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ひまわりは寂しがり

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hakureikehihi

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だれでも歓迎! 編集
「あはは、そうですよね。暑いとよけに臭いですよね」
「なんかもー臭いのか良い香りなのかわっかんなくなるよなー、ははっ」

セミの声にも負けないぐらいに元気な笑い声が、私の声に答えて響く。
楽しい。
ただ楽しいだけじゃなくて、気分もいい。心なしか身体も軽い。
麦わら帽子ごしに感じる真夏の陽射しも、いつもほど苦に感じない。
夏の昼間に外を歩いていて、これだけ体調が良いのは久しぶりだ。初めてかも知れない。

夏休みのこの日、とあるバス停のベンチで休憩していた私、小早川ゆたかは、
こなたお姉ちゃんの友だちである日下部みさお先輩に出会った。
そして先輩の申し出を受けて、目的地であるクラスメイトの岩崎みなみちゃんの家まで
こうして送ってもらっている、というわけだ。
普段の私なら、こういう状況になったとき、嬉しさと同時に申し訳なさを感じていたと思う。
でも今は、穏やかな楽しさだけが心を満たしている。
理由はわからない。
先輩の元気さに引っ張られている、のかな?

「――あ。やべ、行くぞ」

と、会話の途中で不意に前を向いた先輩が、そのまま勢いよく駆け出した。

「え?」

見ると、前方の歩行者用信号が点滅を始めている。
理解して私も走り出そうとしたけれど、数歩でなんとなく足が止まってしまった。
先輩はそんな私に気付くことなく軽快な足取りで横断歩道を渡りきり、直後に信号が赤に変わる。

「――、――?」

私がついてきていないことに気付いた先輩が、こちらを振り返りながら何か言ったようだが、
動き出した車の音にかき消されて聞こえない。

「ごめんなさーい!」

口に手を添えて大きめの声で謝る。聞こえただろうか。
走る車の隙間から、先輩が手を振るのが見えた。表情まではうかがえない。
私は一歩下がり、街路樹の作る日陰に移動する。
……怒ってないかな?
そう思って少し申し訳なくなったけど、どうしてか、あまり不安な気持ちは沸いてこなかった。
やがて車の流れが途切れ、道路越しにも大きな声で先輩が言う。

「どーしたんだよー! 来いよー!」
「え、でもまだ……まだ赤ですー!」

思わぬ言葉につい普通に喋りかけて、途中で声を強めた。たぶん前半は聞こえてない。
先輩の声に、怒っている調子はやはりない。
どちらかと言えば不思議がっている様子だ。

「車来てないってー!」

それは……そうですけど。
左右を見渡してみる。車はその気配すらない。
何度か来てもいるので、この道の交通量が少ないことはわかっている。
でも、うーん……
あ、反対側の信号が点滅を始めた。なら、今無理に渡る必要も無いだろう。
ひとまず先輩に向かって頭を下げる。
腰に手を当てた先輩の、やれやれ、といった感じの苦笑いが聞こえた気がした。
信号はすぐに青に変わったので、一応左右を見ながら小走りに渡る。

「なんだよー。足遅いなー」

あうっ。

「まー、ちっこいもんな。あ、でもちびっ子……泉は、速よな」

はうー……
遠慮の無い言葉が、しかし突き刺さりはしない。軽く、こつん、と来る程度だ。
なぜだろう。
知り合ったばかりの人に言われたんだから、もうちょっと傷つきそうなものなのに、
こなたお姉ちゃんやパティちゃんに冗談で言われたとき程度にしか感じない。

「で、でもー、危ないですよ」
「マジメだなー、小早川は」
「そんな、だって……それに、その。走ったら、また気分が悪くなっちゃう気が……」

おかしい。
こんな、身体の弱さを言い訳に使うようなこと、普段の私ならよほど親しい人にしか言わないはずだ。
日下部先輩とは、春ごろからお互いに顔だけは知ってたけど、話したのは今日が初めてなのに。
それなのに、今の私の気安さといったらどうだろう。

「あ、そか。さっき倒れたもんな。わりぃ、忘れてた」

先輩の方も、特に気にしたふうもなく、照れたような笑顔で言ってくれる。
こんなにあっさりと流されるのも、あまり経験のないことだ。
例えばこれがみなみちゃんだったら、悲しそうな申し訳なさそうな顔をすることだろう。
というか、最初から私を置いて走り出したりはしないと思う。

「いえ、大丈夫ですから」
「じゃ、行こうぜ。道こっちでいいんだよな?」

私の言葉に、やっぱりあっさりと答える先輩にうなずきを返す。
こんなときも、みなみちゃんならもう少し念入りに確認してくるところだ。
って、そんなふうに他の人と比べたりするのは失礼だよね。
でも、家族から以外では今までになかった先輩の反応に、考えずにはいられない。


別にみなみちゃんにもこんなふうに接して欲しいとかは……うーん、ちょっと思うかな。
あ、でも、ちょっとだけだよ?
みなみちゃんにはいつも心配かけちゃうから、もっと気楽にしてくれたらなって、
そんなことをほんのちょっと思うだけ。
それに、実際にみなみちゃんがそうなっちゃったら、たぶんがっかりしちゃうと思うし……

『――何してるの、ゆかた? 置いていくよ?』

わ、イヤだ。
なんかすっごい、イヤだ。がっかりどころの騒ぎじゃないよ。
やっぱりみなみちゃんには、みなみちゃんのままでいて欲しいな。先輩みたいにあっさりなのは……
あ、違うっ! 違うよっ!
先輩の態度がイヤだとか不満だとか、そんなことは全然ないよ!
だって、ほら。
今気付いたんだけど、先輩、私なんかと比べるまでもなく足長いし、さっきもすっごく速かったのに、
こうしてちゃんと歩調を合わせてくれてるもん。
さりげない優しさが、大人って感じで、とっても素敵だよ。うん。
それだけじゃなくて、楽しい人でもあるし、気楽な感じでいられるし――って、違う! それも違うよ!?
みなみちゃんが子どもだとか、一緒にいて楽しくないとか気が重いとか、そんなのは全然なくて!
だから、ええと、ええと――

「――やかわ。小早川? おい、どした?」
「えっ!? あ、いえ! 大丈夫です!」

いけないいけない。いつの間にか考え込んじゃってたみたい。
ヘンなこと考えるからいけないんだ。
先輩は先輩、みなみちゃんはみなみちゃん。どっちも素敵で、どっちが良いとか悪いとかじゃない。
そうだよ。それだけのことじゃない。
っていうか、先輩の話ぜんぜん聞いてなかったよ。もう、私のばか。

「ごめんなさい……ちょっと、ぼーっとしてました」
「ふぅん。別にいいけど……なんてぇか、元気だよなあ」
「はい――……え?」

下げていた顔を、思わず上げて横を見る。
先輩は前を向いたまま、にこにこと笑っていた。

「今、なんて……」

信じられない気持ちで尋ねる。
こちらに向き直った先輩の顔は、きょとんとしていた。

「んぁ? 何が」
「元気って……私がですか?」

そんなこと、今までほとんど言われたことがない。
言われたとしても、「今日は」とか「思ったより」とかが頭についていたと思う。
確かに今は、たぶん先輩のおかげで体調はいい方だけど、
それでもさっきは倒れかけちゃったり、信号で遅れちゃったりもした。
今だって上の空になってたはず。

「……そーだけど?」

それなのに、先輩は多少戸惑いながらもあっさりと言ってのけるのだ。

「え、と……ど、どこが、ですか?」

期待してなのかなんなのか、少し上ずった声で質問を重ねる。
先輩はそこでようやく顔に疑問符を浮かべて、そして口にした答えは、

「んん? ……さあ? でもなんとなくそう思った」

しかし答えになっていなかった。

「…………そうですか」
「んでさ、道ってまだこっちでいーの?」

そして逆に質問を返されてしまう。
でも、そっか。えっと……

「あ、はい。……あ、向こうのあの、レンガの家のところで、右です」
「りょーかい」

先輩がうなずいたのを受けて、なんとなく黙ってしまう。
どうしよう。
訊きなおそうかな。でも、わからないって言ってるのに、しつこくするのも……

「でさぁ、小早川。泉とは、イトコなんだよな? 家近かったりすんの?」
「へ?」

迷っていると、先輩の方から、全然別な話を振られてしまった。

「えっと……家、は、近いって言うほど近くはないですけど……今は、一緒に住んでます」
「へぇー? そーなんだ?」
「はい。春から。私の実家からだと今の学校は少し遠くて、だから居候させてもらってるんです」

置いてけぼりになったような感覚を引きずりつつも、なんとか質問に答える。
先輩は「ふぅん」とうなずくと、あごに手を添えて、どこか嬉しそうな笑みを浮かべた。
そりゃいいや、なんてつぶやく。

「お姉ちゃんがどうかしたんですか?」

さっきの発言も気になるけど、その前に上の空になっちゃってたこともあるし、
今は話を聞こうと訊き返す。
先輩は私を、まっすぐではなくちらちらと見やりながら、ゆっくりと質問を口にした。

「うん。んじゃあさ、アイツって家だとどんな感じ?」
「家だと……? う~ん……たぶん、学校にいるときと変わらないと思いますけど……」


言われたとおり、家でのこなたお姉ちゃんの様子を思い出しつつ答える。
しかし言いながら気付いたことがあったので、逆に尋ね返した。

「って言っても、そういえば私、学校でのお姉ちゃんって、まだよく知らないかもです。
 どんな感じなんですか?」
「えっ? ――や、えぇっと…………」

すると先輩はなんだか困ったような顔をする。
私から目をそらして前を向き、腕を組んだりおでこに指を当てたり、ちょっと忙しそうだ。

「ん~~……いゃあ、よっくわっかんねぇんだよ。話するようになってまだそんな経ってないし。
 話してても、なんかよくわかんねぇことばっか言うし。だからどんなヤツなのかなって」

なるほど。
確かに、こなたお姉ちゃんの言うことは、たまにマニアック過ぎて私にもわからないときがある。
話すようになって間もないというのなら、なおさらかも知れない。
うーん、どう言ったらいいのかな。

「そうですね……えっと、すごい人です」
「なんだそれ」

あう。
はい、我ながら間抜けな答えでした。
でも私はこなたお姉ちゃんみたいに上手に喋れないし、それに身近すぎるってこともあって、
改めてどんな人って言われてもすぐには出てこない。

「ええっと……色々なことを知ってて、教えてくれるし……
 体の大きさはそんなに違わないのに、私と違ってスポーツも得意だし……
 いつも明るくて前向きで……あ、あとお料理も上手なんですよ?」

とりあえず思いつくままに並べてみた。
こうして言葉にしてみると、本当にすごい人なんだなあと実感……あれ?
どうしたんだろう。先輩がうさんくさそうな顔してる。

「マジで?」

声もだ。

「え、えとその……本当です。少なくとも私にとっては……」
「……そーなんだ」

立ち止まっちゃった。
私も隣に止まって、その難しそうな顔をなんとなく見上げる。
首をひねったり、左右に振ったり、最初に声を掛けてくる前にも見た百面相だ。
学校でのこなたお姉ちゃんって、家にいるときとそんなに違うんだろうか。
あまり裏表のない人だと思っていたんだけど。


「なあ、だったら例えば……あ、と。ごめん。行こ」

やがて先輩は私に目を戻して何かを言いかけ、そこでようやく止まっていたことに気付いたのか、
照れ笑いを浮かべながら再び歩き出す。私も続いた。
まだ少し考えている様子の先輩に、今度は自分から問いかける。

「例えば、なんです?」
「うん、いやさ。例えば、弱点とかってないのか?」

すると不思議なことを言われた。

「弱点? ……ですか?」
「あ、ああ。いやぁ、今言ったのって良いとこばっかだろ? だから弱点とか苦手なモノとか、
 逆はどーなのかなぁ、って。あはは。そゆのってなんか気にならねぇ?」
「はあ……」

どうだろう?
私はそういうことは気にしないというか、気が付かないというか。
でも言われてみれば、田村さんも「岩崎さんってできないことってあるのかなあ」みたいなことを
前に一度、羨ましそうに言っていたっけ。羨ましいのは、私も同じだけど。
本当にみなみちゃんってすごいよね。背は高いし、きれいだし、勉強も運動もできるし。
……おっと、それよりも今はこなたお姉ちゃんのことだ。
何かあっただろうか。弱点……苦手なもの……
お姉ちゃんが嫌そうな顔をするものといえば……

「……野球中継、かな?」
「はぇ?」

呟くように声に出すと、さすがに唐突過ぎたのだろう。先輩は戸惑ったような疑問符をもらした。
慌てて説明を付け加える。

「野球中継です。テレビの。えっと……試合が延長して放送時間が延びると、深夜番組の時間がずれて、
 ビデオの予約録画が大変になって困るって、ときどき言ってます」

とりあえず今はそれぐらいしか思い当たらない。何かがイヤだとか嫌いだとか、
そういうネガティブな感情をほとんど表に出さない人だから。
と、先輩を見ると……微妙な表情。

「だ、ダメですか?」
「ダメってぇか……」

ですか。ですよね。
あうう、見るからにがっかりしてるよ。
ええと、ええと、何かないかな。何かあるはず。
こなたお姉ちゃんだって人間なんだから、欠点の一つや二つぐらいはあってもおかしくない。
お姉ちゃんがよく「完璧超人だ」って言ってる高良先輩も、歯医者が苦手だって話だし。
――あ。

「あのっ」
「んー?」

一つ、思いついた。

「お姉ちゃんは、たぶん、私には弱いところは見せないようにしてると思うんです。
 前に風邪をひいて学校を休んだときも、私にはずっと大丈夫だって言ってましたから」

私だって小学校や中学校のときは、まあ機会そのものがあまりなかったんだけど、
下の学年の子と一緒にいるときは、なんとなく見栄を張って強がっていた。
お姉ちゃんのは、見栄というより責任感なのだろう。私はこんなだから、なおさらだと思う。

「だから、私にはわからないんですけど、かがみさんなら、何か知ってると思います」

そう。
しっかり者で何でもできるこなたお姉ちゃんだけど、かがみさんにはいつも助けてもらってるって、
お姉ちゃん自身がよく言っている。
かがみさんのことを話すときのお姉ちゃんは特に楽しそうで、嬉しそうで、
二人が本当に信頼しあってるんだってことが伝わってきて、聞くたびに羨ましく思う。
私もみなみちゃんとあんな関係になれたらなぁ、って。
……って、それは置いといて。
とにかく、お姉ちゃんとの仲の良さならかがみさんが一番だし、日下部先輩とも友だちなんだから、
良いアイデアだと、思った、んだけど……

「――なんでおまえ……」

先輩の反応は、予想外というか想定外というか。

「そこでひぃらぎが出てくんだよぉ~~……」

立ち止まるのを通り越してしゃがみこんでしまい、左手で地面に「の」の字を書き始めた。
目元には例によって帯状の涙。口からは「きゅぅ~」と、何かの鳴き声のような泣き声。
一瞬、背後に大きな文字で「ずーん…」と書いてあるのが見えたような気もする。
まさに絵に描いたような、マンガみたいな落ち込み方だった。
――って感心してる場合じゃないよっ!

「ど、どうしたんですか?!」
「みゅぅ~~……だってさぁ~~……えぐえぐえぐ」

右に左にふらふらと頭を揺らしながら、言葉にして「えぐえぐ」。
もし本当にマンガだったら笑えるところなのかも知れないけど、目の前で見せられたら
とてもじゃないけど笑えない。相当に落ち込んでしまったようだ。
原因は、どう考えても私。
どの部分かはよくわからないけど、私の言葉でこうなってしまったのは間違いない。

「あの、ごっ、ごめんなさい! 私、何も知らないのにいいかげんなこと言っちゃって……
 だから、その――とにかくごめんなさいっ!」

必死になって頭を下げる。
そのせいで少しクラッと来たけど、無視……はできなかったので、
そのまま先輩の隣にしゃがみこんでしまった。
いや、自分だけ立ったままよりもこの方がいい。この体質も少しは役に立つんだ。

「本当に、ごめんなさい。私、ばかだから、何もわからないんですけど、
 でも、悪気はなくて……だからって許してほしいとは言えませんけど、えっと……」

でも、だめだ。気持ちばかりが焦って言葉が出てこない。
先輩も頭を左右にぶんぶん振りながら、何かを言おうと唇だけをあうあうと動かしている。
きっと拒絶の意思を伝えようとしているのだ。
ごめんなさい。
なんでもします。できる限りのことをします。だから、だからどうか――

「うぅ~~……違う、違うんだよぉ」
「え……?」

自然と覗きこむような体勢になっていた私から、先輩は潤んだ目を逸らして、
小さくかすれた、でもはっきりと聞こえる声で、言った。

「悪いのは、あたしなんだよぅ……」




そして先輩は、ぽつりぽつりと話してくれた。
かがみさんが、こなたお姉ちゃんとの方にばかり行ってしまい、寂しかったこと。
自分の方が長く友だちをやっているのにと、悔しく思っていたこと。
どうにかして自分の方に戻せないかと悩んでいたこと。
そして、お姉ちゃんの近くにいる私から何かヒントを得られないかと思ったこと。
(あとついでに、「ひぃらぎ」というのは、やっぱりかがみさんだったってこと)

正直言って、意外だった。
元気で、明るくて、積極的で、怖いものなしみたいな日下部先輩が、
そんなありふれた人間関係の悩みを抱えていたなんて。
しかも、あんなに仲が良くて楽しそうにしている二人の陰で。

……不意に、ゆいお姉ちゃんの顔が浮かんだ。

年が離れていて、今は結婚して姓も別々になっているけど、血の繋がった実の姉。
成美ゆい。
いつも元気で明るくて、ちょっとだらしないところもあるのんびり屋さんだけど、
私が、みんなが笑顔でいられることを誰よりも願ってくれている人。

――ああ、そうか。
――似てるんだ。
――だから、ほとんど初対面なのに、あんなに安心できたんだ。

そんなお姉ちゃんでも、涙を流すことがある。
何年も前、旦那さんのきよたかお兄さん――当時はまだ恋人だった彼とケンカをして、
それこそ別れるかどうかというところまで行ってしまっていたとき。
お姉ちゃんは、今の日下部先輩と同じように、泣いていた。
まだ小学生だった私には、あのときのお姉ちゃんの気持ちはわからなかったけど。
大人の男と女の問題だから、今でもよくわからないけど。

「……わかります」

思わず口をついていた。
だけど、本心。
先輩の気持ちはわかる。実感を持って理解できる。
どちらかと言えば、あのあと仲直りしてしまったお姉ちゃんを見たときの、私自身の気持ち。

「……へ?」

怒るかと思ったけど、そんな余裕すら奪ってしまったのか、
先輩は力なくすがるように、だけどまっすぐに、私の顔を見つめてくる。
涙でキラキラと輝いて見えるその瞳が、少し、恥ずかしい。

「えっと……私、昔から身体が弱くて、いつも周りの人に迷惑かけてばっかりで……
 ずっとそんなだから、たぶん疲れたり呆れちゃったりしたんでしょうね。
 最初は頑張ってお世話してくれてた友だちも、他の元気な子の方に行っちゃった、なんてこと、
 今まで何度もありましたから」

ちょっとごまかしちゃった。
でも、それも本当。
ううん、とっさだったけど、こっちの方が近いかな。
ゆいお姉ちゃんは、結婚した今でも会いに来てくれるし、変わらず優しくしてくれる。
だけど、離れてしまったみんなとは、それっきりだ。
それを考えると……

「でも、先輩はすごいです」

私が弱いのが悪いんだから、仕方のないことなんだと諦めていた。
いつまでも私に時間を取られるぐらいなら、みんなにもその方がいいんだと思おうとした。

「へ? な、何が?」

戸惑うようにまばたきをする先輩。
わからないのだろうか。私はこんなにも、あなたのことが羨ましくて仕方がないというのに。
だけど――そして、そんな純粋なところに、ますます憧れる。

「だって、元に戻そうとしたんでしょう? 私は、全部諦めちゃったから……だからすごいと思います」

私も努力すればよかったんだ。
諦めないで、頑張って。
身体を丈夫にするとか、それが無理でも、もっと別の工夫をするとか。
そうしていれば、みんなとも、ゆいお姉ちゃんみたいに。

「私、応援します。先輩のこと。だから頑張ってください」
「こばやかわ……」

はちきれそうな、不安そうな声。
うん、私なんかじゃ頼りにならないだろうけど、どうにかして力になりたい。
そうだよ。今思ったばかりのことだ。
工夫すればいい。
私にもできること、私にならできる何かが、きっと――――ある。

「そうだっ。私の方からお姉ちゃんに言ってみましょうか。
 かがみさんを独り占めしすぎないようにって……なーんて」

ちょっと生意気ですね、と。そう続けようとした私を遮るように、
先輩がものすごい勢いで抱きついてきた。

「こばやかわぁ~~!!」
「ひあっ!?」

びっくりしたけど、体重はあまり掛けてこなかったので、倒れることはなかった。座ってたし。
その代わり、思いっきり抱きしめられているので全然身動きが取れない。座ってるし。

「ごめんな~! ありがと~! ありがとぉ~! こばやかわあ~~!」
「せ、先輩、あの、落ち着いて――」



「――ゆたか!」



「えっ」「へ?」

突然の声。
思わず振り返ると、そこに。
青いノースリーブのブラウス。膝下丈のスリムパンツ。
細く、白く、しなやかに長く伸びた腕と脚。
きれいに整えられたショートヘアーと、きれいに整った顔。

「……だれ?」

クラスメイトで、親友の、今日これから、私の方から訪ねる予定だった。
岩崎みなみちゃんが、立っていた。

でもなんだか……顔が怖いよ?













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