暫く二人肩を並べたまま時間を過ごしていたが、ゴドーは諦めたように溜息を零す。
それから軽く腕を持ち上げ、再び腕時計に視点を合わせた。
「終電……無くなっちまったな」
「……今日が終わっちゃった」
どちらもどこか残念そうな響きを持ち、それぞれの思いを言葉にして吐き出す。
ゴドーはがっくりと肩を落としている真宵の頭をそっと一撫でしてから、立ち上がるように促す。
真宵は重たい腰を上げると、背後を振り返って扉の鍵を閉めた。
そして靴を脱ぎ、部屋へと上がっていく。ゴドーも黙ってそれに続いた。
「本当は今日……ううん、もう昨日か……昨日中にやりたかったのに」
ソファへと身を預けて、未だ残念そうに呟きを零す真宵。
ゴドーはそんな彼女を、ソファには座らず立ったまま見下ろす。
曇った表情はどこか色気を含んでいるように見えて――
……否、この場が醸し出す雰囲気に酔っているだけだ。ゴドーは自分の考えを打ち消すように頭を振った。
「……過ぎた事をくよくよしてもしょうがないっ」
真宵の無駄ポジティブが発揮される。本当に、落ち込んだ空気が続かない娘だ。
自分がぐだぐだ悩んでいるのがいっそ馬鹿らしく思えてくる。ゴドーは仮面の奥で数度瞬き、改めて真宵を見つめた。
「お祝いの最大の目的をこれから発表しまーす」
気のせいだろうか。その明るい声はどこか無理をして作られたようにも取れた。

真宵は表情も明るく笑みを湛えて、胸の前で手を組む。
その組んだ手、作られた印はゴドーには見覚えがあった。降霊術を行う時の印。
瞬間、ゴドーの中でバラバラに散っていたパズルが音を立てて組み上がっていく。
真宵が次の句を告げるよりも早く、ゴドーは身を屈めて彼女の腕を取り、その印を解いた。
「……嬉しくなんかねえぞ」
「か、神乃木さん……?痛いっ……」
思わず掴んだ手の力は加減が出来ず、しかし真宵が痛みを訴えても解かれる事は無かった。
ゴドーは仮面をつけている。とある事件によって視力が失われ、それを補助するために作られたものだ。
その仮面によってゴドーの表情はわかりにくい。だが今彼は怒りを覚えている。怒りと、そして哀しみを覚えている。
真宵はゴドーの短いたった一言だけでもそれを悟り、息を飲んだ。
「そんな事をされても嬉しくなんかない」
「……で、でも……でも、あたしいっぱい考えたんです、それで……これが一番だって思いついたの」
真宵の返事を聞いて、彼女の手を掴むゴドーの力は更に強くなる。真宵は痛みに顔を顰めた。
「今は……今は、一番逢いたくない人物だ。だからそんな事をされても嬉しくもなんともない。やめてくれ」
どの面下げて逢えって言うんだ。
ゴドーは消えいるような声でそう続けて、漸く真宵から手を離した。
あまりにも力強く握り締めてしまったため、真宵の手は赤く染まってしまっている。
ゴドーの目にはその色は映らなかったが、真宵の表情を見て自分がどれだけ強く握ってしまったのかを知った。
すまなかった、と侘びを入れながら今度は彼女の手を優しく撫でて労わる。

「神乃木さんは……もう、おねえちゃんには逢いたくないの?」
「……今は、だ。今は……逢えない。いや、逢いたいという気持ちは強い。だが……」
少し酷かとも思ったが、今はこう切り返す事しか出来なかった。
自分は何て愚かで罪深いのだろう。ゴドーは自分を恥じつつも、それでも止める事は出来なかった。
「アンタはそれでいいのか」
問題の中心を真宵へとずらしたのだ。
己はどれだけこの少女を傷つければ気が済むのだろう。内なる自分が自分を攻め立てる。
わかっていながら、ゴドーはどうしても目を向ける事が出来なかった。
綾里千尋。あんなにも愛おしく大切に思っていた彼女。
それなのに今、彼女に目を向ける事が出来ない。顔を見せる事が出来ない。
今は彼女に外見も中身も醜く変貌してしまった姿を見せたくなかった。
それが一番の理由であったが、それとは別に違う理由も産声を上げ始めている。
ただその声は、今のゴドーには届かなかったが。

「……コーヒーでも淹れよう。インスタントでも頑張りゃあそれなりの味は出る」
とうとうゴドーは真宵からも逃げ出そうとした。
今度こそ真宵はその動きを止める事もしなかった。――行動では。

「あたしは……」
ぽつりと零れるような真宵の呟きがゴドーの耳に届く。
ゴドーは真宵に背を向けている状態だったが、その場で立ち止まり彼女の言葉に耳を傾けた。
「あたしは……悪い女の子です……
 おねえちゃんが……神乃木さんも……わかっているのに……」
懺悔にも似たそれはかなり聞き取り辛いもので、ゴドーは息をも止めるような心持で耳を澄ませる。
「こんなの……はじめてでどうしていいかわからない……
 あた……あたし……あたし、今日……神乃木さんに楽しい思いをしてもらいたかった……
 ただそれだけで、それだけを考えてた。なのに……あたし、今日凄く嬉しかった。
 神乃木さんに会えて嬉しかった。ラーメン一緒に食べられて嬉しかった。
 悪い人に絡まれた時も、神乃木さんが助けに来てくれて本当に嬉しかった。トノサマンみたいで格好良かった……」
ちょっとそれはどうなんだ。
ゴドーは思わず真宵の告白を遮ってでもつっこみたくなってしまった。
しかし真宵はゴドーの途惑いなど何処吹く風、俯いたまま話を続けていく。
「公園で抱き締めてくれた時、凄く恥ずかしかった……けど、あったかくて、落ち着けて……
 まるでデートみたい、って思ったら……でも、でも、……おねえちゃんの顔を思い出して……」
搾り出されるような真宵の独白は、掠れた小さな一言で締め括られる。

……好きになっちゃ、いけないのに。

「誰がそんな事を決めたんだ」
張りを持ったゴドーの声が真宵の耳に入ってくる。
まるで叱られた子供のような表情で、真宵はおずおずと片手を挙げてそれを答えとした。
「誰がそんな事を決めたんだ?」
それは同じ問いではあったが、今度のものは印象が違っていた。それどころか声の距離まで違っていた。
真宵は我に返ったかのような勢いを持って顔を上げる。そして、きゃっ、と小さく悲鳴を上げた。
何時の間にかゴドーは真宵の傍に座っており、彼女の顔を間近に覗き込んでいた。
「……誰がそんな事を決めたんだ……」
三度目の、同じ問い。真宵が答えを探そうとする間に、ゴドーの手が真宵へと伸びていく。
くしゃくしゃと真宵の頭を数度乱暴に撫でると、その手は頭から滑り落ちて真宵の背中へと添えられた。
真宵はこのゴドーの仕草を――まるでおとうさんみたいだ――なんて思っていた。
「俺はチヒロを忘れてなんかいない。何時だって何時までだってあいつの事を想っている」
彼女はここに居る。そう言ってゴドーは空いている片手で真宵の手を取り、己の胸元へと添えさせた。
ゴドーの心音が真宵の手に伝わっていく。その暖かなぬくもりと音は真宵に少しばかりの安堵を与えた。
「心配するな……。お嬢ちゃん、今日は有難う。楽しかったぜ、充分楽しんだ。だからもう無理はしなくていい」
ゴドーの手は真宵の手から離れて、両腕を使って彼女を抱き締めてきた。
無理な力も無い、柔く相手を包み労わる優しい抱擁に、真宵はうっとりと溜息を吐き出す。
そしてこの逞しい胸板にいつまでも寄り添いたいと思った。

「……俺は何時だって、何時までだってチヒロの事を忘れない……」
「……いやだ……」
「ずっと、アイツは俺の中で生きている……」
「いやだよ」
真宵は軽くゴドーの胸元を叩く事で、彼の話を遮ろうとした。
本当はもっと力を込めて叩きたかったのだろう、しかしどうしても力が篭らなかった。
そうやって数度、ゴドーの胸元を叩き続ける。顔を押し付け、その表情を隠そうとする。
「どうして?嬉しい事のはずなのに。神乃木さんがおねえちゃんを大事に想っていてくれる、嬉しい事のはずなのに」
「お嬢ちゃん」
「どうしてあたし、それがすごくイヤだって思っているの?」
己の胸元に顔を押し付けて表情を隠す真宵。
ゴドーは彼女が落ち着くよう数度彼女の背中を撫でてから、震える肩に片手を置いて、もう一方の手は彼女の顎へと添えた。
そしてゆっくりと、顔を上げさせる。
「まァた悪い虫に好かれやがって」
真宵の顔は涙に濡れていた。ゴドーは彼女の瞳から零れ落ちる涙を指先で掬い、拭っていく。
真宵は必死に涙を堪えようとしてはいるが、次から次へと溢れ出てきてしまう。
どうしても堪える事が出来ず、またゴドーも堪えなくていいと真宵を慰めた。
ゴドーの指先は真宵の頬から離れ、その代わりに唇が涙を拭い始めた。
真宵はその動きに驚き、何度も瞬きをする。その度に涙はゴドーへと零れ落ちていった。

涙の線を辿り、ゴドーの唇は真宵の目尻へと辿り着く。そのまま軽く涙を吸い上げて漸く唇は真宵から離れた。
口元に悪戯ぽく笑みを浮かべるゴドーを、真宵は真っ直ぐ見つめる事が出来ず、視線を床へと落とす。
驚いた拍子に涙は止まったようだが、その表情は泣いた事以外で熱く火照っていた。
「あたし……不良になっちゃったんだ。悪いってわかっているのに……神乃木さんを独り占めしたいって思っている」
「俺もだ」
「ごめんなさい……ごめんなさい。おねえちゃん……あたし我慢できなかった」
「俺もだ」
「おねえちゃんを呼ぼうとしたとき……心のどこかで、神乃木さんに止めて欲しいって思った。あたしを選んでほしかった」
ゴドーは真宵をただ優しく抱き締め続け、彼女の気の済むまま話を聞き続けた。
時折自嘲気味な相槌を挟む以外はただずっと、真宵を抱き締め続けていた。
真宵の小さな肩はゴドーの大きな手ですっぽりと包めてしまう。
ゴドーが好きだと感じた真宵の香りは彼のすぐ傍で充分に楽しむ事が出来た。
どれだけの時間が経っただろう。真宵の懺悔はとうに終わっていて、それでもゴドーは真宵から身体を離す事は無かった。
二人の身体はしっかりと寄り添い、互いの存在感を確認し合っている。
ただ無言の、存在を確かめ合う沈黙はゴドーの手によって断ち切られた。
ゴドーは再び真宵の顎に手を添えて、顔を上げさせる。
そして彼女の目の前で、己の顔半分も覆う仮面を外して見せた。
真宵はそれから目を逸らす事無く、泣き腫れた眼でしっかりと彼の顔を見据える。

視力の大半を失ったゴドーの瞳は濁りすらあり、左目のすぐ下には大きな傷跡が走っていた。
痛々しいその傷跡に真宵は脅える事も目を背ける事も無く、そっと指先を這わせる。
「神乃木さん……おねえちゃんの姿、見える?」
「ああ……今も俺の中で微笑んでいる」
「あたしの事は……ちゃんと見えていますか?」
ゴドーは声には出さず、唇だけを動かして返事を伝えた。
真宵はそれを受けて、またも泣き出しそうな程、表情を歪める。
喜びによってなのか哀しみによってなのか、それは二人にしかわからないだろう。
ゴドーは静かに顔を真宵へと寄せた。真宵は逃げる事もせず、そっと目を閉じて彼を受け入れる。
二人の唇が重なり合った。ただ互いの存在を確かめるだけの口付け。
唇だけを重ね触れ合わせる、初々しいキス。永遠に続けば良い、真宵の心は唯それだけを願った。

「……シャワーは先に女の子が浴びるもんだよね」
「お嬢ちゃん……そういうのは男に言わせる台詞だぜ」
真宵の願いも虚しく、ゴドーから唇を離されてしまった。
表情を隠すように仮面を付け直すゴドーを見て、真宵は膨れっ面をしながら言う。
真宵の言葉を耳にしてゴドーは軽く肩を竦めて見せた。

「んんっ……」
「……嫌だったり痛かったりしたらすぐ言えよ」
シャワーを浴びた二人はすぐベッドの上で抱き合った。
ゴドーはベッドに向かうまでは仮面をつけていたが、今はそれを外している。
忌まわしい事件が起こったあの日から、ゴドーの視力は失われてしまった。
視力補助のための仮面。それを外すと、どんなに物を近づけてもその瞳は形を、色を認識しない。
今彼の瞳で捉えられるものはおぼろげな輪郭だけだ。
ゴドーは手探りで真宵の姿を捉える。彼女の肢体に手を滑らせて形を確認し、頬を摺り寄せて肌の滑らかさを知る。
「あたし……おねえちゃんみたいにおっぱいでかくない」
「だが、充分に柔らかい。温かくて、安心出来る……」
「おねえちゃんみたいに腰もくびれていないよ……」
「撫でていて心地良いの一言に尽きるぜ。女ってのは……どうしてこう、滑々してやがるんだろうな」
ゴドーの手は真宵の両脚を捉えた。足首を持ってそれを高く持ち上げる。
きゃっ、と真宵は小さく悲鳴を上げた。そして羞恥で言葉を詰まらせてしまう。
ゴドーには自分の姿が見えていない。彼の動きでそれは充分に解る。
だがそれでも羞恥を完全に拭う事は出来ない。足を開かされて、恥ずかしい部分を晒されているこの現状。
真宵は茹蛸のように顔を赤く染め上げていった。
ゴドーは彼女のそんな状態を知ってか知らずか。
足首に頬を寄せて位置を確認すると、そのまま顔をずらして肌に唇で触れていく。
真宵は肌に擦れるゴドーの髭がくすぐったく感じた。
ゴドーの唇はゆっくりと足のラインを伝い降り、秘所へと難無く辿り着く。

「や、やだやだ、そんなトコ汚いよっ!」
真宵の声がゴドーの耳に届く。しかし態度や行動での抵抗は見られない。
羞恥から零れてしまった声なのだと受け取り、ゴドーは行為を止めはしなかった。
恥ずかしさや、下手すれば恐怖を感じているかもしれない。
ゴドーの吐息が秘所に降り掛かると真宵は再び身を強張らせて口を噤む。
陰毛の茂みに軽くキスを落とすと、舌を覗かせてまずは割れ目を大きく舐め上げる。
びくりと真宵の身体が跳ね上がった。それを宥めるようにゴドーは真宵の太腿を手で撫で擦る。
しかし今の真宵には何をしても逆効果だった。肌を撫でるその手の動きにすらぞくぞくと震えを覚えてしまう。
ゴドーは一度舐め上げたその箇所を、今度は丁寧に舌先で擽り始めていく。
(声が出ちゃう、聞かれちゃう……恥ずかしいよぉ)
真宵は声を抑えようと必死に口を結んだ。それこそ、息を止めて身を強張らせてまで。
しかしゴドーの巧みな愛撫に流され、どうやっても甘い喘ぎ声は口から零れていく。
ゴドーの手が、唇が己の肌に触れるたびに痺れにも似た快楽が全身を蝕んでいく。
(神乃木さん、今何を考えているのかな)
(あたしの事……いやらしい女の子だって思っていないかな)
ゴドーは指を使って割れ目を大きく広げ、そこに隠れていた箇所も余さず舌で辿っていく。
彼の舌が身を潜めていた肉芽を捉えるのもすぐだった。
舌を小刻みに動かして弄ぶように転がしていく。かと思えばきつく吸い上げてくる。舌の腹で芽を押し潰そうとしてくる。
真宵が悲鳴染みた歓喜の声を上げると、今度は労わるように口全体を使って肉芽を包んでやった。

口の周りが己の唾液と、真宵が零す愛液とで濡れそぼってもゴドーは構わず舌での愛撫を続ける。
溢れる愛液をわざと音を聞かせる程大きく啜り上げ、真宵の気分を盛り上げていった。
「ぅう……や、ぁっ!あ!……ふぅっ……かみ、のぎさ、ん……恥ずかしい……っ」
ジュルジュルと耳に届く淫猥な水音に、真宵はきつく目を閉じて顔を隠すように頬に手を添える。
しかし真宵はその手で己の耳を塞ごうとはしなかった。
今ゴドーが自分の恥ずかしい箇所に食いついているというのに、厭らしい音を聞かされているというのに拒む事が出来ない。
もっともっと続けて欲しいという気持ちで一杯だった。
ゴドーは唇を秘所に添えて位置を捉えている状態で、今度はそこに指を宛がう。それから唇を離して、今度は指での愛撫を始める。
充分に濡れている真宵の秘所は、ヌルヌルと滑りを帯びてゴドーの指を弄んでいく。
指は柔らかく温かいその場所を充分に楽しんでから、ゆっくりと線を辿り降りて、ある一箇所を捉えた。
「……わかるか?」
明確では無い問いを向けられてもその意図を解っているとばかりに真宵は何度も何度も頷く。
今のゴドーの目にはその姿は捉える事は出来なかったが、不思議な事に真宵の気持ちはしっかりと彼に伝わっていた。
ゴドーは膣孔の入り口を指先で撫でてから、ゆっくりと指を中へと入れようとする。
「…………」
しかし、その指は中へ入り込む事は無かった。いや、実際はほんの少し中へと入り込んでいた。
「……?神乃木さ……、……ッ!」
ゴドーに何か問い掛けようとした真宵。だが己を襲う刺激に言葉が詰まってしまう。
甘く、切なさにも似た痺れを生むものはゴドーの指の動きだった。
「あ、ぁああ……」
ゴドーの指は真宵の秘所、肉芽を中心に置いて動かされる。

彼から与えられる甘い刺激に最早真宵は喋る事すら出来なくなった。
口をついて出てくるのは切なく濡れた喘ぎ声だけ。
そんな中、耳元で荒い息遣いが聞こえるのに気付く。自分のものではない、これは。
「……マヨイ……」
荒々しく逞しい息遣いの中で、己の名が紡がれる。
この喜びをどう表せばいいのだろう、真宵は泣きたくてしょうがなかった。
真宵は縋りつくように、ゴドーへと腕を伸ばして彼に抱きつく。
ゴドーは空いている片腕を持って彼女を受け止め、その耳元で己の想いを吐き出し続けた。
「あぁ……ふあ、……っひ……ッ……あっ!」
びくっ、と真宵の身体が小さく跳ねる。彼女が達した事を悟ったゴドーはそっと指を秘所から外した。
濡れてふやけかかっている己の指を口元へと運び、咥える。
その味を確かめるように舐めていると、真宵の手がゴドーの腕を軽く叩いた。
「神乃木さんの……えっち」
「大人はいやらしいものなんだぜ、お嬢ちゃん」
ちゅっ、と小さく音を響かせて口から指を離し、不敵な笑みを湛えるゴドー。
彼のそんな表情を真宵は不服そうに唇を尖らせながら見つめた。
ゴドーの身体が真宵に重なる。暖かな重みに真宵はうっとりと溜息を零した。
ゴドーは手探りで何かを探しているようだ。彼の手の動きに視線を向ける真宵。
漸く目的のものが見つかったのか、ゴドーの表情は少し明るさを持つ。

彼の手が掴んだのは掛け布団だった。それを引っ張り上げて互いの身体を覆い隠す。
布団の中で真宵はゴドーの腕にしっかりと抱き込まれた。
「神乃木さん……」
真宵は何か言いたそうにしていた。しかしゴドーはそんな空気を読みはせず、目を閉じてしまう。
じゃれつくように真宵の額、頬、そして唇へと己の唇を這わせてから、
「おやすみ」
優しい声で、そう真宵に告げた。
暖かな真宵の温もりは今もしっかりとゴドーに伝わっている。
与えられた愛撫と達した事での疲れか、暫くすると真宵から微かではあるが規則正しい寝息が聞こえ始めた。
ゴドーは暗い部屋の中、今は光も満足に受け止められない目を凝らして真宵の姿を見つめる。
「チヒロ……」
ぽつりと、ゴドーの口からある人物の名前が零れた。
その声は切なげに歪んだもので、表情を隠すように真宵の胸元へと顔を押し付ける。
小振りではあるがしっかりと柔らかさを持った真宵の胸に、ゴドーは心から安堵を覚えた。
「……すまねえ」
それは綾里千尋に向けられたものか、それとも真宵に向けられたものなのか。
ゴドーはそれ以上口を開く事をせず、ただ静かに心の中で泣き、一晩中真宵に縋り付いていた。

【終】
最終更新:2006年12月13日 09:17