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一番嫌いな……

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匿名ユーザー

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――はい、高良です。
――! ……あっ、……はい。こんばんわ。

 携帯電話から流れてきたのは、懐かしい声だった。
 忘れることのできない、ひと時たりとも忘れたことのない、その声。

――……ええ、はい。大丈夫です。
――それでは、明日、いつもの場所で。

 声のトーンを落として、早々に電話を切る。

「……みゆき、誰からだ?」
 居間の向こうから、厳しい視線が投げかけられる。

「学校のお友達です。明日、帰りに遊びに行こうって」
 もちろん、嘘っぱち。
 悟られるわけにはいかない……絶対に、この人にだけは。

「そうか。……くれぐれも、学業には差し支えないようにするんだぞ」
 それだけ言うと、彼はまた、視線を手元のビジネス書へと戻した。

「はい、わかってます、お父さん」


 ……もしかしたら、感づかれたのだろうか。
 ううん、そんなことはない筈。

 それだけは、絶対に避けないと……



―――――――――――――――
  『いちばん嫌いな……』  
―――――――――――――――



 電車を乗り継いで、いつもの通学路線から少し離れた、とある駅前。
 背の高いオブジェの脇……そこが、いつもの待ち合わせ場所。

 待ち人たちの中に、私はひときわ背の高い影を見つけた。
 心の中にいつも思い描いている、彼の姿。

――……ごめんなさい、お待たせしてしまって。生徒会が長引いてしまいまして……
――……え? あれ? ……ご、ごめんね。いつもの癖が抜けなくて、つい敬語がでちゃうんで、いえ、出ちゃうの。

――じゃあ、行きましょ。


 ・・・・・・


 通りから少し離れたところにある、小さな喫茶店。
 彼と私の、いつもの場所。
 誰にも見咎められることのない……誰にも知られてはいけない、

 そんな私たちの、秘密の場所。


――最近?……うん、元気にやってるわ。仲のいいお友達もいるし。
――そういえば、新譜出たんだよね? 近所のお店で探したんだけど、見つからなくって……
――……え? インディーズって、普通のお店には並んでないの?

――いいの?……あ、ありがとう。
――うん、早速聞いてみるわ。きっと感想書くからね。

 彼のコーヒーカップと、私のグラス。そして、出たばかりの真新しいCD。
 小さなテーブルの向こうで、彼が優しく微笑んでいる。


 月に一度会えるか会えないかの、大事な逢瀬。
 誰にも知られてはいけない……知られたら、きっと壊されてしまう、大切な時間。


――え、メジャーデビュー? すごいじゃない。
――大丈夫よ、きっとみんな、あなたの歌、好きになってくれると思うわ。
――……それは、ちょっと寂しくはあるけど……も、もうっ、そうやって茶化さないで。

 夢に向かって、一歩一歩進んでいる彼。
 そして今、訪れた大きな節目。

――でも、そうやって夢をかなえていく、あなたの背中を見てるのが好き。

 今のように、会う時間も取れなくなるかもしれないけれど……


――夢をかなえれば、きっとお父さんだって認めてくれるわ。
――……そうすれば……また、家族みんなで……


「……」
 彼の表情が、少し険しくなる。

「……あ、ごめんね。この話は、しない約束だったよね……」
 私は……少し、悲しくなる。


 ・・・・・・


 どんなに「時間を止めたい」と願っても、それはかなわない夢。
 時は無情に流れてゆき……別れの時間は、必ずやってくる。

――……うん、ありがとう。ここで大丈夫。一人で帰れるから。
――え? ……もうっ、そんなのじゃないわよ。
――……うん……うん、そうね。

 大時計の針が、七時を指した。
 カチリ、という音とともに、穏やかに鐘が鳴り響く。

――それじゃ…………また連絡してね。
――いつも……いつでも、待ってるから……


 肩を抱いてくれていた彼の手が、スッと離れた。
 ……私の、一番嫌いな瞬間。


「じゃあな。……みゆき」
「それじゃ、また。…………兄さん」


 イルミネーションが瞬く、宵闇の駅前広場。
 振り返らず右手を上げた彼の姿が、雑踏の中へと埋もれ……そして、見えなくなった。


 宝石箱をひっくり返したような色とりどりの光が、ぼんやりと滲んで見える。
 それは、とても美しい風景。

 ……でも。
 ……どんなに、美しくても。

 ……それは、私の……


 ……私の一番、嫌いな風景……



― Fin. ―













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  • セツナス -- 名無しさん (2009-03-31 03:08:33)
  • Nice black history. -- 名無しさん (2008-08-11 23:20:45)

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