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Escape 第7話

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匿名ユーザー

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 7. (ゆたか視点)


 春から夏へと移りゆく季節の、よく晴れた日のお昼前。
 私は、みなみちゃんの別荘から、脱出することに成功していた。

「はあっ、はあっ」
 自分自身の荒い息遣いだけが、いやに大きく聞こえる。
 なだらかに下っていく小道が、森の間を縫うように続いている。
「こなたお姉ちゃん…… 」
 絶え間なくわき上がってくる不安に押し潰されそうになりながらも、
最愛の人の名前を唯一の心の拠り所にして、必死で足を左右に動かし続ける。

「誰か、誰かいませんか? 」
 こなたお姉ちゃんに助けを求めようと、人家や電話ボックスを
懸命になって探すけれども、道の両側に生えている高い木立に遮られて
見つけることができない。
 既に、携帯電話は取り上げられていたから、このままではお姉ちゃんと
連絡を取ることができない。
「誰も…… いないの? 」
 決して言ってはいけない言葉を口に出してしまう。

 一体、ここはどこなのだろう?

 別荘を抜け出した時は走っていたけれども、5分も経たずに息が上がってしまい、
今は荒い息をつきながら、よろめくように歩いている。

 腕時計に目をやると、既に11時を回っている。
 もう、かがみ先輩とみなみちゃんが戻ってくるころだ。
 私が別荘を脱出していることを知ったら、直ちに追跡を始めることは確実だ。
 次に捕まったら既に、狂気の沼地に足を踏み入れてしまったかがみ先輩に、
何をされるか分かったものではない。 
 しかし、鬱蒼とした森はそれほど長くは続かず、やがて視界が開ける。

 眼前には青い海がひろがっていた。


「うそ…… 」
 私はうわ言のように呟きながら、白い浜辺に向ってよろめくように歩く。
 寄せては砕ける、輪廻のように続く波音が、私をひどく打ちのめす。

「あはは、どうして? 」
 細かい砂粒の上にぺたんと座りこみながら、自嘲めいた笑みがこぼれ出る。
「ほんと、私って莫迦だよ」
 つかさ先輩は、ことさら隙をみせて、逃亡という甘美な希望を与えた。
 私は、策略を疑いながらも、別荘から逃げ出した揚句、
どこにも逃げることができないという絶望を味わうことになった。
 あまりにも悲惨で滑稽なピエロだ。

 私が拉致された場所は…… 小さな島だった。

 前方は、どこまでも拡がる蒼い海、背後は緑に囲まれた小高い山だ。
 山頂に近い所に、みなみちゃんの別荘が建っている。
 背後を見ることはできないが、ここと同じような景色になっているに違いない。

 これからどうなってしまうのだろう?

 私は、もうすぐ捕まってしまうだろう。
 喜んだかがみ先輩は、私を餌にこなたお姉ちゃんを呼びつけることは確実だ。
 いや、既にこなたお姉ちゃんは、かがみ先輩から呼び出しを受けているかもしれない。
 私は『絶対に』島から出られるはずはないのだから。


「こなたお姉ちゃん…… もういいよ」
 私は、絶望に打ちのめされて砂浜に倒れこみ、小さくつぶやいた。
 強い日差しが素肌にちりちりと差し込んできてひどく熱い。

「私、全然駄目だから」
 埼玉から名古屋に来ても、全然変わることができない。
 半年経っても、こなたお姉ちゃんの大きなお荷物になってしまっている。
 こなたお姉ちゃんは、私という存在が足かせになって、幸せを掴むことができないでいる。
「こなたお姉ちゃん…… もう、見捨ててもいいよ」

『そんなこと…… できるわけない! 』
 こなたお姉ちゃんの怒った顔が、脳裏に鮮明に浮かんだ。
『私がゆーちゃんを見捨てるなんてありえないよ! 』

 こなたお姉ちゃんは、私を見捨てることはしないと、絶対の自信を持って言える。
 でも。だからこそお姉ちゃんは、かがみ先輩の卑劣な脅迫に応じることになってしまうのだ。
 そして、悲痛な表情で姿をあらわしたこなたお姉ちゃんは、
『目出度く』かがみ先輩のものになるんだ。

 暗黒の未来図が、現実のものになる瞬間が確実に近づいている。
「わたしは…… 」
 波が砂浜を叩く定期的な音を鼓膜に届かせながら、私は小さく呟く。

 私は、こんな酷い目に遭う為に名古屋まで逃れてきたのだろうか?
 どうして、かがみ先輩があげる凱歌を、黙って聴いていなければならないのか?
 心の中に暗い怒りの火が付き、瞬く間に激しく燃え上がる。

 私は、負けない。
 かがみ先輩の思い通りなんか、絶対にさせるものか!


 慣れない強行軍で激しく体力を消耗し、疲労の極にあったけれど、気力を振り絞って
小さな身体を引き起こす。
 困難な状況を打開する手掛かりになるものがないか、必死に探しながら海岸を歩く。

「何か、落ちていないか? 何かを見落としていないか? 」
 島を4分の1周程歩いた時……
 絶望に打ちひしがれていた時には、絶対に目に入らないモノが見つかった。

「あ…… 」
 島に最初から置かれていたのか、どこか別の場所から流されていたのかは分からない。
 古びた小さな手漕ぎボートが波打ちぎわに放置されていた。

「オールは? 」
 駆け寄って、上から覗き込むと、2本のオールがボートの中にしまわれていた。
 それから、船腹を注意深く調べる。
 幸いなことに航行に支障となるような、大きな傷はない。

 私はほんの小さな可能性にかけて、砂浜に乗り上げているボートを、太陽の光を浴びて
いたるところで煌めく、初夏の海に向かって押し出す。
「お願い…… 動いて…… お願いだからっ 浮かんで! 」
 両足を柔らかい砂にめり込ませながら、懸命に踏ん張って、船を押し続ける。
「もう少し…… もう少しだから」
 体中から汗を噴き出させながら力を振り絞ると、船はじりじりと
海に向かって滑り出していく。

「やったあ! 」
 奮闘は報われて、船体は砂浜を抜け出して、海面に浮かぶ。
 私は船べりを掴んで、半ば飛び込むようにボートに乗り込む。

「きゃっ」
 船は大きく揺れて傾き…… 辛くも復元力が働いた。
 胸をなで下ろした私は、二本のオールを船の両側に固定すると、グリップを掴んで、
先端の平らな部分である『ブレード』を海面に落とす。

 ちゃぷん。
 小さな音が鳴ると同時に、オールを思いっきり握って手前に引く。
 ブレードが海水をしっかりと捕えて、ボートは『後ろ』に滑るように動き出した。


「はあ…… はあ」
 腰や腕がきしむように痛い。
 疲労が全身を絶え間なく襲って、身体がうまく動かない。
 いつも思うことだけれども、自分の体力の無さに辟易としてしまう。
 体調さえ良ければ、しっかり運動をして、身体を鍛えないといけない。

 ごくゆっくりとではあるが、船は岸から離れていく。
 目指す場所は、1キロほど離れたところに佇んでいる、比較的大きな島だ。
 遠目からは微かに建物らしきものが見えるから、そこでこなたお姉ちゃんと
連絡をつけることができるはずだ。
 風はほとんど吹いていないため、波は小さく、海面は穏やかな表情をみせているけれど、
船はとても小さいので、僅かなうねりでもぐらりと揺れて、ひやりとする。

「ゆたか! 」
 唐突に私の名前が呼ばれて、私は身体を震わせる。
 先を行くチェリーに引っ張られたみなみちゃんが、浜辺に駆け寄ってくる姿が見える。
「ゆたか! 戻って! 」
 みなみちゃんは、服が濡れるのも厭わず、長い脚を海に浸しながら必死の形相で呼びかける。

 二人の距離は100メートル程だ。
 地上ならわずか十数秒で到達してしまうが、海水浴のシーズンではない時期の海では、
絶望的な距離になる。

「ごめんね。みなみちゃん」
 私は、ひとりごちると同時に、背筋に冷たいものを感じてしまう。
 もう5分早く、鼻の利くチェリーが私を発見していたら確実に捕まっていた。

「お願い。来ないで」
 追いつけないと分かっていても、不安から逃れるように、みなみちゃんの顔を凝視しながら、
私はひたすら漕ぎ続ける。
 素人がボートを漕いでも、進む速度はたかがしれているが、それでも、じりじりと離れていく。

「ゆたか! お願いだから戻ってきて! 」
 みなみちゃんの声が少しずつ小さくなる。
「本当に、ごめんね」
 私は、みなみちゃんにもう一度だけ謝った。


 去年の春、気分が悪くて苦しんでいる私を助けてくれた、岩崎みなみちゃんと
一緒のクラスになれた時はとても嬉しかった。

 みなみちゃんとの距離が近づく度に、私の胸は確かに高鳴っていた。
 高校で親友という存在ができたことが嬉しくて、毎日、学校に行くことがとても楽しかった。
 病は気から、という訳ではないけれど、体調が比較的安定していたのは、
みなみちゃんのお陰だと思っている。

 夏以降、私がこなたお姉ちゃんに恋心を抱いてからも、みなみちゃんは大切な親友のはずだった。
 しかし、私はとてつもなく鈍感だった。
 私がこなたお姉ちゃんに抱くのと同じ想いを、みなみちゃんが
私に対しても持つという可能性に、愚かにも気がつかなかった。
 だから、みなみちゃんが愛を求めてきた時、私は激しい違和感を持って、
拒絶することしかできなかった。

 しかし、年末に起こった一連の騒ぎの後、住所を名古屋に移してから半年が経って、
みなみちゃんは遠い存在になっていた。
 こなたお姉ちゃんに対する妄執をみせる、かがみ先輩には、
激しい怒りや憤りを抱き続けなくてはいけなかったけれど、みなみちゃんに対しては、
さほどマイナスの感情は持っていない。

 とても綺麗で頭が良くて、他人に優しいのだから、みなみちゃんは私なんかに拘らずに、
良い恋人を見つけてほしいと思う。


 みなみちゃんの姿がかなり小さくなってきた。
 腰まで水に浸かりながらも、なおも懸命に私に呼びかけるけれども、
泳ぎでもしない限りは、近づくことはできない。
 私は、拘りを捨て去ることができない、以前の親友に向かって、微笑みながら軽く手を振った。
「ゆたかっ、行っちゃダメ! お願いだから! 」
 普段は無口なみなみちゃんが、声をからして叫んでいる。
 しかし、私は彼女の想いに応えることができない。

「ばいばい、みなみちゃん」
 私は、少しだけ哀しそうに呟いてから、みなみちゃんから視線を外して、
小さな船を漕ぎ続ける。
 ボートはごくゆっくりとしか進まないから、すぐに彼女の姿が視界から
消えてしまった訳ではない。

 しかし、すっかり小さくなったみなみちゃんを、私は最早、景色の一部分としか認識していなかった。


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Escape 第8話へ続く




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  • 逆にbadendでも良いかも
    最近無理やりhappyendに持ち込んでるのが多々あるし。
    この作品は非の打ち所がないやねww -- 名無しさん (2008-06-02 23:11:03)
  • 一体何処の島に誘拐されたのか島から町に行くのは良いとして
    ゆーちゃんは果たしてこなたと無事再会できるのか凄く気になり
    ます。ゆーちゃんにHAPPY ENDが訪れることをキボン
    それにしてもこのシリーズはとても読みごたえがあって面白い
    (=ω=) -- 九龍 (2008-06-01 00:37:33)

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