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あなたの日

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匿名ユーザー

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最近、桜庭先生がおかしい。
一度気付けば、そのわずかな違和感を払拭するのは難しい。
暇さえあれば保健室に来るし、たまにはプロポーズしてくる。
何も変わらない。いつものひかるなのだが
「ん?どーした?」
手入れしてない髪、そばかす、丸い眼鏡、やさぐれた顔。
足りない。
「いえ、何でも」
足りない。
口に、煙草がない。


「禁煙でもしてるのかしら?」
浮かんだ答えを即座に消す。
学生時代から、真似事はするが禁煙のきの字も知らないヘビースモーカーだったことはふゆき自身よく見てきた。
今更健康を気遣う気はさらさらないだろう。
でも、ひかるはここ最近全く煙草を吸ってない。
ひかるの口から煙草がなくなっただけで、ひかるを作っている部品が一つ欠けてしまったような。
失礼だがそんな気もした。
「失礼しまーっす」
聞き慣れた声がして、保健室のドアが開く。
けど、それは噂の人ではなく
「黒井先生。珍しいですね」
「まぁ、何と言いますかちょい野暮用で」
同期の、黒井ななこだった。
「それよりどないしたんです?何や考えごとしてるみたいでしたけど」
「わかります?実は、桜庭先生のことなんですが」
ふゆきはななこに自分が気付いたことを全て話した。


「そない言われてみたら、最近吸うてへんかったような気もしますわ」
ななこは納得したようにうんうんと頷いた。
「何か心当たりありませんか?」
「そないなもんはありませんなぁ。せや。桜庭先生言うたら、この話とはなんも関係あらへんのですけど。今週、誕生日ちゃいました?」
言われて壁にかけてあるカレンダーを見ると、今週末のところに赤い丸が付いている。
ひかるが自分の誕生日を忘れないよう書いていたのだが、当の本人は全く見向きもせず、その日はもう目前に迫っていた。
「そうですよ」
「やっぱりかぁ。あの人何も言わへんさかい、忘れるとこやったわ」
そういえば、もうそんな日なのね。
忘れていたわけではない。ただ、いつの間にか時間は進んでいることに今更感慨を覚えているだけだ。
「ところで、黒井先生はなんのご用で?」
「めっちゃ眠いからちょっと寝かせてもらいますわ」
ななこは既にベッドに入っていた。
「職務放棄ですよ」

「どこ行ってたんですか?」
「悪い。ちょっとな」
答えながら、ふゆきが持ってきたハンガーに学校から直接来たのか着たままだった白衣をかけた。
ひかるは大体何があってもちょっとで済ますので、ふゆきもそれ以上は追求しなかった。
「早く。黒井先生も待ってますよ」
ふゆきに背中を押されるように玄関からリビングに連れていかれ
前後からの軽い破裂音に迎えられた。



「お誕生日おめでとうございます」
「おめでとうな!」
そこから、ななこの快進撃が始まった。
今まで我慢に我慢を重ねてきた空腹が一斉蜂起し、どこにそれだけの量が入るのかというほどに食べては飲み、3人分には多過ぎると思っていた料理も全てなくなった。
ワインでビールかけをしようとしたひかるをふゆきが必死で止めたり、ふゆきとひかるが、あの教師はふゆきを好きだったんじゃないかとか、ひかるは学生の頃から酒と煙草をたしなんでいた等昔の話で盛り上がり、酔ったななこがロッテの応援歌を歌い始めたり。

皆やっていることはバラバラで、時間はすぐに過ぎてしまったけれど、皆が一人の人間が生まれた日を心から祝福した夜だった。

「おめでとうございます」
「あぁ」
ひかるはビール缶、ふゆきはワイングラスで乾杯した。
当の本人より盛り上がったななこは
「これ、うちからのプレゼントですわ」
と言って時計を渡したっきり、酔いが回って夢の世界に旅立ってしまった。
「どうするんだ?」
「終電までに起きないと思いますから、家に泊めようかと思います」ひかるは適当に相槌を打ってビールをくっと煽り、部屋の窓を開け放した。
外は百万ドルの夜景、ではなくベッドタウンの明かりは殆ど消えていた。早く渡さないと。そう思えば思うほど先伸ばしにしてしまいそうになる。でも、いつかは渡さないといけない。
「あの」
「んー?」
呼んでしまった。もう、いくしかない。
「これ、誕生日のプレゼントです」
ふゆきが渡したものは小さな箱。
「お、サンキュー。開けていいか?」
「どうぞ」
その中身は、燃え盛る炎のような模様が刻まれたオイルライターだった。
「おぉ。高そうだな」
もし、ひかるが煙草をやめてしまっていたならもう役に立たないものだ。
「なぁふゆき。これどうやって使うんだ?」
「確か説明書が入っていると思うんですが」
「これか?面倒だな」
箱から説明書を引っ張り出し、それとにらめっこしながらオイルを入れようと一人奮闘し始めた。
「桜庭先生」
「何だ?」
ようやくオイルを入れ、周りをティッシュで拭いているひかるの背中に問い掛ける。あれを聞くのも今しかない。
「最近煙草吸ってませんけどどうしたんですか?」
「あぁ、それか。ふゆきの飯はちゃんと食いたかったからな。しばらくやめてた」
「えっ?」
言葉が、詰まった。
禁煙していたということより、その理由に。
「けど、禁煙していたのは結構前からでしたよね?今日のこと話したのは今週ですよ」
「自分で書いて忘れたのか?カレンダーに印付けてただろ?」
確かに。でも、いつも自分の誕生日を忘れるのに覚えていたというのだろうか。
「私が、誕生日を忘れるとは考えなかったんですか?今日みたいに一緒に祝おうなんて言わなかったかもしれないんですよ」
「おぉ、それもそうか。思いつかなかったな」
さも当然と言い切った。
「お前と知り合ってから忘れられたことは一回もなかったからな。今年もやると思ってたよ」
「そういうことだけはお見通しなんですね」
「まぁな」
何回かギアを擦って火を付け、蓋を閉めて消してを繰り返し、胸ポケットから煙草を一本抜き出してくわえた。
「結婚相手のことくらいわからんとな」
「いつものプロポーズですか?」
「まぁな」
笑いが、底から込み上げてきた。
「一本いいか?」
「いいですよ」
渡したばかりのライターで火を付ける。煙草の先端が一瞬赤く発光し、すぐ黒ずんでいく。
先端から立ち上る紫煙も、くわえた煙草も、もう見間違えることはない。親友の、桜庭ひかるだ。
「やっぱり、そっちの方が似合っていますよ。さく・・・」
こう呼ぶのは何年ぶりだろうか。もう馴染みがなくなってしまったと思っても
「似合っていますよ」
いつ呼んでもしっくりくるものだ。
「ひかるさん」
吐き出した煙がわずかに灯った明かりに被り、幽玄な光がいつまでもゆらめいていた













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  • い…いいよ、ふゆき(;´д`) -- 名無しさん (2008-09-24 00:09:43)

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