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危険な関係 第2話

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匿名ユーザー

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 2.


 晩秋の長い夜はようやく終わりを迎え、東の空は次第に明度を増している。
 私は、温かい布団から身を起こして目を擦り、隣ですやすやと寝息を立てている
少女を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「ゆーちゃん」
 反応するように、従姉妹の小さな唇が動く。
「お…… ねえちゃん」
 雀の鳴くような声を漏らし、小さい身体を捩ってから、再び寝息を立て始める。
「はあ…… 」
 私はため息をついて、眠る少女の寝顔を眺めている。

 ゆーちゃんとの曖昧な関係は、ずっと続いている。
 キスはするけどそれ以上は進めない。
 従姉妹という血縁関係であるにしては親密にすぎるし、かといって、
面と向かって恋人かと尋ねられれば、首を捻ってしまう。
 ゆーちゃんは何度か、キス以上を求める『そぶり』を見せていたけれど、
私はずっとはぐらかしていた。

「ううん…… ごめんね。おねえちゃん」
 勇気を振り絞っての誘いを断られた時にみせる、苦しさを無理矢理
押し殺した微笑を目の当たりにする度に、酷く胸が痛んでしまう。
 私は、ゆーちゃんの辛そうな笑顔を見る度に、はっきりしない関係をいつまでも
続けることはできないと、強く思うようになっていた。

「ごめんね。ゆーちゃん」
 心の中だけで呟き、時計の針がまだ6時半を指し示していることを確認した後、
ゆっくりと瞼を閉じた。


 今年の春、ゆーちゃんが入学してからは、一緒に登校している。
 彼女が泉家の住人となる前は、遅刻をすることが多かったけれど、
流石に『姉』としてのプライドみたいなものが出てきて、朝寝坊で始業時刻に
間に合わないということはなくなっていた。

 電車で数十分揺られた後、陵桜学園の最寄駅で降りる。
 学校へ向かう生徒達の群れに溶け込みながら、鮮やかな黄色に変わっている
銀杏並木の下を歩いていき、正門のすぐ手前でかがみとつかさと顔を合わせる。

「おはよう。こなちゃん。ゆたかちゃん」
 つかさは、夏の向日葵のような笑顔をみせる。
「おっす。こなた」
 一方のかがみは、不機嫌とまではいかないけれど、いま一つ気分が乗らない感じだ。
「おはようございます。柊先輩」
 ゆーちゃんは緊張しながら挨拶する。
 かがみに対して、隔意があるように見えるのは、おそらく気のせいではない。

 小柄な下級生を見下ろしながら、かがみは、ややそっけなく挨拶を返す。
「おはよ」
 校門からは一緒に歩くことになるが、誰も話題を振ることはなく、沈黙に包まれている。
 つい最近までは、こんなに張り詰めた空気はなかったのだけど。

 そろそろ頃合だろう。
 昇降口に近づいた時、私は、用意しておいた爆弾を落とすことに決めた。
「今度の連休に、みんなで旅行に行こうよ」


「えっ? 」
 3人が同時に声をあげて、私の顔をまじまじと見つめてくる。
「こなちゃん。ここにいる4人ってこと? 」
「うん。そうだよ。つかさは駄目なのかな 」
「ううん。こなちゃんの誘いを断ることなんてありえないよ」
 つかさの返事は何気に際どい。天然なのか本気なのかは分からないけど。

「つかさが行くのなら、いってもいいわよ」
 かがみは、早速ツンデレモードを発動している。
 どうして素直になれないのかな、なんて思うけれど、素直じゃないところがかがみの萌えポイントだ。

「ゆーちゃんはどうかな? 」
 誘いを向けると、戸惑った声をあげた。
「あの、お邪魔じゃないですか? 」
「そんなことないよ。ゆたかちゃん」
 つかさは、女神のように優しい微笑を2年下の後輩にむけている。

 一方、かがみは腕を組んで眉を潜めている。
「こなた。みゆきは誘わないの? 」
 幾分か迷った末、ゆーちゃんの問いかけを、間接的に無視する形で尋ねてくる。
「みゆきさんには、昨日、電話で話したんだけど。ちょっと用事があってね」
「ふうん、そう」
 かがみは、幾分かの不審を残したまま頷いた。
 どうして、みゆきさんにだけ、先に旅行の話を持っていったのかを訝しんでいるようだ。
「で、ゆーちゃん。どうかな」
 再び、ゆーちゃんの顔を覗き込む。
「あ、あの。ご迷惑でなければ…… 参加させてください」
 彼女は小さく頷いてから、かがみとつかさに向き直り、ぺこりと頭をさげた。


 ゆーちゃん、かがみの順で別れた後に、つかさと一緒に教室に入る。
 しかし、席に着いて荷物を置いてからすぐに、つかさが再び近寄ってきて話しかけてくる。
「こなちゃん。何をするつもりなの? 」
「どういうことかな? 」
 私はとぼけたけど、黄色いリボンをつけた少女は、はぐらかされてはくれなかった。
「お姉ちゃんと、ゆたかちゃんを旅行に誘ったことだよ」
「かがみは親友で、ゆーちゃんは大好きな従姉妹だし、ふたりは何度も会っているから、
別におかしくないと思うな」

「ごまかさないで」
 つかさは、形の良い眉をしかめながら続ける。
「こなちゃんは、お姉ちゃんとゆたかちゃんの気持ちに、気がついているよね」
「さすが巫女さんだねえ」
「えっ? 」
 首をかしげているつかさに、説明をすることにする。
「つかさって、天然なところあるけど、妙なところで鋭いから。
本当に神意を受けたりすることもあるかも…… なんて思ったよ 」

「じゃあ、どうして二人を? 」
 当然の疑問に、肩を竦めながら答えた。
「決着をつける必要があると思うから」
「こなちゃん…… 」
 つかさは、私の名を呟いたきり、何も言えずに教室の天井をみあげていた。

 かがみとは高校からの付き合いとはいえ、毎日のように話をしているから、
おおよその気持ちは分かってしまう。
 ツンデレの代表選手のように振舞いながらも、ふとした瞬間に向けられる好意には、
気づかざるを得ない。
 もっとも、ツンデレという言葉を、私が唇に乗せた途端に、機嫌が悪くなってしまう為、
かがみが見せてくれる気持ちは、陽が昇った後の霧のように、消えてしまうのが常だった。

「ねえ、つかさ」
 長い髪の一部を触りながら、つかさを見上げる。
「私、分身できたら良かったのに」
 ため息混じりの言葉に、つかさは笑顔を見せて言った。
「もし良かったら、3つに増やしてくれないかな」
 彼女にしては珍しい冗談に、私は口元を綻ばせた。


 4時間目の授業は、黒井先生が教える世界史だ。
「世界史なんて、受験を考えるんやったら、参考書を丸暗記しとけばええ。そやけど
そんな意味ない授業をする気は、毛頭あらへんで」
 多くの高校で世界史の授業を受けてないことが、マスコミに騒がれて以来、
世界史の履修についてはやかましく言われているけど、黒井先生にとっては、
不本意なことだったのかもしれない。

「歴史を覚えるのは人生における愉しみや。ウチが教えるのは、楽しむ為に必要となる
ベースの部分やで」
 板書をしながら黒井先生が伝えた言葉は、今でも脳裏の片隅に残っている。

 4限の終わりを告げるベルを耳にすると、昼休みとなる。
 つかさとみゆきさんが席をくっつけてきて、間もなく隣の教室から来たかがみも加わる。
 しばらくの間、雑談と、昼食を胃袋に入れる作業を交互に続けた後、
口火をきったのはかがみだった。
「みゆきは今度の連休、旅行に行かないの? 」
「ええ。申し訳ありません。遠地にある親戚の法事に行くことになっておりまして」
 みゆきさんは、いつもと変わらぬ穏やかな表情のまま謝った。
「ですから、お気になさらずに楽しんでくださいね」
「そう…… 」
 うなずいてから、かがみはミートボールを口にほうりこんだ。

「こなちゃん。旅行はどこに行こうと思っているの? 」
 つかさは興味津々といった様子で尋ねてくる。
 私は、チョココロネの最後の一切れを、お茶と一緒に喉に流し込んでから、
重大な何かを宣言するように口を開いた。

「京都に、行くつもりだよ」
 みゆきさんは小春日和のような微笑を変えなかったが、つかさは首を傾げており、かがみは……
 どこか思いつめたような顔をして、私を見つめていた。 


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危険な関係 第3話へ続く













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  • 女同士の戦いは恐いですねぇ


    -- 九重龍太 (2008-03-14 22:34:34)

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