kairakunoza @ ウィキ

残し物

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匿名ユーザー

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書きまとめた書類を無事ファイルに納めると、1つほっと息をついた。

今日の仕事がこれで片付いたのだ、そう思うと小さな達成感と脱力感。
やれやれと鞄を手に引っ掛けると、私は挨拶もそれなりに、雨の中家路についた。


高校、大学とつまづく事なく年を経た私は、現在24にして立派なキャリアウーマンというやつだ。
都心の少し外れに部屋を1つ借り、とくに不自由もなく一人での生活を送っている。

…しいて挙げるとすれば乱れた食生活が玉の瑕となっているけれど、料理が出来ないのだから仕方がない。
今日もカップ麺入りの袋を提げ、しかしスーツ姿のまま。
慣れた道でヒールを鳴らすのだった。


今朝から降り続いていた雨は若干強さを増して、重く傘にのし掛かる。
風が無いだけマシではあったけれど、それでもいつもより足取りは遅くなっていた。

「はぁ……疲れる」

生憎日々の激務が重なり疲労していた私には、この雨の重量に抗う事さえ億劫だ。
歩幅は縮まる一方で、遂には亀の歩みに似て非なる域まで達していた。

それに気が付いた時、だらしがないなぁと苦笑いを浮かべ。
結局は散歩のようにして雨道を辿って行った。



雨の音に浸りながら、いつかの似た日の事を思い出していた。
高校時代。妹のつかさが傘を忘れ、二人でよく相合い傘をして帰ったなぁ……なんて事を。
加えてつかさのクラスメイト、みゆきとの3人で談笑しながら歩いた下校路は、淡く和やかな思い出として蘇った。

今でこそ、こうして1人で歩いているけれど。
また3人で集まる時、こうして散歩に誘うのも悪くないかもしれない。

私はいつしか若干の浮かれ気分で、水溜まりを蹴って歩いていた。



だがその足は、私の目に映るある光景でふと止まる事になった。





「…………」

人だ。
こんな雨の中、髪の長い、恐らくは女性が建物の影に座り込んでいた。
と言ってもその頭上に雨をしのぐ何かがあるわけではなく、雨粒は体育座りをする彼女に容赦なく降り掛かっていた。

何かに浮かれていた気分も忘れて小走りで駆け寄る私、彼女の正面で膝に手をついて屈んだ。

「ちょ…ちょっと、あなた一体どう──…」

近くで見て、改めて驚く。
顔は伏せてしまって見えないけれど、その身体は思った以上に小柄で、青く纏った長い髪が何処か幼さを印象づけていた。

恐らくは…小学生?
脇には使い古されたリュックサックが、主人を気遣うように寄り添って置かれている。

「………」

軽く肩を揺すってみたものの、反応はない。
再び呼び掛けてみても、伏せた頭は一向に上がらない。

えっと…もしかして、この娘死んでる?

「ちょっ…!とと取り敢えず警察…いや一応先に救急車っ!」

肩に提げたバッグから携帯を漁り出すと、割ってしまいそうな勢いでそれを開いた。
動転して頭がうまく働かない。救急車はたしかイイクニツクロウ──…

すると、慌てふためく私を制すかのように、雨音を割ってその音は響いた。


『ぐぎゅうぅぅぅ~……っ』


……あの、今のは…?
確実に少女から聴こえたようだったけど、とても人間の声とは思えない。
いびきをかいている様子でも無いし、まさかとは思うけど…

私は思う所あって、一旦携帯電話を仕舞うと、彼女の正面にしゃがみこんだ。

「ねぇ、あなた…」

「………」

「もしかして、お腹空いてたりなんかは──」

『ぎゅるるる~…』


あ、そうですか。空いてるんですかお腹。
もしかして空腹で動けないだけですか、そうですか。


私は長いため息をつくと、その場でゆっくり立ち上がった。

とは言っても、空腹で動けなくなった少女を見捨てる程冷たい私ではない。
何か食べ物をあげられると良いんだけど…お湯が無い為、いま手元にあるカップ麺では役に立たない。

近くにコンビニがあっただろうか。この辺りの地理に詳しくないので、探すとしても道に迷うだけに終わりそうだ。

「………」

依然体育座りのまま、雨を浴び続ける青髪の娘。
大方小学生であろう彼女が、何故にしてこんな事態になっているのだろう。
家出か何かなのだろうか…?

いたたまれず、私の傘をその伏せた頭に被せる。
傘は小さな身体を充分に庇ってくれて、やはり彼女の幼さを引き立てた。

「………」

放ってはおけない。
それは強く想うのに、彼女にはそれらを拒むオーラがある。

…なぜそう思ったのだろう。病院に運ぶなり、交番に連れて行くなりは出来た筈なのに。
ふと俯く彼女を見るやいなや、それらの案は脳内で却下されてしまう。

「はぁ…仕方ないわね」

別段、彼女がヤダとタダを捏ねた訳ではない。
突っ伏すだけで反応は無いし、肩を揺すれば為されるがままだ。
それでも、何か言ってやらないと気が済まなかった。
何かしてやらないと気が済まなかった。


私は失礼を詫びる念を込めて、そっと足元に財布を供える。
未だ降り止まない雨の中、バッグを傘にして駆けだしたのだった。




─────


翌朝
携帯電話のアラーム音が鳴る。

私はそれに素直に従う人間だ。サイドボタンを押して大人しくさせると、間もなくベッドから起き上がる。
そのまま洗面所に向かい、洗顔。お手洗い。朝食には菓子パン。
食べ終わると背伸びをして、一息つきつつ新聞に目を通す。
あと1時間の猶予を以て、ようやく出勤の準備を始める程に余裕があるのだ。
僭越ながら、今でも毎朝遅刻ギリギリだと言うつかさに見せてやりたいと思う。


そんな事を考え、また頬が弛んできた頃に、来客を知らせるチャイムが鳴ったのだ。




─────


「………何これ…。」

モニターに映るのは、ふよふよと揺れる青い物質。
謎のそれは風に靡いて動き、まるで踊って……いや、挑発しているようだ。

いや知りません。私こんな知人知りません。

『ピンポンピンポンピンポンピンポ』

分かったわよ出るわよ今すぐ出るわよ!
若干苛立った為、廊下をドスドスと歩いてそいつを出迎えてやった。


「………」


ドアを開けると、少女が居た。
長く青い髪の、幼い少女が。
揺れ動く物質は彼女の頭にそびえ立つ一本のアホ毛であったらしく、モニターと同じようにふよふよと泳いでいた。

「って、あなたは確か昨日の──…えっと」


「……これ、返すよ」

名前が分からず、私が言い詰まっている間に、彼女は手に持つ財布を差し出してきた。
…私のだ。

「どーゆーつもりか知らないけど、私は乞食になった覚えはないよ」

「あ……ご、ごめんなさい」

一寸の虫にも五分の魂と言うように、幼い彼女にもプライドは有るらしく。
幾ら子供とはいえ、流石に軽率な施しだったようだ。
私は申し訳なくなってか頭を低くして、その軽くなった財布を受け取った。

「……ん、軽い?」

受け取った財布は確かに軽い。
だが昨日彼女に供えた財布は、果たしてこれ程計量であっただろうか…。


案の定、数枚の札と硬貨は跡形もなくなっていた。

「………」

「えと…ま、待っててね、すぐに稼いで返しに来るから!」

先程とは似つかない、年相応というべき口調でそう言うと、直ちに逃げるようにして去ってしまった。

まぁ…使ってくれたならそれで良いんだけど
稼いで返すって、小学生がどうやって稼ぐつもりよ…。

呆然と見送る私。
手元の財布からは、知らずと私の名刺も一枚抜かれていた。













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  • こなたとの記憶がないのかパラレル物かな?
    -- 九重龍太∀ (2008-05-06 11:41:14)

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