね……。 やっぱり、ゆかりはゆっくりといっしょにゆっくり
することなんて、できないみたい……。 ……ゆ?」
俯き加減に下を向いたとき、ゆかりは地面に生えた草の異変に気が付いた。
「……これは……?」
ゆかりのあんよの下の草。それが不自然に千切られている。なんとなく、周囲を見渡すゆかり。
「…………ッ!!!」
同じように不自然な千切れ方をした草があちらこちらに見て取れる。ゆかりは小刻みに震えた。髪の隙間から汗が少しずつ流
れてくる。生唾を飲み込んだ。
――くささんは、おいしくないけれど……。 “いつでもたくさん”たべることができていいわね……。 ええ。 すこしも
おいしくはないけれど
――むーしゃ、むーしゃ、それなりー……
「……じょうだん、よね……? ゆゆこ……」
ゆかりが周囲に目を向ける。まるで小さなミステリーサークルのように、千切れた草が線を描いていた。それは、巨木の向こ
う側へと続いている。ゆかりは、無言でずりずりとあんよを這わせた。恐怖で全身が凍りつきそうだったが、ゆかりはまるで誘
われるように、ミステリーサークルの線に沿って移動をしていく。
「……あぁ……。 …………ぁあぁッ…………!!!」
地面に大きく張り出した桜の木の根。そこにはまるでこの巨大な桜に頬をすり寄せるように、眠りにつくゆゆこの姿があった。
そのゆゆこのあんよの下。そこにも千切られた草の跡がある。
「ゆゆこ!!!」
ゆかりに呼ばれたゆゆこは、静かに目を閉じたまま動かない。
「ゆゆこッ!!!!!!!」
ゆかりは何もかもを理解していた。それでも、唯一無二の親友となったばかりの、愛しいゆっくりの名を呼び続ける。白雪の
ような頬は薄らと施された死に化粧の様。その頬が桜色に染まる。
「ゆゆこっ!?」
ゆかりには、ゆゆこの顔に生気が戻ったかのように見えた。しかし、すぐに現実に引き戻される。ゆゆこの頬を染めていたの
は、桜の花びら。それが風に撫でられてゆゆこの頬から滑り落ちた時、ゆかりはようやく全てを受け入れることができた。
ゆゆこは、永遠にゆっくりしてしまっていた。月明かりは巨木に遮られて届かない。誰も見ることは許されないだろうか丁度
良かったのかも知れなかった。ゆかりがゆゆこの顔に自分の顔をそっと近づける。ゆゆこの唇は想像した以上に小さかった。ゆ
かりが微かに笑みを浮かべ、心の中でゆゆこをからかう。
――そのちいさなおくちで、よくあんなおおきな“ごはんさん”をたべれるものね……
そのまま、一呼吸置けば、ゆゆこが恥ずかしがって何か言ってくるかも知れないという錯覚に襲われる。しかし、ゆかりは現
実を受け入れられぬほど愚かなゆっくりではない。ゆゆこの言葉の幻は、自分の唇を重ねることで遮ってみせた。最初で最後の
口づけ。柔らかくも、冷たい……不思議な死の感触。ゆかりは目を閉じたまま、長い時間、ゆゆこの唇に自身の唇を重ねていた。
まるで子供のようなキス。けれど、永遠とも言えるほどの時間、ゆかりはゆゆこに自分がどれだけゆゆこの事を愛しているかを
伝え続けた。
「こぼにぇー……?」
(……え?)
ゆかりとゆゆこしか入ることのできない聖域の中で、聞こえる第三者の声。そして、ゆかりはその“言葉”に思わず目を見開
いた。声のする方へ振り返る。そこには、まだ赤ちゃんゆっくりの……ゆゆこがいた。
(……どういう、こと……なの……?)
ゆかりには理解できない。
ゆゆこは、その生涯を一匹で過ごし、終える。当然、番になるゆっくりも存在しないはずだ。それでも、ゆゆこ種というゆっ
くりが絶滅することはない。では、ゆゆこは永遠に生き続けることができるのだろうか。それは違う。ゆゆこは、人知れず、自
分の分身をその体内に宿すのだ。そのメカニズムはゆっくり研究者の間でも解明されていない。ある研究者は、ゆゆこが狩りを
行う際に集まってくる蝶々に関係があるのではないかとの説を発表したが、真偽のほどは定かではなかった。だが、一つだけ分
かっていることは、ゆゆこが新たな命を生み出すためには群れ単位のゆっくりを食する必要があるということ。ゆゆこは、今年、
新らしい命を生み出そうとしていた。そして、その為の狩りは皮肉にもゆゆこが愛したゆかりによって阻まれたのである。それ
でも、ゆゆこは新たな命を生み出した。ゆかりに教わった、ゆゆこ種の中でも、このゆゆこしか知らないご飯。“決して美味し
くはない雑草”を糧にして。
ゆかりには理解することができなかったが、ゆゆこの取った行動だけは断片的に把握することができる。目の前の赤ゆゆこは
少しだけ怯えた様子でゆかりの事を見つめていた。ゆかりは、赤ゆゆこにどんな視線を送っていいのかわからない。なぜなら、
赤ゆゆこの母親であるゆゆこを殺したのは、自分のようなものなのだから。一瞬だけ、ゆかりとゆゆこと、赤ゆゆこの三匹で仲
良く暮らす日常を妄想してしまう。
赤ゆゆこは、何も知らないのだろう。仲良くしたい同族を同族と知らずに食糧としてしまう、ゆゆこ種の習性も。目の前のゆ
かりのことも、何もかも。ゆかりは純真無垢な瞳の輝きを湛える赤ゆゆこに対してどんな言葉をかけていいかわからなかった。
放っておくことなどできない。だが、自分は蝶々の病気に感染しているかも知れないのだ。この赤ゆゆこに触れることはできな
い。それでも、ゆかりは決意した。この赤ゆゆこを育てながら、旅を続けようと。自分の命はあとどれくらいで終わってしまう
かわからない。それでも、この命が尽きてしまうまで、赤ゆゆこと共に在り続けようと。
(……ゆかりは、ほんとうに……わがままな、ゆっくりね……)
チラリとゆゆこの亡骸を見る。ゆゆこが微笑みを返してくれたような気がした。ゆかりは、赤ゆゆこに向き直ると、にっこり
と笑ってこう言った。
「はじめまして。 ゆかりはゆかりよ。 ゆっくりしていってね」
おわり
日常起こりうるゆっくりたちの悲劇をこよなく愛する余白あきでした。