HOW TO GO ◆7VvSZc3DiQ



気付けば杉浦綾乃は、見知らぬ街の中で、呆然と立ち尽くしていた。
夜闇が辺りを包む中、綾乃の着る七森中の制服の白だけが薄く浮かび上がっている。

――殺し合えと言われた。

殺し合いだなんて、何を言ってるんだと思う気持ちと。
魔法でも使わなければ出来ないような、謎の瞬間移動を訝しむ気持ちと。
夜の街の中で独り、心細い気持ちと。
そういうものが頭の中でぐるぐるぐるぐるせめぎ合って、綾乃は何も行動を起こせないままにいた。

「この首輪……本当に、爆弾が入ってるのかな……?」

まず触れてみたのが、首に巻かれた鉄の首輪だった。
訳もわからないまま『声』の説明を聞いていたあの場所で一番印象に残っていたのが、途中に挟まれた爆発だった。
『声』に逆らえば、この首輪は爆発する……らしい。
首輪、爆発という単語から連想して、以前テレビで見たニュースを思い出した。
外国……確かアメリカで、首輪を付けられ脅された男が銀行強盗をしたという内容のニュースだ。
男はピザの配達員か何かで、配達中に銃で脅され時限爆弾式首輪をはめられ、『銀行強盗をして金を持ってくれば首輪を外してやる』と言われたらしい。
そして男は銀行を襲い――しかし、結局首輪は爆発して、男は死んだ。
聞いて気持ちの良い話ではないし、すぐに別の番組に変えてしまったからそれ以上の話は知らない。
ただ、その事件が、今の自分が置かれている状況に凄くよく似ているということに気付いてしまったのだ。

(――だったら、最後に待っているのは……死?)

ぶるぶると首を振って、そんなことあるわけない、と浮かんできた嫌な考えを否定する。
殺し合いをしろだなんて言われても、みんながみんなすぐに殺し合いを始めるだなんて考えられない。
さっき思い出した事件では首輪をはめられた男は犯罪に走ったけれど、銀行強盗と殺人では、禁忌としてのレベルが違う。
人間は他者をそう簡単には殺せない。たとえ見ず知らずの他人だったとしてもだ。
殺し合えと言われて、素直にその言葉に従う人間なんて――人間として、どこか壊れてると思う。

「……あ、あった。確か、このケータイに……」

携帯電話を操作して、アドレス帳画面を表示する。
ここに記されている名前が、綾乃と同様に殺し合いに参加させられている人間の名前だという。

「誰か知ってる人は……えっと、赤座さんに……歳納京子ォ!? ……こ、こほん」

思わず大声をあげてしまったことを猛省する。
殺し合いが始まるだなんて信じてはいないが、むやみやたらに大声で叫ぶ少女など、他人からすれば敬遠したい部類の人間だろう。
恥ずかしさに火照った顔を手団扇で扇ぎながら続く名前を見ていくと、船見結衣、吉川ちなつの名前も見つかった。
どうやら七森中ごらく部の面々は、四人全員が参加させられているらしい。

(千歳は……いないか。ううん、いないほうがいいに決まってるわ)

一番の親友である池田千歳の名前は、アドレス帳の中にはなかった。
こんな訳のわからない何かに参加させられてなくて良かったと、友達ならそう思うべきなんだろう。
でも今は、親友がいないことによる心細さのほうが勝っていた。
早く、誰か知り合いに会いたい――そう思った綾乃は、続いて地図画面を表示する。
初めて見る地図だった。少なくとも普段の綾乃の活動範囲内にある街ではない。
北側が海に面した街――ということは、日本海側のどこかにあるのだろうか。
もしかしたら四国や、どこかの島という可能性もあるけれど。
ところどころに施設名が書かれた地図とにらめっこして、ごらく部の面々ならどこを目指すだろうかと考える。

(今の私がいるのは、E-7ってところみたいね。みんなが行きそうなところといえばやっぱり中学校?
 ――歳納京子なら、遊園地やゲーセンに喜んで行きそうだけど……)

あの楽しいもの好きな歳納京子なら、遊園地やゲーセンなんてものを見つけたら大喜びで遊びに行くに違いない。
こんな夜更けにそういう施設が稼動しているかどうかは疑問だが、歳納京子との合流という意味では探しに行く価値はあるかもしれない。

「べ、別に歳納京子のことが気になるってわけじゃないんだけど……あの性格じゃ他の人にも迷惑かけちゃいそうだし。
 生徒会副会長として七森中の生徒の面倒を見るのは当たり前のことだし……し、仕方ないわよね!」
「ふーん、キミ、ズイブンその歳納京子ってヤツのことが気になってんだな?」
「だ、だから仕方なくって言ってるでしょ!? まったく、歳納京子ったら相変わらず世話が焼けるんだから……って、ええ!?
 ……あなた、誰?」
「菊地善人。どうやら君と同じように、殺し合いに巻き込まれちまった一般中学生A……らしいぜ?」

杉浦綾乃と菊地善人の最初の出会いは――こんな感じで、始まった。

 ◇

綾乃と菊地の二人は手短に自己紹介だけを済ますと、手近にあった適当な建物の中に潜り込んだ。
二人で話しているときに、誰かに襲撃されたらたまったものではない。
菊地も殺し合いそのものには懐疑的であったが、最低限の用心はしておくべきだと主張したのだ。

「うーん、杉浦もこの状況に心当たりはないか……こいつはまいったな」
「知り合いは何人かいるみたいなんですけど……多分、みんなも何が起きてるのか分かってないと思います」
「とりあえず、目下の目的は知り合いとの合流だな。オレのダチも何人か連れてこられてるみたいだ。
 上手く仲間を集められたら、どうにかして殺し合いをせずにみんなで助かる方法を探す……こんなところか」

ある程度の目的は定めたものの、それはまるで具体性のない、こうなれば良いなという程度の願望の現れでしかなかった。
何か行動を起こすにしても、不明なことが多すぎるのだ。
本当に自分たちは殺し合いの場所にいるのか。殺し合いに乗る人間はどのくらいいるのか。仮に生き残ったとして、無事に帰れる保証はあるのか。
殺し合いに乗らずに生き延びる方法を考えようとしても、まず枷になるのがこの首輪だ。
もし逆らえば、この首輪は爆発するという。つまり何らかの手段を講じて自分たちを監視しているということだ。
監視をくぐり抜けた上で首輪を外し、この場所から脱出する――中学生である自分たちがそれを実行するには、知識も経験もまるで足りない。

「なぁ。杉浦は、オレたちがしなくちゃいけないことっていったい何だと思う?」
「えーっと……まずは、友達と合流する? あと、知らない人たちとも協力できたらと思うわ」
「うん、そうだよな。何をするにしても人間は多いほうがいい。
 でも今、オレたちは殺し合いをしている――そんな状況で、見ず知らずの他人がオレたちの言うことを聞いてくれると思うか?」
「それはそうですけど……」
「だからオレたちがしなくちゃいけないのは、その一つ前の段階――他人に信用してもらうための、何かを見つけなくちゃいけない」

でも――と、綾乃は心の中で菊地の言葉に疑問を投げる。
私たちはまだ知り合ったばかりで、正直なところ今話しているあなただって決して信用出来たわけじゃない。
ひとまず敵対の意思が見受けられないから情報交換をしているだけで、もしも問題がありそうだったら綾乃はすぐにでも菊地から離れるつもりさえあったのだ。
だからこそ、ここで菊地が綾乃に対して自らを信用させることに成功するなら、それは他の誰かに対しても有効である可能性が高い。

「その何かに、心当たりはあるんですか?」
「――ない」
「……ぇえ!? 颯爽とハンサムな解答が出てくると期待してたのに!?」
「まぁ、まったくないわけじゃないんだけどな。ただ、現状じゃソレは武器になりえないってだけで。
 オレが考えてるのは――情報だ。特に欲しいのは、脱出に関する情報――それを集めてみようかと思う。
 今のオレらが提供できそうなモノなんてたかが知れてるけどな。そういう意味で、まだ心当たりはないとゆー」

菊地は言葉を続ける。
殺し合わずともここから逃げ出す方法があると言えば、自分たちの言葉に耳を傾ける人間は多くなるはずだ。
だから菊地は、脱出の方法を考える――それは、仲間を探すよりも優先すべき事柄だ。
仲間を探してから脱出の方法を考えていたのでは効率が悪い。確かな脱出の方法を見つけた後、それをエサに協力者を募っていく。

ならば、脱出は如何にして成るのか――それを考えるには、未だ情報が足りない。
不足は認めざるをえない。だが不足が補われた時、自分の頭脳は脱出への道筋を創り上げるに足る性能を持っていると菊地は自負する。

「まずはここが何処なのかを特定する必要がある。
 この携帯の地図じゃあ、もっと南へ行ったときに陸地が続いているのか、それとも大きな島なのかも分からないからな。
 陸から脱出するなら車の類が必要になるし、島だったら船がいる。そういうことさえ分かんないままじゃ計画の立てようもない」

そのような情報を手に入れるために、地図に記された図書館か海洋研究所を目指すべきだと菊地は提案する。
殆どの図書館には郷土史を取り扱う部門が存在する。
その手の図書を見つけられればここがどこなのかも分かるだろうし、近隣との交通関係も把握出来る可能性も高い。
もし海路から脱出することになれば海洋研究所に置いてあるだろうデータは必須になるはずだ。
海流の様子や海路図を知ることが出来れば、計画により具体性が増し、必要な物資の調達も最低限で済むようになる。

「人が集まるところに行きたいのも山々だけど、初対面で悪印象持たれても困るからな……
 出来る限り脱出の計画を固めてから接触したいところだ」
「……なるほど。確かに理にかなってますね……じゃあ菊地さん、まず向かうのは図書館ということでいいんですか?」
「ああ、そっちのほうが近いからな。……んじゃ、荷物をまとめたら早速向かってみるか」

デイパックを背負いながら、菊地は一人、思考を続ける。
綾乃には言わなかったが――菊地の案には致命的な欠陥があった。

(……そもそもこのゲームに、クリア方法は設定されているのか――?)

自分たちをさらい殺し合いを強制させている相手について、菊地は何も知らない。
だが、その人物だか組織だかが持つ力は、途方もなく強大であるに違いない。
これだけの人数を同時に誘拐するだけの人員を有し、首輪や監視体制などの技術面でも不備はない。
そしてこの、殺し合いの舞台。一見すると極普通の市街地に見えるが、どこにも自分たち以外の人間はいない。
地図に載っている施設などから推測するに、この街はそこそこに発展した都市であるようだ。
数十万人規模で住人がいてもおかしくはないこの街から住人を全て排除し、やっていることは殺し合いなどという違法。
いったいどれだけの権力を行使すればこのようなことが可能になるのだろうか。
少なくとも国家権力クラスの力――あるいはそれこそ、神様にも匹敵する力が必要になることは間違いあるまい。
彼らにしてみれば、菊地たちなどそれこそ盤上の駒――指し手である主催者とはまるで次元が違うフィールドにいるちっぽけな存在なのだろう。
菊地たちが少々策を弄したところで、彼らゲームの主催者に太刀打ち出来る可能性は――非常に少ない。

(あー、ヤメだヤメだ。こんなことウジウジと考えたところで何の足しにもならねー)

出来るか出来ないかではなく、やるかやらないか――使い古された陳腐なフレーズだが、なるほど確かに真理を突いている。
初めから諦めてしまえばそこでゲーム終了だ。菊地は知っている。無茶に無茶を重ねれば、いつか道理はぶっ飛んでいく。

(オレだって――センセーみたいに一発キメてやっからよ?)

先の見えぬ不安を抱えながら、それでも希望と思いを胸に、少年と少女は歩き出した。


【E-7/市街地/一日目・深夜】

【杉浦綾乃@ゆるゆり】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~3
基本行動方針:みんなと協力して生きて帰る
1:とりあえず菊地の案に乗る
2:と、歳納京子のことなんて全然気になってなんかないんだからねっ!

【菊地善人@GTO】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~3
基本行動方針:生きて帰る
1:脱出の方法を探るため、図書館へ向かう



Back:Mole Town Prisoner 投下順 あっ! やせいの ガンリキーが とびだしてきた!
Back:Mole Town Prisoner 時系列順 あっ! やせいの ガンリキーが とびだしてきた!

START 杉浦綾乃 情報交換という名の、何か
START 菊地善人 情報交換という名の、何か


最終更新:2011年12月10日 12:45