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I just wanna hold you tight

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匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集
「覚悟はいい? みゆきさん」
「……はい」
2月13日。私は自宅の台所で、泉さんを前に顔を赤くしながら立っていました。
「私はうれしいよ。みゆきさんがついに決心してくれたんだからネ」
「……本当にこれでいいのか、私にはわかりません」
「これでいいんだよ。みゆきさん、みゆきさんの覚悟と愛情は私が確かにその目で確かめたからね」
泉さんは少し、誇らしげな顔をしていました。覚悟と愛情、そう言われて私はなんだか気恥ずかしくなってしまい、
私のこの決心が決して無駄にならず、相手にまっすぐに伝わってくれることをその胸で懸命に祈りました。
「それじゃ……脱いでくれる?」
「は、はい……」
泉さんに言われるまま、私はブラウスのボタンに手をかけます。震える指でひとつひとつ外して……。
「あの、泉さん」
「なあに?」
「見られると、恥ずかしいです……」
「女の子同士だから大丈夫だよ」
「それでも……」
「わかったよ。じゃあ私は後ろを向いておくね」
そう言うと、泉さんはくるっと振りかえって私に背中を向けました。
静かな台所に、衣擦れの音だけが響いています。それがかえって私の羞恥を駆り立てていき、心臓は早鐘になっていて、
それでも数十秒とかからず私はブラウスを脱ぎ捨て、次はブラのホックに手をかけました。
「こんなところをつかさに見られてたら、つかさはどう思うんだろうね」
「!」
つかささん……私はこの決断をするまでに、その人の顔を何度も何度も思い浮かべました。
私のこの行動を知ったら、どんな顔をするんでしょう。色んな顔を知ってきたはずなのに、私にはわかりません。
「お願いです、それは言わないでください」
「うん、ごめんね」
「……泉さん、できました」
「うん。みゆきさん、後悔しない?」
「……はい」
それから泉さんは振りかえり、私のほうに近付いて……。


『ふえ? チョコレート?』
それは昨日の夜の出来事でした。時刻は十時。いつもなら勉強を終えてつかささんと電話でお話している時間帯ですが、
今日はつかささんから連絡が来る前にどうしてもお話したいことがあって、こうして夜分遅くに泉さんに電話をしています。
「はい、泉さんはどうされるのでしょうか? かがみさんにお渡しするんですよね?」
『あー……うん。まあ一応』
「それはもう作ってあるんですか? それとも市販のものを?」
『いやー、明日作る予定だよ。そんな難しいものでもないし、がっつり手間隙かけるのもなんだから簡単にネ』
「そうなのですか。かがみさん、きっと喜んでくれますよ」
『どうせなら糖分たっぷりのチョコで嫌がらせしてあげようかな~とか』
「そ、それはやめておいたほうがよろしいのではないかと……」
『さすがに冗談だけどネ。私としては、かがみがツンデレチョコを渡すときのリアクションが一番楽しみでさ~』
私にも少しづつわかってきました。かがみさんが泉さんにチョコを照れながら渡して、泉さんにからかわれる場面が見えます。
『みゆきさんも、つかさに渡すんでしょ?』
「はい。つかささんと交換する予定なんです」
『よかったね~つかさのチョコは美味しいだろうね。それに、四人揃って恋人もちで! まあ、二組とも女同士だケド』
実は泉さんはかがみさんと、私とつかささんとはいわゆる恋人同士になっていまして……それも、同性同士の。
友情で繋がっていた『四人』は『二組』になって愛情と愛情で繋がるようになり、『二組』の間には更に固い友情。
それでも以前とはほとんど関係は変わらず、むしろ双方とも特殊な環境を共有する者同士、互いに力強い味方となっていました。
ヴァレンタインという、普通の女の子なら男の方の話で盛りあがるところも、私達は女同士の世界になってしまって。
「ええ、楽しみです。……それで、泉さんにお願いがあるのですが」
『おおっ、みゆきさんが私のお願いとは珍しいね……やっぱりチョコの話?』
「はい、そうなりますね。実は明日、よろしければ一緒にチョコを作っていただきたいんです」
『私と? みゆきさんが?』
「はい……すみません、急なお願いで申し訳ないとは思うのですけれど……」
泉さんは受話器のの向こうで『むー……』と唸っていました。さすがに急すぎたのでしょうか。
「やはり、都合が悪かったでしょうか?」
『んーん、全然。一人で作るよりは退屈しなさそうだし。でもね』
「でも?」
『どうしてつかさと一緒に作んないの? 一緒にイチャイチャしながら作って交換すればいいじゃん』
「イチャ……いえ、今回はそういうわけにもいかなくて」
『まあいいけどさ。でも、どうして私?』
「それが……恥ずかしながら普段のヴァレンタインのチョコは毎年、市販のものを父と親戚の兄にあげていたんです。
 でも、今年は……つかささんには手作りを、できれば力の込もったものを食べていただきたい、そう思いまして」
『込もっているのは力じゃなくて愛情でしょ』
「は、はい。それで、自分なりにチョコレートの製法など材料など種類など歴史などを調べてみたのですけれど」
『歴史はどうでもいいんじゃないのー?』
「実際に作るとなると、やはり不安が残りまして……それで、泉さんにご指導いただきたいと思いまして」
湯煎で溶かしたチョコを型に流して固める、というだけなら私一人でも造作もないことです。
しかし、つかささんには……愛しい人に初めて渡すチョコには出来る限りの尽力をしてみたいと思いました。
つかささんの料理の腕なら、きっと素晴らしいチョコを作られることでしょう。しかしそれに比べると私は。
こういうことならもう少し、日頃からヴァレンタインというものを重要視しておけばよかったと悔やんでも遅く……。
『わかるよー。つかさって結構ああいうの、本気出しちゃうからねー。すごいの作ってくるんだろうねー』
「それにも勝るものを作ろうなどとおこがましい事は考えていませんが、やはり不安で……」
『つかさは気にしないだろうけどネ~。みゆきさんだって、つかさが持ってきたものがチ○ルチョコでも嬉しいでしょ?』
「そうですね……こういうのは気持ちの問題だというのはわかってはいるんですけれど」
私がどんなチョコを作ってきても、きっとつかささんは笑って受けとってくれる。だからこそ、私は頑張りたいのです。
『きっとみゆきさんからすれば、初めての本命、しかも手作りだからね。よし、私が一肌脱いでやろう!』
「本当ですか? ありがとうございます!」
『ただ、期待しないでね~。私もチョコに関してはそんなに上手なわけでもないし』
私はただ、受話器の向こうの泉さんにペコペコと頭を下げました。泉さんには申し訳ないのですが過剰な期待と言えるくらい、
私の中では思っていたよりも更に上出来なチョコをつかささんに渡せる未来予想図が頭の中で勝手に描かれています。
「あ、泉さんはかがみさんと一緒には作らないんですか?」
『あ~……むしろかがみはつかさに教えてもらうんじゃないの?』
「それもそうですね。では、明日だけはいつもとは違う二組に別れちゃいますね」
『まあその次の日に燃えるからいいんだヨ』
「そ、そうですか……では明日、よろしければこちらに来ていただけますか? 材料などは用意させていただきますので』


(チョコレート、頑張って作るから待っててね!)
放課後、つかささんはそう言って私と別れました。私は勇む気持ちを抑えるように家路を辿ります。
泉さんがやってきたのは午後五時半。何やら結構な量をバッグに詰め込んで、いつもネコ口を私に見せています。
「こんにちは。みゆきさんいますか?」
「あらあら、こなたちゃんね。みゆきなら台所で準備してるわよお~。色々と教えてあげてね」
「こちらこそお世話になります」
「それにしてもみゆきが手作りチョコだなんてねえ~。私もお父さんに作ろうかしら~」
母との簡単な世間話を終え、台所へとやってきた泉さん。私は器具や材料などを用意している最中でした。
「お待ちしていました。早速で申し訳ありませんが、作業にとりかかりましょう」
「そうだね。色々と時間かかっちゃうだろうし。みゆきさんはどんなチョコを作ろうと思ってるの?」
「そうですね。いくつか候補があるのですが、この中からつかささんが喜びそうなのを……」
私が取り出したのは母の部屋に眠っていた製菓の献立集。その中から気になるものに目星をつけていました。
それから、詳しいレシピをネットで調べて印刷したもの。
「素人でも実現可能なものから選んではみたのですが、泉さんの意見も参考にしようかと思いまして」
「ふむふむ。ひとつはボンボンか……つかさに似合いそうだよね。でも、ちょっとありがちかな」
「ありがち、ですか。難しいものですね」
「パティシエ志望のつかさは技術でくるからね。こっちはセンスで勝負しなきゃ」
「勝ち負けの問題ではないと思うのですが……ではこちらは?」
そういって私が指差したもうひとつのレシピを見て、泉さんは額にたらりと汗を伝わせました。
「これ……ブッシュ・ド・ノエル? ずっしりしてるね」
「チョコというよりはケーキですからね……可愛くてつかささんに合うかと思ったのですが」
「これ意外と難しいんだよ? それに、時期的にもアレかな」
「クリスマス御用達ですからね……ではこれなどいかがでしょうか」
「フルーツのチョコ漬けかあ。じゅるり、美味しそうだね」
「イチゴ、バナナ、キウイを用意しています」
「みゆきさーん、つまみ食いしちゃダメかな?」
「少しならよろしいかと……」
泉さんはイチゴをひとつ口にくわえて、レシピが印刷された紙をくるくると回していました。
嬉しいことです。私と一緒にここまで考えていただけるなんて。持つべきものは友、ということですね。
どのメニューにもいまいち納得できない、そんな顔を浮かべる泉さん。私も無い知恵を絞って考えました。
「なんか違うんだよね。もっとこう、オリジナリティとインパクトが欲しいっていうか」
「オリジナリティと、インパクト、ですか?」
「そう。他のどこにもない、みゆきさんにしか作れないチョコをさ」
「泉さんはどのようなチョコを作る予定なんですか?」
「私はねー、このチョコ漬けにしようカナ? フルーツならかがみもあまりカロリーを気にしないで済むしね」
ふと、泉さんの優しさが垣間見えたような気がしました。このような些細なところにも、かがみさんを気遣う心。
単に美味しく食べてもらおう、見栄えを良くしよう、それだけに留まらないプラスアルファの愛情。
本当に好きな人にだけにあげる本命と義理と壁は、そういった部分にあるのかもしれません。だとすれば私は。
(つかささんなら、どうしたら喜んでくれるでしょうか)
つかささんが喜びそうなこと、私は頭をフルに働かせてそれを思い出そうとしました。
(つかささんは、私にくっついて甘えるのが好きですね。私もそうされるのが大好きで……)
二人で身体を寄り添い合わせて、お互いの頭を撫であったり、包み込むように抱き締め合ったり。
そのときのつかささんの笑顔を思い出して、胸の奥がきゅんと痛むのを感じます。
この感情を、この気持ちを、できればそのままチョコに変えることができれば。私はそんな事を思っていました。
「む……!」
その瞬間、泉さんの瞳がキラーンと光りました、露骨に何かを思いついたと言わんばかりの表情です。
「いいこと思いついたよ、みゆきさん。我ながら超名案がネ」
「それはなんですか?」
「みゆきさんの願った通り、その胸の痛みをそのままチョコに変える方法だよ」
心を読まれてるということに気付きましたが、知らない振りをしました。私の気持ちを、チョコに変える方法?
「それも、みゆきさんにしか作れないんだよね」
「一体どのようなチョコを?」
「もちろん……おっぱいチョコだヨ」
「おっぱ……?」
泉さんの言葉が耳を通った瞬間、私の思考が一瞬だけ完全停止してしまい……それから言葉の意味をゆっくり咀嚼。
それが脳に伝わってようやく全て飲み込み終えたときに、私の中からは羞恥という熱いものが込み上げてきました。
「えっ、えええええっっ!!!」
「ま、驚くだろうね」
「それは……その、む、胸の形をしたチョコ、ということでしょうか?」
「そうだよ。しかも単なるおっぱいチョコじゃセクハラになっちゃうから、ちゃんとみゆきさんの形でね」
「わ、私の形って、それはどういう……」
泉さんはあごに手をあてて、まじまじとその視線を、私の胸へと注ぎました。
私は恥ずかしくなり、胸を手で隠してはみましたが、それでも泉さんは刺すような視線を送るのをやめません。
「あの、泉さん……?」
「だからぁ。その胸の型をとっちゃうんだよ。原寸大のみゆきさん特製おっぱいチョコだよ。食べきれないかもネ」
泉さんの容赦無い言葉の責めに、私は頭の先まで真っ赤になりました。そんな言葉をよくおくびもなく……。
胸で型を取る? これまでに一度だって考えた事の無いその衝撃に、私は恥ずかしさと共に困惑するばかりで。
「それは胸の痛みをチョコにするのではなくて、胸をそのままチョコにしただけでは……?」
「その通りだヨ。ぶっちゃけ、つかさって甘えたがりの寂しがりだから、みゆきさんに抱かれたがるでしょ?」
「う……そ、そうですけれど」
さすがにつかささんの知らないところでつかささんを甘えたがりだと寂しがりだのを肯定するのは悪い気もしたのですが、
たしかにつかささんはことあるごとに私の胸に赤ん坊のように甘えてきます。私も、それは嬉しい限りなのですが……。
「みゆきさんみたいな胸の持ち主なら、なおさらその胸で甘えたがるだろうね。だからこそのおっぱいチョコだよ」
「す、すみません。その名称を連呼するのは控えていただきたいのですが……」
「つかさ、すごく喜ぶと思うよ。何より、インパクトがあるしね」
「インパクトしかないような気がするのですが……」
「それに、つかさに胸を見せたことがないわけじゃないんでしょ? むしろ何回も見せてるんじゃないの?」
「あ……あぅ……」
金魚のように口をパクパクとさせる私。泉さんはただニヤニヤと企む笑いを見せて、私へとにじり寄ってきます。
「つかさはみゆきさんの胸が好き! みゆきさんは胸を見せたい! これでちょうどいいんじゃないの?」
「べ、別に見せたくはありません」
「でも、みゆきさんのつかさへの気持ちはここにあるんでしょ?」
泉さんはそう言うと、人差し指で私のみぞおちより少し上の部分をとんとんと突つきました。
早鐘を打つ心臓の鼓動が、そのまま泉さんの指へと伝わりそうな感覚。
「だったら、みゆきさんの一番正直な気持ちをそのまま届けなきゃ。技術はなくても、想いが込められてるはずだよ?」
「そ、そうですけれど……」
うまく言いくるめられているような気が……いえ、言いくるめられているのでしょう。
それでも、泉さんの言葉はしっかりと私の胸に響いて、少しばかりの迷いが私の中に生まれました。
「ね、決断しちゃいなよみゆきさん。これもつかさのためだよ?」
「……すみません、少し考えさせてください」
椅子に腰掛け、恥ずかしさでのぼせかけた頭を労る様に抱えると、私はどうすべきか必死に考えを巡らせました。
(これはとても恥ずかしい事です。しかし、これで本当につかささんが喜んでくれるでしょうか)
頭の中を駆け巡るのは、つかささんの愛らしい笑顔。チョコを目にしたときに、つかささんはどのような顔を?
私の事をおかしい人だと思って、引いてしまうでしょうか。もしかして嫌われてしまったり。
一歩間違えればそれは、とても下品な行為です。つかささんのような純粋な方に、そのようなことをするのは……。
それでも私の中では、どこかつかささんが喜んでくれるような、そんな気がしなくもなかったのです。
それは私とつかささんが一糸纏わぬ姿で抱き合って眠っていたとき。つかささんは私の胸に顔を押し付けて、
『やっぱり。ゆきちゃんの胸、安心するね』
『わ、私の胸ですか? そんなたいしたものでは……』
『ううん。私これ、大好きー』
つかささんは私の胸に更に強く顔を押しつけてきたので、私はその小さな頭をそっと撫でてあげました。
それがチョコレートとなると話は別になるかもしれません。悪ふざけと思われるかもしれません。
しかし、つかささんなら喜んで受け入れてくれる、恋人としてそんな予感がするのです。
また数分ほど悩んでしまいましたが、意を決すると私は立ちあがりました。
「……泉さん。作りましょう、そのチョコレート」
それから話は冒頭に戻ります―――。


衛生面のため私は一度お風呂場で胸を洗い、消毒用アルコールで拭っていると、我ながらその姿の滑稽さに、
私は何をしてるんでしょうかと妙な正気が生まれてきて、なんだか両親に申し訳無い気持ちにすらなってきました。
「こっちは準備OKだよ」
泉さんは溶かしたチョコをへらで混ぜて、人肌まで冷めさせていました。割と大量なので大変だったでしょう……。
「すみません、量が多くて。疲れましたよね?」
「なにそれ、イヤミ?」
「いっ、いえ、そうではなくて……!」
「冗談だヨ~。さあ、固まらないうちに胸をつけたつけた」
「で、では……」
チョコを張ったボウルの前に立って、上半身だけ裸のままだった私は胸を隠していた腕をゆっくりとはがしました。
「うおお……おっぱいがいっぱい。こう、ばゆんっと……やっぱり生巨乳はこうも違うものなのか……」
「へ、変なこと言わないでください」
それから恐る恐る胸をチョコの中へと沈めていきました。最初は熱いと思いましたが、それもすぐに慣れてしまって、
胸を包む奇妙な熱、全体に走るピリピリとした刺激、半分まで沈めると、チョコに胸を吸われているような気がしました。
「みゆきさん、大丈夫?」
「は、はい。とりあえずは……これでどのくらい待てばいいのでしょうか」
「そうだね。一時間くらいは」
「い、一時間ですか!?」
「これもつかさのためだよ~頑張ってみゆきさん! 私は自分のチョコ、作ってるからネ」
イチゴをひとつ口に放り込むと、泉さんは残ったチョコに手早くフルーツを浸していきました。
「これ、結構つらいです~……」
「明日の腰痛は避けられないかもネ」
「みゆき~、こなたちゃ~ん? チョコの感じはいかがカナ~?」
「お、お母さん!?」
「うげっ、やばっ!」
もうすぐで母が台所に入ってきそうではありましたが、そこは泉さんが機転を効かせて事無きを得られました。
一時間の間、何度肝を冷やしたかわかりません。そんなこんなで、私達はチョコを作っていったのです……。


「ハッピーヴァレンタイン、ゆきちゃん♪」
2月14日。私とつかささんは学校を終えると、私の部屋でふたりきりになっていました。
お互いの手には派手にラッピングされた箱。私の箱とつかささんの箱とは、大分サイズが違いますが……。
「ハッピーヴァレンタインです、つかささん」
本来は校内でチョコを交換する予定だったのですが、私のチョコがチョコなので、場所を変えることにしました。
その理由がわからず、頭に「?」を浮かべるつかささんを、ニヤニヤと見つめる泉さん。
(あれを校内で開けられたら、私はもう学校に通えませんし……)
泉さんはかがみさんにチョコ漬けを渡していましたが、かがみさんはどうやら泉さんの家で渡すようです。
まさかかがみさんまでは私と同じことはしていないと思いますが……しかし、泉さんのことですし……。
「あのね、昨日はチョコレートひとりで作ってたんだ」
「かがみさんはご一緒ではなかったのですか?」
「うん。ひとりでしかやりたくないって。大丈夫かな~とか思ってたんだケド」
「きっと恥ずかしかったんですね」
「それよりも、はいチョコ。開けてみて!」
つかささんから渡されたチョコは、ウサギのイラストが描かれたピンクの包装紙に黄色のリボン。
それをゆっくりと開けると、箱の中から出てきたのはハート型のチョコ。ホワイトチョコで文字が書かれていました。
『St.valentine Miyuki I love you.』
「まあ……ありがとうございます」
その可愛らしい愛の言葉に、私はほんのりと頬を染めました。つかささんもそれは同じようです。
「実は一回スペルを間違えちゃって、作りなおしになっちゃったんだ……」
「それはそれは……本当にお疲れさまでした。本当にお上手にできていますよ」
そのまま商品に出来そうなほど、つかささんのチョコは高い完成度を誇っていました。
つかささんはそれをお皿の上に乗せると、ナイフでそっと切り込みを入れました。少しもったいないような気も。
「これは……」
「ザッハトルテだよ。初めて作ったんだけど、大丈夫かなあ?」
「では、いただきますね」
フォークでそっと口に運ぶと、濃厚な口どけですがしつこくない甘さの中に、ほのかなほろ苦さ。
スポンジはふっくらと柔らかく、舌の中でゆっくりと蕩けるように、風味だけを残して消えていきます。
「美味しい……本当に美味しいです、つかささん」
「よかったあ……苦さがきちんと残ってるかなって思ったけど、安心したよ~。……ねえ、ゆきちゃん」
「はい、なんですか?」
「……ん」
つかささんは目を閉じて、小さな唇を私につんと突き出してきました。その愛くるしさに、卒倒しかけましたが……。
私はザッハトルテを口に加えると、つかささんにそっと口付けました。コーティングされたチョコが唇の間を動きます。
二つの熱い唇の間でチョコは溶けていき、二人の口の中でその風味を広げていきます。やがて口付けを終えると、
「えへへ……今日のキスはちょっと苦いね」
「でも、とても美味しかったですよ」
「ゆきちゃんのチョコはどんなのかなあ?」
きました……私は深呼吸をして、そっと箱を取り出します。つかささんは目をキラキラさせて、私を見ていました。
「わあ、ゆきちゃんのチョコ、大きいんだねえ」
「あの……私、チョコを作るのは初めてでして、それに、何がどうなってか、予期せぬ形になってしまって」
「箱、開けるね」
「それも、すごく歪な形で、いえ、もう歪というか常識に反した形をしていまして、つかささんには失礼と言いますか」
「えいっ」
「ああっ……す、すみません!」
ついにつかささんの手によって箱は開けられ、その眼前にチョコが……私の胸を象ったチョコが姿を見せました。
……部屋に走る沈黙。俯いていた私が恐る恐る顔を上げると、つかささんは目を丸くしてチョコを見つめていました。
(ああ……呆れています。絶対変な人だと思われてしまいました……)
それから、顔を真っ赤にしたつかささんは少しためらいながら私を見ると、恥ずかしげに訊ねてきました。
「ゆきちゃん……これって?」
「……本当に申し訳ありません。実は」
私は正直に話しました。自分の胸の気持ちをつかささんに伝えたかった事、泉さんからの入れ知恵があったこと、
その説明をしている間も、穴があったら入りたい気分に襲われていました。黒歴史とはこういうことでしょうか。
つかささんは少し驚きながらも、私の話に真摯に耳を傾けてくださいました。
「……私がどうかしていたんです。こんなものをつかささんが喜ぶと思って作っていたなんて……申し訳ありません」
「う、ううん。ちょっと驚いちゃったけど……」
そういうとつかささんは、そのチョコを少しだけ割ると、その欠片を口に放り込みました。
「あ、つかささん……」
「ゆきひゃんのヒョコ、しゅごくおいひーよ」
チョコを口の中でコロコロと転がして、笑顔で答えるつかささん。
ああ、やっぱり……つかささんはこういう人でした。だから私は好きになったのに……。
想いが通じると共に、胸の中に喜びが溢れてきました。同時に、申し訳無いという気持ちも。
「いえ、私の至らないチョコを食べていただいてありがとうございます……!」
「なんでお礼言うの? ゆきちゃんの気持ちがこもったチョコだよ? 私がお礼を言うところだよ」
「ですが、つかささん」
「ゆきちゃん、ありがとう♪」
「……はい」
それから私達は見詰め合ってにこにこと微笑み合っていました。
これが本命を渡す、ということだったのですね。自分の本当の気持ちを伝えるのに、ほんの少し形にこだわる日。
これから先のヴァレンタインも、今日のように不器用なりに、相手に気持ちを伝えられますように。
そう考えると、目の前にいる方との未来も、今から楽しみになっていくというものです。
つかささんはまじまじと胸チョコの形を再確認しています。これはこれで、やはり恥ずかしいですね……。
「でもこれ……すごくリアルだよね」
「これは……さすがに恥ずかしいですね」
予期せぬ完成度の胸チョコ。つかささんはどのように食べればいいのか迷っているようです。
「えと……舐めたらいいのかな?」
「あっ、そこは」
つかささんはそっとチョコに口を近付けると小さな舌をそっと這わせました。
それは、胸の先端といいますか、私の一番敏感なところで……。
つかささんは少し苦しそうに、なぜか蕩けるような目をしてチロチロとチョコを舐めています。
(こ、これは……!)
わざとなのかそうなってしまうのか、チョコを舐める音が部屋に響き、私はつかささんから目が離せなくなっていました。
(そ、そんな顔でつかささん……私の胸チョコを、舐めて……)
それほど美味しいものだったのでしょうか。つかささんは舐めるのを止める気配が一向にありません。
チョコはつかささんの唾液で濡れ、溶けかけながらもつやつやとした輝きを放っています。
「んん……おいひいよ、ゆきひゃん……」
執拗に胸を舐め続けるつかささんでした。先端だけではなく、ふくらみをラインに沿って舌を這わせたり、
時折噛むようにして軽く歯を立てたり、子供のようにむしゃぶりつく様は、夜のその姿を思い出させて……。
(あ、つかささん、そんな……)
私は太ももを擦り合わせ、つかささんの行動をずっと見つめ続けていました。体温が上がっていくのを感じています。
つかささんの小さな舌がチョコに刺激を与えるたびに、まるでチョコと私の身体にリンクしているかのように、
私の身体にもゾクゾクとするような、正体不明の刺激が走っていく……ような気がします。
「お、美味しいですか、つかささん」
「うん、美味しいよ……ゆきちゃんのチョコ、すごくおいひい」
「はあっ……もっと舐めてください、つかささん」
「うん、いっぱい舐めてあげるね」
つかささんは再び舌を動かして、今度は強く吸いつくようにしてチョコをむしゃぶりついていきます。
私は歯をカタカタと鳴らしてそれを見つめながら、涙がこぼれそうになるのを抑えていました。
「……ゆきちゃん」
「は、はい……」
「どうして、息が荒くなってるの?」
つかささんに指摘されて、私は自分の息が不規則に乱れていることに気が付きました。
つかささんは口の周りにチョコをつけたまま、何故か物欲しそうな濡れた瞳で私を見つめています。
「……つかささん」
「なあにー?」
「ごめんなさい」
私は立ちあがってつかささんを抱き締めると、二人で並んでベッドに倒れ込みました。
「ゆきちゃん……私、チョコついてるよ?」
唇が重なります。今日二度目のキス。今度は先程よりも少しばかり甘めなのは、多めの砂糖のせいでしょうか。
それから私はつかささんの口の周りに舌を這わせて、周りのチョコを舐めとっていきます。
「我慢できなくちゃったの?」
「こんな早くから、申し訳ありません……」
「ううん。ヴァレンタインだし……私もだし」
部屋に漂うのはチョコの香りと少し淫靡な空気に混じるフェロモン。
「ゆきちゃん」
「はい、なんですか?
「……溶けてもいい?」
「チョコだけじゃ、満足できませんね」
「今度は本物をちょうだいね……?」
それから私達は甘く溶けるような夜を過ごしました。胸チョコは溶け切って、形を残していませんでしたが……。


「こ、こなた」
「なあに~かがみん」
「セ、セントヴァレンタインデー……」
「……かがみん、全身真っ赤だヨ?」
「う、うるさいわね! あんたがこういうのがいいっていうから……」
「でもまさか本当にやってくれるとはネ」
「な、なによっ! アアア、アンタが喜ぶと思って……」
「むふふ~、わかってるよ~かがみん。『裸にチョコ塗ってリボンを巻いてほしい』ってお願いが冗談だったけど、
 かがみんは可愛いから本当にやってくれちゃうんだよね。眼福眼福。ツンデレ大明神様のチョコ、ありがたや」
「だからからかうなあっ! これ、すごくベトベトするし、す、すごく恥ずかしいんだから!」
「うひー、それでは、余すことなくいただいちゃうね」
「あっ、バカっ、いきなり、ちょっ、あっ」
「かがみ~ん」
「な、なによ……」
「セントバレンタイン、かがみん」
「……ばか」








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  • ツンデレ大明神様、是非とも参拝したいです。 -- チャムチロ (2012-09-20 12:23:07)
  • このかがみはオチ担当 -- 名無しさん (2010-12-19 23:30:20)
  • ま た か が み ん か -- 名無しさん (2008-08-04 11:55:20)
  • かがみんヤバスwww
    -- 名無しさん (2008-05-06 22:24:32)
  • 読んでて蕩けた。溶けた。
    甘くていいねえ。。。
    -- 名無しさん (2008-02-14 01:14:47)

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