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ひよりとこう

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だれでも歓迎! 編集
 春は出会いの季節である。
 とはいえ、誰にでも平等に出会いが用意されているわけではなく。
「はぁ~……」
 桜も散り始めた春半ば。昼休みの校庭で、八坂こうは一人ため息をついた。
 この時期、校内ではそこそこで各部活や同好会の勧誘が行われている。今、こうが歩いている校舎脇の通り道は、ちょうどその手の勧誘集団の巣になっていた。

「バスケ部新入部員募集中で~す!」
「美術室で美術部の作品展示やってます! よかったら見てってください!」
「そこの君! 野球やりたそうだな!」

 どこの部員も、フレッシュ感あふれる新入生達の青春汁を搾り取ろうと虎視眈々だ。
 今年度からアニメ研究会部長となったこうにとっても、他人事ではないのだが。
「どうしたもんかねぇ……」
 憂鬱な表情でひとりごちる。アニ研は部員数が少ない。別にそれは構わない。体育会系の団体競技ではないのだから。
 大体にして、絵を描きたい人は美術部に行き、話を書きたい人は文芸部に行く。アニ研はというと、創作目的というより単なるアニメ・漫画好き――それ系の半数もパソコン研究会に流れたりするのだが――が集まる。それはそれで間違っていない。しかし、
(得がたきはトキ、逢いがたきは強敵と書いて『とも』か……)
 あくまで創作を志す側としてアニ研を選んだこうとしては、色々と物足りない。去年はまだ良かった。先輩のアニ研部員には同人活動に精を出す人もいたし、意見を交わすことで良い刺激を得られたと思う。
 今は残念ながら、アニ研で積極的に創作を行おうという人間はいない。こう以外には。
 最大限の希望を言えば、互いに切磋琢磨できるような熱意溢れる部員が欲しい。そうでなくても、少しは創作に興味を持つ人が来て欲しい。誰も来ない部室で一人ちまちま創作ノートに向かっているのは、快適ではあるが、時折ひどく寂しいのだ。
「考えるより行動か」
 部員募集のポスターは指定の掲示板に貼ってあるし、あとは直接勧誘あるのみだ。
 ちなみに今ここでアニ研から勧誘活動に来ているのはこう一人である。別にこれぐらいで物怖じするような性格ではないのだが、心細くないといえば嘘になる。
 文化系の勧誘が集まる場所に移動すると、目の前をうようよしている新入生達を前に、こうは大きく息を吸った。こういうのはインパクトが大事だ。
「えー、アニメけ――」
「おーい、八坂ー。どうだ調子はー?」
 こうが大きな声でアピールを始めようとした時、横合いから白衣を着たちんまい女教師が声をかけてきた。
「……今まさに気合い入れ直して呼び込みしようと思ってたんですけどね。ひかる先生」
 故意ではないだろうが、出鼻をくじかれたこうは口を尖らせる。アニ研顧問の桜庭ひかるは反省した様子もなく「そうか」と頷いた。
「まあほどほどにな。部員数が危機的に不足してるわけでもないんだし」
「そりゃあ、そうですが……」
「それに、こういう場所に集まってくる連中は、どの部に入りたいというより、せっかくだから何かの部に入ってみたい、あるいは冷やかし半分ってのが大多数だからな。お前の欲しいような人材は望み薄だと思うぞ」
「……」
 部員勧誘にかけてこうが抱いている気持ちを漏らしたことはないのだが、全部お見通しだったらしい。
 確かに、熱意を持ってアニ研に入るようなら、入学間もないうちに、勧誘など待たず部室に飛び込んでくるのが普通だろう。それはこうにも分かっているのだが。
「ま、一パーセントでも可能性があるならやってみますよ。どうせ暇ですし」
「そうか。頑張れ」
 素っ気ない励ましの言葉を贈ると、ひかるは踵を返して歩き出した。その足の向く先は、職員室ではない。
「先生。この前ふゆきちゃんが言ってましたよ。保健室を休憩室代わりに使う人がいて困ってるって」
「そんな生徒がいるのか。けしからんな」
(あんただよ、あんた)


 昼休みも残り僅かとなった。大勢いた新入生も、だんだん少なくなっている。
「こんなもんか……」
 こんなもん、という内訳は収穫ゼロなのだが。たまに話を聞いてくれる人はいても、入部は誰もしてくれない。
 そろそろ教室へ戻ろうと思い、こうはため息をつきながら校舎の方へ足を向けた。
「ぁたっ」
「え?」
 振り向いた矢先、何か軽い物が体に当たった。こうよりも頭一つ分以上小さい女の子と、うっかりぶつかったのだ。
「ちっさ……」
 140センチも無いと思われるそのサイズに、こうは謝るよりも先に小声で呟いてしまった。桜庭先生も相当なものだが、こちらは背丈に加えて雰囲気とかも色々とミニマムだ。
「っとと、そうじゃなくて……ごめんね。大丈夫?」
「あ、はい。こちらこそボーッとしててすみません」
 幸い転びもせず、ちょっとよろめいた程度で済んでいた。こうはホッと胸をなで下ろす。何となくだが、この子には小動物のような可愛いけれど脆い印象があった。
「君、一年生だよね? 何か部活入ろうと思ってるの?」
 一応尋ねてみると、その子は困ったように曖昧な苦笑みを浮かべた。上級生を前にして、少々緊張している様子だ。
「いえ、すみません。そうじゃなくて……」
 単に通り道として歩いていただけらしい。こうは強いてアニ研に誘おうとはせず、ぶつかったことを改めて謝ってから、その場を去った。
(いるとこにはいるんだなぁ、ああいうリアルで萌えキャラみたいな子って)
 廊下を歩きながら、そんなことを考える。小学生並の低身長に幼い顔立ち、加えて全身からどことなく漂う病弱そうなオーラ。ロリキャラのコスプレなどしたら映えまくりそうだ。
(私としては萌えキャラよりも萌えキャラを作る人が欲しいわけだけど)
 あの子がもしあの外見でバリバリのオタクだったりしたら、いわゆるギャップ萌えというやつか。そんな想像をしながら教室に入ったところで、予鈴が鳴った。

 放課後。アニ研部室の戸を開けたこうの目の前に、見覚えの無い女生徒の姿があった。誰もいない部室で、所在なさげにしている。
「あ、すみません。アニ研の部室ってここでいいんスよね?」
 丸眼鏡と長い髪、それからオデコが印象的なその子は、こうがアニ研の部長であることを知ると、田村ひよりと名乗り、アニ研への入部届けを差し出した。
「よろしくお願いします」
「うん、よろしく……」
 妙にあっさり新入部員がやってきたことに、こうは拍子抜けというか、少々戸惑っていた。
「差し支えなければ聞きたいんだけど、田村さんはどうしてアニ研に?」
「アニメが好きだからですけど」
「そう……最初から――ああ、ごめん。別に深い意味があるわけじゃなくて、世間話として聞いてるだけだから」
 初対面から詮索屋みたいなのはよろしくない。軽く詫びてから、改めて尋ねる。
「最初からアニ研に入ろうと思ってたの?」
「いえ、美術部とか考えてたんスけど。やっぱりこっちの方が面白そうだと思って」
 そう言って、ひよりは鞄からホチキス綴じの冊子を取り出した。去年出したアニ研の部誌だ。こうが書いた短編小説も載っている。
「これ、こちらで作った本スよね?」
「そうだけど」
「面白かったっス」
 素直な言葉で簡潔に感想を述べながら、ひよりの目の奥には野心的な光がある。こうはそれを見逃さなかった。
「あの、これ、良かったらどうぞ」
 ひよりはもう一冊、こちらは二十ページほどのオフセット本を取り出した。一般向けアニパロ同人誌だ。
「田村さんが描いたの?」
「はい。一番最近のやつです」
 受け取ったその本を、一ページずつ眺めていく。未熟な部分も多いが、十分に「上手い」と言える内容だ。もう一言加えるなら「面白い」。
「…………ふぅむ」
 読み終えた本を閉じたこうは、そのまま目をつぶり、瞑想しているように黙り込んでいる。
「先輩? どうしました?」
「……捜し物する時にさ、散々色んなとこ探し回って、それでもどこにも見つからなくて、もう諦めようって思った瞬間、見つかることがあるじゃない。今そんな気持ち」
「?」
「いや、むしろ棚ぼたかな? なかなか面白かったよ。田村さん、早速だけど次の部誌に何か描いてみて」
「押忍。喜んで」
「了解したね? 〆切はびた一文まけないからそのつもりで」
「うっ……そ、それに関しては限りなく柔軟な対応をしていただけるとありがたいのですが……」
「だが断る」
「そんなぁ……」
 情けない声を上げるひよりに、こうは意地の悪い笑みを浮かべながら、ページ数と〆切日を告げた。


 最後の期末テストも終わって、春休みまで間もないある日。冬枯れの木々をアニ研部室の窓から眺めながら、こうは小さく息をついた。
「どうしたんスか先輩? 何かちょっとセンチな雰囲気で」
 椅子に腰掛けて本を読んでいたひよりが声をかける。日によって来たり来なかったりが多いアニ研部員の中で、この二人が部室にいる確率はかなり安定している。
「月日が経つのは早いもんだと思ってね」
「そうっスねぇ」
「ひよりんがアニ研入ってから、もうじき一年か……」
「あれ? 私のことっスか?」
「まあね」
 窓の外へ向けていた視線をひよりに送ると、こうはどことなく楽しげな表情をしながら言葉を続ける。
「特にドラマチックなエピソードもなく、普通に入部してきたわけだけど」
「えーと、そこは『普通って言うなぁ!』と返すところでしょうか?」
「いやいや。中身が結構きわどいんだから、あれぐらいでちょうど良かったよ」
「そうスか……」
 褒められてはいないが、かといって貶されているわけでもなさそうだ。ひよりは曖昧に頷いた。
 こうは立ち上がると、棚にまとめてある部誌のバックナンバーをざっと眺める。どれも懐かしいというほど昔ではないが、それなりの感慨がある。
「ふむ……」
 一通り眺め終えると、今度はひよりの傍へ寄り、不意にその頭へ手を乗せた。髪を乱さない程度にグリグリと撫でる。
「な、何スか先輩?」
「別にー。うりゃ」
 右手で頭を撫でながら、左腕でひよりの体を強引に抱き寄せる。
「うわ、ちょっ、何を……!?」
 唐突に抱きしめられたひよりは、当たり前だが驚いて目を白黒させていた。
「たまには可愛い後輩を愛でてもバチは当たんないでしょ」
「め、愛でるって、私はそういうキャラじゃないし、先輩だってそんな――」
「まあまあ、遠慮しなさんな」
「遠慮とかじゃなくて! 恥ずかしいっスよ!」
 ひよりの叫びにも聞く耳持たず、こうはスキンシップを続ける。
「来年はひよりんがここの部長だからね。頑張れよー♪」
「わ、分かったから放し……アッー!」
 アニ研は今日も平和だ。


おわり












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