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3. Proof of blood


深夜のロビーは照明が最小限に落とされ、人もいない。
静寂のなかで真宵にはその待ち時間が無限のように思えていた。
「……なんで、もっと早くに連絡しないのだ」
振り返ると、御剣は、エレベーターホールから声を張り上げている。近寄ろうともしてこない。
「だって」真宵は立ち上がって、同じく、大声で会話した。「なんて言ったらいいのか、わかんなかったし」
「そうか。やっと私の苦労も思い知ったみたいだな」
沈黙が下りる。
「こんな遅くじゃめぼしい店は閉まってしまったな。牛丼でも食べにいくかね」
「いい。ごはんなら、電車の中で食べてきた」
離れたまま話し、見えない壁があるかのように、お互い相手に歩んでいこうともしないのが滑稽だった。
「じゃあ……そうだな、どこかで、一杯やるか」
「あたし、ワイン飲みたい。部屋のなかで」
御剣は少しあごを反らせて真宵を見下ろした。「……君がそうしたいなら、かまわんが」
「うん」
「…………」
「…………」
「……こっちに来なさい。部屋まで案内するから」
真宵はできるだけ自然な動作を心がけて、御剣のほうまで歩いていった。
「そんな顔をするんじゃない」彼の言葉で、顔の筋肉にまでは気が回っていなかったことに気づく。
「笑ってろ。そのほうが君らしくていい」
「う。うん」彼女はせいいっぱいそうした……つもりだった。
「やっぱり、普通でいい。顔がひきつってる」
「……ゴメン……」


ルームサービスで頼んだフルーツの盛り合わせをかじりながら、興味もないのにテレビのチャンネルを次々変える。
御剣は寝室のとなりのバスルームでシャワーを浴びている。
いつまでたっても、ひどく現実感が希薄だ。
〈あ……〉真宵は思わずリモコンをいじる手を止めてしまう。〈えっちなチャンネルだ〉
いつもだったら、汚いものを見るかのように、あわててチャンネルを戻して、何も見なかったふりをするのだろう。
しかし、いま、真宵は魅入られたように画面を見つめてしまう。
〈あたしと御剣検事、これから……〉
テレビの中では、若い男女が野獣の咆哮を上げながら荒々しく腰を振っている。
真宵は頬が紅潮するのがわかった。〈これから、するんだ。こういうこと〉
我に帰り、こんなものを見ているところを御剣に見つからないうちに、歌番組に戻しておく。
「……次、入っていいぞ」
そのときちょうど寝室のドアから御剣が顔を出したので、真宵は激しくどぎまぎすると同時に、ほっとした。
「は。はい」バスローブ姿の御剣のほうをなるべく見ないようにして、彼の横を通り過ぎ、シャワーを浴びにいった。
着ているものを全部脱いだあと、ふと、鏡の中の自分と目があう。
千尋の妹だけあって、胸は前よりも育ってはいるものの、贅肉が足りなすぎて、腕も腰も、簡単に折れそうなほど細い。
〈こうなることがわかってれば、ちゃんとしっかり食べてたのになぁ……。あーあ〉
姉のように肉感的な色気があれば、少しは裸体を晒すことも恥ずかしくなかったろうに。
体を洗い終え、バスローブを着てから寝室に戻ると、御剣は窓際のソファに座って、テーブルに向かって何か書いていた。
「何やってるの?」
「契約書の文面を作ってるところだ。いっしょに考えてくれたまえ」
真宵もソファに座ると、御剣は真宵にいくつか確認と質問をしはじめ、結果、契約書の文章が出来上がった。
生まれた子どもは私生児として役所に届け出ること。御剣はその親権を主張しないこと。
養育費ほか諸経費を御剣はいっさい負担しないこと。そして、双方ともに、子どもの存在を根拠に婚姻を強要しないこと。
彼は流麗な達筆であっという間に二枚の紙にその旨の文を書き、最後に、御剣怜侍、と署名を加え書き、印を押した。
「君も」と言って、彼は紙を真宵のほうに向けたあと、席を立った。
彼女も御剣の名前の下に自署し、持参した印鑑をついた。戻ってきた御剣の手には、赤ワインと、グラスが二個握られている。
彼がもういちど二枚の契約書をよく確かめてから、「契約成立だ」と言って、それぞれ折りたたんで封筒に入れた。
「ほら、こっちが君の分だ。しっかり保管しておくんだぞ」
「はい……」
夢見心地のまま真宵は封筒を受け取った。
サインも押印も事務的で、まだ真宵には実感も感慨もわかない。全てが霧がかっているようにぼんやりとしていた。
気がつくと目の前のグラスには既にワインが注がれている。
〈酔ったら……ちょっとはいい気持ちになるかな〉
彼女は半ばヤケになって、ワインを飲み干した。
「ま、真宵くん」
「え?」
「いい飲みっぷりなのは結構なのだが、普通、こういうときは、乾杯をしてから……」
「あ……あっ!」真宵は口をぱくぱくさせた。
「すすすすすみません……あの……やっぱ、き、緊張してるみたいで、よく頭がまわらなくて」
御剣はふっと鼻で笑って、もういちど真宵のグラスにワインを注いであげた。
「言っておくが、なにも、今夜でなくてもいいんだぞ。別に私は君をいじめたいわけじゃない」
「で、でもでも」
「遠慮することはない。私は契約は契約だと割り切れる。少なくともその努力はしようとする。
あとは君の都合に合わせてつとめを果たすだけだ。待てと言われたら待つし、よしと言われたらお相手願う」
「……いえ。やっぱり今夜でお願いします。……け、決心にぶりそうで」
御剣はグラスを持った。「了解した。では、何に乾杯しようか」
「え。あ、あう。その」
「今からそんなにいっぱいいっぱいで、本当に大丈夫なのかね」御剣は笑った。
「うう……自分でもそう思う」
「ふうむ……まあ、今期家元と次期家元の未来に乾杯、といったところでどうだ」
「は、はい」真宵もグラスを持って、自分の目の前に掲げた。「……今期家元と次期家元の未来に、乾杯」
軽く音を立ててグラスを合わせ、改めて真宵はワインに口をつけた。
御剣の顔を見る気にもなれなくて、どうしても目が泳ぎつづけてしまう。
窓の外の夜景に目がとまった。真宵は大きな嘆息をつかずにはいられなかった。
〈ああ。いま、あたしは、御剣検事と、夜景を見ながらワインを飲んでる……ありえないことが起こってる〉
「現実じゃないみたい。夢の中にいるみたいっていうか……自分の想像の中にでも入り込んだみたいな感じ」
真宵はぽつりと言った。「昔、いっぱい想像したもん。御剣検事と……こんなふうにいい雰囲気になるところ」
「それで、さっきからずっと、樹海をさまよってる自殺志願者みたいな顔をしてるのか」
「……そんな顔してたんだ」
「別に支障はないと思うがな。このまま朝になるまで夢の中にいればいいじゃないか」
御剣はセミダブルのベッドの上にごろりと横になって、サイドテーブルにあった英字新聞を広げた。
「女性にとってロストヴァージンなんてたいていは苦い思い出にしかならない。
痛い思いをするのが大半だし、想像していたものとかなり違いはあるだろうしな。
私はこう見えてそれほど経験だって数をこなしてないし、だいいち、自分でもハッキリ自覚してるほど手先が不器用だ。
夢の中にいるうちに何もかも済ませてしまったほうが、君には幸せだと思うよ」
「そ、そんな」
「不安にさせてしまったかな。すまない」
「いえ。そんなことは……」真宵は勇気を振り絞ってちらりと御剣のほうを見た。
彼は立てた枕によりかかって平然と新聞に目を落としている。
「そんなことないです。あのあの。ほら、よく、テクニックの無さは愛でカバー、とか言うじゃないですか」
真宵は自分自身のために強がって冗談を飛ばした。御剣は皮肉っぽく笑い返して、
「ほう、それで、誰が誰に愛があるって?」と答えた。
「……やっぱりなんでもない」
「すまんすまん、そんな顔をするな。ちゃんとできるだけ努力するから。優しくするよ」
「ほんと?」
「もちろん。せっかくなんだからお互い楽しんだほうがいいし、かえってそうしたほうが効率がいいからな」
「効率? なんで?」
「こっちまで来たら教えてあげるよ」
真宵は息が詰まるのを感じた。一気に全身から汗が噴き出す。
〈修行だ。これは修行。無我の境地だ〉
そう自分に言い聞かせて、御剣に背中を向けたまま、後ろ歩きでベッドまで近づき、その隅っこに腰かけた。
ベッドのスプリングの揺れで、後ろから彼が近づいてくるのがわかる。御剣の前髪が耳を撫で、顎が肩の上に置かれたとき、
〈きっ、来たぁーっ〉と、一撃で無我の境地は跡形もなく消え去った。
「簡単なことだ」御剣は耳元で甘くささやいてくる。背中がぞくぞくして、やめてほしいと言おうとしたが、声が出ない。
「君が感じれば感じただけ、君自身は熱く濡れて、挿入がスムーズになる。
それだけじゃない、興奮すればするほど精液というのは射精の際に量はたくさん出るし、精子の含有量も多くなる。
これで、効率がいいということはわかったかな」
〈そ、そ、そ、そうにゅう……せいえき……〉
情けないが膝が震えてしまう。わかっている。御剣はわざと露骨な言葉をささやいて、反応を見ているのだ。
わかっているのに、緊張で胃が口から飛び出しそうなのに、真宵のお腹の下では、電流のような快感が波打っていた。
体験したこともないくらい、熱くなっている。
「さて、君はどうして欲しい」御剣は後ろから真宵の肩に両手を置いた。「なにかご要望は?」
……言わせる気だ……今度は、あたしに……。
肩をつかんでいる手は真宵のそれとは比べ物にならないほど大きい。それを思うだけで、どうしてだかたまらなく切ない。
「みっ、御剣……検事」
吐き出す息が熱い。
「なんだろうか」
「あ。あの。あたしね。あたしは、ギュッて、されたい……」
御剣は彼女を正面に向き直らせて自分の中に引き寄せ、望みどおり、包み込むように抱きとめた。
はじめて真宵は御剣の体温と匂いを意識した。心臓が早鐘を打っているのに、不思議とそれは彼女を落ち着かせ、心地よく思わせた。
御剣の首に顔をうずめて、襟足の匂いを吸い込んだ。いつまででもそうしていたいと心から思った。
「大丈夫かな。『ごはんの気分の時にパン』は」
「あ……」真宵は我に帰った。
「う、うん。気分が悪くないわけじゃないけど……なんていうか、色んな気持ちが混ざってて……よくわかんない」
「そうか」
御剣は少しずつ腕に力を込めてきた。応えて、真宵も同じようにした。
ふだんから大きな体だと思ってはいたけれど、今ほど彼が大きく感じられたことはない。
耳に唇が触れた。
「きょうは……よく来てくれた」彼はごく小声で言った。「よく、決心してくれた。……がんばったね」 
既に御剣の腕は息苦しいほどに彼女を抱きすくめていたが、それ以上にその言葉で胸が強く絞めつけられた。
〈あ……〉真宵は心臓がどうにかなってしまったのかと思った。しかし、涙が出るのは、苦しさばかりのせいではない。
緊張でカチカチになっていた体が、ゆるやかに弛緩していく。
〈……よかった。この人でよかった〉我知らず、小さく嗚咽をあげた。〈御剣検事で、ほんとによかった〉
顔を上げ、しぐさだけでキスをせがむ。彼はしばらくためらったように見つめ、やがて首を傾け、唇をやわらかく食んだ。
最初は、〈キスするのって、こういう感じなんだ……〉という感慨や、恥じらいばかりで、ゆっくり味わうような余裕はなかった。
だが、彼にじっくり唇だけを使って唇を愛撫されていくうち、頭の中が、そのくすぐったいような気持ちよさだけに塗りつぶされていく。
「ん……ぅっ」
全身の力が抜けきり、弄ばれるだけの唇も半開きになってしまう。あ、と思ったときには、御剣の舌に侵入されていた。
驚いて咄嗟に舌を丸めて引っ込めると、彼の舌はそれを求めて、歯列の内側でゆっくりとうごめき続ける。
意を決して舌先を伸ばし、自分から軽く触れる。たちまち、舌全体が彼のそれに捕らわれて、翻弄されるがままになってしまう。
ふと、いま、御剣の唾液が自分の口内に流れ込んでいることに思い当たって、言いようのない快感が体を貫いた。
「んぅん……んぁ……むぅ」
それだけではない。真宵の唾液も同じように、こうやって彼女の舌を舌と情熱的に絡みあわせている男の中に入っていっているのだ。
「やぁ……んぅっ」そう思うと急に恥ずかしくなって、真宵は御剣の口を離れた。
あらためて御剣と目があう。彼はすでに息を上がらせ、心苦しそうだが恍惚とした、真宵の知らない表情をしていた。
しかし、御剣は御剣だ。
たった今までこれほどいやらしいキスを交わし、舌の感触を味わい合い、唾液を交換していた相手は他のだれでもなく、御剣なのだ。
〈知らなかった。キスって、こんなにえっちなんだ……〉
離された口のあいだに糸がひいていることさえ、真宵には気に止めることができなかった。
「真宵くん……」
「ん……」
「約束してほしいことがあるんだ」
「あ……はい」
「私が下手でも、演技だけはしないでほしい」
「は……ぁっ」真宵の返事の後半は声にならなかった。首筋に吸いつかれたのだ。
そのまま唇と舌は後ろへ回りこんで、髪の毛の生え際を襲われる。
口での愛撫と彼の髪の毛があたるくすぐったさをこらえて、体が軽く幾度か跳ねてしまい、しがみついて耐える。
〈やだ……これで、下手だなんて……何考えてるのよ……〉
「君は知らないかもしれないが」唇を押しあてたまま御剣は呻くようにしゃべった。「君のうなじはすごくきれいだ」
「そ、そうなの……?」
「私もずっと知らなかったのだが、先日、君が髪を結い上げたところを見て、初めて気がついた」
「あっ……くっ、ふぁっ、くっ、くすぐったっ……」
「大変だった。気づいたときからずっと……こうやって、むしゃぶりつきたくてしょうがなくて、いつ辛抱の限界が来るかと」
御剣はそのまま大きく口を開いた。熱く湿った吐息が真宵を震わせた。
「だめ、だめ、だめっ……やだよ、くすぐったすぎるぅっ……」
「食いしばって耐えてろ。そのうち、ぞくぞくが気持ちよくなってくる」
真宵は彼の言葉を信じるほかなかったというより、彼に従うほかなかった。
御剣によって髪の毛がかき上げられたうなじに、ちゅっ、と音が立つ、唇と舌でのキスが繰り返される。
耳の後ろの卑猥な水音の連続。背筋から腰にかけての寒気に肌が粟立つ。
「あ……あぁ……やぁ、や」
びく、びく、という体の痙攣を抑えることも、とっくに諦めていた。
やっと御剣が許してくれたとき、彼の腕に真宵はぐったりとよりかかることしかできなくなっていた。
彼が腕を離すと、当然、体のどこにも僅かな力すら入らず、ベッドの上に倒れ込んでしまう。
猶予もなく彼は覆いかぶさってくる。鼻先に突きつけられた御剣の頭のシャンプーと汗の匂いがひどく愛しい。
鎖骨と鎖骨のあいだにキス。そして、舌で鎖骨をなぞり、バスローブの前をはだけながら、だんだんと外側へ。
「あ……っ」
そんなに前を開けたら、胸が見えてしまう、と真宵は焦った。
とても恥ずかしいのに、しかし、たいして抵抗する気になれない。
期待してしまっているどころか、はっきりと、早く、もっと下まで来てくれればいいのにと焦れている自分がいる。
御剣はふと顔をあげ、まるで深刻な話でもしているときのような顔でじっと真宵の表情を見守った。
ゆるんだ襟から右手がさし入れられて、乳房の上に置かれる。
「……や」
「嫌か」
「ちがっ……」彼は不意に両手で大きく前を割り開いた。真宵の胸が一瞬にしてあらわになる。
大きな手が両胸を軽く握ってきた。「だ、だめ」
「本当に?」
「え」言っている最中にも、やわやわと胸を揉みしだいてくる。
「本当にダメなら、すぐにやめるが」
「そんなこと……」
「どっちだね」
マッサージの振り幅はどんどん大きくなっていき、蹂躙されるかのように乳房の形が御剣の手の中で自由自在に変形しつづける。
「あ……わ、わりと……だめでもないです」
桜色の頂上を指先でつまみ上げられると、彼女は思わず息を引いた。
指の腹を使ってこねくり回されて、ほとんど未知ともいえるその快楽に、呼吸の間隔はどんどん短くなっていく。
「はぁ……ぁっ。やぁ……んぁっ」
谷間に顔を埋めた御剣の吐息がかかり、彼もまた、息を荒くしているのがわかる。
〈……御剣検事も、興奮してるんだ……〉
「あぅ……やだぁ」
「真宵くん。私はこれでも腫れ物に触るような気分で接しているんだ。なにしろ君は今まで私に触られることすらできずにいたし」
「えっ」
「だからその……すまない。おそらく君の真意が他にあるのだとわかってはいても、そのぅ。ちょっと、心臓に悪いんだ。ダメ、とか、嫌だ、とかいう言葉は」
言いづらそうにあさっての方向をむいてぼそぼそ喋る御剣の姿を見て真宵は焦った。「ご、ごめん」
「わかってると思うけど、あの……やめてほしいってわけじゃ、ないから……、
ごめんね。お願い、気にしないで……これからあたしが何言っても、お願いだから気にしないで、つ、続けて」
「……真宵くん」彼はふっと笑いを浮かべたが、どこかつらそうだ。
「君は今、自分で何を言ったか、わかっているのか」
御剣の上半身が起き上がる。落とした視線の先には、彼女の白いTバックがあった。
「私のために、こんな扇情的な下着を着けてきたのか」
「ち……ちがう」それは本当だった。線がひびかないような下着しか持っていないのだ。
彼は否定を信じなかったかもしれない。浮き上がった左の腰骨に唇を落とされた。
御剣の顔がついに下半身にまで接している。直接的な刺激でよりそれを見て昂ぶってしまう。
「あ。あっ」太ももの内側を吸われて彼女は身をかたくした。「ちょ、ちょっと待って、だめ……まだ」
言ってすぐ、その願いは聞き届けられないだろうことに気づく。他でもない自分が、ついさっきそう頼んだばかりではないか。
御剣は眼前に迫った真宵のその地帯をまじまじと観察している。
「やめて……あ」お腹の下の布を掴んで引っ張られ、一番見られなくないところが見えてしまっている。
「ほう……」
「や。あっ。だめ」御剣はさらに下着をずらし、その中をのぞき見た。
「流石にきれいだな。形もととのってるし、色もピンクだ」と、彼は値踏みするかのように言った。 
そのまま下着を引きおろされると、いよいよ恐さのほうが増してくる。
彼女の気も知らず、御剣は両手で真宵の腰をつかんでいきなり大きく上げた。「きゃあっ。なっ」
「ほら、太ももを私の肩に乗せろ」
「うそ……そんなの、で、できなっ……」
だが暴れて抵抗しようとしても、いっこうに力がうまく入らない。
それに彼にひと睨みされると、すくみ上がってしまって、結局真宵は観念して、彼の望む体勢になった。
「み、見ないで。見ないでぇ」彼女はかかとで御剣の背中を蹴って、せいいっぱい抗議した。
〈近すぎる……!〉
御剣の三白眼がとらえている真宵の秘所は、もはやそこからわずかな距離しか離れていない。
指が割れ筋に添えられたかと思うと、二本の指を使って、ぐっと開かれた。
「……っ!!」
「ふむ。小陰唇にもほとんど色素沈着がない」
「あ……あ……」
「もったいない。こんなにきれいなのに、今までひとりの男にも見せたことがないなんて」
御剣はよく目をこらして広げられた秘唇を覗き、今度は、ごく慎重に指先で陰核の皮をむいた。
「あぁ……っ……やっ、だめぇっ」
むきだしになったものを御剣に見つめられ、そこに鼻息がふきかかるだけで真宵は悶えた。
気がつくと、どうしたのかと思うほどに体の芯がたぎっている。
〈熱い……。だめだよ……こんなに、はしたなく感じてばっかりだと……御剣検事が、興ざめしちゃう。
ちょ、ちょっとは我慢しなきゃ……〉
真宵の決意はすぐに脆くも吹き飛ぶことになる。
彼がいとおしげに真宵の目を見つめたまま、伸ばした舌の先をそっと芽に触れさせたからだ。
〈あ、あああぁぁっ……! し、死ぬ。恥ずかしくて死ぬ。死ねる〉
「……はぁっ! くぅ、あぅっ」
ちろちろとクリトリスを舐められて、真宵は洩れてしまう甘い声をなんとかごまかそうとなりふり構わず暴れた。
「だめっ、絶対だめ、だめだったら! きっ、汚いっ、そんなとこ」
彼は今度は唇を押し当てながら喋った。「汚い? さっきここは洗ってこなかったのか?」
「えっ、あ」
「駄目じゃないか、私のためにちゃんとすみずみまでよくきれいにしておかなくては。
次からはきちんと奥まで指を入れて、しっかり洗っておくように」
けして、念入りに洗ってこなかったわけではない。
汚くなんかないよ、というような言葉を言われるかと思っていたのに不意をつかれて、反論できなかっただけだ。
それに、痛いくらいのすさまじい局所的快感の連続で、あれこれ口答えする思考能力はもう九割がた吹き飛んでいる。
「あ、いやぁっ、み、御剣検事っ、お願いぃ……」御剣は動作をやめない。
「ふぁぁ……っ、おねがいだから……どっちかにして。ひぁっ、み、見てるか、ぺろぺろするか……」
せいいっぱいの懇願に御剣の目袋がごくかすかに持ち上がったのを見て、真宵は失敗に気づいた。
煽ってしまった。そう言われれば尚更、彼はますますどちらも続けたがるだろう。
相手が嗜虐の快感にすっかり酔いしれていることくらい、真宵にも察しがついてきている。
〈あたしのこと、いじめて興奮してるんだ……知らなかった。御剣検事がこんなにヘンタイだったなんて〉
舌が芽をねぶりながらも、同時に親指が粘膜のひだの内側を探りはじめる。
「ひゃ……っ!」
真宵はさすがに全身を緊張させた。本能が激しく御剣の指を拒否している。
「ま、待って……御剣検事、あ、あたし、足が……疲れてきちゃって。おろして……」
彼はつまらなそうな顔をしたが、意外にも、すぐに言うことをきいてくれた。
真宵は安心して大きく大きく嘆息した。気がゆるんで、余韻で腰の後ろが軽くぴくぴく跳ねる。
「失礼だが、真宵くん」御剣が真宵のとなりに体を横たわらせて、彼女の顔にかかった髪をかきあげた。
「……ぅ……」
「君は本当に演技していないだろうね」
真宵は首を横に振った。〈演技どころか、必死で抑えつけてるってば……〉
「なるほどな。経験が少ないと、たとえ充分感じていても、なかなか愛液が分泌しないと聞いてはいたが……」
御剣は真宵を引き寄せて抱き、頭を撫でた。彼女が気にやまないよう、気を配ったのだろう。
「どうもかなり狭そうだし、いま入れても怪我をさせてしまうだろうな。さて、次はどうしようか」
「すいません……あ」真宵はお腹をひっこめた。そのあたりに、硬くて熱いものの存在を感じたからだ。
彼女はそっと目を落とした。
バスローブの前が割れてブルーグレーのボクサーブリーフが見えていて、その奥にあるものの膨張がはっきりわかる。
「触ってみるか?」と彼は真宵の考えを読んだかのように言った。
「あ……、ん……」
彼女が恥ずかしげに小さくうなづくと、御剣は体を起こし、着ているものを脱いで下着だけになった。
一片すら無駄な贅肉のない、よく鍛えられて引き締まった身体が真宵の前に晒される。
「わ……御剣検事の体、カッコいい。なんか……俳優さんみたい」
仰向けになった御剣に肩を抱かれて引き寄せられた真宵は、陶然と分厚い胸板の上に手を滑らせる。
彼はその手を掴んで下に運び、下着の上から自分のものを握らせた。
〈あっ、あ……すごい〉
人体の一部とは思えないほどの硬さと熱さが手の中にある。
御剣は、手に手を重ねて押し当てさせるどころか、遅く上下して擦らせすらしている。
〈これが、御剣検事のなんだ……。すごいな、こんなになるんだ……。
あ、あたしの中に入れたくて、こんなに硬くなるんだよね……。……せつなくないのかな〉
顔をうかがい見ると、彼は真宵を見つめながら唇を少しだけ噛んでいる。
〈気持ちいいんだ〉と思うと、急に愛しさが生まれてくるのがわかる。
「御剣検事」
「なんだ」
「あたしも、同じことしたい。御剣検事と。……ここ、もっとさわったり……口でしたり……」
「無理しなくてもいいんだぞ」
「ちがうよ……」真宵は口をとがらせて首を振った。「……したいなって、思ったから。いいかな」
「……うむ」
彼の足と足のあいだに身を滑り込ませる。自分で下着を脱ぐのかと思っていたが、御剣は動かない。
少し気恥ずかしかったが、仕方なく真宵はボクサーブリーフに手をかけて、おずおずと下ろした。
真宵は息を呑んで、目の前にあらわれた、御剣の怒張しきったそれを見下ろす。
〈ちょっと待って〉彼女はうろたえた。
〈……エッチするのって、これを、女の人のあそこに……入れるんだよね?
でも、こんなに大きいなんて……こんな太いのが……ホントに全部入るの?! うそでしょ……〉
「どうした」
「え。い、いや。えーと。すごく、ご、ご立派だなと思って」
「何を言ってるんだか……おおかた実物を見て不安にでもなったんだろう。
別に、初日から何もかもうまくいくとは思っていない。今日は度胸試しくらいの気持ちでいなさい」
「ど、どきょ……、ハイ」
御剣が察してくれてよかった。実のところ、その言葉でかなり安心できた。
〈よかった。さっきはキチクだと思ったけど、やっぱり御剣検事って、優しいな……。うれしい〉
真宵は彼への感謝を噛みしめる。ただ心からそうしたくて、ごく自然に、御剣の陰茎の先端に口づけた。
御剣がわずかに鼻を鳴らした。割れ目からは既にたっぷりの先走りが漏れ出していて、真宵はそれをきれいにしてあげたいと思った。
苦い。けれど、これくらいなら大丈夫だ。
〈そうだ。さっきの仕返し〉真宵は舐め回しながら彼の顔を仰ぎ見た。早くも息を荒くしていた御剣と見つめ合う。
先走りをすっかり舐め取ってあげたと思っても、すぐに茎がぴく、ぴくと震えて、新しい苦味が口の中に広がる。
御剣が恥じたように顔を背けたのを見て、真宵は仕返しが功を成したことに満足した。
少しずつ深くまで口内に挿しいれていく最中、「歯を立てるんじゃない」と注意されて、あわてて顔を引いた。
「でもこれ以上口開けたら、あごが疲れて死んじゃうよ」
「無理に深く咥える必要はない。一番気持ちいいところは頭だ」
「あ。そうなんだ」真宵はほっとして再び鈴口を含んだ。
どういうふうに舌や唇を使えばいいのかは知らなかったが、御剣の反応を見ながら、手探り状態でコツを掴もうとした。
息遣いや小さな呻き声にも耳をすませる。しかし、感じたときには腹筋に力が入って、上下したりぴくぴくしたりするという反応が最も素直で参考になった。
気持ちよくなってくれているのが嬉しくて、すっかり夢中になってしまう。
それを続けたまま、思いつきで手を添え、先ほど教えてもらったように、握りしめてさすってみた。
「あっ」期待どおり、御剣はすぐにのけぞって、いっそう息が乱れる。
「くっ……ぅ。真宵くん……ちょっと、そろそろ……まずい。待ってくれ……」
彼の声が聞こえていなかったわけではなかった。が、彼から口を離してしまうのが惜しかった。
手のひらの中でそれが蠕動するたびにますます硬さを増していく。
「だっ、駄目だ……離れなさい……もう、ぼ。暴発してしまっ……あ、ああぁっ」
勢いよく突き飛ばされて、真宵はごろごろとベッドの上を転がってしまった。
見ると、弓なりに体を反らせた御剣が、白目をむいて茎の根元をぎゅっと握って堪えている。
しばらくしてから、不意に顔をこちらに向け、ほとんど蛇のような目で激しく睨みつけてきた。
「……こ、この……ききき貴様はっ……なんということを……っ!」御剣は息も絶え絶えに、手をついて体を起こした。
「なぜ、やめろといわれて、すぐにやめなかったんだッ! あと一刹那遅かったら、私は、世界一情けない男に成り下がるところだっただろうがぁっ!」
「えっ! す、すいません」真宵は彼がこれほど憤慨するとは思っていなかったので、申し訳なく思う前にまず驚いた。
「まったく、君は……いったい人がなんのために時間をかけてここまで性感を高めてきたと思っとるんだっ!」
「ごめんなさい、あたし、つい熱中しちゃって……でも、でも、御剣検事きもちよさそうだったし……」
真宵はごにょごにょと言い訳した。「それに、コーフンしたほうが、せっ、せいえきが濃くなるって言ってたから」
「だからこそ君の膣に中出ししないと全てが水泡に帰すと言っとるのがわからんのかーっ!! この大たわけがーッ」
「ごごごごめごめごめんなさぁぁいっ」
顔をつきつけあわせて頭ごなしに怒鳴られて、恐怖に体がすくんで涙目になる。
御剣は息を切らせ、相変わらず凄まじい目つきだ。激昂で肩を震わせすらしている。
「人の苦労も知らないで……」と、彼は先ほどよりは落ち着きを取り戻したように、小さく言った。
「そ……そうだよね。御剣検事、あたしと、がんばってエッチしてくれてるんだもんね。
ごめん。ホントにごめんなさい、それなのにあたし、楽しくなっちゃって」
「……むぅ……」
「なんか……御剣検事がすごくうまいから、気持ちよくなっちゃって、嬉しくて。
あの。なんていうか……昔の夢が叶って、ほんとの恋人同士になってエッチしてる気分になっちゃってたの」
御剣はそれを聞いてすっかり激情を引っ込めて、眉をしかめて低く唸りはじめた。
「ゴメンね……御剣検事が、頑張ってくれてる間に、ひとりでいい気分になってて」
「いや……別に」一転、彼はぼそぼそと、よく聞き取れない声でつぶやく。「別に頑張っては……というか、まあ、張り切ってはいるが……」
「なに?」
「いやその、なんだ。私らしくもなく怒鳴ったりしたのはすまなかった。というか、君にはいつも怒鳴ってばかりで、それは悪いと思ってる」
「あ……うん」真宵はうつむいたまま御剣を見やった。「じゃあ……許してくれる?」
彼は唇を噛みしめたかと思うと、いきなり真宵を強く抱きしめた。
御剣の体温が熱い。少し汗ばんだ肌と肌とが密着するのが、不思議なくらい心地よく感じた。
「御剣検事……」改まって裸どうしで抱き合うだけで、嬉しさでくすぐったくなる。真宵は抱き返した。彼の腕の力の込めかたで、てっきり彼女は、もう仲直りできるのだと思っていた。 
「駄目だ」御剣は彼女のあごを掴んで、自分のほうを向かせた。「許さない。お仕置きが必要だ」
「ぅ……」彼の目の光を見て、いやな予感がした。〈さっきもこんな目してたな……確か、あれは〉
思い出して真宵は身をかたくした。それは先ほど、彼女をいたぶっていたときの目だった。
突然、体が浮き上がる。「あっ……わぁぁーっ!」
「暴れるんじゃない」
真宵は膝の後ろに腕を回されて持ち上げられ、とっさに彼の首にしがみついた。「やだっ、お、下ろして」
抵抗すれば彼のサドっ気にますます火をつけるだけだと学習してはいたものの、やはりせずにはいられない。
どこへ運ばれていくのかと思ったとき、ふと、机に面した壁の大きな鏡の中の自分たちに気がつく。
まさか、と思ったときには、机の上で手を離され、どしんと尻が落ちる。
「……あ……や、やだぁ! やだぁっ!」御剣は後ろからむりやり真宵の立てた両膝をぐいと開かせた。
鏡に見たくないものが映った瞬間、彼女はいそいで顔をそむけた。
しかしすぐに口の中に親指が入ってきて、声にならない声を上げてしまう。そのまま、顎を掴まれて、乱暴に正面へ顔を向けさせられた。
「自分の体の一部だろう。ちゃんと見なさい」
鏡に映った後ろの御剣の顔は別人のように劣情にまみれ、その目が支配欲でぎらぎら輝いていた。
ぴったり腰に押しつけられた彼の男根は、血液が流れ込むたびどくどく動き、硬度を取り戻していっている。
恐さのあまりに反抗の手を止めると、御剣の手が、大きく開かれたままの真宵の股の付け根に伸びてきた。
「う……いや……ぁ」
「ちゃんと見ろと言っただろうが。同じことを何度も言わせるな。ほら、この私の指が、君の恥ずかしい場所をいじっているところを見るんだ」
「ひ、ひどいよ、こんなのって……ないよぉっ……!」
自分の非難が説得力のないことくらい、自分で一番わかっている。
御剣の大きくて節ばった指が、自分の秘所に埋められて動き回っているのを、うっかりチラリと見てしまっただけで、衝撃と言っていいくらいの快感が体を貫き、意識せず膣穴がビュクビュクと収縮するのが止まらないのだ。
「ひどいことをしないとお仕置きにならんじゃないか」
「あぁぁっ……ひゃ、うくぅっ……」
「いま、君が誰にも侵入を許したところがない所を指で犯している男がだれだか、わかってるのかね」
「や……いや」その場所は急に湿り気を増していくどころか、ちょく、ちょくと音まで響かせるようになっている。
「私は御剣怜侍だぞ。君がその昔に片思いしていた男だ。君はいま、もう想い人ではなくなった御剣怜侍に種馬になるよう頼み、愛情抜きのセックスをして……」
彼は真宵の目のまえに、見せつけるように真宵の出したもので濡れた指を突きつけた。
「こんなに、私を欲しがって、いやらしいよだれを垂らしてるんだ」
「いや……いや、やっ、やぁぁぁっ!!」御剣の中指が、ついに蜜の源泉に割り入っていき、しかも、それは鏡によって真宵にもよく見えた。
たっぷり愛液が漏れているわりに痛みは感じたが、それを吹き飛ばすほどの甘美な悦楽が、激しく渦巻いていた。
「……あ、あぁ……あぁぁんっ……!」
「君には呆れたな。こんなに恥ずかしいところを見せつけられたり、残酷なことを言われたりしても、ますますぐちょぐちょになっている」
指が出し入れを繰り返しながら、奥へ奥へと入っていっている。
「それだけじゃない。さっきからだ。さっきからずっと君は、恥ずかしいことをされたときが一番反応がいい」
「そっ、そんな……ことっ……な……」
「君は、恥ずかしいことをされればされるほど、相手が誰だろうが淫らによがる女だ」
「……っ!!」真宵は呼吸困難で胸が苦しくなるほど息を早くしていたが、御剣も同じように肩で息をしだしていた。
「股を開いた相手はもう好きでもない男なのに」
「痛いっ……」彼の指が突然ひときわ深く挿し込まれ、思わず声を上げた。だが彼はまるで聞いていないかのように言葉を続ける。
「なのに、こんなに濡れるだなんて普通じゃない。君が変態だとでもしないと、説明がつかんのだよ」
「お、お願いっ、あああぁっ……も……やめぇっ……」
「それともなんだ、まだ私に未練があるとでも言うのか。違うんだろう?」
御剣は一気に指を引き抜いた。安心で、目の前が白くなるほど力が抜けていく。
「破瓜か」彼は自分がじっと見つめていた中指を真宵にも見せた。確かに先がわずかに赤く染まっている。
「思ったより量が出ないんだな。もっと太いものを入れればまだ出るだろうか。どう思うね」
「そ……んなっ……」
放り投げられるようにベッドの上に置かれても抵抗を示さず、覆いかぶさってこられても宙を見つめることしかできない。
気付をするように御剣は痛いくらい真宵の唇を吸った。
「少しひどかったかな」彼は言った。「すまん。でもとてもよく濡れるし、すごくかわいい顔をするから」
真宵はなんとかして視界の焦点を合わせようとした。「……かわいい?」
「ああ。本当に……君はかわいい」
太ももを広げさせられたと思うと、体の中で一番熱くなっている場所に、何かがそっと浅く突き立てられるのがわかった。
「ちょ……」霧がぱっと晴れたように意識が引きもどされる。「や。待っ……」
「限界だ。もう、待てない」
ぐっと御剣の腰が進められた。真宵ははじかれたようにのけぞった。
「括約筋を緩めるんだ。ろくに入ってもいないうちから締めるな」
「そっ、そんなの、どうすればいいのかわかんないよ」
「息を吐いて、おしっこをするときみたいに力を入れて踏ん張っておけ。少しはましになる」
「ふぇえええ……」
痛いとは聞いていたものの予想以上だったため、真宵の勇気は早くも既に大部分しぼんでいる。
「無理か?」御剣は少しだけ顔をしかめた。
「……う。ううん、ここまで来たら、が、がんばるしかないよ……。……最後までやる」
「それはありがたい」彼は真宵の汗ばんだ手の上に手を重ねた。「私も頑張ることにしよう」
真宵は彼を受け入れることだけを考え、つとめて全身の緊張を解こうとした。
「はぁぁ……ぁ……っ」
御剣の男根が彼女の中で進退を繰り返している。最初はゆるやかで慎重だったその動作が、彼の息が速くなるのに合わせて、徐々に大胆なものに変わっていく。
彼女のほうはというと、もう、息を荒らげるとか声が洩れるどころか、意識しないと呼吸を失念するほど、御剣の律動に我を忘れていた。
御剣の顔が苦しそうなほどに悦楽に歪んでいることだけを糧になんとかしてギブアップを戒めているが、いつまで持ちこたえられていられるだろうか。
「凄いな……」彼は声を絞り出すように言った。
「み、御剣検事……お願い。なんだか……すごい寒くて……抱きしめててほしい」
御剣はすぐに彼女の頼みどおり、真宵の体に乗りかかり、首の後ろに片腕を回して頬を寄せた。
それまで、自分が汗だくになりながらもいつからかずっと震えっぱなしだったことにすら気づいていなかった。
「真宵くんっ……」不規則な吐息に上ずった呼び声が混ざっている。 
「あぁぅっ……ああ」
「…………」
「く……ふぁっ、ぁっ、あぅ……」
「……真宵くん……つらいか」
「ぁ……」
「もし、長引くのがつらいのだったら……」
彼の額にはもう汗が浮いていた。「い、今から……一気に全部挿しいれて、奥を突かせてくれるのなら……すぐに終えることもできると思う」
「……え……っ」
驚いた。痛いと白状するのだけは抑えていたはずだったのに、知られてしまっていた。
相当ひどい顔つきをしていたのだろう。
「もっ、もちろん私には、プライドがある。が、そんなものは……君が……、君さえ少しでも早く楽になれるなら、私は、そ、そっ、早漏に甘んじることだってできるさ」
「で……でもっ……」
「君のここはかなりよく締まるし、このまま、緩やかに動かしているだけでも、当たり前だが射精はできる……遅いか早いかの違いだけだ。……君は、どうして欲しい」
「あ、あ……あたし……あたし……」
慣らされたせいか脳内麻薬のせいか、入れられたばかりの裂けるような激痛は既にない。
しかしそれでも知らない種類の痛みが途切れなく続いて、限界まではとっくに紙一重の状態だ。
御剣は腰の運動をいったん止めて、真宵の答えを待っている。拷問を受けているかのような顔で真宵を見つめている。
〈……御剣検事は……あたしの一番奥を欲しがってる……〉
たとえ動きが止まっていても、彼の怒張した男根を受け入れているだけで、こんなにも苦しい。
〈それでも、あたしも欲しい……欲しいよ。全部〉
真宵は御剣の首に手を回し、思いを全てぶつけるように激しく舌を絡めた。
「……いいよ。おねがい、入れて、奥まで……」
口を離して彼女はそう言った。御剣は、それを聞いて歯を食いしばり、もう一度唇を押しつけると、
「すまん。許してほしい」と、痛々しげに洩らした。
彼は真宵の両肩を掴み、腰が引けて逃げることができないよう押さえる。
「……あっ……はあああぁぁっ……!!」
御剣は容赦も遠慮もなく、ひと思いに根元まで刺し貫いてきた。その悲鳴はなんとか最小限まで押し殺すことができたが、すぐに彼が躊躇なしに激しく腰を打ちつけてきたのには、もうわけがわからなくなるほど、無分別に泣き声をあげつづけた。
「あぁっ、あぁっ、ま、真宵くん……!」
「やあああぁっ……やぁっ、だめ、きっ、きもち……わるいぃぃっ……」
真宵は首を振った。「こわいよ……やだぁ、あ、あ、やめて、もっ、やめてええぇ……っ!!」
まるで子宮をわしづかみにされて揺り動かされているような圧倒的な違和感と苦痛が彼女を支配していた。
どんなつらい修行だって今より絶望を感じたことはない。許しを乞う言葉だって、本当は言うまいとしていたのに。
「いやあぁぁっ……っ、うっ」真宵の口を御剣が同じものを使って塞いだ。
顔を背けても離してくれない。むりやり引き離そうとして肩を押しても、びくともしない。
〈ひどい……ひどい……こんなのってないよ……!〉
涙で前もろくに見えないまま、彼女は両手で御剣の顔をめちゃくちゃに打った。すぐに両手首も彼に掴まれ、ねじ伏せられる。
〈なんで、こんなに……なんで……こんなにまでするの〉
「真宵くん」彼はまた名前を呼んだ。口を押しつけたまま喋るものだから、唇を噛まれてしまう。
「ふくっ……むう」
「頼む……」御剣は声を吐き出した。「き。嫌いにならないでほしい……」
真宵が一瞬言われた言葉の意味がわからなかった。「あ……」
〈……やだ。こんなに好きなように犯してるのに……どうして、そんなにせつなそうなの……?〉
彼女はゆっくり目を開けた。〈嫌いになんか……〉
「……な。ならないよ……そんなことっ……」
「本当に……?」真宵が小さくうなずくと、御剣は彼女の腰に腕を回して、骨も砕かんとばかりに抱きしめた。
「わ、私も……君のことを……、君を……君を、……き、嫌いでは、ない……」
最後に一度だけいっそう大きく突き上げ、彼はその長く激しい律動を終えた。
中で、断続的に彼のもの自身が震えているのを感じた。
安心から、とめどなく涙が溢れてくる。このまま気を失ってしまいたかった。


頭がぼんやりとしているのに、五感は妙に鋭敏になっているというのは不思議な感覚だ。
少し、修行のときの神妙な心持ちと似ているかもしれない。
夜更かしをしているのに目はさえているし、しーんという空気の音までハッキリ聞こえる気がする。
汗をかいたままだと体を冷やすから、シャワーを浴びてきなさい、と彼は言ったが、真宵は首を振った。とても、動くような気分ではなかったからだ。
御剣はバスタオルを持ってきて、彼女の全身を軽く拭いてくれた。
それどころか、喉が渇いたといえば水を持ってきてくれたし、足がだるいと言えば、ずっとさすってくれた。
その甲斐甲斐しさが、罪悪感からのものだろうと真宵にもわかった。
御剣の顔は一見いつものようにつんとすましているが、彼が心の中で動揺しているのは、落ち着きのない瞳の動きでよくわかる。
〈堂々としてればいいのにな。……別に、意地悪しようとしてしたわけじゃないのに〉
とはいっても、罪悪感で彼を精神的に一時支配し、お姫さまのようにいたわってもらえるのはたしかに気分がいい。
「度胸試し、かぁ」真宵はわざと、呟くように皮肉を言った。
「……色々と要因が重なったせいだ」御剣は先回りして言い訳をした。
「よういんって?」
「女を抱くのは久しぶりだったし、君はぎゅうぎゅう締めつけてくるし、それに……君は意外なくらいセックスに向いているのがわかった。だから、歯止めがきかなかった。どのみち、度胸試しになったことには違いないだろう」
「向いてるなんてことないよ」真宵の静かで穏やかな気持ちに僅かにかげりが生まれた。「い。痛いばっかりで、全然うまくできなかったし……」
「そういうことじゃない。なんと言ったらいいのか……じゃあ聞くが、君は、また、してもいいと思ってくれているか」
御剣はふと彼女の足をさするのをやめて、真宵の横に体を倒した。
「あぅ……」
彼の屹立したものをねじ込まれている最中は、痛さで頭がいっぱいで、ひたすら耐えるしかなかった。
しかし、今それを思い起こすと、例のせつないくらいの快感が下半身を捕らえて離さなくなる。
ストイックであることを自分に厳しく課している人なのだと、ずっと思っていた。
〈それなのに、あんなふうに〉
「思い出してるのか? またそんなに色っぽい顔をして誘って」
「……さそってないよ……」
「だったら、もう嫌か」 
真宵は軽く微笑んだ。「うん。もう絶対、二度とやだ」
みるみるうちに絶望の淵に沈みゆく御剣の表情を見て、やや反省して、「うそだよ」と言った。
「からかうな」まるで、憎しみを込めているかのように強く強く抱きしめられる。
「だったらきっとそのうちわかる。君にはいい筋がある」
彼は真宵の髪の毛を撫ではじめた。「安心した。楽しまないよりは、楽しくやったほうがいいからな」
「ん……」海に浮かんで優しく波に揺られるような、そんな幸福感と倦怠感に包まれていた。
この上なく、心地がよい。〈こんな気分になれるんだったら、いいかもな……またやっても〉
キスされたいな、と思って頬を寄せたら、何も言わないのにその通りにしてくれたことも、震え上がるほど嬉しかった。
「御剣検事……」
「ん」
「あのね。嫌いに、なってないからね。御剣検事のこと」
彼はしばし考えてから答えた。「……いや。そんなうわごとを口走っていた覚えもあるのは認めるが……」
「なに?」
「君の気持ちは嬉しいが、あれは」彼は顎の下に真宵の頭を押し込めて抱いた。
「そんな意味などではない。私のことではなく、つまりあれは、セックスを嫌いになってくれるなと言いたかったんだ」
「あれ、そうなの? でも、それもたぶん嫌いにならなかったよ」
「うむ……そうか。そうなら……まあ、別にいいのだ」
「なんでこっち向かないの」
「うるさい。ちょっと、泣きそうなんだ」
「えーっ! あはははは、ホントに? 泣いてるの? なんで? ははははは。なんでなんで?」
笑われたので拗ねたのか、彼はさっさと背を向けてしまう。
「やだ、こっち向いてよ。見たい見たい」
「嫌だ。向かない。見せない」
「みーせーてーっ」
「死んだほうが百倍ましだな」
「ケチー」
真宵はしばらく目の前の大きな背中をぽかぽか殴打してから、ふと、急にそこにしがみついた。
「ねえねえ。御剣検事は?」
「何がだ」
「御剣検事は、嫌いにならなかった?」
「……君のこともセックスも特に嫌いにはならなかったが、なんでそんなことを聞くんだ」
「そうなの? だって、このあいだは、嫌いって言ったじゃない」
「言ってもいないことを言ったと言うな。私は、嫌いなのかもしれない、と言っただけだ」
「あ、やっぱり、そういうオチだったんだ」
「ほら、分かってたんじゃないか」
「いやいや。そうじゃないよ。さっきからそんな気がしはじめてたの」
真宵は御剣の胸に腕を回した。「……嫌いな人をこんなふうに抱けるとは、思えないからね」
「なぜ分かる。たとえ嫌いな相手でも、義理のためなら抱ける人間かもしれないじゃないか」
「それはないねー。御剣検事ってさぁ、前から思ってたんだけどさ、自分で思ってるほど器用でもクールでもないんだよねー」
「……君なんかに私の何がわかるというんだ。ひとの気も知らんでわかったような口をきかんでくれ」
「ごめん。怒った?」
「いや……まあ、怒っては……」
御剣は不意に体を起こし、なんだかばつの悪そうな顔で振り返った。「……そろそろ一緒にシャワーを浴びようか。背中を流してやる」
「いいけど、まだ足ガクガクだから、バスルームまで運んでってね」
「また君は横着して……」と文句を言いながらも、ちゃんと真宵を持ち上げて運んでいき、シャワーカーテンをひいてバスタブのへりに下ろした。
照明の明るいところで、改めて裸を見せあうのは妙に気恥ずかしい。
裸体を晒しあうことよりももっと恥ずかしいことをしたはずなのに。
〈やっぱり御剣検事の体ってかっこいいなぁ……それに比べてあたしは、中学生みたいな体で〉
お湯の温度を調節していた彼が視線に気づいたときに、一瞬まんざらでもなさそうな顔をしたのが、さらに小にくらしい。
〈う、超ムカつく……。次に会うときまでは、ちゃんとごはん食べて太ろう……〉
「そうだ。怪我をしてないか、ちょっと見せてみなさい」
「え。怪我って、あそこ?」
「そこ以外にどこにもないな。結局、出血の量が少なかったから、処女膜の血じゃなかったかと心配なんだ」
「でもでも、こんな明るいとこで」
「明るくなければ見えんだろう。へりに手をついて、立ったままお尻をこっちに向けてくれ」
「ちょ、ちょっと!」真宵はもじもじした。「そんなカッコできるわけないでしょ!」
「何をカマトトぶってるんだか。いつまでも処女のままじゃあるまいし」
「……ひっ……ひどい! ひどいひどいひどいよ今のっ!」
「ほら、早く」御剣は真宵の腰を抱いて立たせようとした。「ただ確認するだけだろう。そういやらしく考えるから照れるんだ」
「だったらなんでそんなになってるのよっ!」
「これは単なる不可抗性の生理的反応だ」 
彼の太い腕に抵抗しきれず、結局へっぴり腰のままでお尻を彼の目の前に突きつけることになった。
両手が乗り、親指でひだをぐっと広げられるのを感じる。「や、やだ……」
「すぐ終わらせたいんだったら、もっと腰を高く上げてよく見せてくれ」
ためらったのちに、その通りに従った。「傷は見えないが、さすがに粘膜は腫れてるな」
「ちょっと……やだ、早く……」
「しかし、あんなにさんざん拡張したのに、もう元通りに閉まってるとはなあ……」
「もう! やだよっ!」
真宵は彼の手を振り払って姿勢を元に戻そうとしたが、その勢いでよろめいて、バスタブの底に尻をついてしまった。
「あ」覆いかぶさった御剣が抱き起こしてくれるのかとてっきり思っていたが、いつまでたっても動かない。
「み、御剣検事……」
「ほら、またそんな目で見る」彼は笑った。「明るいところでじっくり恥ずかしい所を見られたのがそんなに嬉しいのか」
「なっ! そんなことないよ、だいたい御剣検事が見せろって言うから」
「自分で分からなかったのか。君はたった今濡れてたんだぞ。穴をひくひく動かしながらな」
「あ、あのねっ! なんか誤解があるみたいだから、ちゃんと言っておくけどさ、あたしは、へ、ヘンタイじゃないんだからね!」
真宵は耳に口を寄せた御剣の顔をなんとか引き剥がした。
「御剣検事が、あたしに意地悪するとき、すっごいイキイキして嬉しそうに、気持ちよさげになるから、釣られるだけなのっ!」
「私がサディストだとでも言うつもりか?」
「まったくそのものでしょーが!」
「それは違う。私はこれまで女を抱くときに、あんなふうに相手を辱めて悦んだことはなかった。
つまり話が逆なんだよ。私のほうが、君に開発されてるんだとしか考えられない」
反論せずに黙りこむと、御剣はまた満足げに笑んだ。
「君にはやっぱりセックスの才能があるようだ。自分でも意識しないまま男を誘う顔をする。
まったく、何が恋愛不全の男性恐怖症だか。こんなのは詐欺だ。
カナヅチをプールに叩き落して荒療治で克服させたら、水泳選手になってしまっただなんてな」
真宵は褒められているのか罵られているのかいまいちわからず、返事ができない。
「もう、どこへ出しても恥ずかしくはないな」
「えっ……」
「あんなにかわいい顔で喘ぐ女の子とだったら誰でもやりたがる。優秀な遺伝子も選びほうだいだ」
何を言っているのかすぐにぴんと来て、あわてて抱きついた。
「まさか! 何言ってるのよ、あたしは御剣検事じゃないとやだからねっ!」
言ってしまってから、真宵はすぐに、罠にかかっていたことに気づいた。「……あ」
顔の横で彼がにやりと笑ったのが気配でわかる。
「……次にするときは、鏡の前のまま入れようか」
「ちょっと、調子に乗らないでよ……」
「効率を考えたら調子に乗るべきだと思うがな。私たちの共通の目的に対しての最大の敵はマンネリズムだ。
毎回趣向を変えたり、少しくらいインフレに陥ったとしても過激にしていったほうがかえっていいんだ。恐いかね」
「そりゃあ、恐いよ」
「無理強いはしない。できないと思ったらちゃんと言いなさい。その代わり、君もやってみたいことを色々考えてくるように」
真宵は期待に背筋がぞくぞくするのをなんとか悟られまいとこらえた。
考えてくるようになどと言われたら、今すぐにあれこれ思い浮かべてしまうに決まっているじゃないか。


二人でシャワーを浴びてお互いの体を洗いっこしたあと、手を繋いだままとろとろと眠るだなんて、まさしく過去によくふけった空想をそのままなぞったものに違いなかった。
ただひとつ、二人が恋人同士でも何でもないことだけが違っていたが、真宵はこれ以上何も望まない。
そんな発想すらないほど、ただただ幸福だった。 
部屋に運ばれてきた朝食を一緒に食べながら、御剣は彼女自身の生理の周期をたずねた。
次の生理が始まって三、四日後付近にまた日本に帰ってくるために、予定を立てようとしたのだ。
最近かなり周期が不規則だったことはともかく、関心がなくカレンダーに印をつけることもしなくて前回の生理が始まった日を答えられなかったのは、御剣を呆れさせた。逆算がおおまかにしかできず、予定を立てづらい。
「婦人体温計がなければ買ってきて、明日から忘れず基礎体温をつけなさい」と彼は言った。
「うぇー。めんどくさそう……」
「念のため、生理が始まったら連絡してくれ。仕事の具合もあるが、早めに生理が来てしまっても、まあ、排卵日までに来れないことはないだろう」
「ゴメンね。仕事、だいじょうぶなの?」
「まあ、サマーバケーションは丸つぶれになるな」
ホテルをチェックアウトしたあと、二人は駅でお別れをした。
空港までついていこうとはしなかった。見送りなどというウェットな行為が、どうにも今の空気と合わなかったからだ。
「くれぐれもホルモンのバランスを崩さぬように」と彼は別れ際になって言った。
「栄養のある食事をしっかり摂って、決まった時間に充分な睡眠をとり、ストレスを溜めず適度に発散すること」
「ありがと。御剣検事もね」
「そうだな。せっせと生産することにするよ」
電車の時間が迫るころ、御剣は真宵を抱き寄せて、ためらいもせず顔を近づけた。
「わっ、ちょっと待った! 人前でしょっ!」
「君の口から人目を気にする台詞が出るなんて、感慨深いものがあるな」
「それ、どういう意味よっ。そ、それに……いま、そんなことしたって、『効率』は、カンケーないでしょ?!」
「そんなことはないさ」彼は真宵の顔を上に向け、唇を触れさせた。
悪戯っぽく笑った目が光っている。
「これは、次のセックスの前戯のうちだ」

 

最終更新:2020年06月09日 17:44