メモ・▼林道上の血痕についてのあーだこーだ▲
(注)申し訳ないが、長いだけで内容がない。あえてup

下野新聞2006年6月1日記事より
一方、女児の遺体は茨城県常陸大宮市三美のヒノキ林内の斜面で発見されたが、その約十メートル上の林道にまとまった量の血痕があったことが判明。犯人が林道まで車で乗り入れ、遺体を一度置いたか運ぶ途中に落下させた後、斜面まで下りて遺棄したとみられる。http://www.shimotsuke.co.jp/hensyu/kikaku/imaichi/060601.html

■これはかなり違和感を感ずる記述だった。素朴に考えると、そのような「まとまった量の血痕」の存在と、遺体にほとんど血液が残っていなかった状態は矛盾するのではないかということ。遺体に血液がないのにどうして「まとまった量の血痕」が1ヵ所残ったのか。この記事を無視することは簡単だが、「あえて」これを手がかりに少し考えてみることにする。
内容は「見当違い」「的外れ」「針小棒大」「薀蓄迷惑」……コジツケがましいのは承知の上。どこか何かのヒントになれば。
うだうだ検討する前に、とりあえず、番号づけをする。

①遺体から約10メートル上の林道にまとまった量の血痕があった (上の記事)

ところが、諸報道をまとめれば以下がほぼ間違いない(とあえて断定する)

②遺体にはほとんど血液が残されていなかった

③遺体が発見されたその地点では血痕がほとんどなかった

④犯人は林道を車で遺棄地点の上の場所まで進入している。

■②、③を見てゆくことにするがその前に。
④については検討しないけれども、この見解に達するまでは林道上に点々とあった血痕についての報道がいろいろあり、(まとめ  (6)林道上の血痕  参照)最終的に共同05-12-10で

血痕の状況などから、犯人は遺体が見つかった斜面の直近まで林道を車で進入したとみられる・・・

という見方に収束した。遺棄地点の上の場所にだけ女児の血痕があったわけだ。
しかし③については(下野05-12-7、05-12-8)に異論がある。これをまず検討する。
http://www.shimotsuke.co.jp/hensyu/kikaku/imaichi/051207.htmlの中段には、

遺体の周囲に大量の血痕が残されていたほか、何者かが遺体を運ぶ途中に落ちたとみられる血痕も多量だったことが判明。このため捜査本部は、血液が凝固する前の、殺害からあまり時間がたっていない状態で遺体を遺棄したと・・・

とあり、下野05-12-8でも同じ目線の記事になっている。が、端的に言うとこれはおかしい。
まずその点をチェックする。その前に2点確認しておきたい。

  ★死体血は殺されてから半日やそこら経っても「凝固」しない。

たとえば、「窒息 (総論)」
http://www3.kmu.ac.jp/legalmed/lect/choke.html
ここの最後にある、「窒息死の死体所見」の2、「内部所見」を参照。
凝固しないというより、死体血は、「凝固を解かれた流動性の血液」といった方が正確かも。この事実から、「血液が凝固する前の、殺害からあまり時間がたっていない状態で…うんぬん」というのはそもそも無意味な誤記述ということになる。
「血痕の新鮮さ」などから殺害時間を推測するような考えが、この事件の報道中にいくつか見られるが、簡単に信じていいものではない。
そして

■失血の状態②を認めるのが自然なこと。

下野の記述のように遺体周りに大量血痕があったならば、遺棄時、遺体の内部にまだ血液が多く残っていたことになる。遺体が放置された後、血液は遺体の下側に移動するので、発見時の体勢(30度の斜面に左を下にした赤ちゃんポーズ)では、物理的に傷口の下に位置した遺体の部分には消えない死斑が残っただろう。加えて、遺体はかなり血まみれだったはずだ。

ところが遺体発見者は1~2メートルほどに近づくまでは「人形(マネキン)だと思った」と証言している。(毎日05-12-6とか)背中方向からぱっと見、遺体の置かれている様は血まみれではなかったわけだろう。背中には心臓を通り、致命傷となった一つの傷が貫通しているのだから、下野のような話であれば、背中も遺体周辺も血まみれ状態なわけで、発見者はまず第一に血の色を見るはずなのだが。このエピソードからも、流血は少なかったことが推定できる。それを裏づけるように、下野以外の報道は遺体周囲の大量血痕を否定している。
死斑については、朝日のみだが、「ほとんどない」との記事がある。

体内にほとんど血液が残っていない状態だった。このために死後20~30分からできはじめる「死斑」というアザもほとんどなかったという。 (朝日05-12-5)
他にも

体中の血液を失った状態で死亡していたが、 共同05-12-6
遺体に血液がほとんど残っておらず、遺体の周辺にもあまり血液が流れていない 茨城新聞05-12-7

などいくつかの報道がある。結局、総合すると【②遺体にはほとんど血液が残されていなかった】を事実として認めざるをえない。(記事まとめ(13)遺体の失血状態 参照)
これを、ポイントとして固めておく。
すると、それを用いて、逆に、前に挙げた下野(05-12-7)も見直し可能となる。というか②を、すべての話をチェキする条件とすることができる。で、下野(05-12-7)についてみると、血液がほとんどない遺体を遺棄した場合なので、

  ★「遺体の周囲に大量の血痕が残されていた」=× 
  ★「運ぶ途中に落ちたとみられる血痕も多量」=×  

となる。また「③遺体が発見されたその地点では血痕がほとんどなかった。」は遺体血がほとんどなければ自然な帰結になる。ただし、遺体には傷口があるのだから、そこから体内にまだ残っている「流動性の」血液がほんの少しずつでも流出することは事実だろう。
しかしその量は「遺体の周囲に大量の血痕」と言うほどのものではなく、かなり少量だったことになるわけだ。

遺棄地点での血痕についての多くの記事はこうした方向に沿っている。(まとめ (5)遺棄地点の血痕  参照)

「遺体発見現場には血痕がなかった」 産経05-12-3
「発見された斜面には血痕はほとんどなかったという」朝日05-12-4
「遺体発見現場には血痕がほとんどなかった」 日経05-12-7
「胸などに血液が付着していたほか、周辺にも少量の血痕が点在していた」 毎日05-12-11
「体中の血液を失った状態で死亡していたが、遺体発見現場には女児の血痕がほとんどなかった。」共同05-12-6

■こういった状況判断からすると「林道上の血痕」についても被害者のものはほとんどない流れとなる。
前にも書いたが、林道上の血痕についての報道を総合すると、遺棄地点の上の林道に50mに渡って点々とついていた血痕は、ほとんどすべてが動物血で、被害者の血痕は遺棄地点近くに「少量のものが」1箇所あるだけ、という構図のように読める。
だから、トップに挙げた下野の06-6-1の記事には違和感を覚えたわけだ。「まとまった量」ということに。またそれには説明があり、犯人が「遺体を一度置いたか運ぶ途中に落下させた」ものらしいと具体的なイメージが添えられている。そのようなことであれば、確かに血痕はある程度の「かさ」になるだろうが。
この記事は事件直後の混乱時ではなく、ものごとを冷静に見られるようになっている半年後の報道であるだけに、信頼度はより高いはずだ。また、違和感を覚えたからといって、その報道内容が、それ以前の報道全体の方向と必ずしも矛盾しているわけでもない。たとえば、05-12-5の東京新聞では、「女児の遺体は常陸大宮市の林道から約十メートル下の斜面で見つかり、真上付近の林道には少量の血痕があった。」と、『遺棄地点真上の血痕の存在』がすでに指摘されている。ここで言われている「少量の血痕」が、実は「まとまった量の血痕」だったことになるが。

さて。で、再掲①

■林道上1箇所に「まとまった量」の血痕があった。・・・①
これをあえて事実と見ることにする。この「まとまった量」の血痕の意味を考えたい。
ちなみに、「まとまった量」の血痕という言葉は、読売も使っている。

遺体遺棄現場となった常陸大宮市の山林では、「まとまった量の血液」も見つかったが、有希ちゃんのO型の血液と確認されただけだった。(追跡 今市事件(10)物証)
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tochigi/kikaku/086/11.htm

ただし、読売の記事は下野の記事の後のものなので、下野の語句を引用する形で「 」が用いられているのかもしれない。
まあ、下野の記述を補強するものと見ることもできるが、この事件の報道に関するかぎり、読売ほどいいかげんな新聞はないので、あてにはならない。

「まとまった量」の意味は不定だが、多量とは言えなくても、一目少量とも言えない「ある程度多量」、とみなすことにする。そうでなければわざわざ「まとまった量」などと言う必要もないだろうから。
結局問題は、最初に書いたことだが発見までの間、「長時間遺体が放置されていた」遺棄地点での血痕が「少ない」ないし「ほとんどない」ことに反して、なぜ林道上に「まとまった量」の血痕が残されていたのか、ということになる。

そこで、下野の言う、林道で遺体を「一度地面に置いた」とか、「落下させた」とかはどんな行動かを考えてみるが、その前にまた、2点を暗黙に仮定しておきたい。

  ★遺体は容器やビニール袋などに入れられて運ばれたと考えるのが自然。

シーツや毛布のようなものに包まれたのでは、遺体からの流血はその素材に吸収されたりぬぐわれてしまったりするだろうから、林道上にまとまった血痕も残らないだろうし、遺体に多くの微物や特徴のある血の跡などが発見されているだろう。ビニールシートのようなものにくるまれた、とも考えられる。
ただ、「むき出しの遺体のまま」、は考えなくていいのではないか。犯人はひょっとすると遺体の血抜きを試み、それに成功したと思い込んでいた可能性もある。その場合は、運搬中に遺体からの流血があるとは考えなかったかもしれない。犯人が93事件の犯人と同一である場合は恐らくそうだろう。93事件の犯人は遺体にも遺棄現場にも血痕を残していない。しかし、そのような人間でも、さすがにむき出しの遺体を車に積むことはしないのではないか。
一般的な言い方でまとめると、遺体は、「血液を吸わず、遺体に繊維などの跡を残さないような素材」で「梱包」されて運搬されたと考えるのが自然、ということになる。

  ★遺体は梱包されてから遺棄までの間、発見された状態と同じ左を下にした体勢だった。

遺体がたとえば車中で、発見時の体勢とは反対に、右を下にした体勢だったとすると、遺体の胸の下側(右側)にはほとんど傷口が位置しないので遺体からの出血はほとんどなく、「容器」内には血が溜まらない。したがって林道上にまとまった量の血痕は残らない。また、うつ伏せにして運ぶのは体が伸びた状態になり、不自然で論外。仰向けにして運ぶのでは、右を下にした場合ほどではないが、容器の中への流血はあまりなかっただろう。背中に小さな傷口が一つあるだけなので、血液は流れ出しやすい流動血ではあってもその流出量は限られるだろう。この場合も林道上に残る血痕はごく少なくなるのではないか。
結局、運搬車両の中などでも、体の左側を下にして遺体が横たわっていたことになる。したがって、梱包されてから遺棄までの間に、口や、比較的下に位置する傷口から遺体の下方へ少しずつ流動性の血液が流れ下り、容器の中に、ある量の血液の溜りができていたと思われる。

■以上の★2点を基にする。
遺体が遺棄地点上の林道で運搬容器あるいは袋、シートなどから取り出されて一旦地面に置かれたりすると、その遺体に付着していた血液がそのまま地面に血痕として残され、「まとまった量」の血痕になったと考えられる。この点は解明できたとしよう。
次に、遺体は遺棄地点に運ばれた後、、発見までの間、運搬に要した時間よりはるかに長い時間放置されていたのだから、遺棄地点には「よりまとまった量」の血痕が残されそうなものだ。上で見たように、事実はそうではないらしい。そこには「ほとんど」血痕がないとされた。これをどう理解すべきだろうか。

 ★殺害後の出血量がだいたい指数関数的に減少するものとして、被害者の体内に血液がほとんど残されていなかったことをあわせて考えると、被害者は殺害された後、出血の流量が大きいしばらくの間はうつ伏せ気味に放置され、多数の傷口から速やかに血液が流れ去り、その後、出血の流量が小さくなった時点で、洗われるなどしてから「梱包された」ものと思われる。

そうではなく、運搬中に容器内に数百ccといった大量の血液が流れ出るといった状況であれば、遺体は場合によっては血液でより汚れることになるだろうし、横向きの体勢であれば、顔や手脚などに死斑が残ると考えられる。実状はどうも違っていて、遺体は比較的きれいだったようだし、死斑もほぼなかったという。したがって「遺体梱包前に多くの血液は体内から抜けていた」と考えるのが適切だ。
体内の血液が大量に抜けてしまった後は、その後の血液の流出速度は小さなものになるが、大雑把に言って、それはゆっくりと時間と共に「直線的に減少」していったとみていいだろう。その上、

 ★遺棄後は血液の流れ出す速度はさらに減少する。

前にも書いたが、遺棄地点そのものの凹凸状態はわからないけれども、大まかに言って「約30度の傾斜の斜面」に、遺体は足をやや折り曲げた形で横たわっていた。このような場合、水平の場所に寝かされている状況と比べて、手脚など、体のいくらかの部分が「傷口の高さより下」に位置することになる。遺体の血液を移動させる力は重力のみであるから、脚などの「傷口の高さより下」になった部分の血液が傷口に移動することは、もはやない。したがって遺棄後は血液の流れ出す量はこの意味でも減少する。
そういう二重の理由で「遺体梱包後~遺体運搬時の出血量が遺棄後の出血より多かった」ことになるのだろう。

■そうしたプロセスとは別に、 「遺体梱包~遺体遺棄」までの時間がおおまかに言って「長かった」 ことが推定される。遺体が遺棄されてからの血液流れ出し量の減少を考え合わせても、発見までには半日程度も時間があり、その間の出血量が、林道上の血痕量より少ないらしいとすると、梱包期間が「比較的長かった」と考えるのは妥当なイメージといえる。
梱包前に大部分の血液が遺体から失われているのだから、容器の中にある程度の血溜りができるまでには、比較的長い時間がかかるといってもいい。
推測できるのはここのあたりまでか。まとめておくと、

⑤殺害後、遺体はある程度の時間放置され、その間に遺体内のほとんどの血液が抜けてしまった。 また、その後「遺体梱包~遺棄」までの時間が「比較的」長かった。遺棄後の出血はほとんどなかった。

もう少し話を進めてみる。
「遺体梱包~遺棄」までの時間は、運搬時間とそれ以外の時間に分けられる。

「運搬時間が短い」≒「殺害現場が遺棄現場に近い」ケースでは、遺体梱包~運び出しまでの時間が長いことになる。

また運搬時間が長ければ「殺害現場が遺棄現場から遠い」ことになる。
どういうケースが真実なのかは判定不能だ。まあ、自然な流れとして、一番ありそうなのは、

  ★「遺体梱包後、あまり間をおかずに運搬するというケース」だろうが、この場合は殺害現場~遺棄現場はかなり離れていることになる。

実際には報道は殺害時刻については錯綜の極みだし、殺害場所については見当すらついていない。
(殺害時刻の範囲は、大きな区間としては推定できて、1日PM4時~2日AM1時。 (20)殺害時刻 参照)

■下野でいう「まとまった量」の実際が、実は比較的「少量」だった場合でも⑤のような帰結はそれほど動かないかもしれない。

夜間、車のライトの中でたとえば袋を地面に置き、中から遺体を取り出す行動をすれば、その地点には「まとまった量の血痕」が残りそうだ。取り出すとき、血痕が散って、「血痕群」になるかもしれない。トランク的なケースやシートに包んでいた場合は、取り出した後に地面に置く必要はないので、その行為自体からは血痕が残らないとしても、遺棄後にケースやシートにに溜まった血液を棄てていった、なども考えられる。この場合は、林道上の血痕が遺棄地点の血痕より量が多いことがあっさり説明できる。

遺体を「落とした」というのはやや不自然な気がするが、その場合は「まとまった量の血痕」が残されるのはわかりやすい。

確かなのは、林道上の血痕の状態・遺体の失血状態・遺体に付着していた血痕状況などから、 鑑識はプロの厳正さをもって事実経過を正しく認識できたはず 、ということだ。発表されていないだけだろう。

遺体から血液が流れ出ていたことは、犯人にしてみれば失敗だったかも知れない。
遺体を横向きではなく仰向けにして運べば、93年事件と同じように、遺棄現場にはまったく血痕は残らなかったのではないか。そうすれば、上に書いたような事情を鑑識に推定されることはない。

最終更新:2009年06月28日 18:11