高い声を漏らす彼女はぎゅっと目をつぶり、彼の背に回っていた腕は、抱き寄せることも拒むことも出来ず、こっけいにも背中でこぶしを作っている。
それは、手を開いていることが不安で、身を強張らせる中でした動作に過ぎないのだが、その初心さがまた、かわいらしい。
彼女の余裕のなさが、少々悪趣味とも思える彼の思考を後押しする。

「メイ。だいぶ硬くなってきたようだが、感じているのだろうか?」

言って、くりくりとそこをいじってやれば、反論も悲鳴に変わる。
にらみつけようとした目は力なくゆがみ、愉快そうな彼の顔を見たくないのか、ふたたび目を閉じてしまう。
背に回していた腕を下ろして、声を抑えるように口元に持っていく。
荒い息はおさまらないにしても、声を飲み込むには効果的なようだ。
それをおもしろがるように、彼は再度、口を使うことにした。
一度胸の間に唇を落としてから、頂に舌を伸ばし、吸い付く。

「っ!」

息を呑み、背が反らせたのがわかる。
かまわず唇と舌とで硬くしこったそこを舐り、時には歯をたてる。
首を振ってもだえる気配を感じ、視線をあげると、よほど声を出したくないのか、自分の指を噛んでいた。
慌てて口を離して、その手の甲に唇を落とし、口から離させる。
息を乱した彼女は今度こそ、非難の目を向けた。

「あなた、私に何を言わせたいの?」

が、怒りではなく甘美な興奮に頬を染めて、そのうえあられもない格好で、肌に汗を浮かべて、息を乱しながら言われても、恐縮する気は起きない。
平然と手を取り、彼女の歯形がついた指に口付ける

「傷が付く。噛むなら私の指にしたまえ」
「なっ……」

自分の意見に取り合わない男に彼女が何か言おうとしたが、それも彼は無視し続ける。
言葉通り自分の指を彼女の口元に差し出し、胸への愛撫を再開する。
先ほどとは反対の胸に口付け、舐り、その間も空いた手はもう一方をもみしだく。
得体の知れない生き物のように、熱く蠢く舌の感覚に、彼女は差し出された指を噛んだ。
のどまで出掛かった嬌声を、ただのくぐもったうめき声に変えるだけとわかっていても、差し出されたその骨ばった指に、歯形を付けたくて。

「ふ、ん、んうっ……」

鼻にかかった声は、それでも十分にいやらしく、女を喜ばせているという事実が彼を満足させる。
加えてそれが、あの勝気で、人の言うことなど聞きもしない、まるで女王然とした彼女なのだという事実が、妙に彼をくすぐる。
きしむベッドの上では、彼女は彼に弄ばれるほかない。
そう思うと、冷静な彼らしくないイタズラ心が度々顔を出す。

どの程度自分の行動を受けいれてくれるものかと、彼はためしに彼女の口の中で指を動かしてみた。
彼女の舌は驚き、一瞬ひっこんだが、ややあって彼の指を確かめるように動いた。
そろりと、ざらつく舌で指を舐めあげられるのは、なかなかに官能的だ。
猫でもあやしているような気分になる。
その間も胸への愛撫を止めないので、彼女の歯が何度か彼の皮膚に痕を残した。
落ち着くと傷跡を癒すように舌を這わせるのが、いじらしい。

ひとしきり戯れを繰り返し、彼女の舌が彼の指を舐めるのに疲れると、ようやく指を引き抜き顔を上げ、唾液にぬれたその指でくるりと敏感な頂をなぞる。
なまめかしいため息をつく彼女はもう、非難の視線を向けるのも忘れていた。
人の体の一部を舐めるという初めての行為に、簡単に酔ってしまったようだ。
薄く開いたままの唇に口付けながら、彼の手は腰をくすぐり、足の付け根をそっとなでる。
滑らかな肌のその先に、たまらなく熱くなっている場所があるのを、彼女は理解しているのだろうか。

「メイ」

呼びかける彼の声に、彼女が視線を上げた瞬間、その場所を指が滑った。
下着の上からでもわかる湿った空気と熱は、彼女が情欲に溺れつつあることを示している。

いや、と身をよじる彼女が逃げ出す前に、彼は下着の中に指を入れる。
ゆるりと、彼女自身のぬめりをまとわりつかせて表面をなでると、それだけで声をあげる。

「や、れ、れいじ」

すがりつき、それでも快感を与えられれば喜び震えてしまう体を制御する術を彼女は知らない。
知らないから、怖い。
彼にすがりつき、自分のものではないような弱弱しい声をあげ、そのくせ、体中の神経が彼の触れる場所に集まってしまったような錯覚に酔う。
彼の指は閉じられた花びらを割り、蜜を溢れさせる。
彼女が今日のために選んだだろう下着はいやらしい蜜を吸い、使い物にならなくなってしまった。
それでも彼は下着の隙間から指を差し入れたまま、花弁の間をなで続ける。

「は、うぅ、んっ……れい、じ」

下着を着けたまま乱されるのはたまらなく恥ずかしくて、いっそのこと脱がせてくれればいいのに、と頭の隅で思うのに、それを彼女が口にするのはそれ以上に恥ずかしいことのようで、困惑と快感でぬれた瞳を向けることしか出来ない。
彼はそれに気づいているのかいないのか、彼女の敏感な芽をさぐりだし、指の腹でこする。

「っ!」

びくりと背をのけぞらせ、突然の衝撃から逃げ出そうと身をよじる。
が、逃れられない。
下着はしっかりと彼の手と彼女の体を固定しているのだ。
まさかそのためにわざわざ指を差し入れたわけではないだろうが、彼は彼女が逃げられないのを知ると、満足そうに笑みを浮かべて指を動かした。
敏感な箇所をつまんでやれば甲高い悲鳴をあげ、その周囲を愛撫すれば甘いため息をつく。
その合間合間に自分を呼ぶ声がいとしくて、彼の熱もあがってゆく。
もう、彼の中心は痛いほどいきり立って、目の前の甘い肉の中に飛び込みたがっていた。
だが、もう少し。
彼女と今後"このようなアレ"をするためには、もう一段階だけ我慢しなければならない。

「れい、れい、じぃっ……いやぁっ、だめ、だめ、なのっ……」

乱れきった彼女が頭を振って、彼に視線を向ける。
それを合図に彼は指を抜き、彼女の下着に手をかけた。
ようやく一つの羞恥から開放されると知った彼女は、思うように動かない体を動かし、腰を浮かしてそれを手伝う。
けれど、秘所を明かりに照らされるのも十分に恥ずかしい。
少しでもそこを隠そうと、彼女が足を閉じようとする間にひざを割りいれられ、それは適わなかった。
彼に軽々と片足を抱えあげられ、熱くぬれた其処が外気にさらされ、ひやりとする。

「やっ……れ、れいじ、いや、恥ずかしい……」

表情を隠すように顔を布団に押付け、口元を手で押さえて、蚊のなく様な声で訴える様は、嗜虐心をそそる。

「だが、こうしないと君の中をほぐせない。」

わかるだろう?と問いかける彼に、彼女は惚けたような表情を向ける。

「なか……」
「そう、中、だ。私が入るこの場所で君が感じてくれなければ、それは完璧なセックスとは言えない。そのための準備が必要なのだ……こういった」

言いながら、深爪といってもいいくらい短く切られた爪を乗せた指先が、彼女の中に埋め込まれてゆく。
一瞬彼女が眉をしかめたように見えて、その指を止める。

「痛い、だろうか」
「いいえ……大丈夫だから……続けてちょうだい」

得意の強がりなのだろうと、彼には容易に想像できた。
だが、今引いてしまってはまた同じことを繰り返すだけだ。
彼女には苦痛であったとしても、今後それを快感に変えてゆくためには耐えてもらわなければならない。
彼女の言葉通り、続けるしかない。

まだまだ男を受け入れるには未熟なそこを傷つけないように、指の腹でなぞるようにして押し進む。
絡みつく体液と柔らかな内壁を指の根本にまで感じたときには、我慢の2文字を思い浮かべるよりほかなかった。
いずれ彼自身の求める方向に行き着くのだと自分自身を納得させながら、少しでもそのときを彼女が心安らかに受け入れられるようにと、ゆるゆると内部を探り、ほぐす作業に没頭する。

「は……んんっ……なんだか……ヘンな感じ、ね」

呟く彼女の眉間のしわが薄くなったことに、安堵の息をつく。
すぐに快感を得られるようになるとは思っていない。
職務上、性犯罪の判例もあらかた頭には入っている。
残念ながら、快感ではなく苦痛を与えられた原告の証言ばかりだが。
ともあれ、性交渉の経験に乏しい女性にとって、そこがあまり気持ちのいい場所ではない、ということだけは承知している。
もっとも、自分のこの行為がどれほど役に立つのかは定かではないが。

「その……メイ、大丈夫、だろうか」
「え……ええ。痛くはないわ、今のところ」

彼女らしくないはっきりしない物言いも、ひっかかるにはひっかかる。
けれどもう、彼自身が収まりの付かない有様になっている。
自制心という堰に阻まれた情動が、もはや体の一部などでは収まらないほどに膨れ上がっている。
その熱を暴発させず、まだ少しコントロールできるうちに、彼女と一つになっておく方が得策だろう。

愛液に濡れた指を引き抜くと、彼女の肩がふるりと震える。
こんな反応では済まないことをしようとしているのだ。
彼女に二度も「失態」と呼ばれないように準備をして、彼女の頬に唇を押付け、かすれた声を聞かせる。

「すまないが……もう、限界だ」

え、と聞き返す彼女の腰をつかみ、いきり立った彼自身の先端を押し当てる。
ぬるりとすべる感触を楽しんで、入口にあてがうと、彼女の身体が強張るのを感じた。

「メイ。力をぬいてくれないか」
「……努力、するわ」

ふう、と息をつく彼女の中に、ゆっくりと彼自身を押し込んでゆく。
一瞬苦痛に歪んだ彼女の表情が見えなかったわけではないが、それよりもあまりに気持ちのいい感触に、猿のように腰を動かしたくなるのを抑えるので精一杯だった。
まとわりつく肉の壁、握られているような強さのしめつけ、あるいは狭さ。
そして、別の生き物のように蠢き、跳ねるお互いの熱い感触。
腰の奥でふくれあがる快感をさらに強いものにしたい。
それに身をゆだねて、理性のたがを外して、本能のままに動き出したい。

うずまく欲情を抱えたまま、みっちりと彼女の中を満たした状態で息をつき、一言、声をかける。

「メイ。いくぞ」

見上げている彼女の表情はどこか不安げだったが、もう、彼は動き出していた。
一旦ギリギリまで引き抜き、浅いところでの抜き差しを繰り返す。
一番狭い入口で一番気持ちの良い所を刺激できるこの状態は、効率よく彼を高ぶらせる。

「っく、あ、あぁっ!」

眉間に深いしわを刻んで悶える彼女の様は、やはり快感とは違う感覚なのだろう。
だがその様子も、今の彼には欲情におぼれている様にしか見えない。
際奥に突き立てれば弓のように背がしなり、激しく腰を動かせばそれにあわせて声を上げる。
首を横に振って嫌がる様も、先ほど咎めたのに自分の指を噛む様も、男を感じているようにしか、見えない。
いななくように声を上げ、目じりに涙を浮かべる姿にも胸が痛むことはなく、ひたすらに、自身の快感だけを追及して腰を動かす。
それでも相手を感じさせてやろうという欲求がないわけではないらしく、器用とは言えない手が彼女の敏感な肉芽をつまむ。

「あぁあっ!イヤ、ダメ、だめぇっ!」

激しく首を振る彼女には、まだそこは刺激が強すぎて、しかも先ほどまでとは違って遠慮のない触れ方をするので、それこそどうすることもできない。
ただ苦しくて、涙が浮かぶ。
身をよじることもできず、息の続く限り声を上げる。
それでも彼を突き放すことは出来なくて、薄い爪を皮膚につきたてて、すがりつくのだ、

きしむベッドの上で叫び続けていた彼女の声はかすれ、彼の体温は上がる。
薄く目を開いた彼女が見た彼の瞳は見たことがないほど妖しく光っていて、それでも自分だけを見つめていることに安堵する。

「レイっ、レイジっ……!」
「メイっ……っく、いく、ぞっ……」

彼女がそれを理解するより早く、彼の突き上げはいっそう早くなっていった。
身体をゆすぶられ、体内をえぐられ、突かれ、意識が遠のきそうになったとき、"それ"は来たらしかった。

「っく……は、はぁ……はぁ……っ」

ひとたび動きを止めた彼が緩慢な動きで幾度か深く彼女を貫いて、肩で息をつき、役目を終えた自身を引き抜くと、ぐったりと身体を投げ出す。
自分の中で達したらしいとわかると、彼女には不思議な満足感が沸いてきた。
苦痛に耐えた時間は果てしなく長く感じられたが、それも彼を満足させられたという結果を考えれば許せた。

「レイジ……」

甘くかすれた声で横に倒れこんでいる男を呼ぶと、息を乱したまま彼女に顔を向けた。

「メイ……」

たくましい腕が彼女の体を抱き寄せる。
それに身をゆだねて、しばし互いの息が整うのを待つ。
一気に上がった体温を、やっと冷静に味わうことが出来る。
ややあって彼女が身じろぐと、彼はそれを押さえつけるように抱きしめる手に力をこめた。
逃げるのを諦めた彼女は既に息が整い始めているのだが、彼は予想以上に体力を使ったらしく、目をあけもしない。

「……意外と体力を使うものなのね」

呟いた彼女にようやく視線を向けて、彼が答える。

「うむ……まぁ、そうだな。女性が積極的に動かない限りは、往々にして男性が非常に体力を消耗することになる」

そう、と答えた彼女は、それ以上口を開かない彼に問いかけても無駄と諦め、目を閉じる。
しばし呼吸だけが部屋に響き、二人は意識を混ぜ合わせたような混沌としたまどろみに足を突っ込む。
心地の良い時間がどれほど過ぎただろうか。
息の整った彼が彼女の頭をなでる頃には、彼女は寝息を立てていた。
その寝顔は安らかで、ほっとする。
当初の目的であった「彼女を満足させる」ことができたかどうか、まだ確かめようもないが、とりあえずはこうして、自分の腕の中で眠っていることに安堵するとしよう。
いや、それにしても、と彼は思わず緩む口元を押さえる。

――とても、良かった

こんな直接的な台詞を口にしようものなら、力の限り殴られるかもしれないが、事実は曲げるわけにはいかない。
彼女の体はどこも触り心地が良かったし、情事に慣れていないわりに敏感だった。
あげる声はたまらなく可愛らしくみだらで、余裕のあるときこそ普段の強気な素振りをみせていたが、最後のころにはそれもすっかり影を潜めていた。
普段は涼しげな瞳を熱くうるませて、イヤ、なんて首を振るしぐさは反則だとすら思った。
あげく、こうして無防備に裸体をゆだねて、子どものように寝息を立てられては、もう単純に幸福と感じてしまうのも無理はないだろう。
まだ幼かった彼女に昔してやったように頭をなでると、細い髪が流れる。
そういえば明かりをつけたままだった。
明かりを落とそうと腕を伸ばすと、彼女がみじろぐ。

「……起きたか」

問いかけると、眠たげにうっすらと目を明ける。

「寝ていた?」
「ああ。疲れただろう。まだ休むといい」
「ええ。でも寒いわ。服を着させて」

バスローブを手繰り寄せる彼女がけだるげに身を起こすと、密着していた肌が離れ、汗が体温を奪う。
まだ、離れたくはない。つい、彼は彼女を引き倒して抱きしめる。

「どうしたの?」

眠気も覚めた、といった表情で彼を見る彼女に、どう説明したものか。

「布団をかぶればいい。私も寒い」

平静を装って布団を手繰り寄せ、彼は言葉通り二人の体を覆うようにする。
しばし不思議そうにしていた彼女も、自分の熱で布団が温まると納得したのか、再び彼に寄り添って目を閉じる。
ようやく彼も明かりを落として、彼女の肩を抱いて目を閉じる。

「ねえ、レイジ」

問いかける声の優しさに、彼はすっかり油断していた。

「"女性が積極的に動く場合"の方法、勉強するわ。あなたばかり疲れては不公平だもの」

白目をむいた彼が、慌てて彼女に真意を問い質そうとみじろぐと、彼女は目を閉じたまま笑う。

「何を慌てているの?誰も今とは言っていないわ。いいから寝かせて頂戴」
「う……うむ。そうだな……」

本当に、油断ならない。
ため息をつく男の横では、不敵な女が満足そうに寝息を立て始めていた。


-----おわり-----

最終更新:2020年06月09日 17:39