01

春美が響也の家に世話になって、早数日が過ぎた。

早く成歩堂の所へ行かなければと思いつつ、どうしてもあと1歩で春美は踏みとどまってしまう。
ただでさえ色々と抱えているのに、響也のスクラップファイルの記事の内容まで引っ掛かって仕方ない。
自業自得とはいえ、それらが枷となって春美の決断を鈍らせていた。

響也は響也で「別に焦らなくても、決心がついたら行けばいいさ」と悠長な意見である。
ついついその意見に流されそうになるが、いつまでも躊躇している訳にはいかない。

「わたくし、本日…成歩堂くんを訪問しようと思います」
とある日の朝、春美は職場へと向かう響也を玄関で見送りながら告げた。

「そう、やっと決心ついたのかい。場所はこの前、地図を渡したから分かるよね?」
「はい。夕方には戻ります」
「…気をつけていっておいで」
ぽんぽん、と春美の頭を優しく撫でる。
「子供扱いしないでくださいっ」と恥ずかし半分で怒る春美を横目に、響也は笑いながら家を出た。

検察庁への道のりの間、響也はずっと頭の中で考え事をしていた。
春美は今日、成歩堂に会って全てを知ることになる。
証拠品の捏造疑惑は自分の兄が謀ったこと、そして知らなかったとはいえ自身も加担していたこと。
それを知ったら彼女はきっと、自分を侮蔑するだろう。

苦い記憶は見えない鎖となって、今でも響也に絡みついて離れなかった。

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夏の日差しがジリジリと照りつける中、春美は響也に書いてもらった地図を頼りに成歩堂芸能事務所へと足を運んだ。
分りやすく丁寧に書かれた地図のおかげで、迷うことなく目的地に辿り着くことができたものの。

「うーーーーん…」
「成歩堂芸能事務所」と書かれた看板の前で、春美はかれこれ10分以上も悩み続けている。
この扉の向こう側に成歩堂がいるのは、分かっているのに。
「ここまで来たら、もう行くしかありませんっ!」
自分に言い聞かせるように意気込んだのち、春美がドアノブに手をかけようとしたその時ーーー。

「うちになにか用ですか?」
「ひゃあぁぁっ!」

いつの間に背後にいたのか、突然声をかけらた春美は思わず素っ頓狂な声をあげる。
振り返るとそこに立っていたのは、無精ヒゲを生やし、サンダル履きという気の抜けた格好の男。
姿、格好は随分と変わったが、春美は彼が成歩堂だと直感で分かった。
「な、成歩堂くん…」
「あれ? …もしかして、春美ちゃん?」

数年ぶりの再会はお互いにとって、随分と衝撃的なものになった。
スーツを脱ぎ捨て、目もなんだか半目でやさぐれた印象の成歩堂は春美を驚かせ、
かたや身長も随分と伸び、幼女から女性へと美しく成長した春美の姿は成歩堂を驚かせた。

成歩堂に案内されて入った事務所の中も、7年の時を経て随分と様変わりしている。
あちらこちらに所狭しと並べられた手品用具を不思議そうに見つめる春美の前に、成歩堂がお茶を置く。
「最初、誰だか分からなかったよ」
「成歩堂くんも…随分と変わられましたね」
「はは、色々とあったからね」
そう言って笑う顔は、昔と同じままだなと春美は思った。
「真宵ちゃんから連絡があって、近々来るかなとは思ってたけど」
「ま、真宵さまから連絡があったのですか!?」
響也と約束した通り、春美はすぐに家のものへ連絡は入れている。
だが真宵本人にはまだ連絡をしていないのだ。


「真宵ちゃん、『はみちゃんが不良になった』って大慌てしていたな。
 すぐに分家に連絡があって少しは安心したようだけど…」
「…真宵さま、わたくしのこと気にかけて下さってるんでしょうか」
「そりゃもちろん、そうだろ。真宵ちゃんはいつだって、春美ちゃんのこと大事にしてるじゃないか」
「でも、わたくし聞いてしまったのです!!」
「なにを?」
「………実は…」

春美は向かいのソファに座る成歩堂に、洗いざらい話した。
里を飛び出した理由と、ある人物から成歩堂が弁護士を辞職した事実を聞いたこと。
春美の話に成歩堂は、なるほどね、と納得してポリポリと頭を掻く。

「真宵ちゃんの発言の真意は、真宵ちゃん自身から聞くべきだとして。
 ぼくに7年前なにがあったのかは、今からちゃんと説明するよ」
成歩堂はズズッとお茶を啜ったあと、ゆっくりと語り始めたーーー。

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成歩堂の話を全て聞き終わったのは、既に日が傾き始めた頃だった。

「…ということで、理解してくれたかな?」
春美は俯いたまま、こくんと頷く。
捏造疑惑の真相も、娘のことも、牙琉霧人の7年越しの計画も、そして響也と事件の関わりも全てが消化された。
緊張が一気に緩んだせいか、春美は思わず涙ぐんでしまっていた。

「なっ、成歩堂くんがっ…ぐすっ…
 ね…捏造するなんてっ…絶対にっ…嘘だとっ…わたくし信じてましたっ…ぐすっ」
「信じてくれて有り難う、嬉しいよ」
成歩堂は優しく笑いながら、春美にティッシュの箱を差し出す。
春美はそれを何枚か取ると、成歩堂に見られないようにぐちゃぐちゃの顔を拭きながら言う。
「わたくし…、真宵さまに連絡しなくては…」
「ああ、そうしたほうがいい。真宵ちゃん心配してたから連絡してあげなよ」
「いえ、それだけではありません。ちゃんと自分の耳で、真宵さまからあの言葉の意味を聞こうと思います」

成歩堂は、先ほどとは違った意味で春美の成長に驚かされた。
7年と言う月日は、外見だけではなく中身も随分と成長させるのだなと感心しながら、成歩堂は受話器を春美に渡す。
春美は受話器を受け取ると、本家へ繋がる電話番号をゆっくりとプッシュした。

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すっかり日も落ちた夏の夜。
体にまとわりつく湿った空気は響也を苛立たせる。
だがその苛立ちの理由は、決してそのせいだけではなかった。

表面にそれを出さないよう気をつけて帰宅すると、キッチンから鼻歌が聞こえてくる。
覗いてみれば、そこには嬉しそうに料理をする春美の姿があった。
「随分とご機嫌のようだね」
「おかえりなさいませっ。ご飯まだですよね?」
「ん、ああ…」
「では、すぐにご用意いたしますねっ」
花柄のワンピースに白いエプロン姿の春美は、再び鼻歌を歌いながら作業に取りかかる。

「すごいな、今夜はパーティーかい」
目の前に並べられたご馳走の数々は、春美の上機嫌の象徴のようだった。
「はいっ、お祝いです」
「なんのお祝いか、ぼくにも教えてくれよ」
「ふふふ、実はですね…」

春美は嬉しそうに、今日の出来事を話し始めた。

今から数時間前、春美は真宵と電話越しに話をした。
『はみちゃんっ、わたし心配したんだよっ!どうして家出なんてしちゃったのっっ!?』
開口一番にそう大声で叫ぶ真宵の声は、受話器越しに成歩堂にも聞こえるほどだった。
春美はまず心配をかけたことを詫びると、ずっと恐れていた真宵の発言についての話題に触れた。

『…そっか、はみちゃんあの時のわたしの会話聞いてたんだ』

「わたくし、真宵さまのお気持ちに気づかないでいたことがお恥ずかしいです…」

『ちょ、ちょっとはみちゃん!それは誤解だよっ!』

「え…?」

『あのね、よぉぉぉーーーーく聞いてね。
 …実はわたし、ずっと綾里の本家と分家の問題について、なんとか出来ないかなって考えてたんだ。
 あまり家元とか分家とかに捕われすぎないで、協力しあって倉院流を持続していきたいって。
 そうすぐ簡単にはやっぱ難しいみたいだけど、なるほどくんにも相談しながら頑張ってたんだよ』

「!! わたくし、全然知りませんでした…」

『だって内緒にしてたんだもん!
 その計画が軌道に乗るまで、はみちゃんには言わないでおくつもりだったんだ。
 近寄らせたくない、っていうのもそういうことだよ。
 だってもし失敗しちゃったら、はみちゃんまで巻き込んじゃうと思って…黙っててゴメンね』

「真宵さま…ありがとうございますっ…。私てっきり、邪魔だったのかと勝手に…」

『もうっ、大好きなはみちゃんを邪魔だなんて思うワケないじゃんっ!』

「はいっ…わたくしも真宵さまが大好きですっ!」

『でねっ、なるほどくんもまた司法試験受けようかなって考えてるみたいでね!
 一緒に頑張ろうって言ってて、目的を達成したらはみちゃんに報告しようかなって思ってたの。
 はみちゃんにはバレちゃったけど、応援してくれるかな?』

「もちろんですともっ!わたくし…心からお2人を応援しておりますっ!!」

ぼろぼろと嬉し涙をこぼしながら、春美は受話器の向こうにいる真宵へと笑いかける。
成歩堂はその様子を見守りつつ、「司法試験、頑張らないとなあ」と呟くのだった。

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春美から真宵とのやりとりの内容を聞いても、響也は大して驚きはしなかった。
正直、それは響也にとって想定内であったからだ。
想定外なのは、成歩堂を陥れることに加担してしまった自分の前で春美が笑っていることだった。

食事が終わるまで、春美は結局そのことについては触れようとしなかった。
それが余計に響也を苛つかせるが、春美はそれに気づくことないままリビングを後にするーーー。


風呂から上がった春美は、リビングのソファに仰向けで転がる響也の姿を見て驚いた。
ローテーブルの上には、酒の瓶や缶が散乱している。
食後から短時間でこれだけの量を飲んだなんて、信じられなかった。

「牙琉さん、大丈夫ですかっ!?」
「ん……」
春美の呼びかけに僅かに反応するが、身じろぎひとつしない。
「しっかりしてください!!」
慌てて春美は響也の頬をペチペチと軽く叩くが、いきなり響也に手首を掴まれてしまう。
「きゃっ!?」
「心配しなくても大丈夫だよ、このくらいで潰れたりしないさ…」
「で、でも飲みすぎです…」
「それよりもさ、成歩堂から全部聞いたんだろ?」
ゆっくりと閉じていた目を開け、響也は喋る。春美の手首を離そうとはしない。
「は、はい。娘さまのこととか、捏造は成歩堂くんがわざとしたことではないって…」
「ぼくが言いたいのはそれじゃないッ!」
「…つっ!」
急に声を荒げた響也は、春美の手首を強く握った。

「ぼくは、アニキの用意した捏造品の情報で成歩堂から弁護士バッジを奪ったんだ。
 知らなかったとはいえ、キミからしたらぼくだってアニキと同罪だろ?」
「そんなこと…」
「そんなことないって? …分からないな、キミだってぼくと同じ気持ちだったんじゃないのかい?」
響也は上半身を起こし、春美の手首をぐいと自分の方へ引っ張った。
バランスを崩した春美は響也に倒れかかりそうになるが、寸でのところで堪える。
目の前に迫る響也の鋭い視線に、春美は思わず吸い込まれそうになってしまう。
 
「キミは信頼していた母親に利用されて、大好きな従姉妹をその手で殺すところだった。
 知らなかったとはいえ、今でもそのことを負い目に感じている。たとえ周りが許しても、自分も同罪だって…」
「やめてください…っ!!」
響也の指摘に耐えきれず、春美は思わず顔をそらした。
小さく体を震わせているのが、掴んだ春美の手首から響也にも伝わる。
「…ごめん、ひどいこと言ってしまったね」
響也は掴んだままだった手首を離すと、深く項垂れた。

「本当はずっと尊敬してたよ、優秀なアニキを。だからこそ、余計に信じたくなかったんだ」
「牙琉さん…」
「ぼくは心のどこかで、まだ真実を認めたくないのかもしれない。…検事のくせにさ」
今まで決して誰にも見せなかった心の内を、会って間もない少女にどうして話してしまうのだろう?
自分と少女を重ね合わせているなんて、バカらしい。
ははっ、と響也は軽く笑う。

「牙琉さんはちゃんと認めようとしていらっしゃるではないですかっ!!」
春美はスクラップブックを手に取り、響也の前へ突き出した。
「これ…、見たのかい」
「申し訳ありません。
 でも、お兄様の記事を破り捨てずに保存しているのは、受け入れようとしてることではないのですか?
 尊敬していた頃のお兄様のことも、犯罪に手を染めたお兄様のことも、すべて」
「…………ッ」

春美の指摘に、思わず言葉が詰まってしまう。
そんな響也の頭を、春美はいきなり自分の胸元に抱きかかえた。
響也は一瞬、何が起こったのか分からなかった。

「辛いときは、泣いていいですっ」
「えっ?」
「よく真宵さまが昔、わたくしにこうしてくださいました」
子供をあやすかのような扱いをされて思わず響也は苦笑するが、何故か不思議と心地がよい。
「わたくしだって、お母さまのしたことは許せませんけれど…。
 それでも大好きなお母さまに変わりはないですし、真宵さまがわたくしを必要としてくださるのなら、
 くよくよせずに頑張ろうって心に誓いました。だから…」
「…だから?」
「その、上手く言えませんが…。
 牙琉さんも、わたくしと一緒に頑張って乗り越えましょうっっ!!!」

春美の精一杯の励ましに、思わず響也は笑った。
ただの世間知らずの家出少女だとばかり思っていたのに、その辺の大人よりもよほど強い心を持っている。
現実から目を背けようとしていた自分のほうが、まるで子供のようだ。

「ははっ、まいったな」
響也は春美の体を引き剥がすと、今度は逆に春美の体を自分の胸元へ引き寄せて強く抱きしめた。
言いようのない感情がどんどんと溢れてくる。
「牙琉さん…?」
「ありがとう、キミのおかげで救われた気がするよ」
「い、いえ、そんな…。それより…恥ずかしいので、そろそろ離していただけませんか…」
響也に抱きしめられた春美は、動揺してジタバタともがいた。
この辺はやはり女子高生なんだな、と響也は笑った。

「ダメだよ、逃がさない」
そう言うなり、響也は春美をソファへと押し倒す。
何が起きたのか分からない春美は,響也の肩ごしに見える天井で状況を把握した。
「な、な、なにを…?」
「なにって、ぼくの口から言わせる気かい?」
両手を押さえつけられた春美は,抵抗する術もなく響也を見つめるばかりである。
不安そうな顔で自分を見上げてくる春美を、可愛いな、と素直に思う。
「ねえ、キスしていい?」
春美は一瞬、その言葉の意味を理解出来なかった。
そして遅れて、顔を真っ赤に染め上げながら軽くパニックを起こす。
「えっ、あのっ…そのっ…」
「ダメって言わないってことは、いいってことかな」
「あっ、ダ……っ…」
ダメです、と春美が言うより早く,響也は春美に口づけた。
初めての経験だった春美は,ぎゅっと固く口を閉ざしながらそれを受けていたが、
丁寧に何度も繰り返す響也の口づけに少しずつ解きほぐされ、呑まれていく。
そして口づけはいつしか深いものへと変わり、春美は響也の動きについていくのに必死だった。

響也の手が,春美のワンピースの裾を捲し上げた。
露になった白い太ももをなぞりあげると、春美は全身を大きく震わせる。
「やっ…いやっ……」
驚いた春美は、いつの間にか解かれていた両手で響也の胸を押して抵抗する。


響也はハッとして手を止めると、春美の上から退いた。
最初は軽い冗談のつもりだったのに、途中からブレーキが利かなくなってしまった。
遊びではなく、純粋に彼女を欲しいと思ったのだ。
「悪かったね」
響也はそれ以外にかける言葉が見つからなかった。
春美はなにも言わず、ただずっと黙っているばかりであった。

「…もしお寂しいのでしたら、わたくし添い寝いたしましょうか」
少しの沈黙のあと、春美が言う。
罵倒されるかと思っていた響也は、春美の言葉に面食らった。冗談かと思いきや、その表情は真面目である。
同情されているのだろうか?と響也は思ったが、たまにはそれもいいかもしれない。

「それって誘ってるのかい?」
「………………」
響也がわざと悪戯っぽく尋ねてみても、春美はYESともNOとも答えなかった。
「さっきも言ったけど、ダメって言わないことは、いいってことだと捉えるよ?」
「………はい」

一体、どういう心変わりなのか響也には分からない。
だが自分の気持ちを優先するのならば、答えは1つ。

「こっちへおいで」
響也に手を引かれ、春美は響也の寝室へと足を踏み入れたーー。

響也の寝室は、キングサイズのベッドにサイドボード、ルームランプとウォーターサーバーだけと、
いたってシンプルなものであった。
目立って設置されているキングサイズのベッドは、1人で寝るには広すぎる。
どうしてこんな広いベッドに1人で寝るのか理解出来ない春美は、ベッドの真ん中で小さく体育座りをしていた。

添い寝をすると言ったのは、昔よく悲しい時に真宵がやってくれたことだからだ。
もちろん響也にした提案が、真宵とは違った意味合いになることは春美も理解している。
口には出さなかったが、響也に「キミだってぼくと同じ気持ちだった」と言われた時、それを否定出来なかった。
自分と同じ隙間を抱えた彼を放っておけないと思ったのは、エゴなのだろうか。

ガチャリ、と寝室のドアが開き、シャワーを浴び終えた響也が入ってくる。
春美は上半身裸の響也を直視できずに、慌てて顔をそむけた。

「緊張してるの?」
ギシ、とスプリングを軋ませてベッドに乗り上げ、春美の顔を覗き込む。
「…いえ、大丈夫…です」
震えた声は、明らかに大丈夫ではない様子だ。
「無理はよくないよ」
そう言って優しく春美の頭を撫でる。
響也自身も無理強いなんてしたくはなかった。


「大丈夫ですから…」
目を逸らしながらではあるが、春美はハッキリとそう伝える。
「途中でやめる自信は、ないよ?」
「……………」

春美の沈黙を肯定と受け取った響也は、ゆっくりと春美に口づける。
「んっ…」
ぎこちなく春美はそれに答えるが、体はやはりガチガチだ。
キスをしながら、響也は春美の背中をあやすように撫でた。
体の力が少し抜けたところを見計らって、背中についているワンピースのボタンを1つずつ丁寧に外していく。
ワンピースを脱がせると、白い下着を身につけた春美の体が露出する。
「あまり見ないでください…っ」
恥ずかしそうに手で体を隠す仕草が初々しい。

「どうして?可愛いよ」
褒め言葉なのに、春美にとっては辱められている気分だ。
響也は春美の背中を後ろへ倒し、次にブラジャーを上にずらした。
発育途上の春美の胸は控えめな大きさであったが、捲し上げられたブラジャーのワイヤーに押されて
その存在を主張している。
薄桃色の可愛らしい乳頭はツンと立ち、響也を誘っているかのようだった。
「いい眺めだね」
組み敷いた春美を上から見下ろしながら、目を細めて笑う。
そして可愛らしいその果実を口に含むと、舌の上で味わうように転がしてみせた。
今まで感じたことのない感覚が、春美の全身を駆け抜ける。
「や、やあっ…。んんっ…」
恥ずかしさのあまり春美は退かそうと響也の頭に手をかけるが、髪を掴むだけで力が全く入らない。
それどころか、愛撫はますます激しさを増していく。

声を必死で堪えて耐える春美の耳元で、響也が囁いた。
「好きなだけ声、出していいよ。聞かせてよ、ぼくだけに」
「ーーあッ!!」
いつの間にか響也の指が春美のパンツの布地をずらし、秘部へと触れた。
「ああ、あっ…やめ…っ」
「濡れてるね」
「………!」
指摘通り、春美の秘部は既に湿っていた。
響也がゆっくりと中指を差し込んでいけば、キツく締め付けてくる。
「力、抜いて。慣らさないと辛い思いをするから」
余裕なんて微塵もない春美は、響也の言葉なんて頭に入ってこなかった。
響也は半ば強引に指を引き抜くと、再び差し込んだ。
「…やっ…やあああっ!!!」
春美の中に入り込んだ指が、何度も出入りを繰り返して内壁を擦り上げる。
春美の意思に反して、秘部はどんどんと潤いを増していった。
「いやっ…あぁぁっ…ん…っ」
随分と中が濡れてきたことを確認すると、響也は更に人差し指を増やす。
そしてポイントを探すように、指で上側を探っていった。
「やっっっ!!」
ある箇所を擦ったとき、春美の体がビクンと大きく体を震えた。
「見つけた」と、響也はそのポイントを重点的に擦り上げていく。


「あっ…やっ…ああぁぁぁあーっっ!!」
まるで悲鳴に近い、春美の声。
感じたことのない刺激にビクビクと体を震わせ、自然と上半身が上へ逃げようとする。
だが腰を響也の手でガッチリと掴まれ、逃げることは叶わなかった。
「やめっ…やめてっ…」
涙目で必死に春美が訴えても、響也の指の動きは止まらない。

おかしくなるーーー。

「もっ…、もう無理で…す…。ごめんな…さい、…やっぱりっ…」
春美は耐えきれず、咄嗟に響也の腕を掴んで動きを制止しようとする。
だが、春美の手は簡単に響也によって振りほどかれてしまう。
「ゴメン、もうダメだよ」
響也の指に、先ほどよりも強い力がこもる。
「言ったよね、途中で止める自信はないって」
「そ…んなっ…、あっ、あああぁぁっっ!」
感じたことのない波が、春美に襲いかかろうとしていた。
「イッていいよ」
「あぁぁ…………っっ!」
まるで響也の言葉が合図かのように、春美は全身をビクビクと小さく痙攣させたのち、クタリと力を抜いて果てた。

響也が指を抜くと、中からトロりと溢れ出てきた蜜がシーツに小さい染みを作った。
幸いなことに、春美は濡れやすい体質らしい。
「そろそろいいかな…」と、響也は春美の両足に手を伸ばした。

絶頂の後、ぼんやりと天井を眺めていた春美は、自分の下肢を這う手の感触に気づいて視線を移す。
そして目の前の光景に、思わず目を見張った。

自分の両足は響也に抱え込まれ、大きく膝を割られている。
その上、少しだけ持ち上げられているせいで腰が浮き、自分の秘部を響也の目の前にさらけ出しているのである。
余りの恥ずかしさに春美はジタバタともがくが、力が入らない為に抵抗にすらならない。

「うっ…いやぁっ…、見ないで…くださ…っ」
「どうして? すごく魅力的だよ」
「やっ…」
響也の視線に耐えられず、春美はきつく目をつむった。
心臓が強く脈を打っているのが自分でも分かるほどに緊張している。

濡れぼそった秘部に、響也は自身をあてがった。
なるべく傷つけないように、ゆっくりと先端を埋めていく。
「…ッ、さすがにキツいか…」
充分に濡れているとはいえ、初めて異性を迎え入れる春美のそこは簡単に侵入を許そうとしない。
緊張のせいで春美が全身に力を入れてしまっているので、尚更であった。

春美の力を抜かせるため、響也はいったん動きを止めて春美に口づける。
「ふ、あっ……」
口内を貪るかのような深い口づけを響也がすれば、春美の意識はそちらに持っていかれる。
春美の体から力が抜けていくのを確認すると、響也は一気に腰を進め、全てを春美の中へと押し込んだ。
「…あぁあっっ!!!」
突き上げられる衝撃に、春美は何もかも分からなくなる。

だが、余裕がないのは春美だけではなかった。
キツく締め付けてくる春美のそこに、響也は思わず持っていかれそうになる。


欲しいと思う気持ちが次から次へと湧き出て止まない。
まるで、いくら水を飲んでも乾いた咽が潤わないような感じだった。

シーツを握りしめる春美の手を、響也は自分の背中へと回させた。
「苦しかったら、爪を立ててくれて構わない」
「っ…」
春美が返事をする間もなく、響也は腰を動かし始める。
「あっ、あぁっ、はぁっ…」
「ねぇ、この音…聞こえる?」
響也はわざとらしく春美の耳元で囁いた。
春美の中が掻き回されるたび、くちゅ、くちゅ、とイヤらしい水音が結合部から聞こえてくる。

「あっ、あっ、ああっ…」
羞恥心で春美は泣きそうだった。胸が苦しくていっぱいになる。
けれども体は快楽を得ようと、いつしか貪欲に響也を求めていた。
ベッドのスプリングが軋む音すらも、興奮を掻き立てる。

響也も限界が近かった。
「……くッ」
背中にしがみつく春美の手が背中に爪を立てると同時に、響也は白濁した欲望を吐き出す。
びくん、と大きく震えた響也を感じとった春美は、ゆっくりと瞳を開けた。
涙でぼやけた視界には、切なそうに眉をひそめた響也の姿が映っている。

春美は響也の頬を優しく撫でると、自分からそっと口づけをした。

 +++++++++++++++++++++++

翌日、春美は倉院の里へ帰ると響也に告げた。
それは真宵との誤解が解けた時に、既に春美自身が決めていたことだった。
理由は「少しでも修行をして、早く真宵の役に立ちたいから」である。

「本当に色々とお世話になりました、どうも有り難うございます」
駅の改札口まで送ってもらった春美は、深々と響也に頭をさげて礼を言う。
丁寧に挨拶をする春美の顔は、初めて会った時と違って清々しいものへと変わっていた。
「いや、いいさ。ぼくのほうこそ…いろいろと有り難う」
「突然やってきて、突然帰ってしまうなんて…シンデレラみたいだね」
「す、すみません…」
「謝らないでいいよ。それよりもさ…手、出して」

なんだろう?と不思議に思いながら言われるがままに春美が手を差し出すと、響也は懐から取り出した鍵を乗せた。
ハート型のキーホルダーについた鍵は、春美が借りていたゲストルームのものである。
「これ…!」
「今度は家出じゃなく、ぼくに会いに出ておいで。その時はとびきり熱いギグを聴かせてあげるよ」
「はいっ!わたくし、また会いにきますねっ」
春美は嬉しそうに鍵を握りしめる。

きっと春美はギグの意味も、ハート型のキーホルダーの意味も分かっていないだろう。
「…今はそれでも、まぁいいか」
サングラス越しに小さくなっていく春美の後ろ姿を見送りながら、響也は小さく笑った。

【おわり】

最終更新:2020年06月09日 17:45